37. 断罪の旋律
全てを焼き尽くしたと思われた爆炎の中から現れたのは、自らその身体を貫いた精霊魔術師だった。
『研究者』の顔に張り付いた薄ら笑いが徐々に剥がれてゆく。
(何故立てる。いや、何故生きている。間違いなく心臓を貫いた。何故ーーー)
その瞬間、理解の範疇を超えたその存在と目が合う。
その目には、先程の爆炎など火遊び程度のものだったのかと錯覚するほどの、苛烈な熱が渦巻いている。
(……!)
気付けば一歩、後ずさっていた。
その目から放たれる威圧感に、気圧された。
およそ人間から放たれるそれとは次元がかけ離れている。
「……覚悟は、出来ているか?」
その目に宿る熱とは対照的に、その声色は冷酷で、殺伐としていて、しかし明確な怒りがその悪意へと向けられる。
「ライラさん……なんですか?」
レントが恐る恐るといった様子で問いかける。
立ち上がったライラに対し、自分の知る師とは違う雰囲気を感じ、困惑していた。
「私はセラフィオーネ。よくライラを守ってくれた。礼を言う。」
今しがた『研究者』へと向けたものとは全く違う、慈愛に満ちた声だった。
セラのその言葉に、弟子たちは喜びを見せることなく表情を沈める。
「違う、守れなかった……。守れなかったんだ……!」
アイクが激しい後悔を宿した、震える声で否定をする。
レントもリゼも言葉にこそしないが、同じ気持ちなのだということは、その表情から痛いほど伝わる。
「まだ負けてはおらん。そなたたちのおかげで、この体にはこれ以上の苦痛を与えることはなかったのだから。」
セラはそう言いながら貫かれた胸に手を当てる。
その手には真っ赤な花が花弁を散らすような儚さと、ライラの心を映したようなまだ温かな血がまとわりついている。
そして、確かな痛みがその体を通して伝わる。
ライラと共に歩み出して長い時間が過ぎた。
セラにとってそれは、今まで生きた年月と比べれば刹那のような時間だが、虚無と過ごした数百年よりも、ライラの魂とともに過ごしたこの短い時間が何よりも長く、何にも変え難いものだった。
だからこそ、今この胸から伝わる痛みを与えた目の前の存在を、断じて許す気にはなれなかった。
そしてその痛みは、ライラに残された時間をセラへと訴えかけている。
「……あまり時間がない。あとは任せて、下がっておれ。」
セラは宙へと舞い上がる。
神竜を、そしてその向こうの排除するべき対象を真っ直ぐ見据える。
「君は誰だ?さっきまでの精霊魔術師さんとは違うね。いったい誰なんだ。」
「……問答など何の意味がある?」
「お喋りは嫌いかい?こうして対話することで人は歩み寄ってきたんだ。実に重要なことだと思わない?」
まさかこの男の口からそのような言葉が出てくるとは思わず、驚きを通り越して呆れてしまう。
「何か得られるものがあるかと思い思惑に乗ってみたが、実にくだらない。して貴様……時間稼ぎはもういいのか?」
立場は逆転した。
かつて迷宮でライラたちを嘲笑ったその言葉を、今度はセラが、死を宣告するように彼へと突き付ける。
(くそ、お見通しか!)
観察と考察の時間を稼ぐための問答で、あわよくば挑発に乗って心を乱せればと思ったが、軽く看破されてしまう。
それどころか、自分の言葉をそのまま奪われた屈辱に、研究者は奥歯を噛み締めた。
「あの死に損ないを焼き尽くせ!」
神竜の口元に炎が集まる。
今度は先程のような広範囲のブレスではなく、照準と威力を絞った膨大なエネルギーがセラへと向けられる。
凝縮された破壊の光。
それは触れるもの全てを蒸発させるエネルギーの塊。
だが、セラは回避も防御もせず、ただ静かに掌を向ける。
「無粋な音色だ。」
セラが呟いた瞬間、迫り来る紅蓮の熱光が、彼女の手前で真っ黒い『何か』に吸い込まれ、消えて無くなる。
空を蹴り、神竜の頭上へと駆け上がり、標的を見定め手をかざす。
そして断罪の音色とともに、神竜をも遥かに上回る大きさの魔法陣が現れる。
次の瞬間、神竜は『見えない何か』によって真上からの衝撃を受け、頭を垂れる。
神竜の力を持ってしてもその『見えない何か』に抗う術はなく、平伏するように徐々に地面へと押さえつけられる。
「なん……だ、この力は……!」
同じくその力の領域内にいる『研究者』も当然その影響下にある。
抗うことのできない圧倒的な力により、比喩でもなんでもなく文字通り、地面へとめり込んでゆく。
「くっ……。」
刺すような胸の痛みで不意に術を中断してしまう。
ライラの肉体的な痛みが、魂を通してセラのもとへと明確に届き始める。
(いよいよ時間がない。急がねばならん。)
膝をつき、地に顔を伏せながら、研究者は狂ったように笑い声を漏らす。
「あはは……! 素晴らしい力だね!だが、所詮は無理心中だ。君が力を振るえば振るうほど、その依代の命が削れていく……!」
その言葉を肯定するように、セラの視界が僅かに歪む。
指先からは紫の光が剥がれ落ち、代わりに鮮烈な『赤』がライラの唇から溢れ出した。
「……ライラさん!」
リゼの悲鳴のような叫びが、聖域の空気を震わせる。
セラは乱れる呼吸を整え、震える手で胸の傷を強く押さえた。
湧き上がる激痛すら、今は愛おしい。これが、ライラがこの世界で繋ぎ止めてきた『生の証』なのだから。
セラは研究者を見下ろし、その瞳に不退転の決意を宿した。
「黙れ。……ライラは貴様のような者に負けるわけがない。この気高き魂に手を出したこと、今に後悔させよう。」
セラの周囲には魔力が紫の色を成し、震える怒りは聖域にこだまする。
ーー響き渡るのは、お伽話の終わりを告げる断罪の旋律。
ライラの命が消えるのが先か、この悪意を討ち果たすのが先か。
運命の秒針が、残酷な音を立てて進み始めた。




