↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第五章 奪われる場所

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/40

第6話「団長だから」

 「レナリア先輩!」


 森を出ようとした俺の隣で、ライラの膝が折れた。


 「ライラ!」


 セレナ一人では支えきれず、二人が傾く。俺は左手でライラの腕を掴み、反対側から身体を支えた。右手の剣を外へ向けて、刃を二人から遠ざける。


 「離して、ユイト……」

 「離したら倒れるだろ!」


 セレナと一緒に森の奥へ一歩下がった。もう一歩進もうとすると、ライラの身体が腕にずしりとかかる。

 脚に力が入っていない。俺は足を止めて抱え直し、セレナと歩調を合わせてまた下がった。顔を上げると、木々の間から訓練場で斬り結ぶ三人が見えていた。


 「来るな、ユイト!」


 団長はこっちを見ずに怒鳴った。

 喉へ伸びた細身の剣を、右から入った先輩の剣が弾く。その下を大剣が横へ走り、ルキアノスの外套の裾を裂いた。


 どくん。


 団長の膝が揺れた。倒れるかと思ったが、次の鼓動でまた伸びる。

 あれだけ血を流して、まだ《鋼心》を止めない。俺たちを逃がすまで立っているつもりなのか。支えたライラの身体を、左腕で抱き寄せた。


 「右です!」


 団長が大剣の柄を突き出し、回り込んできた鞘を押し返した。その脇から先輩の剣が伸びる。狙うのはルキアノスの左脇。細身の剣で外されても、手首を返して今度は剣を持つ手へ向かう。

