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奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第一章 盗賊団の日常

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第7話「盗賊の筋」

 村から戻った夜。


 拠点の広場では、焚き火がまだ赤く燃えていた。団員たちはほとんど寝床へ散り、馬車の軋みも木箱の音も止まっている。

 俺は焚き火のそばに腰を下ろし、左の掌を開いた。


 昼間、村では返された荷を抱いて泣く人がいた。

 あの顔は覚えている。

 けれど同じくらい、《矜持》を奪った直後、野盗が見せた生気の抜けた目も頭から離れなかった。

 返せるものと、返せないもの。

 その違いを考えるほど、ひとつだけ聞きたいことが残った。


 焚き火の向こうでは、ガレウス団長がひとり薪を足していた。

 でかい背中が、炎越しにゆっくり揺れる。

 俺は一度だけ迷ってから、声をかけた。


 「……ガレウス団長。少しいいですか?」

 「おう」

 振り向かないまま、薪の位置を直す。

 「眠れねぇのか?」

 「……はい。ちょっと、聞きたいことがあって」

 「今日の村で泣かれたのが効いたか?」

 「からかわないでください」

 ガレウス団長が鼻で笑う。

 「じゃあ、何が聞きてぇ」

 見抜かれている。

 俺は息を吸った。

 「ガレウス団長は……なんで盗賊団なんか、やってるんですか」


 焚き火がぱちんと爆ぜた。

 ガレウス団長はすぐには答えなかった。

 火を見て、それから俺を見る。

 「……そろそろ話してもいい頃か」

 いつもの豪快さが消えた。

 「俺はな、ユイト。生まれも育ちも盗賊だ」

 「……え」

 「両親も兄貴も、みんなそうだった。まともな村には住めねぇ。身分札もねぇ。稼ぎ口もねぇ。……生きるために奪うしかなかった」

 言い方は乱暴なのに、声は静かだった。


 「子どもの頃、よく考えた。なんで俺たちは追われる側なんだって」

 ガレウス団長は暗い森へ目を向ける。

 「答えは簡単だ。奪うからさ。……けどな」

 薪が崩れ、小さな火の粉が上がった。

 「今は、ひとつだけ決めてることがある」

 「決めたこと?」

 「どうせ奪うなら、価値のあるもんを奪え」


 価値。

 俺は左の掌に目を落とした。

 「価値って……金とか宝とか?」

 「違ぇよ」

 ガレウス団長は火を見たまま答えた。

 「価値ってのは、使い道だ。奪ったあと、それを何に使う。誰が助かる。何が残る。そこまで考えて初めて価値になる」

 昼間、麦の袋を抱きしめた老人の顔が浮かんだ。


 「十代の頃、俺は別の盗賊団にいた」

 団長の声が低くなる。

 「暴力と略奪を、強さだと思ってる連中だった。奴隷売買もする。村も焼く。……俺も最初は、その中にいた」


 俺は何も言えなかった。

 「強くなって、上に立って、名を上げる。それが生きるってことだと思ってた」

 ガレウス団長は少しだけ目を細める。

 「けど、ある日。いつもみてぇに村を襲った」

 火が鳴る。

 「小さなガキが、死んだ母親にしがみついて泣いてた」

 団長の手が止まった。

 「そいつが俺を見て、『助けて』って言った」

 胸の奥が痛んだ。

 助けを求めても、誰も来ない怖さを、俺は知っている。


 「敵も味方も関係なく、俺にすがってきた。……その顔を見たら、急に分からなくなった」

 「何が、ですか」

 「俺が何のために強くなったのかだ」

 ガレウス団長は自嘲するように笑った。

 「強ぇつもりでいたのに、目の前のガキ一人も泣き止ませられねぇ」


 しばらく、薪の爆ぜる音だけが続いた。

 「その夜、俺はそいつを連れて団を抜けた」

 「……逃げたんですか」

 「おう。そっから先は地獄だ。追われて、隠れて、また追われた」

 軽く言っている。

 けれど、笑える話じゃない。

 「でもな」

 ガレウス団長が俺を見る。

 「そのとき初めて、俺は何かを守った気がした」


 短い沈黙のあと、団長は続けた。

 「何年か身を潜めて暮らした。そいつは今、俺とは別の場所で生きてる」

 「……生きてるんですね」

 「ああ」

 口元がほんの少し緩む。

 「俺の誇りだ」


 「だが、元の仲間は俺を許さなかった。裏切り者を放っとくような連中じゃねぇ」

 ガレウス団長の目が細くなる。

 「だから決めた。ああいう連中を潰す。俺みてぇなやつも、あのガキみてぇなやつも、これ以上増やさねぇ」

 「それで……今の団を?」

 「おう」

 短く頷く。

 「俺と似たような過去を持ってて、それでも守りてぇもんまで捨てちゃいねぇ奴らを集めた」

 一度、火に目を落とす。

 「居場所がねぇやつの、居場所を作った」


 俺も、その中にいる。


