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奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第五章 奪われる場所

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第8話「生きて進む」

 夜が明けても、団長は目を開けなかった。

 朝日が訓練場へ差し込み、隣にいるレナリア先輩の顔を照らす。ヴィンクも、セドも、ルフスも、ティモンも、ネストルも、昨夜と同じ場所にいた。

 明るくなれば、何かできると思っていた。けれど、俺はまだみんなの前から動けずにいた。


 ライラは団長とレナリア先輩の手を握ったまま、動こうとしない。セレナが傷の手当てをしようと呼びかけても、首を振るだけだった。


 「ライラ。このままでは、あなたまで倒れてしまいます」

 「もう少しだけ」


 握り直した団長の手を、両手で包み込む。

 俺もそばへ膝をつき、その指に触れた。昨夜はまだ温かかったのに、もう冷たい。


 その日は、七人を訓練場の端へ運ぶだけで終わった。

 拠点から持ち出した毛布で、一人ずつ身体を包んでいく。団長はレナリア先輩の背中へ腕を回したままだった。その腕をほどくのに、ひどく時間がかかった。

 二人を隣同士に寝かせた。


 翌朝、俺とセレナは墓を掘り始めた。

 訓練場の向こうにある森の手前。木々の間から、拠点も訓練場も見える場所をライラが選んだ。


 「ここがいい。あいつら、静かなところに置いたら文句言うから」


 笑おうとした口元が歪んで、それきり何も言わなくなった。


 《大地覇掌》が使えないかとは考えた。けれど、カタリナとの戦いでは、わずかな土を動かしただけで膝が崩れかけている。今の身体で頼れば、追手が来たときに動く力までなくなるかもしれない。

 俺は鉄のシャベルを握り、固く締まった土へ突き立てた。刃先は少ししか入らない。何度も振り下ろして崩し、すくった土を脇へ放る。そのたびに脇腹が痛み、身体を捻ると包帯の下が熱くなった。

