第76話 『私の嘗ての恋人』
「来てやったぞ」
ゴールデンウィークが終わった後の最初の休日。
結局丸一日のお休みは取れなかったけれど、それでもスケジュールを調整してくださり、何とか午後からの半日休暇を頂く事ができた。
「久しぶりね、一樹」
そう言いながら一歩前へと歩み出る聖羅達3人。
ここはSnow rainがデビュー前によく練習で使用していた、レンタルスタジオ。
本当なら彼女達を巻き込みたくはなかったのだが、生憎私は一樹の連絡先を一つ残らず消しており、仕方なく聖羅達に連絡の中継を頼んだところ、彼女達も丁度一樹と話し合いの場を設けようとしていたらしく、結局過去を清算するために4人で集まった。
ちなみに卯月ちゃんだけはSnow rainとは関係ないので、この場には呼んでいない。
「おい、沙耶がいねぇじゃねぇか! 話が違うだろ!!」
「ちゃんと居るわよ」
一樹の反対側、まるで計算していたかのように挟む形で対峙してしまったが、別に最初から計画していたわけではなくただの偶然。
午前中に仕事を済ませ、そのまま佐伯さんと共にここへとやってきたので、単純に生理現象が我慢できずに部屋から出ていただけなのだ。
「ちょっと所用で部屋の外に出ていただけよ、あまり聖羅達をいじめないであげて」
流石にお手洗いに行ってましたとは言えず、一樹の横を素通りし、聖羅達と合流する。
「そ、そうか…、すまない」
あら、一樹にしては意外な反応。
彼の態度次第ではこちらも強気で行くつもりだったが、これは対応の仕方を少し見直した方がいいだろう。
相手が喧嘩腰だと、こちら側も喧嘩腰になってしまうため、結局話がまとまらないなんて可能性も考えられる。
私は予め用意していた筋書きを修正しながら話を進めて行く。
「わざわざ来て貰って悪かったわね。こんな場所にまで呼んじゃって」
「それはいいが、なぜスタジオなんだ?」
「一樹は知らないかもしれないけど、ゴールデンウィークの前に私の素顔が週刊誌に載っちゃってね。その反省を踏まえて人目の付かない場所ってことで、ここを使わせてもらったワケ」
「……それは…災難だったな……」
一樹は僅かに視線を反らしながら、私に聞こえる程度の声で小さくつぶやく。
やはり今の一樹の反応、確実に例の記事を知っている。
私が知る限り、一樹が漫画以外の雑誌には興味示した記憶がなく、積極的にニュースやSNSなどを見る性格でもない。
勿論たったこれだけで一樹が犯人だとは断定するつもりはないが、佐伯さんからの情報もあるので、やはりここは警戒すべきところだろう。
若干大げさに身振り手振りを踏まえ、当時の状況を説明する。
「もうホント災難よ。あの雑誌のせいで、所属会社からは呼び出されるわ、学校で彼のファン達に囲まれちゃうわで、すごく大変だったのよ。途中で彼が助けに来てくれたから良かったものの、あのまま一人じゃ今頃どうなっていたことか」
実際は佐伯さんがおばさん呼ばわりされた仕返し…、コホン、機転を利かせてくださったお陰で何とかなったのだが、蓮也が急いで戻って来てくれたことには違いないので、ここは新鮮ほやほやの彼氏の事をそっと推しておく。
「もう、だからあれほど注意しておきなさいって言ったのよ。雑誌に素顔が載ったんだから、例え校内であっても一人になったらダメじゃない」
「さーやんは普段から変装もしないからねぇ」
「沙耶は油断しすぎなのよ、素顔がバレていないからって、メガネ一つも掛けずに外を歩くんだから」
「はい、反省してます」
私の説明に付け足すように、聖羅達が順番にダメ出しを口にする。
彼女達とは事前の打ち合わせをしているとはいえ、若干本気で叱られてしまいしょんぼりしてしまう私。
どうやら聖羅達も学校でファンの子たちに囲まれることがあるらしく、普段から伊達メガネを掛けたり、親しい友人に助けてもらったりしているらしい。
そんな私たちの様子をみていた一樹は…
「どういうことだ、なんで沙耶が被害を受けてんだよ」
いつになく感情に熱が入る一樹を見て、私はますます彼の意図が分からなくなる。
一樹の今の態度は、明らかに私をかばう為の発言。もし私に恨みを抱いているのなら、ここはざまぁみろの場面だろう。
すると一樹が私に対する感情ってやはり…
