第7話「盗賊の筋」
村から戻った夜。
拠点の広場では、焚き火がまだ赤く燃えていた。団員たちはほとんど寝床へ散り、馬車の軋みも木箱の音も止まっている。
俺は焚き火のそばに腰を下ろし、左の掌を開いた。
昼間、村では返された荷を抱いて泣く人がいた。
あの顔は覚えている。
けれど同じくらい、《矜持》を奪った直後、野盗が見せた生気の抜けた目も頭から離れなかった。
返せるものと、返せないもの。
その違いを考えるほど、ひとつだけ聞きたいことが残った。
焚き火の向こうでは、ガレウス団長がひとり薪を足していた。
でかい背中が、炎越しにゆっくり揺れる。
俺は一度だけ迷ってから、声をかけた。
「……ガレウス団長。少しいいですか?」
「おう」
振り向かないまま、薪の位置を直す。
「眠れねぇのか?」
「……はい。ちょっと、聞きたいことがあって」
「今日の村で泣かれたのが効いたか?」
「からかわないでください」
ガレウス団長が鼻で笑う。
「じゃあ、何が聞きてぇ」
見抜かれている。
俺は息を吸った。
「ガレウス団長は……なんで盗賊団なんか、やってるんですか」
焚き火がぱちんと爆ぜた。
ガレウス団長はすぐには答えなかった。
火を見て、それから俺を見る。
「……そろそろ話してもいい頃か」
いつもの豪快さが消えた。
「俺はな、ユイト。生まれも育ちも盗賊だ」
「……え」
「両親も兄貴も、みんなそうだった。まともな村には住めねぇ。身分札もねぇ。稼ぎ口もねぇ。……生きるために奪うしかなかった」
言い方は乱暴なのに、声は静かだった。
「子どもの頃、よく考えた。なんで俺たちは追われる側なんだって」
ガレウス団長は暗い森へ目を向ける。
「答えは簡単だ。奪うからさ。……けどな」
薪が崩れ、小さな火の粉が上がった。
「今は、ひとつだけ決めてることがある」
「決めたこと?」
「どうせ奪うなら、価値のあるもんを奪え」
価値。
俺は左の掌に目を落とした。
「価値って……金とか宝とか?」
「違ぇよ」
ガレウス団長は火を見たまま答えた。
「価値ってのは、使い道だ。奪ったあと、それを何に使う。誰が助かる。何が残る。そこまで考えて初めて価値になる」
昼間、麦の袋を抱きしめた老人の顔が浮かんだ。
「十代の頃、俺は別の盗賊団にいた」
団長の声が低くなる。
「暴力と略奪を、強さだと思ってる連中だった。奴隷売買もする。村も焼く。……俺も最初は、その中にいた」
俺は何も言えなかった。
「強くなって、上に立って、名を上げる。それが生きるってことだと思ってた」
ガレウス団長は少しだけ目を細める。
「けど、ある日。いつもみてぇに村を襲った」
火が鳴る。
「小さなガキが、死んだ母親にしがみついて泣いてた」
団長の手が止まった。
「そいつが俺を見て、『助けて』って言った」
胸の奥が痛んだ。
助けを求めても、誰も来ない怖さを、俺は知っている。
「敵も味方も関係なく、俺にすがってきた。……その顔を見たら、急に分からなくなった」
「何が、ですか」
「俺が何のために強くなったのかだ」
ガレウス団長は自嘲するように笑った。
「強ぇつもりでいたのに、目の前のガキ一人も泣き止ませられねぇ」
しばらく、薪の爆ぜる音だけが続いた。
「その夜、俺はそいつを連れて団を抜けた」
「……逃げたんですか」
「おう。そっから先は地獄だ。追われて、隠れて、また追われた」
軽く言っている。
けれど、笑える話じゃない。
「でもな」
ガレウス団長が俺を見る。
「そのとき初めて、俺は何かを守った気がした」
短い沈黙のあと、団長は続けた。
「何年か身を潜めて暮らした。そいつは今、俺とは別の場所で生きてる」
「……生きてるんですね」
「ああ」
口元がほんの少し緩む。
「俺の誇りだ」
「だが、元の仲間は俺を許さなかった。裏切り者を放っとくような連中じゃねぇ」
ガレウス団長の目が細くなる。
「だから決めた。ああいう連中を潰す。俺みてぇなやつも、あのガキみてぇなやつも、これ以上増やさねぇ」
「それで……今の団を?」
「おう」
短く頷く。
「俺と似たような過去を持ってて、それでも守りてぇもんまで捨てちゃいねぇ奴らを集めた」
一度、火に目を落とす。
「居場所がねぇやつの、居場所を作った」
俺も、その中にいる。
「……それでも、自分たちを盗賊って呼ぶんですね」
「呼ぶさ」
ガレウス団長はあっさり答えた。
