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奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第五章 奪われる場所

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第2話「強い人」

 「断る」


 ルキアノスが顔を上げきる前に、団長は答えた。


 「理由をお聞きしても?」

 「見りゃ分かるだろ。俺は怪我人だ」

 「ええ。承知しております」

 「それに、飯時を邪魔する奴と遊ぶ気はねぇ。帰れ」


 これで帰ってくれればいい。俺は団長の背中越しに、扉の隙間を見ていた。

 ルキアノスは怒りもせず、少し残念そうに目を細める。


 「傷を負ったあなたにも、十分な価値があると感じているのですが」

 「てめぇがどう感じるかなんざ知るか」


 団長がティモンへ顎を向けた。


 「閉めろ」

 「分かった」

 「お待ちください」


 扉へかかった手が止まる。セレナが、モチくんの後ろからルキアノスを見つめていた。


 「あなたは、団長と戦うためだけに王都から来たのですか?」

 「はい」

 「……なぜ急に、父のもとを去ったのですか。今は、何をなさっているのですか」

 「こうして、お会いしたかった方を訪ねております」


 セレナは眉を寄せ、隙間の向こうの顔を見直した。

 知り合いなら、話が通じるだろうか。俺は剣に手をかけたまま、二人のやり取りを聞いていた。


 「父も、城の者たちも、あなたを頼りにしていました。誰かが困っていれば、いつも真っ先に手を差し伸べてくださったではありませんか」

 「恐れ入ります」


 ルキアノスが軽く頭を下げた。セレナの口が開き、何も言わないまま閉じる。


 「そうではなくて……。王都では、今も大勢が苦しんでいるんです。なのに、なぜ傷を負った団長と戦うことが先なのですか」

 「わたくしにとっては、とても大切な用件なのです」

 「あなたは、そんな方では……」


 最後まで聞かずに、赤い目が団長へ戻った。

 もうセレナの顔も見ていない。赤い目には、団長が動き出すのを待ちきれないような熱がある。黒い杖の柄を握り直す指に、力がこもった。


 「本当に、お考えは変わりませんか?」

 「二度も言わせんな」

 「左様でございますか」


 穏やかな声のまま、ルキアノスの右手が杖の柄を引いた。


 「では――少々、無作法をお許しください」


 剣が出る。

 そう思ったときには、閉まりかけた扉の隙間を銀色の線が抜けていた。


 「っ!」


 ティモンが手を引く。手の甲に細い傷が走り、血が浮いた。ルキアノスの右手には細身の剣、左手には鞘になった黒い杖が残っている。


 「てめぇ!」


 ティモンが腰の短剣へ手を伸ばすより早く、鞘が扉を押し広げた。隙間へ踏み込んだルキアノスが、剣の柄頭をティモンの胸へ突き込む。


 「がっ……!」


 身体が扉から離れた。その脇を、黒い外套が通り抜ける。


 「入れるな!」


 ヴィンクの鎖槍が入口を横切った。ルキアノスは鎖へ細身の剣を添え、穂先を壁の方へ流す。鈍い音がして、扉の脇に穂先が突き立った。


 「なに……?」


 弾いたようには見えなかった。あの一振りだけで、ヴィンクの槍が?