「仕方ないじゃない、私は素顔を隠しているわけだし、彼は注目のアーティストなんだから、責められるべき相手はそんな彼の邪魔をした私。それが世間一般の見解よ」
「はぁ? なんでそうなるんだよ。悪いのはアイツの方だろうが!」
一樹が私の事を想ってくれているのは、今の発言だけで十分に理解できた。
ただその感情が果たして恋なのか、ただの独占欲なのかが問題なのだが、私はすでに一樹に対して友人以上の感情は消え去っている。
「ねぇ一樹、一樹が言う『アイツ』とは誰のことなの? 私は素顔が雑誌に載ったとは言ったけど、一言も『誰と』とは言っていない」
「!?」
「確かに誰かと一緒に写ってた…、みたいな言い方をしたけれど、それが誰なのかは一言も言っていないの。一樹なら知っているとは思うけど、芸放に通う役者やアイドルは多いのよ。それなのに何で『彼』が『蓮也』だと考えたの?」
少々卑怯なやり方だとは思ったが、言葉の罠で一樹を引っ掛けてもらった。
私はワザと蓮也の名前を『彼』と伝え、私の顔にモザイクがかかっていたことを敢えて伝えなかった。
流石にモザイクの方には反論されなかったが、蓮也の存在は避けて通れなかったのか、一樹は私の話に『アイツ』と答えた。まるで『彼』が誰なのかを知っているように。
「それはその…、クラスの奴らが『アイツ』の話しているのを聞いたんだ…」
「そう、蓮也は有名だものね。だけど一樹は何故、その隣に写っているのが私だと判断したの?」
「それは……」
蓮也と一緒に写っている女性、ってだけで私だと判断することはそう難しくはない。どうやら一樹は私と蓮也が付き合っていたと勘違いしているようだし、私が蓮也と一緒にいる姿を目の当たりにしているので、その考えはある意味間違いではないのかもしれない。
だけど……
「知っているかは知らないけれど、あの雑誌に載った私の顔にはモザイクが入っていたわ。知る人が見れば、すぐに私だと分かるお粗末なものだったけれどね」
私は一度言葉を止め、一樹の瞳を真正面から見つめる。
「一樹、貴方はいま『クラスの奴ら』と言ったけれど、それって一体誰のこと? 一樹が留年してしまったって話は私も聞いているの。もし私を知る人があの雑誌を見れば、一目で誰かと見破るでしょう。だけどそれも精々同学年の生徒まで。私は部活もしていなければSnow rainのメンバーでもないから、別の学年まで顔が知れ渡っては居ないはずよ。それなのにどうしてクラスの人達は、蓮也の隣に写るのが私だと判断したの?」
「……っ!」
一樹の性格は誰よりも私がよく知っている。
元々中学時代はバンド活動に勤しんでいた為、友人関係は少ない方だし、留年なんてしたもんだから、恐らくクラスの中でも浮いているはず。
ただでさえ私のストーカーなんかやっているから、学校も休みがちなはずなので、友達らしい友達はいないんじゃないだろうか。
「騙すようで悪かったわ。実はある程度の状況は調べが付いているの」
そう言って目前に差し出したのは、ビニールの袋に入れられた例の手紙と、以前一樹から受け取った初代friend'sの歌詞カード。
一応証拠品として会社で保管されているため、ビニールの袋に入れられているが、貸して欲しいとお願いすればアッサリ持ち出す事が出来た。
「こういう脅迫まがいの手紙は、直筆で書くもんじゃないわね。筆跡鑑定に指紋採取、調べようとすれば簡単に誰が書いたかバレてしまうわよ」
紙が無いからといってノートを破ってしまう癖、パソコン操作が苦手だからといって手書きで書かれた文字、おまけにこの紙には一樹の指紋がべったりと付いている事だろう。
流石に会社もそこまでするつもりは無いだろうが、脅しとして使う分には効果覿面なはず。
「一つ聞かせて、私の顔だけにモザイクを入れたのは私をかばうため?」
「………」
「返答できないのは、肯定と受け取るわね。そのうえで更に尋ねるけど、あんなモザイクで私をかばえると本気で思ったの?」
「違う! あれは…」
慌てて口元を抑える一樹に、私は自然と重いため息が漏れてしまう。
雑誌に掲載された私のモザイクは、目の部分だけが黒い線で塗り潰されただけの気休め程度だった。
テレビやネットでは、完全に顔が分からないように全体にモザイクがかかるが、雑誌やスポーツ新聞なんかは、コンプライアンスのギリギリの範囲を攻めることが多く、今回も見る人が見ればわかる程度まで写ってしまっていた。
