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Refrain - 再起は精霊とともに -  作者: 青黄緑
『大精霊の谷』編
38/43

37. 断罪の旋律


全てを焼き尽くしたと思われた爆炎の中から現れたのは、自らその身体を貫いた精霊魔術師だった。


『研究者』の顔に張り付いた薄ら笑いが徐々に剥がれてゆく。


(何故立てる。いや、何故生きている。間違いなく心臓を貫いた。何故ーーー)


その瞬間、理解の範疇を超えたその存在と目が合う。

その目には、先程の爆炎など火遊び程度のものだったのかと錯覚するほどの、苛烈な熱が渦巻いている。


(……!)


気付けば一歩、後ずさっていた。

その目から放たれる威圧感に、気圧された。

およそ人間から放たれるそれとは次元がかけ離れている。


「……覚悟は、出来ているか?」


その目に宿る熱とは対照的に、その声色は冷酷で、殺伐としていて、しかし明確な怒りがその悪意へと向けられる。


「ライラさん……なんですか?」


レントが恐る恐るといった様子で問いかける。

立ち上がったライラに対し、自分の知る師とは違う雰囲気を感じ、困惑していた。


「私はセラフィオーネ。よくライラを守ってくれた。礼を言う。」


今しがた『研究者』へと向けたものとは全く違う、慈愛に満ちた声だった。


セラのその言葉に、弟子たちは喜びを見せることなく表情を沈める。


「違う、守れなかった……。守れなかったんだ……!」


アイクが激しい後悔を宿した、震える声で否定をする。

レントもリゼも言葉にこそしないが、同じ気持ちなのだということは、その表情から痛いほど伝わる。


「まだ負けてはおらん。そなたたちのおかげで、この体にはこれ以上の苦痛を与えることはなかったのだから。」


セラはそう言いながら貫かれた胸に手を当てる。

その手には真っ赤な花が花弁を散らすような儚さと、ライラの心を映したようなまだ温かな血がまとわりついている。


そして、確かな痛みがその体を通して伝わる。


ライラと共に歩み出して長い時間が過ぎた。

セラにとってそれは、今まで生きた年月と比べれば刹那のような時間だが、虚無と過ごした数百年よりも、ライラの魂とともに過ごしたこの短い時間が何よりも長く、何にも変え難いものだった。


だからこそ、今この胸から伝わる痛みを与えた目の前の存在を、断じて許す気にはなれなかった。


そしてその痛みは、ライラに残された時間をセラへと訴えかけている。


「……あまり時間がない。あとは任せて、下がっておれ。」


セラは宙へと舞い上がる。

神竜を、そしてその向こうの排除するべき対象を真っ直ぐ見据える。


「君は誰だ?さっきまでの精霊魔術師さんとは違うね。いったい誰なんだ。」

「……問答など何の意味がある?」

「お喋りは嫌いかい?こうして対話することで人は歩み寄ってきたんだ。実に重要なことだと思わない?」


まさかこの男の口からそのような言葉が出てくるとは思わず、驚きを通り越して呆れてしまう。


「何か得られるものがあるかと思い思惑に乗ってみたが、実にくだらない。して貴様……時間稼ぎはもういいのか?」


立場は逆転した。

かつて迷宮でライラたちを嘲笑ったその言葉を、今度はセラが、死を宣告するように彼へと突き付ける。


(くそ、お見通しか!)


観察と考察の時間を稼ぐための問答で、あわよくば挑発に乗って心を乱せればと思ったが、軽く看破されてしまう。


それどころか、自分の言葉をそのまま奪われた屈辱に、研究者は奥歯を噛み締めた。


「あの死に損ないを焼き尽くせ!」


神竜の口元に炎が集まる。

今度は先程のような広範囲のブレスではなく、照準と威力を絞った膨大なエネルギーがセラへと向けられる。


凝縮された破壊の光。

それは触れるもの全てを蒸発させるエネルギーの塊。

だが、セラは回避も防御もせず、ただ静かに掌を向ける。


「無粋な音色だ。」


セラが呟いた瞬間、迫り来る紅蓮の熱光が、彼女の手前で真っ黒い『何か』に吸い込まれ、消えて無くなる。


空を蹴り、神竜の頭上へと駆け上がり、標的を見定め手をかざす。

そして断罪の音色とともに、神竜をも遥かに上回る大きさの魔法陣が現れる。


次の瞬間、神竜は『見えない何か』によって真上からの衝撃を受け、頭を垂れる。


神竜の力を持ってしてもその『見えない何か』に抗う術はなく、平伏するように徐々に地面へと押さえつけられる。


「なん……だ、この力は……!」


同じくその力の領域内にいる『研究者』も当然その影響下にある。

抗うことのできない圧倒的な力により、比喩でもなんでもなく文字通り、地面へとめり込んでゆく。


「くっ……。」


刺すような胸の痛みで不意に術を中断してしまう。

ライラの肉体的な痛みが、魂を通してセラのもとへと明確に届き始める。


(いよいよ時間がない。急がねばならん。)


膝をつき、地に顔を伏せながら、研究者は狂ったように笑い声を漏らす。


「あはは……! 素晴らしい力だね!だが、所詮は無理心中だ。君が力を振るえば振るうほど、その依代の命が削れていく……!」


その言葉を肯定するように、セラの視界が僅かに歪む。

指先からは紫の光が剥がれ落ち、代わりに鮮烈な『赤』がライラの唇から溢れ出した。


「……ライラさん!」

リゼの悲鳴のような叫びが、聖域の空気を震わせる。


セラは乱れる呼吸を整え、震える手で胸の傷を強く押さえた。

湧き上がる激痛すら、今は愛おしい。これが、ライラがこの世界で繋ぎ止めてきた『生の証』なのだから。


セラは研究者を見下ろし、その瞳に不退転の決意を宿した。


「黙れ。……ライラは貴様のような者に負けるわけがない。この気高き魂に手を出したこと、今に後悔させよう。」


セラの周囲には魔力が紫の色を成し、震える怒りは聖域にこだまする。


ーー響き渡るのは、お伽話の終わりを告げる断罪の旋律。

ライラの命が消えるのが先か、この悪意を討ち果たすのが先か。


運命の秒針が、残酷な音を立てて進み始めた。


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