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奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第一章 盗賊団の日常

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第3話「恐怖が呼ぶ力」

 「ユイト〜、こっちこっち!」

 木漏れ日を裂いて、ライラの声が跳ねる。赤橙色の髪が、森の緑の中で火花みたいに揺れた。

 「おい、ライラ! あんまり奥に行くなって、レナリア先輩に言われてただろ!」

 怒鳴りながら追いかけるのに、俺の足取りはどこか軽かった。拠点の裏手――獣が多く、団員たちも「危険地帯」と呼び、奥までは入らない“灰色の森”。訓練の終わりに森の鳥を一斉に飛び立たせた何かは、結局見つからなかった。

 危険だと分かってる。

 それでも、引き止めるより先に、ライラの背中を追ってしまう。

 ……守れなかったことがある人間ほど、止めるのが遅い。


 「ねえ、これ! 前に話してた石碑、やっと見つけた!」

 ライラの声が、木々の奥から届いた。

 今日は食料用の罠を見回り、木の実と薬草を持ち帰る予定だった。獲物が罠にかかっていなければ、今夜の飯は干し肉と固いパンになる。そんな道中で、ライラが以前から探していたものを見つけたらしい。


 苔むした岩陰の先。

 割れた石碑が、半分だけ土から覗いていた。

 いや、石碑だけじゃない。

 地面を覆う落ち葉の下から、白い石畳が細く伸びている。太い木の根に持ち上げられ、ところどころ砕けながらも、森のさらに奥へ続いていた。昔は、ここに道があったのかもしれない。石碑には、読めない古い文字が刻まれている。

 文字の上には、大きさの違う二つの円が刻まれていた。

 その下では、人間と頭に角を持つ何者かが向かい合っている。風雨に削られ、ほとんど形を失っていた。それでも、ここに今とは違う時代があったことだけは分かった。


 「……これ、何の石碑だ?」

 「分かんない。でも、向こうにも何かあるかも」

 ライラが、石畳の続く暗がりを覗き込む。その頭上を、硝子みたいに透き通った羽を持つ青い鳥が横切った。日の光を受けた翼が、青、紫、金へと色を変える。

 鳥は一度だけ俺たちを見下ろし、遺跡の奥へ吸い込まれるように消えた。

 綺麗だった。

 怖いほどに。

 この森の奥には、俺たちが知らないものがまだいくつも眠っている。

 そんなことを、初めて思った。


 「だからって、ひとりで突っ走るな。……危険地帯だぞ」

 「だいじょーぶ。ユイトがいるし!」

 「……そういう問題じゃねぇよ」

 口では怒りながら、俺は石碑の前にしゃがみ込む。

 指で苔を払う。

 文字の溝に残っていた淡い青色の光が、指先から逃げるように一瞬だけ瞬いた。ひんやりした石の感触が、妙に現実味を持って掌に残る。


 ――そのとき。

 背後の茂みが、ざり、と鳴った。

 「……誰だ」

 「……思ったより若いな」

 低い声だった。

 笑いがない。値踏みする目だ。

 「灰色の森に入れる程度の腕はある、ってことか」

 二人が木々の間から滑り出る。

 野盗だ。

 先日、森の鳥を一斉に飛び立たせたのは、こいつらだったのか。

 服には、泥と乾いた血がこびりついている。剣の持ち方も、慣れ切っていた。

 「ガキ一匹と……女か。この女、上物じゃねーか。かなりの値がつく」

 怒りじゃなく、仕事の目。

 その冷たさが、ただの怒声より怖かった。


 「やめろ……!」

 ライラが一歩退いた。けど、足が地面に縫い付けられたみたいに動かない。怖い。分かる。訓練の木剣とは違う。本物の殺意がそこにある。

 俺は、前に出た。

 ――守れ。

 ――また奪われるな。

 胸の奥で、黒い熱がうねった。


 「金ならねぇ。……帰れ」

 「だぁれが帰るかよ」

 男の一人が、斜めから踏み込む。

 刃が走る。俺は腰の鉄剣を抜き、その一撃を受けた。金属が噛み合う音が耳を裂く。

 (速い……!)