 ルキアノスが右手を引くと、切っ先は喉へ迫った。鞘が間に入る。だが、先輩の剣はその上を滑り、もう右膝へ振り下ろされていた。

 男が剣と鞘を防御へ回し、一歩退く。先輩は追わずに身を沈めた。

 その頭上を、大剣が通り過ぎる。

 ルキアノスがさらに下がった。先輩は団長を振り返りもしない。後ろからあんな大剣が来るのに、しゃがむタイミングを一度も迷わなかった。


 「あなたも、見過ごせませんね」

 「今さらね」

 「何年一緒にいると思ってやがる」


 先輩が団長の横で剣を構え直す。


 「空いた場所は、私が埋めます」

 「空きすぎだ。馬鹿」


 ルキアノスの笑みが深くなった。

 赤い目が淡く光る。身体から魔力が溢れ、森の入口にいる俺まで、息が詰まった。

 脚に絞った《穿界視》の中で、魔力の流れがまた太くなっている。これだけ戦って、まだ増えるのか。


 「その目に、その馬鹿みてぇな魔力……てめぇ、人間じゃねぇな」


 団長が切っ先を向ける。


 「魔族か」

 「ええ」


 「魔族……? 人間ではない、ということですか……?」


 ライラを挟んだ向こうで、セレナの足が止まった。俺を見たが、答える間もなく訓練場へ顔を戻し、大きく息を吸い込む。


 「ルキアノス!」


 声が裏返った。剣のぶつかる音に負けないよう、セレナは声を振り絞った。


 「なぜ、こんなことをするのですか! 父は、あなたを信じていました!」


 団長と先輩が左右から迫る。ルキアノスは二つの刃の間へ入り、剣と鞘で外へ押し広げながら、こちらへ顔を向けた。


 「陛下には感謝しております。国を守りたいという、あれほど美しい願いを見せていただきましたから」


 よく通る声が、訓練場を越えて届いた。


 「わたくしは、その願いが何よりも強くなるよう、少し育てて差し上げただけです」


 ライラを支えるセレナの腕が、震えた。


 「父の様子がおかしくなったのは……」


 傍にいる俺へ、かろうじて届く声だった。セレナは唇を震わせ、息を吸い直した。


 「あなたが、父を操っていたのですか! 母にも、同じことをしたのですか!」

 「妃殿下にも、同じお手伝いを。もっとも、選ばれたのは、お二人ご自身です」


 大剣をかわした男が、何でもないことのように答えた。

 セレナは口を開いたまま、動かなかった。ライラの肩を掴む指に力が入り、呼吸だけが浅く速くなっていく。


 「セレナ」


 俺が呼んでも、こちらを見ない。あの男から目を離せずにいる。


 「父と母を……返してください! 二人を――」

 「嬢ちゃん! そいつと話してる場合じゃねぇ!」


 団長の怒声が遮った。

 銀色の刃が先輩の頬を掠める。血が流れても、先輩は団長の前へ回り、次の一撃を受け止めた。


 「早く逃げろ! ユイト、二人を連れていけ!」


 セレナは開きかけた口を閉じた。俯いた拍子に、涙がライラの肩へ落ちる。

 俺はライラを抱え直し、セレナへ頷いた。向こうからも、小さく頷きが返る。二人で身体を支え、森の奥へ足を向けた。

 けれど、ライラは足を持ち上げることもままならなかった。木の根を越えるだけで膝が折れかけ、俺たちは数歩進んだところで立ち止まる。

 訓練場から、また剣のぶつかる音がした。顔を上げると、木々の間に団長の背中が見えた。


 団長が大剣を低く構え、踏み込んだ。左脇から血が噴き出す。止まらずに地面すれすれを薙ぎ、ルキアノスを跳ばせた。

 その先には、先輩がいた。

 下から突き上げた刃が右肩へ食い込み、黒い外套が赤く染まる。着地した男の右腕が下がり、剣先が土を掠めた。


 今なら。


 団長も、もう踏み込んでいた。ルキアノスが剣と鞘を交差させて受けたが、大剣に押され、両足が土を削る。一歩、二歩。男は訓練場の端まで押し戻された。


 「素晴らしい」


 肩から血を流して、まだ笑っていた。《闘宴昇華》で魔力は増え続けている。けれど、剣を持つ腕は下がったままだ。

 あそこを、もう一度狙えれば。


 「これほどの方々を失うのは、実に惜しい」

 「殺してる奴が言うな」


 団長が大剣を担ぎ、先輩が右へ並ぶ。顔も見合わせずに二人は動いた。団長が正面から、先輩は横へ回る。

 ルキアノスが地面を蹴った。

 大剣が下りる前に、懐へ入る。細身の剣が団長の腹へ向いた。


 「駄目だ!」


 避けてくれ。

 なのに、団長は自分から前へ出た。

 銀色の刃が腹へ深く沈む。


 「団長!」


 口から血がこぼれた。それでも団長は倒れず、大剣から左手を離してルキアノスの右腕を掴んだ。剣が刺さったまま、男を離さない。


 「レナリア!」

 「はい!」


 先輩の剣が首へ迫った。ルキアノスが左手の鞘で受けると、先輩は手首を返し、鞘に沿って刃を滑らせた。肩が裂ける。

 ルキアノスの笑みが消えた。

 膝が団長の腹へ入った。団長が折れ曲がり、掴んでいた腕が抜ける。細身の剣が腹から引き抜かれた。

 その刃が、止まらずに先輩へ向かう。


 「レナリア先輩!」


 胸を斜めに裂かれ、先輩の身体が揺れた。俺はライラを支えたまま、前へ身を乗り出していた。

 先輩は剣を離さない。もう一歩踏み込み、ルキアノスの脇腹へ突き立てる。男が下がったところへ団長の大剣が走り、外套と、その下の胸を浅く裂いた。

 ルキアノスが大きく跳び退く。


 大剣が、団長の手から落ちた。


 片膝をついた団長の隣で、先輩も剣を支えに立っている。まだ立っている。そう思ったのに、握っていた指が緩み、身体が横へ傾いた。

 団長が背中を受け止めた。二人は、そのまま土の上へ座り込む。


 ルキアノスは追ってこなかった。右肩と脇腹、胸から血を流し、二人の前で足を止めている。

 剣の音が途切れると、団長の掠れた声が聞こえた。


 「……三人は」

 「森へ行かせました」

 「そうか」


 先輩が、団長の腕の中で小さく息を吐く。


 「団長は、最後まで団長ですね」

 「団長だからな」


 俺はライラを支える腕に力を込めた。団長はまだ喋っている。先輩も答えている。

 だったら、もう休んでくれ。二人とも、それ以上喋らなくていいから。


 「私は……団員失格でしょうか。最後の命令を聞きませんでした」

 「今さら、一回くらい命令を破ったからって追い出すかよ」


 先輩の口元が、わずかに緩んだ。


 「それなら、よかったです」


 頭が団長の肩へ触れた。

 そのまま、動かなくなった。


 「レナリア」


 返事がない。団長は、先輩の背中へ回した腕を解かなかった。

 顔がこちらへ向く。

 目が合った。


 まだ、ここにいます。

 そう言おうとした俺に、団長の唇が動いた。


 ――行け。


 先輩を支えていた手から力が抜けた。団長の身体が、先輩へ重なるように傾く。

 大剣は土に横たわったままだ。

 次の鼓動を待った。さっきみたいに、もう一度膝が伸びるのを。

 何も聞こえなかった。


 「団長……」


 呼んだつもりなのに、掠れた息しか出てこない。

 二人とも、動かなかった。


 ルキアノスが憎い。

 殺したい。

 そのための力が欲しい。

 団長と先輩を倒した、あの速さが。あの剣の技が。あの魔力が。


 欲しい。


 ルキアノスの赤い目が、ゆっくりと俺へ向いた。

 その笑みが、再び深くなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。