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Refrain - 再起は精霊とともに -  作者: 青黄緑
『大精霊の谷』編
35/43

34. 新たな絆の胎動


横たわる師の姿が見える。

血溜まりが広がってゆく。

胸には漆黒の魔槍が突き立てられている。


何が起きた?

分からない分からない分からないーーー分かりたくない。


「いやああぁぁぁ!」


膝から崩れ落ちるリゼ。

研究者を睨みつけるアイク。

呆然と立ち尽くすレント。


三者三様の反応だが、変わらない現実ーーー打ち砕かれた希望が目の前に突きつけられる。


「誤算が少しあったとはいえ、まさか君たちがあの『竜戦士』を倒すとは思わなかったよ。そこだけは予定外だったね。

でも、これでもう僕の邪魔をする者はいなくなった。さあ、大人しく僕の理想の礎となっておくれ!」


研究者の高笑いが残酷に響き渡る。

神竜の慟哭、リゼの嘆き、それら全てをかき消すほどの鮮烈な狂気。


ーーー『英雄』は、もういない。


このまま絶望という名の奈落へと落ちてゆくだけなのか。


(それはダメだ。)


聖域を、師を、このまま見捨てるのか。


(まだ、終わっていない。)


アイクは恐怖で竦む足を踏み出し、後悔で震える手で剣を握る。


(まだ僕には、守るべき仲間がいるんだ。)


アイクの横にレントが並び、目が合う。

その目には、アイクと同じ覚悟が宿っている。


光を失った師を背に二人は剣を構え、お伽話の行く末を切り開く。


神竜が地を震わせ、一歩踏み出す。

それだけで、視界は土煙と圧倒的な『質量』に占拠された。


「ガァァァッ……!」


振り下ろされた爪を剣の腹で受け止める。

だが、その威力は人が踏み入ってはならない領域に達していた。


まさに『災害』。


アイクの膝が砕けんばかりに軋み、足元が悲鳴を上げて割れてゆく。


「アイク!一人で無茶をするな!」


横からレントが、死角を突いて神竜の足首へと剣を叩きつける。

だが、渾身の一撃は漆黒の鱗に火花を散らすだけで、傷一つ負わせられない。


蚊が刺したほどの影響すらない。

神竜はただ煩わしげに尾を払う。


「がふっ……!?」


視認すら不可能な速さの一撃。

レントの体は木の葉のように吹き飛び、岩壁に激突した。


(こんなにも……遠いのか。勝てる勝てないの次元じゃない。この暴威を前にまだ人の形を保てていることが奇跡だ。)


遠のく意識の中で、レントは自嘲気味に笑った。

喉の奥からせり上がる血の味。

剣を握る右手の感覚は段々と薄れていく。


神竜の瞳が、背後に横たわるライラと、傍で泣きじゃくるリゼを捉えた。

殺意なき、ただの排除の視線。


「させ、ない……っ!」


満身創痍のアイクが、レントが、折れかけた剣と、決して折れることのない信念を支えに立ち上がる。


瞳は血に染まり、全身が痛みと疲労で悲鳴を上げている。

それでも、二人は神竜に立ち塞がる。

その背中は、どんな英雄の背中よりも必死で、脆く、そして気高かった。


しかし、その気高い背中はリゼにしか見えない。

神竜から見る二人は、吹けば消えてしまいそうなひ弱な燈のような存在。

その後ろにはそれを嘲笑う狂人。


「リゼ。ライラさんを連れて逃げるんだ。」


レントは背を向けたままリゼへと言った。

強がりでも何でもない、仲間の無事を心から願う震えた声。


アイクは歩き出す。

一度立ち止まり、振り返りリゼへと微笑むと、再び歩き出す。


「素晴らしい絆だね。けどそんなもの、死んでしまえば失われる。儚くて脆い……ただのまやかしだよ。」


全てを打ち砕いたその元凶。

薄ら笑いの奥にあるその目には、希望の光さえも飲み込むほどの、ただただ真っ暗な闇が広がっている。


「ダメ……ダメだよ。」


遠ざかるその背中が、師のそれと重なる。

また自分は助けられないのか。

故郷を襲われ震えていたあの時のように。

そして、師を守れなかった今のように。


『力が、欲しいかい?』

「えっ。」


声が聞こえた。

優しさに溢れた、見定めるような声。


「誰なの?」

『僕はネスリティス。今は時間が惜しい。君はどんな力を求める?』


力が、欲しい。

自分のためではなく、大切な人を守るための力が。


「……守りたい。もう誰も、失いたくない。」

『わかった。手を伸ばして、僕の名前を呼んでごらん。』


リゼは手を伸ばす。

絆はまやかしなんかではない。

そこに確かにある、紛れもない力なのだ。


「行こう。ネスリティス。」


リゼを柔らかな光が包み込む。

温かな、それでいて確かな決意を孕んだ力強い光。


光が晴れ、伸ばした掌には白い魔石が胎動とともに輝いていた。

リゼの中に、聖域の意思が流れ込む。


「今なら……出来る。」


神竜が飛翔し、その巨躯が仲間たちの方へと

迫り来る。

目の前の絆を、断ち切らんとするために。


ーーー重ね、置く。


その空間に触れた瞬間、淡く輝く魔法陣が現れ、神竜は白銀の楔によって堕ちた。


「何を、したんだい?」

初めて、研究者の顔に強い困惑の色が刻まれる。


「行くよ、ネス。もう泣いていられない。」


新たな精霊魔術師の胎動が、聖域へと響く。


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