もし一樹が本気で私だけを守ろうとしたら、あんなモザイクは頼まないだろう。
「目的は蓮也を陥れて、蓮也から私を引き離そうとした。蓮也に写真と手紙を送りつけたのも一樹よね?」
「………」
「隠しても無駄よ、蓮也は引越ししたばかりで住所を知っている人間は限られてるし、一樹が私を付け回していたことも分かっている。もちろん出席日数不足で留年したこともね。なんでそんな事をしたのよ」
芸放のように、芸能活動に理解を示す学校ならば、救済措置として追試の試験やレポートを提出すれば回避できるが、一樹が通う学校は一般的な私立高校。
出席日数が少なくなれば注意も受けるし、1日でも足りなければ問答無用で留年させられる。
どうやら一時私へのストーカー行為をやめていたのは、この出席日数が問題だったようで、再開したのは何らかの理由で、留年が確定したからではないかと推測している。
「まったくバカなことをして…」
「お前が! ……お前が全部悪いんだ」
私のため息交じりの言葉にかぶせるよう、一樹の感情が乱高下する。
「そう……、確かに一樹をここまで追い詰めたのは私かもしれない。だから今日、けじめを付けに来たの」
「けじめ? けじめってなんだよ、俺を…俺を警察に突き出すとでも言うのかよ」
一樹は以前の盗作疑惑の一件で、私の会社側と念書を交わし合っている。
もし次も同じような事をすれば、今回の一件も踏まえて警察に被害届をだすと。
恐らくそれの事を恐れているのだろう。
「そんな事やらないわよ」
「じゃ、どうするんだよ」
まったく、私をなんだと思っているのよ。
怯える一樹を前に、私は力強くこの言葉を突き付ける。
「私、蓮也と付き合うことになったの」
「!?」
「その様子じゃ、私がまだ蓮也と付き合っていなかった事を知らなかったのね」
雑誌に掲載された見出しには、私は蓮也の交際相手として書かれていた。
そして蓮也に届けられた手紙にも、ただ『別れろ』とだけ書かれていたので、恐らく一樹は私がもう蓮也と付き合っているのだと勘違いしていたのだろう。
「きっかけはさっき話した通り、女子生徒達に囲まれたところを助けに来てくれた蓮也が、私を特別な存在だって言ってくれたの。そして私は彼の言葉に応えた。もともとお互い意識し合っていることは分かってたんだけど、どうしてもあと一歩踏み出せなくてね、周りにもずいぶん迷惑をかけていたんじゃないかと思う」
私の言葉にうなずくように、聖羅達が反応を示す。
「だからね、今回の一件は私にとってはプラスなの。でも勘違いしないでね、一樹が行った行為を許したわけじゃないし、会社と交わした念書が消えたわけでもない」
別に恨みとか、仕返しをしたいという思いはないが、簡単に許してしまえば、また同じような事が起こるかもしれない。
これはその保険の一つ。。
「俺が…、俺が余計なことをしなければ…」
「私とよりが戻せたんじゃないかって?」
私の言葉に一樹が一瞬ピクリと反応を示す。
「残念だけどそれはないわね」
「……っ」
「理由は言わなくても分かるでしょ? 一樹は私に対して3つの過ちを犯した」
「3つ? 3つってなんだよ」
はぁ…、所詮私への気持ちはその程度だったのね。
「ひとつ、私が両親を亡くしたときのこと、あなたが私に対して言った言葉を忘れてないわよね? ふたつ、昨年の盗作疑惑の件、これでも一時活動自粛まで追い込まれたんだから、それなりの反省はしてもらわないと困る」
綾乃が後ろから、『活動自粛は自分からするって言ってたのにね』と、つぶやき声が聞こえてくる。
しー、それを今ここで言わないで。
「そして今回のストーカーまがいの一件。もうわかるわよね? 私が言いたいことが」
「……迷惑だ、っていいたいのか?」
一樹はいつになく小さな声で答えてくる。
「えぇ、ハッキリ言って迷惑ね。そしてこれらの3つに対し、私は一樹から謝罪の言葉をもらっていない」
「そ、それは!」
「あー、分かってるわ。私と直接連絡を取る手段が無かったって事でしょ?」
一樹の肩を持つつもりはないが、私は彼からの連絡手段を一切残さなかった。もちろんその気になれば、聖羅か綾乃辺りが何とかしただろうが、それをここで持ち出す事もないだろう。
「だったら!」
「勘違いしないで、別に謝ってほしいから言ってるわけじゃないのよ。正直今更謝られても、どう返していいか分からないから。でもね、けじめは必要」
