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奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第五章 奪われる場所

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第7話「残ったもの」

 ルキアノスの赤い目が、俺を捉えていた。

 右手には剣。左腕にはライラの身体がかかっている。セレナも反対側から支えていたが、重みは少しずつ増していた。


 ルキアノスが歩き出した。

 右肩は下がり、脇腹と胸から血を流している。細身の剣の切っ先が、一歩ごとに土を掠めた。

 団長たちがつけた傷だ。

 まだ、こっちへ来るのか。


 「来るな!」


 剣を向けても、切っ先が震えた。男の足は止まらない。

 近づいてくる腕を見た。あそこに触れて、あの力を奪いたい。


 俺は剣を地面へ落とし、右手を伸ばした。

 掌に黒紫の光が集まる。


 ――《万象奪界》。


 ルキアノスの歩みが、わずかに鈍った。土を掠めていた剣先が持ち上がる。

 あと一歩だ。あいつが近づけば、届く。

 俺は指を伸ばした。


 左腕が、ぐっと下へ引かれた。

 ライラの膝が折れていた。


 「ライラ!」


 右手はまだ、ルキアノスへ向いていたが、俺はその手を引き戻した。

 黒紫の光が消え、両腕で抱き留めると、セレナも必死に支えてくる。脇腹に痛みが走ったが、腕を緩めるわけにはいかなかった。

 ライラの頭が、俺の胸元へ触れた。浅い息が聞こえる。

 俺はそのまま顔を上げた。


 ルキアノスは、訓練場と森の境で止まっていた。赤い目が腕の中のライラから、光の消えた右手へ移る。


 「……なるほど」

 「……何で俺を見てる」

 「そちらを選ばれましたか」


 男の視線が、ライラへ戻った。


 「最低……」


 胸元で、掠れた声がした。ライラが顔を上げる。


 「団長と戦いたかっただけなら、ほかのみんなまで殺す必要なかったでしょ!」

 「お退きくださいとは申し上げました。残られたのは、皆様の選択でございます」


 言葉が出なかった。

 こいつが来なければ、みんな今も食堂にいた。セドも、ヴィンクも、ティモンも。誰も、あんなところに倒れていなかった。

 セレナがライラを支える腕に力を込めた。


 「父も母も……わたしも、あなたを信じていました。二人の心を変えておいて、父と母が選んだことにしないでください」


 声が震えていた。セレナは一度言葉を切り、掠れた声で続けた。


 「二人を、元に戻してください」


 赤い目が、セレナへ向いた。

 俺はライラを抱き寄せた。落とした剣は足元だ。拾おうとする間に、目の前の剣が届く。

 ルキアノスはセレナの願いに答えず、血の流れる右肩へ目を落とした。


 「皆様に負わされた傷は、浅くございません。今宵は、ここまででございます」


 細身の剣が、乾いた音を立てて鞘へ収まった。

 その音を聞いても、俺は腕の力を抜けなかった。

 ルキアノスの目が、セレナから俺へ移る。


 「次は何を奪えば、あなたは何になるのでしょう」

 「あたしたちは、あんたの見世物じゃない!」


 ライラが叫んだ。


 「もう誰も奪わせない」


 喉から絞り出した。


 「次に会ったら、俺がお前を殺す」

 「それは楽しみでございます」


 ルキアノスは一礼した。


 「それでは、またお会いしましょう」


 そのまま背を向け、折れた竹の囲いを越えていく。黒い外套が木々の間へ消え、足音も聞こえなくなった。

 セレナは何か言いかけ、唇を噛んだ。ライラを支えたまま、男の消えた森を見つめている。

 俺はまだ、そちらを見ていた。戻ってくるかもしれない。あの声がもう一度聞こえたら。

 夜風が木々を揺らしただけで、身体が強張った。


 どれくらいそうしていたのか、分からない。

 俺はようやくライラをセレナへ預け、足元の剣を拾った。鞘へ戻そうとして、先が一度外れた。やり直して納めたが、手はまだ震えていた。

 訓練場からは何も聞こえない。さっきまで、団長の声も剣の音も、ここまで届いていたのに。


 「……行こう」


 ライラが顔を上げた。見ているのは、ルキアノスが消えた方ではなかった。


 「みんなのところへ戻る」


 セレナの肩を借りて足を踏み出す。すぐによろめき、俺は反対側へ回って支えた。


 「ライラ、無理するな」

 「するよ。みんなを置いていけるわけないでしょ」


 俺たちは訓練場へ戻った。さっき離れたばかりの場所なのに、やけに遠い。足元の竹を避け、ライラの足が止まるたびに立ち止まった。急ぎたいのに、これ以上速く歩けば、また転ばせてしまう。

 折れた竹を越えると、地面に倒れた仲間たちが見えた。


 ヴィンクのそばには、鎖が落ちている。セドとルフスはすぐ近くに倒れていた。ティモンも、ネストルも、俺たちが逃げ出したときの場所にいた。

 誰も動いていない。

 その先で、団長とレナリア先輩が寄り添うように座っていた。


 「団長!」


 ライラが腕を振りほどこうとした。支えが外れた膝が折れ、俺たちまで引かれて地面へ崩れる。

 ライラは土に手をつき、二人へ這うように近づいた。俺も膝をついたまま進み、団長の肩へ手を伸ばす。


 「団長……」


 触れた身体には、まだ温かさがあった。

 俺は手を離せずに、胸が動くのを待った。呼んだら、いつもみたいに顔を上げてくれないか。

 何も動かなかった。

 大剣は、すぐそばの地面に横たわっている。


 先輩の頭は、団長の肩へ触れたままだった。ライラが震える指で、その頬に触れる。


 「レナリア先輩。戻ってきたよ」


 何も返ってこなかった。

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