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奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第四章 帰る場所

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第7話「いつもの食事」

 「返せ」

 「駄目です」

 「一杯だけだ」

 「駄目です」

 「水で薄める」

 「何をしても駄目です」


 拠点へ戻って三日目の夜、団長は酒瓶を取り上げられていた。

 熱が下がって、ようやく食事の間だけ部屋を出してもらえたらしい。長椅子の背には丸めた毛布。手の届くところには水の杯。肝心の酒瓶は、レナリア先輩の脇にある。あそこから取り返すのは、たぶん無理だ。


 「傷を負った奴ほど、酒を飲むもんだろ」

 「どこで聞いた話ですか」

 「俺の経験だ」

 「治りきる前に飲むから、長引くんです」

 「お前、さっきから俺の扱いが酷くねぇか?」

 「部屋へ戻されるよりはいいでしょう」


 団長が水を飲んだので、俺も安心して自分の椀へ手を伸ばした。煮込みの底を探ると、根菜の間に干し肉が一つ見つかる。これは最後に取っておこう。

 鍋の方では、セドがルフスとネストルに押し退けられていた。そこに居座られると、ほかの奴がおかわりできない。窓際のティモンは外へ目を配りつつ、椀から立つ湯気を吹いている。団長も下りてきて、これで九人全員だ。


 「モチくん。こちらをお願いします」


 向かいのセレナがパンを渡すと、白く丸いモチくんが食卓の上を歩いてきた。椀を少し引いて道を空けてやる。俺とライラの前へ一つずつ置いて、次はセド――のはずが、その手前で止まった。


 「俺の分は?」


 モチくんは残りのパンを抱えたまま、セドを見上げている。


 「あるだろ。寄越せ」


 伸びてきた手を避け、モチくんはくるりと向きを変えた。そのままヴィンクの前へパンを置く。


 「おい!」

 「まだ食べようとしたことを覚えてるんでしょ」


 ライラが言うと、セドはすぐに手を引っ込めた。


 「食べようとしてねぇ!」

 「では、何をしようとしたのですか」


 セレナにまで聞かれて、セドの声が少し小さくなる。


 「味を聞こうとしただけだ」

 「誰に?」


 つい俺も聞いてしまった。


 「……本人に」

 「モチくんは、お餅の味については答えられないと思います」

 「食われたことねぇもんな」


 セレナの返事にセドが頷くと、モチくんが両腕を上げた。頭の稲穂まで、ぴんと立っている。


 「怒ってるぞ」


 ヴィンクは、もらったパンをちぎりながら言った。


 「ヴィンクには分かるのか?」

 「見れば分かる」

 「俺にも見えてる。怒られる理由が分かんねぇんだよ」

 「そこが分からないから怒られるんでしょ」


 ライラが言い終わる前に、ネストルがパンを一つ投げて寄越した。セドが慌てて受け損ね、自分の椀へ落とす。汁が跳ね、ライラが俺の方へ逃げてきた。


 「何すんだ!」

 「柔らかくなって食いやすいだろ」

 「そういう問題じゃねぇ!」


 肩に触れたライラの体温が気になって、俺は少しだけ身を固くした。けれど、ライラはもう自分の椀を覗いている。俺だけが肩を気にしているのも変なので、スプーンを持ち直した。