 鎖が張り、穂先が壁から抜ける。その間にもルキアノスは進んでくる。俺は椅子を押し退け、食卓から離れた。


 「レナリア! 嬢ちゃんを下げろ!」


 団長は長椅子まで戻り、立てかけていた大剣を掴んだ。レナリア先輩がセレナの腕を取る。


 「セレナ、こっちへ!」

 「ですが、ルキアノスを止めないと――」

 「今は団長の指示を聞いて!」


 セレナが食堂の奥へ引かれていき、モチくんも後を追う。セドが剣を抜き、ルフスとネストルが左右へ分かれた。団長は大剣を構え、食卓の手前でルキアノスを迎える。


 「最後に聞く。帰る気はねぇんだな」

 「申し訳ございません」

 「なら、叩き出す」


 どくん。


 重い鼓動に、俺は団長の左脇を見た。さっきまで、立つことさえ止められていたのに。

 腕と脚の筋肉が張り、踏みしめた床板が軋む。


 「――《鋼心(スティールハート)》」

 「素晴らしい」


 ルキアノスの口元が緩んだ。赤い目が、団長の動きにぴたりとついていく。

 次の瞬間、団長が踏み込んだ。振り下ろされる大剣に、ルキアノスは細身の剣を斜めに当てる。甲高い音とともに刃がわずかに逸れた。

 肩には届く。

 そう思ったのに、男はもう団長の懐へ入っていた。


 「団長!」


 細身の剣が左脇を狙う。団長は身を捻って大剣で弾き、そのまま横へ振り抜いた。ルキアノスが頭を下げ、銀灰色の髪のすぐ上を刃が過ぎる。

 団長は休まず足元を払い、男を退かせた。さらに踏み込み、逃れた先の胸元へ切っ先を突き込む。あのカタリナさえ追い詰めた攻めだ。受け続けられるはずがない。

 けれど、ルキアノスは細身の剣で、その一つ一つを外していた。団長が押しているように見えるのに、一度もまともに当たらない。


 「なるほど」

 「喋ってねぇで、さっさと出ていけ!」


 大剣が下から跳ね上がり、ルキアノスが一歩退いた。背後は開いた玄関だ。あと少し押せれば、外へ出せる。


 「今だ!」


 ヴィンクが鎖を引いた。床を這っていた鎖が男の両足へ迫り、ライラも食卓の横から飛び出す。


 「――《紅蓮舞踏・連舞》!」


 三本の紅刃が左右と頭上を塞いだ。正面には団長の大剣。これなら、後ろへ逃げるしか――。


 ルキアノスは前へ出た。

 鎖を跳び越え、紅刃が届く前に団長の懐へ飛び込む。近い。あれじゃ、大剣を振れない。


 「させるか!」


 セドが横から斬りかかった。ルキアノスはそちらを向きもせず、左手の鞘で手首を打ち上げる。剣が手を離れ、床で跳ねた。返した鞘がセドの胸へ突き込まれる。


 「ぐっ!」


 セドが食卓へ倒れ込み、椀が床へ落ちた。だが、細身の剣はもう団長へ向いていた。

 次はどこだ。あの剣が団長の傷へ向かう前に、知らせないと。

 《穿界視》を開き、男の足と肩だけに目を凝らした。さっきみたいに、全身へ広げるな。右足へ体重が乗り、肩が動く。団長の左へ回る気だ。


 「団長、左!」


 大剣が返り、細身の剣を受け止めた。間に合った。

 だが、止まったのは剣だけだった。逆側から鞘が走り、団長の脇腹へめり込む。


 「っ……!」


 身体が揺れた。左脇の服に、赤い染みが広がっていく。

 鞘も見えていたのに。剣の方ばかり追っていた。


 「よく見ておられますね」


 赤い目が一瞬だけ俺へ向いた。褒められたことに腹が立った。

 俺の声で剣を受けた団長は、脇腹を押さえている。その間に、またルキアノスが剣を上げる。

 今度は俺が止める。

 剣を抜き、食卓の端を回った。男の背後は空いている。首じゃない。剣を持つ腕を狙えば、団長から離せる。


 踏み込んで斬りつけると、ルキアノスの左腕が背中へ回った。黒い鞘が俺の剣を上から叩く。手首が痺れ、剣先が床へ落ちた。


 「なっ……」


 顔すら、こっちへ向けていない。

 剣を戻そうとした脇腹へ鞘が入り、息が止まった。身体ごと横へ弾かれて床へ落ちる。声を出そうとしても、喉から空気が漏れるだけだった。


 「ユイト!」


 顔を上げると、ライラの紅刃がルキアノスへ飛んでいた。男が半歩ずれる。刃は黒い外套をかすりもせず、背後の床へ突き刺さった。


 「危険ですので、狙いは慎重になさってください」


 ルキアノスはもう団長を見ていた。

 床に手をつき、身体を起こそうとする。脇腹が痛んで、腕まで力が抜けた。目の前では、団長が大剣を杖代わりに身体を支えている。服の裾から落ちた血が、床板に点々と残っていた。

 やめてくれ。もう、それ以上動いたら。


 「団長、もう《鋼心》を止めてください!」


 レナリア先輩の声が飛んだ。


 「止めたら、こいつを誰が止める」


 団長が大剣を持ち上げた。


 どくん。


 さっきより強く鼓動が響き、左脇から落ちる血が増えた。団長が床を蹴る。

 今までで一番速かった。横から叩きつけられた大剣に、俺は息を詰める。

 ルキアノスが斜めに剣を添えた。大剣が外へ流れ、団長の身体も前へ傾く。すれ違いざまに銀色の刃が返り、左脇の服が裂けた。


 「団長!」


 血が飛んだ。大剣の切っ先が床を叩き、団長が片膝をつく。

 ヴィンクが鎖を握り直した。ライラのそばには新しい紅刃が浮かび、セドも食卓に手をついて起き上がろうとしている。俺は脇腹を押さえ、床についた手へもう一度力を込めた。

 団長を一人にしておけない。なのに、腰を浮かせるだけで息が詰まる。

 ルキアノスは追い打ちもせず、俺たちを見ていた。息一つ乱れていない。あれだけ斬りかかって、黒い服に傷一つつけられていなかった。


 ルキアノスは細身の剣を下げ、嬉しそうに微笑んだ。

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