 セレナの手にもすぐに豆ができた。柄を握る場所を変えながら、土を掘り続けていた。


 ライラが隣へ来たのは、俺が汗を拭おうと手を止めたときだった。

 シャベルを持ち上げたところで膝が折れ、慌てて支える。だが、ライラは俺の腕を振り払った。


 「離して。あたしにもやらせて」

 「無理だ」

 「みんなの墓なのに、寝てろっていうの?」

 「このまま無理したら、掘る墓が一つ増える」


 ライラの顔が強張った。言いすぎたと分かったときには、もう遅かった。


 「……悪い」

 「最低」


 掠れた声で言い、俺を睨んだままシャベルを置く。しばらく地面を見つめてから、顔を上げた。


 「じゃあ、あたしは墓標を作る」


 ライラを休ませ、俺は薪置き場から長さの揃った細い木を七本運んできた。

 地面に座ったライラが、一本ずつ名前を刻んでいく。ヴィンク、セド、ルフス、ティモン、ネストル。六本目を手にしたところで、刃が止まった。

 俺は声をかけられず、見ていた。

 やがて、震える手がまた動き始めた。レナリア。その次の一本には、ガレウス。

 団長ではなく、あの人の名前が刻まれた。


 掘り始めて二日目の夕方、ようやく六つの穴ができた。

 ヴィンクには鎖槍を、セド、ルフス、ネストルにはそれぞれの剣を添える。ティモンのそばへ短剣を置いたあと、俺とセレナは団長とレナリア先輩を一つの広い墓へ下ろした。


 「もう少し近く。二人の肩、くっつけてあげて」


 ライラに言われるまま、二人の身体を寄せた。肩が触れ合ったところで手を離し、頭の上に大剣と先輩の剣を並べる。

 そこへ、土をかけた。

 毛布が隠れ、顔が隠れていく。最後まで見えていた団長の手も、土の下へ消えた。


 何か言わなければと思った。

 助けてくれて、拾ってくれて、ここに置いてくれて。

 ありがとうと。それだけなのに、声にならなかった。


 六つの盛り上がりの前へ、七本の墓標を立てた。

 さっきまでそこにいたのに、もう誰の顔も見られない。俺は団長の名の前にしゃがみ、盛り上がった土へ手を置いた。


 王都で白い粉を見ても、黙っていればよかった。あの帳簿を捨てて、もう関わるなと団長たちを止めていれば。

 せめて、レナリア先輩の腕を掴んで、無理やり森へ連れていっていれば。

 何か一つでも違っていれば、誰かは生きていたかもしれない。


 ――守れなかったことがある人間ほど、止めるのが遅い。


 そんなことを考えたくせに、今度も間に合わなかった。

 土を押し固める手に力が入った。何度も同じ場所を押しているうちに指先の皮が破れ、血が滲む。


 「ユイト。もういいよ」

 「よくない」


 手を動かし続けた。まだ、できることがあるはずだった。


 「団長たち、もう出てこないから。そんなに固めなくても逃げないよ」


 ライラは笑っていなかった。

 俺は土へ手をついたまま、動けなくなった。


 *


 襲撃から五日目の夜、俺たちは久しぶりに食卓へ座った。

 この数日は、俺とセレナが交代で見張りに立った。墓を掘る合間に馬車も整え、いつでも出せるようにはしてある。

 それでも、まだ三人ともここにいた。


 根菜と干し肉を煮た薄いスープを口へ運ぶ。温かいのは分かるのに、味はほとんどしなかった。

 ライラは一人で歩けるようになっていたが、椅子へ座るだけでも食卓へ手をつかなければならない。俺の脇腹には新しい包帯が巻かれ、向かいで椀を持つセレナの両手にも傷が残っていた。

 モチくんとの契約は切れていないと、セレナは言っていた。ただ、傷ついた精霊はまだ深く眠っているらしい。


 長い食卓に、椀が三つ。

 団長が座っていた長椅子の端には、背中に当てていた毛布が丸まっていた。先輩に取り上げられた酒瓶も、あの夜のままだ。

 そろそろ返せと、団長が手を伸ばす。「駄目です」と、先輩が遠ざける。

 ふと、そんなやり取りの続きがある気がして、俺は先輩の席を見た。

 誰もいなかった。


 「どうして……」


 声が漏れ、ライラが顔を上げた。


 「どうして、レナリア先輩は最後まで団長のそばに残ったんだ」


 俺たちを逃がすために戻ったことは分かっている。あの森の入り口まで来ていたんだ。一緒に逃げられたはずなのに。

 ライラは椀へ目を落とした。


 「……レナリア先輩、団長のこと好きだったんだよ」

 「え……」

 「ずっと前から」


 木のスプーンが、浮かんだ根菜を沈める。ライラは一口も飲まないまま、スープをかき回していた。


 「団長が怪我すると、いつもより怒ってた。酒を飲んでも怒るし、無茶しても怒るし、ほかの女の話をしても怒る」

 「気づかなかった」

 「ユイトは、そういうの鈍いから」


 いつもなら何か言い返したと思う。今は、酒瓶の置かれた場所から目を離せなかった。


 「団長は知ってたのか」

 「たぶんね。気づかないふりしてただけだと思う」

 「だからって、一緒に死ぬことなかっただろ」


 思ったより強い声が出た。


 「俺が引っ張ってでも連れていけば――」

 「あたしだって!」


 拳が食卓を叩き、椀の中でスープが揺れた。


 「あたしだって、生きててほしかったよ! 団長も、みんなも連れて逃げたかった。できるなら、そうしてたよ!」

 「だったら――」

 「先輩が団長と最後まであいつを止めてくれたから、あたしたちは生きてるの!」


 ライラの目の縁が赤くなっていた。


 「団長への想いを奪ってでも、先輩を生かした方がよかった」


 言ってから、息が詰まった。

 ライラは俺を見たまま、すぐには答えなかった。


 「あの選択が正しかったなんて、あたしも思わない。今だって連れ戻したかった。でも、先輩が選んだことまで、全部ユイトの失敗にしないで」


 薪の爆ぜる音がした。

 俺は椀へ目を落とした。もう湯気はほとんど立っていない。


 「わたしが、ここへ来なければ……」


 セレナの両手が、膝の上で握り合わされていた。


 「違う。悪いのはルキアノスだ。セレナじゃない」

 「それなら、ユイトも同じです」


 俺は口を開きかけたが、何も返せなかった。


 食卓の中央に、背負い袋が置かれていた。口から、帳簿の角が覗いている。ネストルが運んできて、団長が俺へ持たせた袋だ。

 セレナもそれを見つめていた。


 「わたしは、グレディオルへ行きます」


 静かな声だったが、はっきり聞こえた。


 「城で見たことを、隣国の知人へ伝えます。父と母に起きていることも、ルキアノスが話したことも。それから、この帳簿も見せます」

 「一人で行くつもりか」

 「はい。これ以上、お二人を巻き込むことはできません」

 「俺も行く」


 セレナが目を見開いた。


 「団長に、そう命じられたからですか」


 ――グレディオルまで持っていけ!