 腕が痺れる。受けるだけで押し負けそうになる。

 もう一人が回り込む。

 視界の端で、ライラが息を呑むのが見えた。


 「――っ!」

 俺が踏み直した途端、木の根に足が引っかかった。

 わずかに体勢が崩れる。

 (まずい)


 そこへ、三人目が木の陰から飛び出した。狙いは俺じゃない。ライラだ。姿を現したばかりなのに、男の視線には迷いがなかった。ライラの位置を探す素振りすらない。最初からそこにいると分かっていたみたいに、刃の先がまっすぐライラへ向いている。

 「――っ!」

 考えるより先に身体が動いた。俺はライラを突き飛ばし、その前へ踏み込む。動けた。自分でも驚くほど、迷いなく。

 だが――刃までは避けきれなかった。

 「ぐっ……!」

 左肩を刃が走る。焼けるような痛みが、一気に広がった。


 鮮血が噴き出す。視界が揺らぐ。

 「ユイト……っ!」

 ライラの声がひきつる。

 俺の中の黒い熱が、さらに濃くなる。

 ――奪われる。

 ――また、奪われる。

 (やめろ)


 肩を掴まれ、引き倒される。

 三人目が覆いかぶさり、刃先が喉元へ迫った。

 「ガキがァ……死ねやッ!」

 息が止まる。

 世界が狭くなる。

 残る二人の足音が近づく。

 ――半開きの玄関の向こうで、家族が他人に踏みにじられた夜と同じだ。

 今度も、また「間に合わなかった」で終わるのか? 嫌だ。三度目は嫌だ。俺は、奪ってでも――守る。


 (くそ……動け……!)

 動け。

 動けないなら――

 その願いに、何かが応えた。

 頭の奥で、世界が“軋む”音がした。

 視界が反転し、色が薄くなる。音が遠のく。

 そして、はっきりと“囁き”が来た。

 ――奪え。


 触れられている左肩から黒紫の光が溢れ、野盗の身体を包んだ。

 頭の奥へ、相手の“中身”の輪郭が押し寄せる。

 (来た……!)

 《万象奪界(ばんしょうだっかい)》が、再び目を覚ました。


 ――“あの時”は、選んだ自覚すらなかった。

 何が並んでいるのか確かめる余裕もなく、本能のまま掴み取っただけ。

 ……でも今は違う。接触して、ひとつだけ選ぶ。

 目の前の男の中に、いくつもの“札”みたいな輪郭が浮かぶ。その瞬間、腹の底の魔力が一気に削られた。

 (選ぶだけで、これか……)

 弱い筋力。鈍い痛覚。空間把握。薄い魔力。

 鋭い視覚。その奥に、それと絡み合った、名前の分からない力がある。

 それだけじゃない。恐怖。怒り。殺意。そして、その奥には記憶まであった。何を覚えているのかまでは分からない。

 男の視線が、俺を正確に捉えている。

 (なら――あの「見る力」を)

 俺は、その輪郭を選んだ。

 ――掴め。

 さらに魔力が引き抜かれ、視界が一瞬暗くなる。掌の奥で、何かが“ちぎれる”感覚がした。


 「……っ!? な、なんだよ……っ!」

 野盗の瞳から、何かが“抜ける”のが分かった。

 同時に、俺の中へ何かが流れ込んでくる。

 ――世界が、透けた。

 野盗の服の下にある骨格と筋肉。その腰に隠された短い刃まで見える。

 「う、うわっ……! 見えねぇ!? 何も……っ、何も見えねぇ!!」

 男はまだ俺の左肩を掴んでいる。もう一度意識を向けたが、《万象奪界》は沈黙したままだった。

 一人から奪えるのは、ひとつだけ。

 男の刃を転がってかわし、立ち上がる。

 距離感を失った男が根につまずく。その鳩尾へ柄頭を打ち込むと、男は膝をついた。


 残る二人の足音が近づく。

 顔を上げると、木々の向こうに続く地形も、草に隠れた石や木の根も透けていた。茂みの奥には、身を潜める獣まで見える。

 ただ、焦点を合わせた場所だけが鮮明で、その周囲は薄い霧をかけたように滲む。

 もっと遠く、深くまで見ようとした途端、視界の端に白いノイズが走った。

 「っ……!」

 目の奥が痛む。情報が多すぎて、頭まで割れそうになる。

 (範囲にも、深さにも限界がある……)

 俺は目前の野盗へ焦点を戻した。

 「……《穿界視(ピアースサイト)》」

 口から、名前が漏れた。


 正面の野盗が舌打ちし、突っ込んでくる。

 「クソガキがぁっ!! 調子乗ってんじゃねえぞ!」

 野盗の腹の奥から腕へ、握った剣へと淡い光が流れた。魔力だ。

 肩の筋肉が張り、重心がわずかに前へ傾く。

 (動く前に……分かる)

 これは、ただの透視じゃない。

 (踏み込む。重心が前。膝が開く。肩が落ちる――上段)

 俺は半歩ずらし、剣を受け流す。

 そのまま懐へ潜り、柄で鳩尾を叩いた。

 「ふっ!」

 硬い感触が手に返る。

 野盗が息を詰まらせ、膝をついた。

 それでも男はよろめきながら立ち上がり、背を向けて逃げようとした。俺は追いつき、柄頭をこめかみに打ち込んだ。

 男の足から力が抜け、落ち葉の上へ崩れる。


 最後の一人が青ざめて後ずさった。

 「な、なんだよ……! お前、なんなんだよ……!」

 野盗の腰が引く。

 踵が浮き、重心が後ろへずれた。

 ――逃げる。

 視線をその先へ向ける。

 木々の向こうへ焦点を合わせると、男の進路が透けて浮かんだ。

 張り出した木の根。低く垂れた枝。その先には、足場の悪い斜面。

 (そっちへ行くのか)