 「ユイト、肉入ってる?」

 「一つ」

 「あたしの、根菜しかないんだけど」

 「さっき鍋から取ってただろ」

 「あれ小さかった」


 ライラの目が俺の椀へ移る。答えるんじゃなかった。


 「だからって俺のはやらないぞ」

 「じゃあ、半分」

 「嫌だ」

 「半分って言ってるでしょ」

 「俺の椀を覗くなよ」


 木のスプーンが伸びてきた。椀を遠ざけると、ライラまで身を乗り出してくる。さっき触れた肩のことなんか、もう気にしていられない。


 「怪我人から奪うな」

 「怪我人はあたしも同じ」

 「干し肉なら、俺のにも入ってるぞ」


 セドが椀を差し出したおかげで、ライラの手が止まった。


 「セドのはいらない」

 「なんでだよ」

 「汁に落ちたパンが溶けてるから」


 見れば、崩れたパンが汁を吸って、椀の中をほとんど埋めていた。


 「うまいぞ」

 「見た目が嫌」

 「食えば同じだろ」

 「違う」


 二人が言い合っている間に、ヴィンクが自分の肉を一つ、ライラの椀へ落とした。


 「いいの?」

 「静かにしろ」

 「ありがと、ヴィンク」


 ライラがさっそく肉を口へ運ぶ。俺も取っておいた肉をすくった。今のうちに食ってしまおう。


 「最初からヴィンクに頼めよ」

 「頼んだらくれないでしょ」

 「今くれただろ」

 「頼んでないから」


 向かいでセレナが口元を押さえていた。その横では、モチくんまで小さく身体を揺らしている。


 「モチくん、今笑った?」

 「笑っています」

 「声出ないのに分かるの?」

 「相棒ですから」


 セレナが頭を撫でると、稲穂が左右に揺れた。さっきセドに向けていたのとは、ずいぶん違う動きだ。


 「そういやよ。グレディオルって、飯うまいのか?」


 セドはもう椀を空にして、鍋へ手を伸ばしていた。


 「国境を越える話で、最初に気になるのが料理なのですか?」

 「食い物は大事だろ」

 「でも、あたしも気になる。甘いものある?」


 ライラも加わると、ヴィンクが二人を見た。


 「お前らは飯のことしか頭にねぇのか」


 俺は黙ってパンをかじった。実は少し聞きたい。


 「グレディオルは多くの国と交易していますから、様々な料理が集まると聞いています」

 「肉は?」

 「あると思います」

 「甘いものは?」

 「それも、あると思います」

 「ずいぶん曖昧だな」


 団長に言われ、セレナは困ったように眉を下げた。


 「王城で出される料理と、町の人たちが食べるものは違います。わたしも市場へ行ったことは、ほとんどありませんから」


 そうか。王女なら何でも知っていそうな気がしていたけど、城の外の飯なんて、俺たちの方がよく食っているのかもしれない。


 「じゃあ、着いたら一緒に探そうよ」


 ライラが食卓に肘をついた。


 「セレナも食べたことないもの、いっぱいあるんでしょ?」

 「よいのでしょうか。わたしは、助けを求めに行くのに」

 「ずっと誰かに会ってるわけじゃないでしょ。空いた時間くらいあるって」


 セレナが何か言いかけたところで、セドが妙に背筋を伸ばした。


 「そのときは、わたしも一緒に行きます」

 「セドは来なくていい」

 「なんでだよ」

 「全部食べるから」

 「金は払うぞ」

 「その金、誰が管理してると思ってるの?」

 「団長」

 「今はあたし」


 セドは団長を見たが、助け舟は出なかった。俺も財布の話になった途端、パンをかじる手を止めた。


 「一日にどれくらい使っていい?」

 「銅貨二枚」

 「子どもの小遣いじゃねぇか!」

 「三枚渡したら、全部その日に使うでしょ」

 「使わねぇよ。二日もたせる」

 「じゃあ、一日二枚で足りるじゃない」


 セドが口を閉じた。笑いながら向かいを見ると、セレナも肩を揺らしていた。市場へ行く話は、断らないで済んだらしい。

 団長が空の椀を置き、俺たちを見回す。


 「遊びに行くんじゃねぇぞ。まずは嬢ちゃんの知り合いに会う。それから帳簿だ」

 「分かってるって」


 ライラが答える横で、俺も頷いた。知らない料理は楽しみだけど、そのために国を出るわけじゃない。


 「国境を越えたら、まずわたしの知人に連絡を取ります。それまでは、わたしが王女だと知られない方がよいと思います」

 「ああ。追手がどこまで来るか分からねぇからな」


 団長はヴィンクへ顔を向けた。


 「山道は?」

 「途中で一か所、崩れている。馬車を通すなら直す必要がある」

 「なら、明日そこを直しておけ」

 「俺も行く」


 食って寝てばかりいると、みんなの出発を待っているだけみたいで落ち着かない。口を挟むと、レナリア先輩がこちらを見た。


 「ユイトは明日も休み」

 「もう眩暈はありません」

 「今、立って歩いて確かめる?」


 椅子から腰を浮かせかけて、やめた。食堂まで下りてくるだけでも、まだ階段の手すりを頼った。あれを見られていたのか。


 「……明後日にします」


 先輩が頷いたので、俺は座り直した。隣から笑われるかと思ったが、ライラは何も言わずに煮込みを食べている。


 「俺は明日から動いていいだろ」


 今度は団長だった。先輩の顔がそちらへ向く。


 「まだ駄目です。出発は、早くても五日後です」

 「五日も寝てられるか」

 「傷口が開けば、そこからさらに延びます」

 「……五日だな」


 団長が水を飲むと、セドが噴き出した。


 「団長、レナリアにだけは勝てねぇな」

 「お前の飯を減らすぞ」

 「なんで俺が!?」


 俺も笑ったが、先輩とは目を合わせないでおいた。明後日のことまで取り消されては困る。


 またグレディオルの話になった。ルフスが馬を休ませられる宿がいいと言えば、ティモンは街道の見える部屋を欲しがり、ネストルは近くに肉を食える店があるかを気にしている。

 俺は残った汁にパンを浸した。セドの椀を笑えない食べ方だけど、こうすると最後までうまい。

 次の町では、どんな飯が出るんだろう。ライラに取られる前に、肉は先に食べよう。それでセレナが市場へ行くなら、俺も一緒に――。


 コン、コン。


 玄関の方から聞こえた音に、パンを持つ手が止まった。

 誰かが扉を叩いた。こんな時間に?

 さっきまで笑っていたセドも口を閉じ、ティモンが椀を置いた。玄関へ向かう背中を見て、俺も扉の方へ身体を向ける。

 ここは、山道からも隠れた拠点だ。通りがかりに寄れるような場所じゃない。


 「失礼。少し道を尋ねても?」


 閉ざされた扉の向こうから、穏やかな男の声がした。

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