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Refrain - 再起は精霊とともに -  作者: 青黄緑
『大精霊の谷』編
31/43

30. 遠ざかる福音


「ライラさん、あの人って……。」

「うん、迷宮で会った『研究者』と名乗っていた男だ。」


リゼの声は震えている。

迷宮での惨劇、そして仲間の命を弄ばれた記憶が、鈍い痛みとなって彼女の心を突き刺しているのだろう。


ライラも同じように震えていた。だが、それは恐怖から来るものではない。

溢れ出し、抑えきれないほどの――純粋なる怒りだ。


「あやつか。主らを辿ってここまで来た痴れ者は。」

「僕たちを辿って……?」

「そんなはずは……。道中にはかなりの注意を払って来たはず。」


アイクとレントの言う通り、魔獣以外に周囲に敵の気配もなかったし、尾行をされていたこともあり得ない。


ライラは『大精霊の谷』に来るまで、定期的にレアの結界を張っていた。

レアの結界には様々な条件を組み込むことができ、今回は防御の為ではなく、索敵をする為に発動していた。


かなり広範囲に結界を張っており、範囲内に侵入した者がいれば、必ずライラが気付いたはずだ。


「あっはぁ。何で僕がここにいるのか分からないって顔だね。」


その男……『研究者』は、ライラの記憶と寸分違わぬ気味の悪さを撒き散らす。

改めて目の前に現れると、想像以上の嫌悪感と怒りがライラを支配する。


「また会ったね。精霊魔術師さん。」

「何でここに……目的は何?」


ライラの眼光は鋭く、その言葉にも研ぎ澄ました敵意を含ませる。


「目的ねぇ。ま、話したくなったら話してあげるよ。代わりにどうやってここに来たかなら教えてあげる。」


そう言って『研究者』は自身の目を指差す。


「僕はね、『見て』たんだ。君たちをずっと。」

「見てた?意味が分からない。そんな近くにいたのなら私が気付かないわけがない。」

「焦ったらダメだよ。君たち、採掘場で魔獣と戦ったでしょ?あの時、何で君の魔法陣は避けられたんだと思う?」


全く予想していなかった言葉に、ライラは訝しむ。

なぜ魔獣と戦ったことを知っているのか、なぜ……魔法陣が避けられたことを知っているのか。


「僕はね、あの魔獣と視覚を共有していたんだ。それでね、ちょっと驚かせようと思って避けさせてみた。

僕に手を施された魔獣たちは操ることができるからね。」


「見ていた?……まさか。」

最悪の想像がライラの頭に浮かぶ。

そしてそれは、無邪気な悪意を孕んで肯定される。


「ここまで聞いたら分かったかな?そうさ、君たちがここまでに戦ってきた魔獣を通して全て『見せて』もらったよ。

するとどうだい?こんなに素晴らしい場所まで案内してくれたんだ!」


その悪意は両手を広げて声を上げる。

天を仰ぎ、まるで神にでも成り代わったのかのように。


こんな神がいてはならない。


「大層よく回る口じゃな。主のような穢れた者をこの聖域へ入れるわけがなかろう。」


エナレティシアは頭上へと手を伸ばし、掌を天に向ける。


次の瞬間、谷全体を覆う巨大な結界が、水晶の輝きを反射させながら展開された。


「すごい……。これほど巨大な多重結界、見たことがない。」


リゼが感嘆の声を漏らす。それは魔術師の常識を遥かに超えた、神域の業だった。


「いいね!でも残念。精霊魔術を組み込んだ結界の解除なら、精霊王国でジルフリードを使って予習済みだよ。」


研究者は嘲笑を浮かべ、指先から黒く濁った魔力の波を放つ。だが、その指が結界に触れた瞬間、男の表情から余裕が消えた。


「……何だこれ。……解析ができない? 実体の顕現もしていない状態でこれほどの結界が組めるものなのかな。」


『研究者』は何やら考え込むように顎に手を当て、そして、ひとつの仮説に辿り着く。


「自身の魔力だけで無理なら、何か起点となる『楔』のようなものがあるはず。……なら、本体を相手にする必要はない。」


『研究者』が空へと手をかざす。


先ほどのエナレティシアと同じ動作にも関わらず、その姿は異質なオーラを放っている。

そしてそのオーラは、魔法陣に形を変えて空を穢してゆく。


「小癪な……!」

エナレティシアが歯噛みするように呟く。


「この場に相応しい配役を用意しようか。

この輝かしい檻をただの瓦礫に変えてしまうんだ。」


魔法陣から二筋の暗い光が結界の両端へと伸びてゆく。


「いけない……! 二手に分かれて守らないと!」


ライラは即座に走り出そうとして、足が止まった。

視界の端に映る三人の姿。


(分かれたら……私はどっちかにしか行けない。)


楔は二箇所。一人では守りきれない。だが、今の自分には「守りたいもの」が増えすぎていた。


迷い、動けない。そんなライラの背中を、力強い声が押し上げた。


「ライラ、僕たちを信じて。」

アイクが真っ直ぐにライラを見据えていた。

隣ではレントが剣を抜き、リゼが震える手で、しかし力強く杖を握りしめている。


「アイク。でも……。」

「……ライラさん。私たちは、貴方の足枷になりたくありません」


リゼの瞳には、先ほどまでの恐怖は消え、静かな覚悟の火が灯っていた。


「……分かった。右の楔は私が行く。左は……アイク、レント、リゼ。あなたたちに託す。

また後で。必ず。」


「「「はい!」」」


ライラは一度だけ三人を強く信じるように頷くと、反対方向へと走り出した。


背後で響く、信頼を糧にした三人の足音。

遠ざかるその音は、お互いの信頼の証。

それが、ライラにとって何よりも頼もしい福音だった。


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