 未来が見えているわけじゃない。

 身体が出す兆しから動きを読み、その先に何があるのかまで拾える。

 《万象奪界》を使ったときから、胸の奥に居座る黒い衝動が囁いた。

 ――逃がすな。

 それでも、選ぶのは俺だ。

 野盗が身を翻す。

 俺は一気に距離を詰め、柄をこめかみに叩き込んだ。

 鈍い音がした。

 「がっ……」

 野盗はその場へ崩れ落ちた。

 ――これで、戦える奴はいない。

 少し離れたところでは、視覚を奪われた野盗が地面を掻きながら、必死に方向を探していた。

 ……この森で、目を失うってことがどういう意味か。

 考えるまでもない。


*


 「ユイトッ!!」

 ライラが駆け寄り、ふらつく俺を支えて地面に座らせた。

 左肩から血が滲み、服が重い。ライラは隣に膝をつき、服の上から傷口を押さえた。

 「だ、大丈夫……!? ごめん……っ、あたし……動けなくて……!」

 声が震えている。

 それでも、傷を押さえる手は離れなかった。

 「……謝るな」

 息を整えながら、俺は言った。


 「ライラが止まるのは普通だ。訓練じゃ、あの目には慣れない」

 ライラは首を振った。

 「……普通じゃない」

 いつもと違う。からかいも強がりもない、剥き出しの声だった。

 「あたし、訓練してた。剣も、炎も。ちゃんとやってきたつもりだった」

 空いた手を、膝の上で握りしめる。

 「なのに……本物の殺意を向けられた瞬間、全部どこかに吹っ飛んだ」

 唇を噛む。

 「木剣と本物が違うのは分かってた。でも、こんなに違うとは思わなかった」


 いつも俺の先を走っているライラが、初めて俺と同じ場所に立っている。


 「……次は、動けるかもしれない」

 俺が言うと、ライラは少しだけ間を置いて、短く答えた。

 「……動けるようになる。絶対」

 強がりじゃない。

 自分に言い聞かせている声だった。


 (俺は……奪った)

 守れた。助かった。

 なのに掌の奥が冷たい。

 誰かの“中身”を握りしめた感覚が、まだ残っている。それに――静かになった途端、遅れてくる。

 (……いいな)

 (強いな)

 (奪えば、もっと――)

 嫉妬と羨望が、泥みたいに沈殿していく。戦闘中は熱に紛れていたのに、我に返った瞬間、黒さだけが残る。

 目の奥が、ずき、と痛んだ。

 さっきまで“透けて”いた森が、急に濁る。焦点が合わない。視界の端が、微かに二重になる。

 (……使い続けたら、壊れる)

 俺は逃げないと決めた。


 隠しごとは癖になる。――ライラが言った通りだ。

 「……俺の力、《万象奪界》っていうんだ」

 俺は打ち明けた。

 触れて、選んで、一つだけ奪えること。

 対象は能力だけではない。感情も、記憶も含まれること。

 ただし、記憶の中身までは分からないこと。

 そして奪ったあとには、他人の持つものを「もっと欲しい」と思う感覚が残ること。使うほど、それが強くなる気がすること。

 分かっているのは、そこまでだった。


 「そんな力を……ずっと一人で?」

 ライラが目を見開き、唇を引き結ぶ。

 震えは止まらない。けれど目は逸らさない。

 「……怖かった、すごく。でも……」

 ライラは一度、息を吸って、言い切った。

 「ユイトが使ったのは、あたしを守るためだった。そうでしょ?」

 「……ああ」

 ライラは小さく頷いて、俺の手を握った。指先が微かに震えているのに、離さない。

 「だったら、あたしがユイトの心を守る。ね?」

 胸の奥が、じわっと熱くなる。

 「……ありがとな、ライラ」

 「……うん。任せて」

 風が吹く。森の匂いが戻ってくる。


 でも、俺の目はもう違う世界を見ていた。

 木々の向こう。

 土の下。

 人の内側。

 ――《穿界視(ピアースサイト)》を、俺は手に入れた。


 俺はもう、ただ守られるだけじゃない。

 この力を使って、守れる側へ行く。

 たとえ、そのために何かを奪うことになっても。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

ユイトと仲間たちの続きを見届けたいと思っていただけたら、ブックマークしていただけると嬉しいです。

毎日20:10に更新しています。

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