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Refrain - 再起は精霊とともに -  作者: 青黄緑
『大精霊の谷』編
37/43

36. 色彩の音色


驚きと安堵と、そして縋るような目でこちらを見ている三人。


(……ライラよ。そなたはこの目を向けるのではなく、向けられるようになっていたのだな。)


その紫の魂ーーーセラは、ただの少女が一人の精霊魔術師として、生の息吹を宿した日のことを思い出す。


ーーーーー


その少女は絶望していた。

赤に染まり、灰に還ってゆく故郷の終焉を、ただ見届けることしかできない自分に絶望していた。


その少女は祈っていた。

一人でも多くの命が安寧を得ることができることを、この無益な燈の奪い合いが一刻も早く終わることを祈っていた。


その少女は欲していた。

絶望し、祈るしか出来ないそのーーー灰緑色の魂は欲していた。

守る為の力を、無力な己と決別する為の確かな力を、渇望していた。


ーーーーー


私は、この世界を『音』と『色』の奔流として眺めてきた。


肉体を持たず、時間に縛られぬ精霊にとって、人間の生など一瞬の火花に過ぎない。

彼らは泣き、喚き、争い、そして何も残さず土に還る。

そんな泡沫のような存在に、心を寄せる必要などない。

ずっと、そう思っていた。


あの日、あの村に、あの火の海に降り立つまではーーー。


村を包んでいたのは、絶望という名の濁った「赤」だった。


逃げ惑う人々の叫びは不協和音となり、そこは私の求める静寂とは程遠かった。


領土を求めた争い。

何の意義も意味も成さない、命を減らすだけの無意味な奪い合い。

やはり人の世は『色』の無い、無機質なものだ。


そんな混沌の中で、ふと、異質な『音』が聞こえた。

それは『叫び』であり、『祈り』でもあり、強烈な『覚悟』の産声。


瓦礫の中に、一人の少女が座り込んでいた。

灰を被り、服は裂け、腕からは血が流れている。

彼女の足元には、もう動かなくなった『誰か』が横たわっていた。


成す術なく目の前で命が奪われ、そして、今からこの無力な少女も同じ道を辿るのだろう。


それはただ受け入れるしかできない運命であり、この少女にはその運命に抗えるだけの力は、無い。


だがその少女は、震える手で大切そうにその『死』を抱きしめ、その瞳だけは、目の前の地獄を真っ向から見据えていた。


(……なんて、美しい瞳なのだろう。)


彼女の魂から溢れ出していたのは、悲しみではなく、暗い怒りですらなかった。


それは、何者にも屈しないという強固な意志。

守れなかったという悔恨を、そのまま生きるための泥臭く、鮮やかな力へと変えようともがいている。


私は気づけば、彼女の元へと降りていた。


それはただの気まぐれだった。

少し毛色の違う猫を見かけたから見てみようと腰をかける、その程度の興味と言うにも大袈裟な、ただの気まぐれ。


少女は、ゆっくりと顔を上げた。

私の姿が見えているのかさえ分からないほど、その目は虚ろで、だがその奥には、鮮烈な『色』が息づいていた。


「そなたは、何を欲する?」


無意識に口をついて言葉が出た。


期待をするから失望がある。

私は人間に期待していたのだろうか。

だから失望を重ね続け、絶望したのだろうか。


けれどもし、それが失望ではなく希望になるのならーーー。


「……みんなが幸せでいられる為に、守りたい。」


その瞬間、灰色の世界は少女の『祈り』によって色彩を与えられる。

煌めく情景が、そこにはあった。


「……そなたの名は?」

「ライラ……ブルーガーデン。」


掠れた、優しい『音』だった。

だが、その声は心地良く耳に染み渡る。


ゆっくりと手を伸ばす。

ライラはその手を静かに取った。


それは契約などという形式的なものではない。

彼女の絶望を私が喰らい、私の孤独を彼女が埋める。

私たちは、その日から二人で一つになった。


魔術師団で孤立していた時も、三年前、あの戦いの中でで再び地獄を見た時も。

私はずっと、彼女の内側でその震えを感じてきた。


だから、分かっていた。


彼女が自分を顧みず、誰かのためにその命を燃やし尽くそうとしていることも。

私が沈黙を守れば守るほど、彼女が孤独な決断を繰り返すことも。


(ライラ……そなたはいつも、私を置いていこうとする。)


私は震えていた。

エナレティシアという『根源』を前に、大精霊の谷という自身の『源流』に立ち、かつての失望がその身を支配した。

精霊としての理が、過去の自分が絡みつき、動けなくなっていた。


だが。

胸を貫かれ、冷たくなってゆく彼女の心臓の鼓動を感じた瞬間、強烈な『色』を放ち『音』を立て、魂を奮わせた。


私の愛したこの魂を、こんな薄汚れた悪意に塗りつぶさせてたまるものか。


(……ライラ、そなたが守りたいものは、まだそこにいる。)


消えゆく彼女の意識の底で、私はその魂を強く、強く抱きしめる。


漆黒の魔槍が、紫の光に焼かれて霧散した。

崩れ落ちるはずだった体が、ゆっくりと、天を突くような意思を持って立ち上がる。


目を開くと、視界が『色』を成して『音』を感じ取る。


怒り狂う神竜も、嘲笑う『研究者』も、震える弟子たちも。

今の私にとっては、ただの書き換えるべき事象に過ぎない。


「……ライラの世界は、灰ではない。鮮やかなものであるべきなのだ。」


ライラの唇から漏れたのは、私の声。

冷たく、それでいて燃え盛るような、精霊としての残響。


さあ、お伽話を終わらせよう。

守るのだ。

私とそなたの、二人の世界を。


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