↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第五章 奪われる場所

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/40

第4話「逃がす者たち」

 ルキアノスの赤い目が、また団長へ向いた。

 俺はセレナの前へ出て、剣を構えた。セレナは空になった両手を胸元で握り、まだ動けずにいる。


 「お前ら」


 団長が大剣を持ち上げる。左脇からは、今も血が落ちている。


 「いつも通りだ。空いた場所を埋めろ」


 ヴィンクの鎖槍が地面すれすれを走り、ルキアノスの左側を塞いだ。セドは団長とライラの間へ、ティモンは団長とヴィンクの間へ入る。胸を押さえていた手を離し、短剣を低く構えた。

 ルフスとネストルは左右へ大きく回っていく。俺も剣を握り直した。全員が同じところへ斬り込んだって邪魔になる。誰かが動かした先を、次の誰かが狙う。俺にも、入れる隙間はあるはずだ。

 ライラの周りに紅い火が集まる。レナリア先輩だけは団長のすぐ後ろから動かなかった。


 団長が胸へ拳を当てた。


 どくん。


 左脇に新しい血がにじんだ。


 「団長、これ以上は――」


 二度目の鼓動が、先輩の声に重なる。


 「――《獅子の咆哮(ライオンズロア)》!」


 声が夜の森へ響き、熱が身体の内側へ流れ込んできた。脇腹の痛みが遠のく。剣を握る指へ力が戻り、足も、さっきまでとは違うくらい軽くなった。

 傷が治ったわけじゃない。痛みも疲れも、団長の力に押し退けられている。

 胸を押さえていたティモンが短剣を握り直した。ヴィンクの鎖が張り、セドたちが一斉に地面を蹴る。ライラの周りでは、火が十本を超えても崩れずに形を保っていた。

 その向こうで、団長の足元へまた血が落ちる。

 動けるようにしてもらったんだ。今度こそ、あの人を休ませないと。


 「――《紅蓮舞踏・群舞》!」


 ライラが両手を広げた。十本を超える紅刃が夜空へ散り、訓練場を紅く照らす。すぐには飛ばず、ルキアノスを囲むように回り始めた。


 「行くぞ!」


 団長が正面から踏み込み、地面すれすれに大剣を薙いだ。ルキアノスが後ろへ跳ぶ。そこには、もうティモンがいた。


 「足はもらうぞ!」


 短剣が右脚へ迫る。細身の剣に弾かれると、今度は横からセドが斬り込んだ。鞘がその剣を受け、背後へ回ったルフスとネストルが同時に踏み込む。

 ルキアノスが身を沈めた。頭上で二人の刃が交差する。かわされても、誰も止まらない。あいつが次の攻撃へ顔を向ける間に、もう別の剣が届く。


 「ヴィンク!」

 「あいよ!」


 地面から跳ねた鎖が、剣を持つ右腕へ巻きついた。ヴィンクが腰を落として引く。ルキアノスの腕が外へ開き、頭上から紅刃が落ちた。

 鞘で一つ弾き、細身の剣でもう一つを払う。その横から迫る紅刃を避けて、右足が踏み出された。

 俺は《穿界視》をその足へ絞った。体重が乗る。ここだ。


 「上がれ!」


 剣を握っていない左手を、地面へ向けた。《大地覇掌(アース・ドミナンス)》が男の右足の下だけを持ち上げる。拳一つ分。それだけで、ルキアノスの身体が傾いた。


 「今だ!」


 セドとティモンが左右から詰め、後ろをルフスとネストルが塞ぐ。残った紅刃が落ちる中、団長の大剣が正面から走った。

 ルキアノスが細身の剣を斜めに当てる。また外へ流されるかと思ったが、右腕の鎖がぴんと張った。剣の位置がずれ、大剣の切っ先が黒い外套を裂く。

 その大剣に隠れるように、レナリア先輩が懐へ入っていた。喉へ向かった剣先を、ルキアノスが左手の鞘で受ける。先輩はそこで手首を返し、鞘に沿って刃を滑らせた。


 頬に、赤い線が走った。


 ルキアノスが右腕をひねり、鎖を振りほどく。振り向きざまにルフスとネストルの剣を弾き、二人の間を抜けて跳び退いた。

 距離が開いても、頬を流れる血は見えた。俺たちの攻撃が、ようやく届いた。


 「入った……!」


 ライラが息を切らしながら言う。セドたちはもう散り直していた。俺も左手を地面へ向ける。もう一度、足を止める場所を探そうとした。

 ルキアノスが、鞘を握った左手の親指で頬を拭った。

 指先の血を眺め、笑みを深くする。


 「よい渇望です」


 足元へ絞っていた《穿界視》の中で、魔力が脈打った。細く整っていた流れが太くなり、脚を巡る速さまで増していく。


 「――《闘宴昇華(バトル・グロウ)》」


 ルキアノスが地面を蹴った。

 団長からもらった熱は、まだ身体に残っている。それなのに、さっき狙えた足を追いきれない。


 「来るぞ!」


 叫んだときには、黒い外套が紅刃の間へ入っていた。ライラが指を動かし、二本で左右から挟む。閉じるより早く、その間を抜けた鞘が肩へ叩き込まれた。


 「くっ……!」


 ライラが土の上へ倒れる。俺がそちらへ足を向けると、セレナが横を駆け抜けていった。しゃがみ込み、ライラの肩を支える。

 俺はルキアノスへ目を戻した。地面を持ち上げるなら、あいつの足の下だけだ。誰かの足元を崩すわけにはいかない。

 だが、鎖が鳴った方を見たときには、もう遅かった。


 ルキアノスの左手の鞘に、ヴィンクの放った鎖が絡んでいる。鞘ごと強く引かれ、ヴィンクの身体が前へ崩れた。待っていた剣が、右肩を切り裂く。


 「ぐっ……!」


 ヴィンクが片膝をつく。セドとルフスが左右から斬り込んだが、ルキアノスは鞘から鎖を振り払い、二人の間へ踏み込んだ。鞘がセドの胸へ入り、身を返すのと一緒に剣の柄がルフスの顎を打つ。

