28.『温もり』
戦闘の繰り広げられていた採掘場前は、今は静寂に包まれている。
その静寂の中、ライラの胸中は穏やかではなかった。
その目は、自身の仕掛けた魔法陣がある場所から逸らすことができずにいた。
「みんな、お疲れ様。」
アイクがレント、リゼそれぞれを労ったあと、ライラの元へと歩み寄る。
「ライラもありがとう。あの設置型の魔術、驚いた。魔術の練度は相変わらずで心強いよ。
何よりも、指揮の面ですごく参考になった。」
「え、ああ。ありがとう。」
アイクが自分に話しかけているということに少しの間気付かず、歯切れの悪い返事になってしまった。
「ライラ、どうかした?」
「ううん、大丈夫。何でもないよ。」
予想外の事態、というほどではない。
設置した魔法が条件が整わず発動しないということは十分にあり得ることだし、想定はしていた。
ただ、明らかにそこを避けたという動作を見て楽観的にはいられない。
いや、楽観的であってはいけない。
「それならよかった。この先の道中も頼りにしてるよ。僕たちも負けないけどね。」
そう言うアイクの声と表情には、言葉以上の信頼と自信が感じられた。
再度、迷宮での失態を思い出す。
思い出すだけで心がすり減り、自分を戒めたくなる痛みを伴う記憶。
次こそは間違わないためにも、あらゆる可能性を考慮する。
(油断も過信もしない。常に頭を働かせるんだ。)
「しかしあの設置型の魔法陣、囮の戦法をよく使う俺たちにとってはすごく相性が良いです。リゼ、君ならきっとものにできる。楽しみにしてるよ。」
「うん。まだまだ修行が必要だけど、絶対モノにして見せるから!
こうして実戦で見ることができたのはかなり参考になった。」
レントとリゼも、まだまだ伸び代もある。
以前よりもずっと個々の能力も連携も質が上がっている。
今の戦闘を肌で実感し、この三人と一緒というのは同じように心強く感じた。
この温かな空気も、眩しい笑顔も、決して脅かすことがあってはいけない。
決意を新たに、四人は先へと進む。
ーーーーー
少しずつ日が傾き始め、歩みを進めるごとに影が伸びてゆく。
無機質な風景に夕陽が落ちる様は幻想的な反面、物々しい気配も漂ってくる頃である。
「そろそろ野営できる場所を探し始めようか。」
「もうですか?まだ休むには早い気もするんですが。」
リゼの気持ちもよくわかる。
ライラも経験の浅い頃は同じことを思っていた。
「ただ休むだけならそれでもいいんだけどね。けどやることは意外とたくさんある。
場所の確保、食事の準備、何よりも暗くなってからだと魔獣の活動が盛んになるから、ゆっくりそんなこともしていられなくなる。」
遠征時、一番襲われやすいタイミングが野営の時だ。
そのためにも暗くなってからは警戒体制を万全にしておく必要がある。
「野営の際は、魔獣の襲撃があるものだと思って行動しないといけない。
ただでさえ夜は交代で見張りが必要になる。なるべく早めに休めるようにしないとだよ。」
「そうなんですね……。わかりました。」
『魔獣の襲撃』という言葉にリゼの表情が強張った。
他の二人も警戒度が上がったのを感じる。
「場所の確保で大事なことは、四方が開けた場所は極力避けること。
なるべく警戒する方向は少ない方がいいからね。」
「なら、あそことかはどうですか?」
レントがそう言って指差した先には、岩壁をくり抜いた小さな洞穴のような場所があった。
「うん、いいと思う。あそこを拠点にしようか。」
四人は拠点へと向かい、束の間の休息をとることにした。
ーーーーー
夜の見張りはライラとアイク、レントとリゼで交代で行うこととなった。
焚き木が揺らめき、周囲を薄暗く照らす。
(もうすぐ大精霊の谷……。いざ近付くと、緊張してくるね。)
セレナの言葉から始まった旅路だが、今となっては自分にとって不可欠なことなのではないかと思う。
かといって具体的に何をするべきなのかは分からない。
だが精霊樹の加護を経た今、行かなければいけないという想い、いや、使命のようなものが胸の奥から湧き上がってくる。
(魂の赴く方へ、か。)
「ライラも飲むかい?」
アイクが温かい紅茶を手に持ち、ライラの隣に座る。
「うん、ありがとう。」
静寂が二人の間に流れる。
焚き木のパチパチという音がその静寂を彩り、薄暗い暗闇に溶け込んでゆく。
「初めは一人で行こうとしていたんだよね?野営の時はどうするつもりだったの?」
「一人ではあっても孤独ではないからね。その時は精霊たちにお願いするつもりだったよ。」
その言葉に応えるように、三色のピアスがライラを照らしている。
「なるほどね。ライラ、なんだか変わったよね。」
「それは団にいた時とってこと?」
「それもあるけど、それよりも僕たちと迷宮に行く前とって言った方が正しいかな。」
そう言うアイクの表情は嬉しさと、安堵を孕んだ柔らかなものだった。
「そうなのかな。自分では分からないけど。」
ライラは膝を抱え、揺れる火を見つめていた。
アイクが紅茶の湯気の向こうで静かに微笑む。
「なんだか、ちゃんと自分のことも見えるようになったというか、とにかく安心したよ。」
その言葉は、冷えた夜風にさらされていたライラの心に、じわりと染み込んだ。
三年前、孤児院を失ったあの夜。
「正しさ」を貫くために、最も大切なものを切り捨てたあの日から、ライラは目の前の大切なものをを失くすことを恐れ、同時に自分を捨てた。
でも今は、自分を信頼してくれる親愛なる仲間達のために、自分自身も大切にしようと決めた。
精霊王国でのカイルとイスカの言葉が、優しさが、確かな温もりとともに思い出される。
「それは、みんなのおかげだよ。」
ボソリと呟いた言葉は、焚き木の爆ぜる音にかき消される。
だが、その言葉は確かに届いたようだ。
アイクは、どこか儚げな、しかし嬉しそうなライラの横顔を見ていた。
そして何やら満足げに微笑み、紅茶を口へと運ぶ。
「ライラさん、アイク。交代の時間です。」
眠たげな目をこするリゼをレントが連れてきた。
「遅くなってすみません。リゼがなかなか起きなくて。」
「すみませぇん、ライラさぁん。」
しょぼしょぼしているリゼを見て、アイクとレントがどこか呆れたように笑っている。
(こんな時間がずっと続けばいいのにな。)
心地よい雰囲気と仲間の安心感に身を委ね、ライラは眠りについた。
ーーーーー
翌朝、周囲を包んでいた深い霧が、朝日に溶けるように晴れていった。
一行が切り立った崖の縁に立ったその時、視界が劇的に開けた。
「……わぁっ!」
リゼが感嘆の声を漏らし、アイクとレントも息を呑む。
眼下に広がっていたのは、この世のものとは思えないほど幻想的な光景だった。
深い谷の底。
そこには、水晶のような巨大な柱が幾本も天に向かって伸び、それらが朝光を反射して七色のプリズムを周囲に撒き散らしている。
空気そのものが魔力を帯びているのか、空間の至る所で淡い光の粒が舞い踊っていた。
谷の中央には、一際大きな水晶の塊が見えている。
「ここが……大精霊の谷。」
ーーー大精霊の谷に到着した四人の後を追うように、不穏の足音はライラ達の足跡を辿ってきている。




