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奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第一章 盗賊団の日常

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第2話「嫉妬は人間らしい」

 昼下がりの訓練場。


 陽射しは強いのに山奥の風は冷たく、汗が乾くと背中がひやりとした。俺は木剣を肩に乗せ、腕の筋肉が悲鳴を上げるのを感じながら、その場に崩れそうになる。

 「ふー……もうダメ。腕がもげそう……」

 木陰で革の水袋を揺らしていたライラが、わざとらしく首をかしげた。

 「えー? まだ午後の部、始まってないよ?」

 「お前……鬼か……?」

 「失礼だなあ。鬼じゃないよ。優しい先輩だよ? 鬼なら、もげるまで振らせるよ?」

 「今まさに振らせようとしてるだろ」

 「大丈夫。もげたら、ちゃんと拾ってあげる」

 「拾ったあとどうすんだよ」

 「今日の夕飯に添える」

 「食卓に俺の腕を並べるな!」

 ライラは水袋を抱えたまま、けらけらと笑った。

 ライラの横にいると、疲れが少しだけ薄くなる。うるさいのに、安心する。……兄妹みたいに。空を見上げると、拠点の屋根の端が見えた。前の世界では、画面の中で勝って負けてを繰り返して、何かをやり遂げた気になっていた。

 でも今は、剣を振れば汗をかくし、痛みも残る。逃げた分だけ、何も残らない。


 ――だから悔しい。だから欲しい。ここで生きるって、たぶんそういうことだ。

 ライラが器用にできることが、眩しくて、腹が立つ。そういう感情が自分の中にあること自体が、情けない。

 「ねえ、ユイト。今日、魔力制御もやろ」

 ライラの声が、急に少しだけ真面目になる。


 「……魔力制御?」

 「うん。ユイト、魔力は多いのに、操作が雑。力任せですぐバテるでしょ」

 言い返せない。


 魔力は“能力”を動かすための燃料みたいなものだ。誰でも火を起こしたり傷を治せたりするわけではなく、使えるのは自分が持つ能力だけ。

 世の中には能力を二つ三つ持つやつもいれば、ひとつしか持たないやつもいる。大抵の人間は何らかの能力を持っているが、魔力の流し方が下手なら暴発したり、形にならなかったりする。

 だから魔力操作がうまいほど、能力も扱いやすくなる――という理屈らしい。


 「じゃーん。見て見て、これ」

 ライラが掌を上に向ける。


 ふわり、と赤い炎が咲いた。ただ燃えるだけじゃない。呼吸に合わせて揺れ、花びらみたいに形を変えて、風に逆らうようにその場で踊る。

 「……相変わらず器用だな」

 「ま、才能ってやつ?」

 「ムカつく言い方すんな」

 「ライラ様すごい! ライラ様かわいい!って言いなよ」

 「言うか」

 ライラは楽しそうに笑う。その笑い方が、訓練場の陽射しみたいにまぶしい。彼女の能力は《紅蓮舞踏(クリムゾンダンス)》。

 炎を生み、操り、紅い刃へ変える。

 けれど、その紅刃を何本も同時に浮かべ、それぞれ別の軌道で動かすのは、ライラ自身が磨いてきた魔力操作だった。剣筋に合わせて火を走らせ、逃げ道を塞ぐように操る。派手なのに隙がない。……その無駄のなさが、俺には一番眩しい。