 二人が倒れた。その背後からネストルの刃が首へ迫る。ルキアノスは頭を傾けてかわし、団長の右へ回った。


 「右だ!」


 ティモンが割って入る。短剣を両手で握り、ルキアノスの剣を受けようとした。


 「退いてください」

 「嫌だね」


 刃がぶつかる、と思った。

 けれど、銀色の剣先はその直前に沈んだ。ティモンの腕の下へ入り、胸を貫く。


 「ティモン!」


 ルキアノスが剣を引くと、短剣が地面へ落ちた。ティモンは一歩だけ下がり、仰向けに倒れた。

 ネストルが横から斬り込み、ルキアノスを退かせる。団長と先輩がティモンを背にして並ぶ間に、ルフスが顎を押さえて起き上がり、駆け寄った。


 「おい、ティモン! 返事しろ!」


 肩を抱き起こされても、頭が後ろへ垂れたままだった。目は開いている。ルフスが顔を覗き込んでも、瞬き一つしない。

 返事をしてくれ。そこに短剣が落ちてる。拾って、また立ってくれよ。

 俺は剣を握ったまま、ティモンの手が動くのを待っていた。


 団長の視線が、ティモンの上で止まった。

 やがて顔が動き、セレナに支えられて片膝をつくライラや、肩を押さえるヴィンクを見た。その目が俺まで来る。


 「作戦を変える」

 「団長?」

 「こいつを倒すのはやめだ」


 言われたことが、すぐには飲み込めなかった。まだ、剣を握る手には力が入る。さっきは傷だってつけられた。

 団長はもう、ネストルを見ていた。


 「ネストル。中へ戻れ」

 「何を持ってくる」


 団長が大剣を構え、ルキアノスの前へ立つ。


 「帳簿を持て!」


 ネストルが裏口へ走った。俺はその背を目で追いかけ、ルキアノスもそちらへ顔を向けたのを見て、剣を持ち上げる。


 「お帰りの支度ですか?」

 「ヴィンク!」

 「ああ!」


 鎖槍が細身の剣へ巻きついた。ヴィンクが両手で引くと、傷ついた右肩から血が滴る。セドが立ち上がり、ルキアノスの左腕へ掴みかかった。


 「行かせねぇぞ!」


 ルフスはティモンを地面へ横たえた。そっと肩から手を離すと、反対側からルキアノスへ飛びついた。


 「レナリア!」

 「はい!」


 団長の大剣が左から迫り、逃げる先へ先輩の剣が右から走る。ルキアノスはセドを蹴り飛ばし、ルフスの腕を鞘で打って振りほどいた。だが、剣に巻いた鎖はまだ張っている。

 大剣を避けて身を沈め、続く先輩の剣から身体をひねる。その動きをヴィンクが引き止め、黒い外套がもう一度裂けた。

 ルキアノスはすぐに団長へ踏み込もうとした。大剣はまだ、振り抜いた先にある。

 ヴィンクが鎖を引く。剣を持つ右腕が後ろへ引かれたところへ、三本の紅刃が落ちた。


 「まだ……動ける!」


 ライラが、セレナに支えられたまま右手を向けていた。二人の間の土が焼け、ルキアノスの踏み込みが止まる。


 「ユイト!」


 振り向くと、ネストルが屋敷から戻ってきていた。片方の肩に掛けているのは、見覚えのある背負い袋だ。


 「受け取れ!」


 飛んできた袋を左腕で抱き留めた。重い。右手の剣を鞘へ戻し、両方の肩紐へ順に腕を通すと、背中で紙の束がずれた。潮待ちの帳簿に、偽荷札、納品控えが入っている。

 ネストルが俺のすぐ前まで来た。袋を背負ったのを確かめ、何も言わずにルキアノスへ向き直る。


 鎖が大きく鳴った。


 ルキアノスが剣を引き、ヴィンクが踏ん張る。だが、右手の指が鎖からほどけていった。左手だけでは支えきれず、鎖が緩む。

 細身の剣が抜けた。

 黒い影がセドとルフスの間を通り、まっすぐこちらへ来る。赤い目が俺を捉えていた。


 剣を抜かないと。


 柄へ手をかけたときには、もう切っ先が近かった。避けようと足を動かすより先に、ネストルの手が俺の肩を横へ押す。

 銀色の刃が、ネストルの胸から背中へ抜けた。


 「ネストル……?」


 よろめいた身体がぶつかり、俺は袋ごと土の上へ倒れた。ネストルの口から血が落ちる。俺の胸にも落ちた。

 胸を押す手には、まだ力があった。


 「持ってけ」


 剣が引き抜かれた。ネストルの身体から力が抜け、俺の上へ倒れ込む。咄嗟に腕を回しても、支えきれなかった。

 団長の大剣が横から割り込み、ルキアノスを押し戻した。


 「ユイト! ライラと嬢ちゃんを連れて走れ!」

 「でも――」

 「持ってくのは人と帳簿だけだ! ほかは全部捨てろ!」


 団長がルキアノスの前へ立ち、その横へ先輩が並ぶ。ヴィンクも、セドも、ルフスも、傷ついた身体を起こして二人の横へ出た。


 「グレディオルまで持っていけ!」


 俺はネストルを抱えたまま、団長の背中を見ていた。

 背負い袋の紐が肩へ食い込む。

 さっきまで胸を押していた手は、もう動かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。