「俺たちは奪う。善人のふりする気はねぇ」
そして、俺をまっすぐ見る。
「だが――やるなら筋は通す。奪うなら守るために奪う。奪ったなら、返せるもんは返す。……今日みたいにな」
「ユイト」
「はい」
「お前にも、奪う力がある。それも、物じゃねぇ。人の中身に手を突っ込むような力だ」
無意識に左手を握った。
「俺たちが奪うのは、せいぜい金や物だ。お前はこれから、もっと嫌な選択をすることになる」
「……俺、自分の能力が怖いです」
ガレウス団長はすぐに頷いた。
「なら、その怖さは捨てるな」
「……え?」
「だが、怖いからって、選ぶことまで誰かに預けるな」
低い声が、まっすぐ胸に入ってくる。
「何を奪う。何を守る。そもそも使うのか、使わねぇのか。最後に決めるのはお前だ」
団長が焚き火を回り込み、大きな手を俺の右肩に置いた。
「決めたなら、その結果から逃げるな。それが盗賊としての――いや、人としての筋だ」
筋。
「……怖くても、自分で決めます」
「おう」
「決めたことからも、逃げません」
ガレウス団長は俺の肩から手を離し、隣へ腰を下ろした。口元だけで笑う。
「なら、明日も訓練だな」
「……そこにつながるんですか」
「当たり前だ。選んでも、実行できなきゃ意味がねぇ」
思わず息が漏れた。
広場の端から、小さな足音が近づいてきた。
振り向くと、ライラが毛布を肩にかけたまま立っていた。
「……起きてたのか」
「起きてない。たまたま目が覚めただけ」
眠そうな声で言いながら、ライラは焚き火のそばへ腰を下ろす。
ガレウス団長が鼻を鳴らした。
「ずいぶん都合よく目が覚めるじゃねぇか」
「ほんとだって。……ちょっと声が聞こえただけ」
「それを聞き耳って言うんだよ」
「違うし。確認してただけ」
「また確認かよ」
俺が言うと、ライラはぷいっと横を向いた。
耳の先が少し赤い気がしたが、焚き火のせいにしておく。
ガレウス団長は足元の布包みを顎で示した。
「そういや、もう一つあった」
「何がですか?」
「野盗の隠し荷に混じってた」
布を開くと、小さな瓶が出てきた。
底には、白い粉がわずかに残っている。
薬草でも、砂でもない。
瓶の口を鼻へ近づけると、甘ったるい匂いの奥に、鼻を刺すような刺激があった。
「……なんですか、これ」
少し離れた場所にいたレナリア先輩が、こちらへ歩み寄る。
瓶を見るなり、表情が変わった。
「……その瓶」
「知ってるんですか?」
レナリア先輩はすぐには答えず、瓶を手に取った。
「王都で、似たものを見たことがある。使った人がおかしくなるって噂も聞いてる」
ガレウス団長の目つきが変わる。
「確かか?」
「同じものとは言い切れません。でも、調べる価値はあります」
団長は一度だけ頷いた。
「なら決まりだ」
「……?」
「次は王都だ。こいつの出所を追う」
王都。
まだ見たことのない大きな街。
嫌な予感がした。
けれど、今度は目を逸らしたくなかった。
ガレウス団長は立ち上がる。
「明日は早ぇ。もう寝ろ」
数歩進んでから、足を止めた。
「ユイト」
「はい」
「さっきの話、忘れんなよ」
「……はい」
それだけ言って、団長は寝床へ戻っていった。
レナリア先輩も瓶を布で包み直し、そのあとを追う。
焚き火の前には、俺とライラだけが残った。
しばらく、どちらも口を開かなかった。
やがてライラが、火を見たまま言う。
「……団長の話、ちょっと分かる」
「何が?」
「同じような目に遭う人を、もう増やしたくないってやつ」
いつもの軽さがない。
「あたし、守れなかったことがある」
俺はライラを見る。
「団に来る前。……一人だった頃」
それ以上は言わなかった。
俺も聞かなかった。
ライラが話したくなった時に話せばいい。
「だからさ」
ライラは俺の手の甲に指先を置いた。
「あたしも偉そうなことは言えないけど、ユイトが変な方へ行ったら引っ張る」
「戻らなかったら?」
「殴る」
「やっぱり殴るのかよ」
「一番分かりやすいでしょ」
ライラが少しだけ笑った。
俺もつられて、口元を緩めた。
「……じゃあ、お前が止まった時は、俺が引っ張る」
ライラが一瞬だけ目を丸くした。
それから、小さく笑う。
「うん。任せた」
それ以上は、何も言わなかった。
「……寝るぞ」
「うん。寝よ」
俺たちは焚き火を消し、寝床へ戻った。
明日、この拠点を発つ。
向かう先は――王都。