 あの声がなければ、俺はここまで帳簿を守れなかった。

 けれど今、命じる人はここにいない。


 「俺が決めた」


 袋から帳簿を取り出し、表紙へ手を置いた。

 この中には、ベックの名もある。記されていた搬送の日は、もう過ぎていた。何が起きたのか、今どこにいるのか、俺たちは何も知らないままだ。


 「団長たちが命を懸けて持ち帰ったものを、ここで終わらせたくない。王都で同じ目に遭う奴を、これ以上増やしたくない」


 ルキアノスの顔が浮かんだ。次に会ったら殺すと、俺は言った。今のままじゃ、あいつには届かない。それも分かっている。

 それでも、帳簿をここへ置いていくことはできなかった。


 「だから、俺もグレディオルへ行く」

 「あたしも行く」

 「その身体では――」

 「着くまでには治す」


 ライラはセレナの言葉を遮り、俺を見た。


 「あたしがユイトの心を守るって言ったでしょ」


 灰色の森で《万象奪界》を打ち明けたときも、そう言ってくれた。震える手で、俺の手を握って。

 今、その手が食卓を越えてきた。帳簿に置いた俺の手へ重なる。


 「あたしも、自分で決めたの。二人と一緒に行く」


 セレナの唇が動いたが、言葉にはならなかった。代わりに深く頭を下げ、それから、俺たちの手へ自分の手を重ねる。


 「ありがとうございます」


 三人の手の下に、潮待ちの帳簿があった。


 *


 翌朝、食料と水、毛布、薬、路銀を馬車へ積んだ。崩れた山道を直すために、墓掘りに使ったシャベルも載せる。

 荷物を取りに戻ったところで、ライラが団長の部屋の前に立ち止まった。


 「そうだ」

 「どうした」

 「前に団長が酔っ払ったとき、変なこと言ってた」


 部屋へ入り、寝台の前にしゃがみ込む。床板を指で数えながら、ライラは団長の言葉を繰り返した。


 「『俺に何かあったら、寝台の前の床板を、壁から三枚数えろ。お前らの逃げ道が入ってる』って」

 「なんで今まで黙ってたんだ」

 「酔っ払いの寝言だと思ってたの」


 三枚目の床板に鉄の棒を差し込み、二人で持ち上げた。

 下には小さな木箱があった。鍵は掛かっていない。蓋を開けると、硬貨の入った革袋と三つの布包みが収まっていた。


 一つ目をほどいたところで、俺の手が止まった。

 鈍い銅色の札。生まれた村の印と、ユイトという名前。幼い頃、家の壁に掛かっていた札だ。

 失くなったと思っていた。団長が村から俺を連れ出したとき、持ってきてくれていたらしい。

 指で表の汚れを拭うと、自分の名前が少しはっきりした。

 盗賊団へ入れたときから、やめるための道も残していたのか。俺には、一度もそんなことを言わずに。


 二つ目は、黒ずんだ鉄の札だった。レナリアという名前の横に、帝国軍の印がある。

 最後の包みを開いたライラの手も、わずかに止まった。

 俺の銅札より薄い、白銀の札。縁には細かな模様が走っていたが、中央の印はライラの親指に隠れていた。身分札に詳しくない俺には、ずいぶん上等なものに見える。

 ライラは何も言わず、腰の袋へしまった。レナリア先輩の札も布へ包み直し、大事そうに持つ。


 俺は硬貨の革袋を取り出し、もう一度、箱の底を見た。

 団長自身の札はなかった。

 あの人は生まれも育ちも盗賊だった。自分には、隠しておく札もなかったのかもしれない。


 自分の札を握り締めた。


 「逃げ道って、これか」

 「最後まで、勝手なんだから」


 ライラは空になった木箱を睨んでいた。声だけが、少し泣いていた。


 出発する前に、三人で墓へ向かった。

 ライラがレナリア先輩の墓標の根元を掘り、布包みを埋める。


 「レナリア先輩のだから、返すね」


