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奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第一章 盗賊団の日常

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第6話「奪い、還す者」

 広場で《万象奪界》のことを話してから、ずいぶん時間が経った。

 それでも眠れなかった。

 俺は毛布を胸まで引き上げ、目を開けたまま木組みの天井を見つめていた。

 昼間の戦いを思い出す。

 ――直接手を下してなくても、原因はお前だろ?

 野盗の声と、焦点を失った男の目が、頭の中で重なった。

 膝から力が抜けていく瞬間。

 そして、この手で何かを引き抜いた感触。

 (……俺は、また奪った)

 左手を握る。

 能力のことを話しても、怖さが消えたわけじゃない。

 ただ、もう一人で隠しておくことはできなくなった。


 扉がかすかに軋み、開いた。

 「……起きてる?」

 ライラだった。

 勝手に入ってくると、寝台の脇へ腰を下ろす。

 「なにその顔。“いつものユイト”どこ置いてきたのさ」

 「……置いてきたんじゃねぇ。落としてきた」

 「じゃあ拾ってこないとね」

 軽く言ってから、ライラは俺の左手を見る。

 少し迷って、両手でそっと包んだ。

 「……まだ、残ってる?」

 何のことかは聞かなくても分かった。

 「……ああ」

 「そっか」

 それ以上、無理に励まそうとはしなかった。

 ただ、手だけは離さない。


 「俺さ……奪う瞬間は、正しいって思えるんだ。守るためだって。でも終わった途端、人を見る前に、その人が何を持ってるか探してしまう」

 「……うん」

 「いいな、とか。欲しい、とか。俺、そういうの嫌いだったのに」

 ライラは笑わなかった。

 「じゃあ、そうなったら言って」

 「何を」

 「欲しくなってるって」

 「……それだけ?」

 「それだけ。あたしが止めるから」

 あまりにも簡単に言う。

 だからこそ、少しだけ肩の力が抜けた。


 不意に、目の奥がずきっと疼いた。

 まだ使えるか確かめようと、《穿界視》へ意識を向ける。

 木壁へ焦点を合わせても、視界の奥が薄く濁る。無理にその先を見ようとした瞬間、痛みが強くなり、俺はすぐに力を閉じた。

 (……今日、使いすぎたか)

 「そういえばさ」

 ライラが声を変える。

 「明日、団長が何するか知ってる?」

 「野盗の荷を返しに、村へ行く」

 「そ。ユイトも一緒にね」

 俺も、返す側に立つ。

 団長たちがそうしてきたことは知っていた。でも、俺が持ち主へ荷を届けるのは初めてだった。

 そのことが、妙に胸に残った。


 「……眠れそう?」

 「まだ無理だな」

 「じゃあ目つぶってなよ。眠るまでいてあげる」

 「……お前が?」

 「なにその顔。今日は寝落ちしないって」

 「信用できねぇ」

 「うるさい」

 ライラが笑う。

 その声を聞きながら、俺は目を閉じた。

 奪った感触は、まだ消えていない。

 それでも明日は、この手で返すものを運ぶ。

 今は、それだけ考えることにした。


*


 夜明け前から、拠点には足音が満ちていた。馬車の軋む音。木箱を積む音。縄を締める音。荷台に並ぶ木箱には、金貨、銀細工、衣服、薬草、乾燥肉――そして村印の付いた袋がいくつも。