 「でもさ、この力も最初から使えたわけじゃないんだよ?」

 「はいはい、自慢は――」

 「ちがうって。団長に拾われて、ここへ連れてこられたときに目覚めたの」

 そう言うライラの笑みが、わずかに薄くなる。

 「怖くてさ。知らない大人ばっかりでさ。もう逃げられないって思った瞬間、体の奥が熱くなって……火が出た」

 「……」

 「で、あたしパニクって拠点の壁ちょっと焦がしてさ」

 「へー、ちょっとね」

 「うるさい!」

 ぷいっとそっぽを向いたまま、肩越しに続ける。

 「そのあと、レナリア先輩が教えてくれたんだよ。魔力の流し方も、火の“形”の作り方も」

 努力。積み重ね。ライラが、自分で手に入れたもの。

 それを俺は、触れて、選んで、一つだけ奪えてしまう。

 しかも奪ったあとには、他人の持つものが前より眩しく見える。

 「もっと欲しい」という渇きが、胸の底に澱のように残る。

 「……ユイト」

 気づけば、ライラが俺の顔を覗き込んでいた。


 「さっきから、顔こわい」

 「……そうか?」

 「うん。あたしが火出したら、嬉しそうにムカついてる顔」

 「最悪の表現だな」

 「それって、もしかして嫉妬?」

 やめろ。冗談みたいに軽いのに、逃げ道がない。

 俺は息を吐いて、正直に言った。

 「……しょうがないだろ。悔しいもんは悔しい」

 ライラは小さく頷き、少しだけ笑う。

 「うん。嫉妬って、人間らしくて好きなんだ」

 「……好き?」

 「うん。悔しいとか羨ましいとかって、何かを“欲しい”って思える気持ちじゃん。生きてる証拠」

 「ユイト、前よりちゃんと悔しがってる。前は、悔しがる前に引っ込んでたもん」

 その指摘は責めじゃなかった。むしろ、背中を軽く叩かれた気がした。

 俺は、怖い質問を口にしてしまう。

 「……ライラ。もし俺が、お前の才能を奪ったら、どうする?」

 ライラは驚いた顔をした。けれど目を逸らさない。


 「もしもの話? んー……最初は泣くかも」

 「……だよな」

 「でも、それでもユイトが生きるためだったら、いいよ」

 思わず息を呑んだ。許されていいのか。奪うことでしか生き延びられなかった俺が。

 ライラは指を一本立てる。


 「その代わり。奪った分、あたしの分まで強くなってね。じゃないと許さないから」

 冗談っぽい。けど目は真剣だった。

 それがあまりにもライラらしくて、胸が熱くなる。

 「……お前、ほんと変なやつだな」

 「ユイトに言われたくない」

 ライラが俺の額を、指先でちょんと突く。

 「大丈夫。何を気にしてるのかは分かんないけどさ。悔しいって思えるユイトなら、きっと乗り越えられるよ」

 俺は頷き、魔力の流れに意識を向けた。


*


 夕方。訓練場の片隅で、レナリア先輩の木剣が唸った。

 「腕だけで振るな。踏み込みに合わせて腰を回せ」

 「は、はいっ……!」

 木剣が肩口を掠め、遅れて髪が揺れた。

 「……ッ、今の、避けれた……?」

 「たまたまだ」

 先輩はそう言いながら、ほんのわずかに口元を緩める。

 「でも、少しずつ良くなっている」

 その一言が嬉しくて、俺は拳を握りしめた。――前に進めてる。そう思いたかった。


*


 夜。囲炉裏の火が爆ぜ、団員たちは酒と飯を囲んで笑っている。

 俺とライラは隅でパンとスープ。

 「今日のユイト、なかなかやるじゃん」

 「そりゃレナリア先輩とお前にボコされ続けてりゃ、少しはな」

 「ふふん。明日はもっとボコるから覚悟しといて」

 「鬼だわやっぱ……」


 温もりがある。人と過ごす時間が、ちゃんと“自分の時間”になっている。


 ――なのに、胸の奥には黒いものが沈んでいる。


 《万象奪界》。奪う。近道。楽になる甘さ。勝つために、守るために――と言い訳を並べれば、何でも正当化できてしまう。その言い訳ごと、いつか自分が信じてしまいそうで怖い。


 「……ねえ、ユイト」

 ライラが木のスプーンをくるくる回しながら、何でもないように言った。

 「ユイトの“能力”って、結局なに?」

 心臓がひゅっと縮む。


 この世界では多くの人が、魔力の育つ十歳ごろに神殿で祝福鑑定を受け、自分の能力の傾向を知る。

 けれど俺は、その年頃には身分札を持たない盗賊団の子どもだった。正規の神殿へ入れば、能力より先に身元を調べられるため、祝福鑑定を受けられなかった。

 十年近く一緒にいるのに、俺は自分の能力を曖昧にしたままだ。ライラの問いは、優しいのに鋭い。

 「……魔力が、ちょっと多いだけだよ」

 嘘ではない。魔力量が多いのは事実だ。ただ、それだけじゃない。

 「えー、絶対ちがう。あたし、勘いいんだよ?」

 笑ってごまかし、逃げるようにパンを口へ押し込む。うまく飲み込めず、喉につかえた。嘘まで一緒に引っかかっているみたいだった。


 「そのうち、ちゃんと話す」

 自分でも曖昧だと思う返事を吐き出す。

 ライラはじっと俺を見て――ふっと笑った。

 「……そっか。じゃあ、待つ」

 少しだけ優しい沈黙。


 けれど、すぐに身を寄せて悪戯っぽく囁く。

 「でもさ。隠しごとって、癖になると怖いよ?」

 「脅しか」

 「忠告〜♪」


 そこでライラは、珍しく視線を落とした。

 「……あたしも、ずっと隠してることあるし」

 「……お前が?」

 「うん。だから、おあいこ」


 それだけ言って、また木のスプーンをくるくる回し始める。

 俺も聞かなかった。

 聞けなかった、が正確かもしれない。

 嫉妬は人間らしい。

 なら、奪ったあとに残るあの渇きも、同じものなのだろうか。

 答えは出なかった。

 隣で、俯いたライラの瞳だけが小さく揺れていた。

 怖さを忘れたら終わりだ。そう分かっているのに――胸の奥の黒い声は、今日も小さく笑っていた。

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