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Refrain - 再起は精霊とともに -  作者: 青黄緑
『大精霊の谷』編
32/43

31. 『お伽話』


その名は、祈りのように語り継がれてきた。

竜戦士フーリヒと、大精霊エナレティシア。

この世界の夜明けを語る時、人は必ずこの二つの輝きを口にする。


遥か昔、世界は『邪神』という名の暗い霧に覆われていた。


音もなく忍び寄るその影は人々の心から希望を奪い、世界はただ、緩やかな滅びを待つだけだった。


その絶望のとばりを切り裂いたのが、一振りの剣と、一筋の咆哮である。


竜戦士フーリヒ。

彼は、自らの魂を分かち合った相棒たる神竜と共に、人々の嘆きを掬い上げるべく立ち上がった。

その勇姿に心を動かされた大精霊エナレティシアは、彼らの往く道に、万物の理を司る精霊の加護を授けたという。


後に詩歌として詠われることになるその決戦は、海を割り、大地を歪ませ、天を穿つほどの光に満ちていた。


神ならぬ身でありながら神の領域へと至った邪神はその戦いの果てに灰へと帰り、世界にはようやく、色のついた夜明けが訪れたのである。


ーーーそれが、母から子へ、何百年も語り継がれてきたお伽話。


「……この気配、間違いない。間違えようがない。幾度も夢見た再会ではあったが。このような形で望んではいなかったのだがな。」


エナレティシアは遠い目をし、現実の儚さを噛み締め、そして静かに目を閉じた。


ーーーーー


ライラは『研究者』の魔法陣から現れた一方の光の先へと辿り着く。


『それ』は間違いなくそこにいた。

だが、あまりに現実離れした存在に、ライラは初め、『それ』を認識することができなかった。


谷の奥。

そびえ立つ水晶の柱の陰から、山のような巨躯が姿を現す。

竜戦士と共にかつて邪神を焼き払ったとされるーーー神竜の、黄金の瞳がライラを射抜く。


「まさか……そんな。」


この世界の伝説は、割れるような咆哮を上げ、目の前に現れた吹けば飛んでしまうような存在に照準を定める。


そしてその咆哮は空気を伝い、絆を辿ってアイク達の方へも鳴り響いていた。

いや、正確には、アイク達の前に立ちはだかる大いなる存在に、だ。


岩壁の前に立つ一人の戦士。

歴戦を讃える傷の残る鎧は、異様なプレッシャーを放っている。

だが、その立ち姿とは正反対に、兜の奥にある瞳には意志がなく、虚ろな闇だけが広がっている。


その背には身の丈ほどもある大剣を携えている。

そして、友の咆哮と共鳴するようにその大剣を抜き、アイク達へとその切先を向けた。


「竜戦士……フーリヒ。」

アイクは青眼に構えたその剣を、無意識に下ろしていた。

目の前にいるその存在は、アイクが幼い頃から憧れた、『英雄』だった。


「フーリヒ?そんなはずはない。死後何百年経っていると思っているんだ。」

「レントも見ただろう。迷宮で、そして今、あの男を。……死者を呼び起こす。それだけの狂気と過去への侮辱、そんなの平然とできるだろうさ。」


レントの疑念、どちらかといえばそう思いたいという願望に近いそれを、アイクが否定する。


それだけの恐怖と苦痛を自身で受けたことからくる、絶望の確信だった。


「許せないよ。アイクをレントを……ライラさんを絶望に陥れて。今はこの聖域さえも踏み躙ろうとしてる。こんなの、許したらいけない。」


リゼの声は震えている。きっと恐怖はあるだろう。

でもそれ以上に、リゼの心は怒りに震えている。


「みんな、やるぞ。ここを守るんだ。そして、英雄を英雄のまま終わらせよう。あんな悪意に伝説を穢させるわけにはいかない!」


三人は剣を、杖を、そして確かな決意を持って、『伝説』に立ち塞がる。

そしてその決意は、ライラにも確かに届いた。


ーーーーー


漆黒の鱗はあらゆる攻撃を弾き、鋭く突き立てた爪は岩でさえも炭を握り潰すかのように砕く力があり、その巨大な翼はひとたび羽ばたけば全てを吹き飛ばす。


竜というのは『災害』である。

人々は『悪意』に立ち向かうことはあれど、『災害』に立ち向かおうとは思わない。


ただ身を守り、通り過ぎるのを待つ。

それほどに、竜という存在は強大で計り知れないものなのだ。


それが今、ライラの目の前にいて、そして立ち向かわなければならない状況に立たされている。


(不思議と落ち着いてる。アイクたちの気持ちが私の中に流れ込んでくるような、心地よくて心強い感覚だ。)


絶望的な状況は変わらない。恐怖もある。

だが、三人の決意がライラの心を奮わせる。


「やらなきゃ、だよね。弟子達の前で格好悪いところは見せられない。それに、もう奪わせないし、壊させない。そう決めたから。」


四人はお伽話を終わらせるべく、覚悟を、信念を突き立てるーーー。


「竜戦士よ。主の剣は弱きを助けるためのものであった。神竜よ。主の火は闇を照らすためのものであった……」


エナレティシアの目は閉じられている。遥か昔の戦友を偲ぶように。

そしてゆっくりその目が開かれる。


「……許せ。今はただ、あの娘たちの意志が、お主らの魂をこの汚れた呪縛から解き放つことを祈るのみ。誰も、負けてはならん。」


このお伽話に続きはいらない。

人々の心の中で輝き続けるからこそ、美しくあるのだから。


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