 土をかぶせる手を、俺とセレナは見ていた。

 七本の墓標の間を風が通り抜ける。返事はなかった。俺たちはもう一度だけ頭を下げ、馬車へ戻った。


 建物から十分に離れた場所へ、二頭立ての馬車を移す。

 旅に必要な荷物と地図、身分札。俺は剣を腰に差し、ライラも短剣を下げていた。

 背負い袋には潮待ちの帳簿、偽荷札、納品控え、白い粉の小瓶。それに、青銀の細い飾り紐も入っている。

 積み残しがないか確かめてから、俺は拠点を見上げた。


 「本当にやるのか」

 「知らない奴に荒らされるの、嫌だから」


 ライラが右手を上げた。掌に、小さな紅い火が灯る。


 「あたしたちの家だもん。終わらせるなら、あたしたちで終わらせる」


 火が玄関の柱へ飛び、細い線になって壁を上っていった。軒から屋根へ、窓枠へ。見慣れた建物を、紅い炎が包んでいく。

 周りの草や木には燃え移らなかった。ライラは涙を流したまま、火を拠点の中だけに留めていた。


 食堂の窓から炎が噴き出した。

 あの奥で、セドが鍋の前に立って騒いでいた。ティモンは窓際にいて、ルフスとネストルが獲物を担いで帰ってくると、誰かが顔を上げた。

 訓練場へ続く扉が崩れる。

 ヴィンクが鎖槍を手入れしていた姿も、先輩の声も、団長の笑い声も、次々に浮かんできた。止めようとは思わなかった。


 屋根が落ち、朝の空へ火の粉が舞い上がった。

 俺たちは三人とも、そこを動かなかった。炎が低くなり、黒く焼けた柱だけが残るまで見届けてから、馬車へ乗り込んだ。


 御者台に座り、セドから何度か教わった通りに手綱を握る。

 隣には、毛布を肩へ巻いたライラ。セレナは荷台で、帳簿の入った袋を抱えていた。

 二頭の馬が歩き始める。車輪が回り、焼け落ちた拠点が少しずつ遠ざかっていく。


 「ユイト。前、見て」


 ライラに言われ、俺は顔を正面へ戻した。

 木々の間に、細い道が続いている。まずは、崩れた山道を越えなければならない。その先へ進んで、グレディオルへ辿り着く。


 懐には、団長が隠していた俺の身分札。

 荷台には、みんなが命を懸けて守った帳簿がある。隣でライラが毛布を引き寄せ、後ろからはセレナの身じろぎする音がした。


 ルキアノスに生かされたから進むんじゃない。

 俺たちが、生きて進むと決めた。


 「……行こう」


 俺は手綱を握り直した。

ここまで読んでくださった皆様、ブックマークしてくださった方。

本当にありがとうございました!


第5章第8話をもって、本作の更新はいったん一区切りとさせていただきます。


この先に続くユイトたちの冒険、新しい仲間との出会い、そして、新しい居場所を守り抜く物語。

皆様にお届けしたい場面は、まだたくさんあります。


ただ、ここまで書き進める中で、ユイトたちの出会いや仲間と過ごす時間、一人ひとりが変わっていく過程を、物語の始まりからもう一度じっくり描きたいという気持ちが強くなりました。


そのため、このまま続きを進める前に、序盤の展開や構成から見直し、リニューアルした作品として、新たにスタートしたいと考えています。


続きを楽しみにしてくださっていた方には、お待たせすることになり申し訳ありません。

ユイトたちの冒険を、この先まで描いていきたいという思いは変わりません。ここまでいただいた応援を力に、物語を磨き直して、改めて皆様にお届けしたいです。


再スタートの詳細は、準備が整い次第、お知らせします。

新しく始まるユイトたちの旅にも、またお付き合いいただけたら嬉しいです。


ここまでユイトたちを見届けてくださって、本当にありがとうございました!

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