 「よくここまで溜め込んだもんだな、あのクズども」

 ガレウス団長が鼻を鳴らす。

 「……全部、返すんですか」

 俺が聞くと、ガレウス団長は当然みたいな顔で言った。

 「当たり前だ。奪ったのはあいつらだ。元の持ち主に戻す」


 誰かの冬を越すための食料。

 誰かが働いて蓄えた金。

 持ち主の顔を知らなくても、それが誰かの暮らしだったことだけは分かった。

 ふと横を見ると、ライラがあくびを噛み殺しながら荷台の縄をきゅっと締めていた。目が合った瞬間、彼女はにやっと笑う。

 「今日のユイト、ちゃんと“いつもの顔”してる」

 「してねぇ」

 「してるって。ほら、眉がちょっとマシ」

 「褒め方が雑すぎる」

 「雑でも褒めてる。大事」

 荷を積み終えると、俺たちは馬車で山を越え、村へ向かった。


*


 村は、山の陰に隠れるようにして建っていた。

 畑は痩せ、ところどころ屋根も傷んでいる。

 馬車が近づくと、道にいた村人たちが足を止めた。

 一人が子どもの肩を抱き、家の中へ下がらせる。

 別の男は、こちらを警戒するように農具を握った。


 「……野盗の仲間だと思われてる」

 レナリア先輩が小さく呟く。

 「しゃーねぇ。ここらは何度もやられてんだろ」

 ガレウス団長が馬車から降り、村の中央へ歩み出た。

 「――おい、聞け!」

 村人たちの視線が集まる。

 「ここにあるのは、昨日潰した野盗どもが溜め込んでた荷だ! 金も薬も食いもんも服も――心当たりがある奴は出てこい!」

 一瞬、誰も動かなかった。

 やがて一人が、荷台を指さす。

 「……村印の袋……」

 別の老人も、一歩だけ前へ出る。

 「返して……くれるのか」

 「……本当に?」

 ガレウス団長は肩をすくめた。

 「そんな顔すんな。俺たちは、取られたもんを運んできただけだ」

 そして俺へ顎をしゃくる。

 「ユイト。村印の袋から確認しろ。持ち主を間違えるなよ」

 「はい」


 俺は荷台へ上がり、右手で最初の袋を手前へ引き寄せた。

 麻袋の隅には麦の穂を模した村印。その下に、三本線の印が縫いつけられている。

 「この印に心当たりは?」

 人垣の奥で老人が息を呑んだ。

 「……息子夫婦の家の印だ」

 差し出された木札と見比べる。

 同じ三本線が刻まれていた。

 「間違いない。返します」

 ライラに袋の底を支えてもらい、老人へ渡す。老人はその重さを確かめるように、両腕で抱え込んだ。


*


 捕らえてきた野盗たちは村長へ引き渡し、荷は一つずつ持ち主を確かめながら返していった。

 家の印。

 袋に縫いつけられた印。

 中身や傷の位置まで確かめる者もいた。

 それでも持ち主が分からなかった物だけは、村長と村人たちを交えて振り分ける。

 薬草は病人のいる家へ。

 衣服は冬支度の足りない家へ。

 乾燥肉は、その場で数を確認して分けた。

 誰も揉めないように、ガレウス団長たちは何度も確認していた。

 これは、一度や二度の経験で身につく手際じゃなかった。

 村の外れにある小さな家へ行ったとき、一つの袋の底から古びた木彫りの笛が出てきた。

 老婆が、それを見た瞬間に息を止めた。

 「……それ」

 震える手で受け取る。

 笛にはひびが入り、もう音は出ない。

 「野盗に家の物を袋ごと持っていかれてな……」

 老婆は笛を胸へ抱いた。

 俺は自分の左手を見る。

 俺が奪ったのは、形のない《矜持》だった。

 でも、あの男を支えていた何かを、俺は確かに引き抜いた。

 善いものだったとは思わない。

 だとしても――人から何かを奪う重さは変わらない。

 (忘れちゃいけないな)

 だから俺は、ここに来てよかったと思った。


*


 帰り道。

 夕焼けが山道の影を長く伸ばしていた。

 荷を返し終えた馬車は、来た時よりずっと軽い音を立てている。

 俺たちは、その横を歩いていた。

 村が見えなくなった頃、ガレウス団長が俺の隣へ並んだ。

 「今日のうちに、一つ言っとく」

 「なんですか」

 「お前の力のことだ」

 俺は団長を見る。

 「能力ってのは、使い方を覚えりゃ伸びる」

 「……伸びる?」

 「ああ。精度が上がる。長く使えるようになる。能力によっちゃ、できることそのものが増えることもある」

 ガレウス団長が前を歩くライラを顎で示した。

 ライラは歩きながら、小さな火花を指先に灯しては消している。

 「同じ炎でも、ただ燃やす奴もいりゃ、あいつみたいに刃にする奴もいる。能力は持って終わりじゃねぇ。どう使うかで変わる」

 「……じゃあ、《万象奪界》も」

 口にした瞬間、ガレウス団長の表情が変わった。

 「だから焦るな」

 「……え?」

 「お前の力は人間の中身に触る。便利になることだけ考えて鍛えりゃ、力より先にお前が壊れる」

 昨日、《矜持》を奪った直後の感覚が蘇った。

 もっと欲しい。

 もっと奪いたい。

 「……じゃあ、どうすれば」

 「体を鍛えろ。判断を鍛えろ」

 団長は前を向いたまま続ける。

 「それと、自分がおかしくなった時に気づいてくれる奴を作っとけ」

 前を歩いていたライラが振り返る。

 「なに? あたし呼んだ?」

 「呼んでねぇ」

 「じゃあ勝手に見張っとく」

 「何をだよ」

 「ユイトがちゃんとユイトかどうか」

 ライラが戻ってきて、俺の手の甲を指先でちょんと突く。

 「確認。まだ人間?」

 「その確認いらねぇ!」

 「いるって。すぐ変な顔するし」

 「してねぇ!」

 「してるしてる」

 くすくす笑う声が、夕暮れの山道に響いた。

 掌には、まだ奪った感触が残っている。

 でも今日は、その同じ手で、奪われた物をいくつも返した。

 しばらく歩いたところで、ガレウス団長が唐突に俺を見た。

 「おい、ユイト」

 「……なんですか」

 「肩が治ったら、訓練を増やす」

 「……はい」

 「筋肉が足りねぇ」

 「そっちですか?」

 「能力が強くても、身体がついてこなきゃ意味ねぇ。まず食え」

 「どれくらい」

 「今の三倍」

 「急に具体的ですね……」

 ライラがぷっと吹き出した。

 「三倍食べたら、ユイトより先に食糧庫が死ぬよ」

 「誰のせいで食糧庫が軽くなってると思ってんだ」

 「夜食は別腹」

 「腹の話じゃねぇよ」

 俺たちはそんな軽口を叩きながら、拠点への道を歩いた。

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