私は一度自分を落ち着かせるように呼吸を整える。
「二度と私の前に現れないで、もし今後、私や私にかかわる人達に嫌がらせをすれば、今度こそ私はあなたを突き出さないといけなくなる」
「一樹、沙耶がどうしてこんな回りくどい事をしているかわかってる?」
「さーやんはいっくんのかっこ悪いところを見たくないんだよ。いっくんだってさーやんに自分のかっこ悪い姿は見せたくないでしょ」
「私達だって同じだ、一時は同じ夢をみて、頂点をめざそうとした仲間なのに、誰が好き好んで苦しむ姿を見たいって言うんだ」
聖羅達も心の中に隠していた気持ちを伝えたかったのだろう。
ここに居る全員はSnow rainというバンドで集まった仲間、今は目指す場所や価値観の違いで道は違えど、それでもあの時感じていた気持ちは、簡単に忘れられるものではないだろう。
「悪いわね一樹、3年前のあの日から私達は別々の道を歩み始めているの。だから貴方の気持ちには応えられない」
「………わかった、それがお前の答えなんだな」
「えぇ」
「……すまなかった…」
一樹は小さな声で謝罪すると、そのまま私達に背を向け帰っていった。
「終わった…のかな?」
「取り敢えずは…、ね」
「一応しばらくは警戒しておいた方がいいとは思うけど、多分大丈夫なんじゃないかな?」
「いっくん相当ショックを受けてたみたいだから、さーやんには近寄らないんじゃないかなぁ」
「そう…ね、そう信じるわ」
思えば最初から一樹の元気はなかった。
少なくとも私が現れてからの彼は、どこかよそよそしい感じがしていたのだ。
本当はもっといろいろな事が聞きたかったが、私が一樹に抱く思いがそれらを拒絶した。
未練はない、だけど思い返すと楽しい事だって沢山あった。
もしあの悲劇の事故がなければ……
もし私が一樹達の曲を作り続けていれば、また違った未来があったのかもしれない。
さようなら、私のかつての恋人。
「無事終わったようね」
「すみません、お手間を取らせてしまって」
ノックも無しに入って来たのは、今まで部屋の外で待機してくださっていた佐伯さん。
今日の話を伝えると、私達だけじゃ危険だと言うことで、部屋の外からずっと様子を見守ってくださった。
私は改めてお礼を言うと、今までずっと通話状態だったスマホのボタンをOFFにする。
「それでこれからどうする? 久々にいつもの喫茶店にでも行く?」
ここにいるメンバーは全員午後からの仕事は入っていない。
聖羅からの提案に心が揺れるが、私にはこの後大事な約束があり、それほど時間に余裕がなかったりする。
「えっと、ゴメン。実はこの後予定があって」
「予定? 仕事でも入っているの?」
「いや、そうじゃないんだけど…」
何とも言いにくそうにもじもじしていると、佐伯さんがニコニコの笑顔で私の予定を暴露する。
「沙耶ちゃんはこの後デートなの」
「ちょ、佐伯さん!」
「本当のことでしょ? 付き合い始めて初のデート。今日も朝からそわそわしてたじゃない」
「そ、それはその…」
昨夜LINEで蓮也とやり取りをしている中で、夕方から会えないかとお誘いを受けた。
実は私と蓮也は仕事で忙しくあの日から一度も会えておらず、連絡も互いにLINEだけという関係に留まっている状態。一樹には『付き合っている』と宣言したものの、実はまだ互いの口からは出ておらず、正直ずっとやきもきしている状態でもあったのだ。
「あぁ、だから今日の沙耶はおしゃれなのね」
「お化粧もしているみたいだし」
「髪型も気合いが入っているしね」
「いや、これはメイクさんが」
午前中、CDのジャケット撮影が入っていたので、帰り際にメイクと髪を少しさわって貰ったのだ。
まぁ、ちょっぴりリクエストしたりなんかもしちゃったけど、そこは乙女心からの我が儘だと見逃してもらいたい。
「沙耶、頑張って」
「うん、ありがと聖羅」
私は本当にいい友人達をもった。
喧嘩もした、一人の男性を取り合ったりもした。だけど音楽を通じ、最後はわかり合えるかけがえのない友になった。
聖羅、綾乃、皐月、そしてここにはいない卯月ちゃん。
みんな私にとって切っても切り離せないほど、大切な友人。
「じゃ行ってくるね」
いつか今の気持ちの曲を書こう、私達の友情と青春を紡ぐ最高の一曲を。




