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奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第四章 帰る場所

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第6話「俺が選ぶ」

 目を覚ますと、窓から差し込む光が赤く染まっていた。

 見慣れた天井の下に、使い込んだ机と椅子がある。壁際には、王都から持ち帰った背負い袋が置かれていた。

 俺の部屋だ。


 身体を起こすと、まだわずかに眩暈がした。ベッドの縁へ座って収まるのを待ちながら、団長に言われたことを思い出す。

 残るか。

 出ていくか。

 剣と着替えがあれば、ここを出られる。

 荷物は背負い袋一つに収まる。壁際の袋へ手を伸ばした。


 下の階から、大きな物音が響いた。

 「セド! それ、食料の袋でしょ!」

 「落としてねぇ! 置いただけだ!」

 「床が揺れたんだけど!」

 「床が弱いんだよ!」

 続いて、ライラの怒鳴り声と団員たちの笑い声が聞こえる。

 俺は背負い袋から手を離し、部屋の扉を開けた。


 廊下には、煮詰めた薬草の匂いが漂っていた。

 団長の部屋から、血のついた布を抱えたレナリア先輩が出てくる。

 「起きたのね」

 「はい。団長は?」

 「眠ってるわ」

 「本当に?」

 「目を閉じて黙ってるから、寝てることにした」

 部屋の中から、低い声が返る。

 「聞こえてるぞ」

 「やはり眠っていませんね」

 レナリア先輩が溜息をついた。


 「傷はどうですか」

 「今のところ、開いてはいないわ。熱も酷くなっていない」

 「よかった」

 「ただし、動いていい状態じゃない。本人だけが分かってないけど」

 「聞こえてるっつってんだろ」

 「ちょうどいいので、もう一度言いました」

 先輩は汚れた布を桶へ落とし、俺へ視線を戻す。

 「ユイトは?」

 「少し眩暈がします。でも、歩けます」

 「今日は歩くだけ。それ以上は駄目」

 「分かりました」

 「食事は?」

 「まだです」

 「下に用意してある」

 それだけ言い残し、先輩は新しい布を取りに廊下の奥へ向かった。


 階段を下りると、食堂の大きな机に古びた地図が広げられていた。ライラとセレナがそれを挟んで向かい合い、地図の端に座ったモチくんが、丸まりかけた紙を短い両手で押さえている。