 「……それでも、自分たちを盗賊って呼ぶんですね」

 「呼ぶさ」

 ガレウス団長はあっさり答えた。

 「俺たちは奪う。善人のふりする気はねぇ」

 そして、俺をまっすぐ見る。

 「だが――やるなら筋は通す。奪うなら守るために奪う。奪ったなら、返せるもんは返す。……今日みたいにな」


 「ユイト」

 「はい」

 「お前にも、奪う力がある。それも、物じゃねぇ。人の中身に手を突っ込むような力だ」

 無意識に左手を握った。

 「俺たちが奪うのは、せいぜい金や物だ。お前はこれから、もっと嫌な選択をすることになる」


 「……俺、自分の能力が怖いです」

 ガレウス団長はすぐに頷いた。

 「なら、その怖さは捨てるな」

 「……え?」

 「だが、怖いからって、選ぶことまで誰かに預けるな」

 低い声が、まっすぐ胸に入ってくる。

 「何を奪う。何を守る。そもそも使うのか、使わねぇのか。最後に決めるのはお前だ」

 団長が焚き火を回り込み、大きな手を俺の右肩に置いた。

 「決めたなら、その結果から逃げるな。それが盗賊としての――いや、人としての筋だ」


 筋。


 「……怖くても、自分で決めます」

 「おう」

 「決めたことからも、逃げません」

 ガレウス団長は俺の肩から手を離し、隣へ腰を下ろした。口元だけで笑う。

 「なら、明日も訓練だな」

 「……そこにつながるんですか」

 「当たり前だ。選んでも、実行できなきゃ意味がねぇ」

 思わず息が漏れた。


 広場の端から、小さな足音が近づいてきた。

 振り向くと、ライラが毛布を肩にかけたまま立っていた。

 「……起きてたのか」

 「起きてない。たまたま目が覚めただけ」

 眠そうな声で言いながら、ライラは焚き火のそばへ腰を下ろす。

 ガレウス団長が鼻を鳴らした。

 「ずいぶん都合よく目が覚めるじゃねぇか」

 「ほんとだって。……ちょっと声が聞こえただけ」

 「それを聞き耳って言うんだよ」

 「違うし。確認してただけ」

 「また確認かよ」

 俺が言うと、ライラはぷいっと横を向いた。

 耳の先が少し赤い気がしたが、焚き火のせいにしておく。


 ガレウス団長は足元の布包みを顎で示した。

 「そういや、もう一つあった」

 「何がですか?」

 「野盗の隠し荷に混じってた」

 布を開くと、小さな瓶が出てきた。

 底には、白い粉がわずかに残っている。

 薬草でも、砂でもない。

 瓶の口を鼻へ近づけると、甘ったるい匂いの奥に、鼻を刺すような刺激があった。


 「……なんですか、これ」

 少し離れた場所にいたレナリア先輩が、こちらへ歩み寄る。

 瓶を見るなり、表情が変わった。

 「……その瓶」

 「知ってるんですか?」

 レナリア先輩はすぐには答えず、瓶を手に取った。

 「王都で、似たものを見たことがある。使った人がおかしくなるって噂も聞いてる」

 ガレウス団長の目つきが変わる。

 「確かか?」

 「同じものとは言い切れません。でも、調べる価値はあります」


 団長は一度だけ頷いた。

 「なら決まりだ」

 「……?」

 「次は王都だ。こいつの出所を追う」

 王都。

 まだ見たことのない大きな街。

 嫌な予感がした。

 けれど、今度は目を逸らしたくなかった。


 ガレウス団長は立ち上がる。

 「明日は早ぇ。もう寝ろ」

 数歩進んでから、足を止めた。

 「ユイト」

 「はい」

 「さっきの話、忘れんなよ」

 「……はい」

 それだけ言って、団長は寝床へ戻っていった。

 レナリア先輩も瓶を布で包み直し、そのあとを追う。


 焚き火の前には、俺とライラだけが残った。

 しばらく、どちらも口を開かなかった。

 やがてライラが、火を見たまま言う。

 「……団長の話、ちょっと分かる」

 「何が?」

 「同じような目に遭う人を、もう増やしたくないってやつ」


 いつもの軽さがない。

 「あたし、守れなかったことがある」

 俺はライラを見る。

 「団に来る前。……一人だった頃」

 それ以上は言わなかった。

 俺も聞かなかった。

 ライラが話したくなった時に話せばいい。


 「だからさ」

 ライラは俺の手の甲に指先を置いた。

 「あたしも偉そうなことは言えないけど、ユイトが変な方へ行ったら引っ張る」

 「戻らなかったら?」

 「殴る」

 「やっぱり殴るのかよ」

 「一番分かりやすいでしょ」

 ライラが少しだけ笑った。

 俺もつられて、口元を緩めた。

 「……じゃあ、お前が止まった時は、俺が引っ張る」

 ライラが一瞬だけ目を丸くした。

 それから、小さく笑う。

 「うん。任せた」


 それ以上は、何も言わなかった。

 「……寝るぞ」

 「うん。寝よ」


 俺たちは焚き火を消し、寝床へ戻った。

 明日、この拠点を発つ。

 向かう先は――王都。

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