 「この川は覚えてる。行きに一度渡ったよ」

 「では、この辺りから街道を外れたのでしょうか」

 「たぶん。夜だったから、そこまで自信ないけど」

 「たぶんで道を決めるなよ」

 馬小屋から戻ったらしいセドが、肩に空の飼葉袋を担いでいる。

 「じゃあセドは覚えてるの?」

 「御者が後ろの景色まで見てるわけねぇだろ」

 「前に川があったでしょ」

 「川なんざ、何本もあった」

 「役に立たないなぁ」

 「お前にだけは言われたくねぇ」


 ルフスたち三人が、食糧庫から運んできた袋を壁際へ積んでいる。

 ルフスが俺に気づき、机の端を顎で示した。

 「起きたなら食え。お前の分、ライラが取ってある」

 「あたしじゃない。レナリア先輩に言われただけ」

 「まだ何も言ってないだろ」

 俺が口を挟むと、ライラは即座に返した。

 「言いそうだったから先に言ったの」

 机の隅に、固焼きのパンと薄いスープが置かれていた。


 俺が腰を下ろすと、ライラが地図の一か所を指さす。

 「ユイト。王都へ行く途中、炭焼き道へ入る前に川を渡ったよね?」

 「川は渡ったけど、炭焼き道へ入った後だ。川沿いを進んでから渡っただろ」

 「ほら、セド。あたしが合ってた」

 「順番が逆だっただろ」

 「だいたい合ってればいいの」

 「道案内で言う台詞じゃねぇ」


 俺はスープを飲みながら、地図へ目を落とした。王都から離れて拠点へ続く道。その先には、グレディオルへ向かう街道が細い線で描かれている。


 「ここからなら、古い山道へ入れるかもしれません」

 セレナが地図へ指を添える。

 「地図の通りなら、王都から続く街道と合流せずに、国境近くまで進めます」

 「でも、馬車で通れるか分からないね」

 「明日、見に行く」


 背後からヴィンクの声がした。

 振り返ると、外套の裾を泥で汚したヴィンクが入口に立っている。

 「戻ったのか」

 「ああ」

 「追手は?」

 「街道にはいない。騎士たちの足跡も、森を出た先で王都の方へ続いていた」

 「諦めたってこと?」

 「分からない」

 ヴィンクは首を横へ振った。

 「少なくとも、今夜ここへ来る気配はない」


 「なら、今日は寝られるな」

 セドが大きく伸びをする。

 「その報告、団長にも聞かせて」

 新しい布を抱えたレナリア先輩が、階段を下りてきた。

 「ただし、話は短く。団長を興奮させないで」

 「報告で興奮するか?」

 「出発できると勘違いするから」

 「もうしてそうだな」

 セドの言葉に、ヴィンクが小さく頷いた。

 レナリア先輩は二人を連れ、先に階段を上がっていった。


 ライラとセレナが地図を巻き始める。

 モチくんも一緒になって端を押し、今度は必要以上に強く巻いていく。

 「モチくん、そこまで固くしなくて大丈夫です」

 セレナに言われ、モチくんが力を抜いた。


 ライラが地図を抱え、団長の部屋へ向かおうとする。

 「ライラ」

 「何?」

 「決めた」


 足が止まった。

 ライラがゆっくり振り返る。

 「……どっち?」

 「残る」


 地図を握っていた指から、力が抜けた。

 「グレディオルにも行く」


 「そっか」

 返事は、それだけだった。

 けれど、ライラは一度俯いてから、もう一度俺を見る。

 「団長には?」

 「まだ言ってない」

 「先に、あたしに言ったの?」

 「約束しただろ」

 「……そういうところだけ律儀なんだから」

 ライラは地図で口元を隠した。

 「ほら。早く言いに行くよ」

 「一人で行ける」

 「あたしも地図を持っていくの」

 そう言って、俺より先に階段を上っていく。


 団長の部屋まで来ると、ほかのみんなも集まっていた。団長はベッドへ横たわったままで、レナリア先輩が傍らに立っている。寝台の前に並ぶ床板のうち、一本だけ縁に古い傷がついていた。

 ヴィンクとセドが小さな机を運び込んで下ろすと、セレナがその上へモチくんを乗せた。ルフスたち三人は、部屋へ入りきれずに扉の外から覗いている。


 ヴィンクが、街道に追手はいなかったことと、騎士たちの足跡が王都の方へ続いていたことを団長に伝えた。

 「なら、撒けたか」

 「まだ分からない。別の道から回っている可能性もある」

 「十分だ。明日、グレディオルへ抜ける山道を――」

 「団長は行きません」

 レナリア先輩が遮った。

 「場所を確かめるだけだ」

 「それも行きません」

 「じゃあ誰が行く」

 「ヴィンクとティモンです」

 「俺も行くぞ」

 セドが手を上げる。

 「あなたは馬の世話があるでしょ」

 「明日の朝には終わる」

 「その後は寝て」

 「寝るのも仕事ってか」


 ライラは地図を机へ広げ、モチくんが端を押さえる。

 俺は扉の前に立ったまま、その光景を見ていた。

 「団長」

 「なんだ」

 全員の視線が、俺へ向く。

 「俺も行きます」

 「どこにだ」

 団長が聞き返した。

 「ここに残ります。その先、グレディオルにも行きます」

 「帰りたいって気持ちは戻ったのか」

 「戻ってません」

 すぐに答えられた。

 「みんなが俺の仲間だってことは、今もちゃんと思えるんです。なのに、ここに帰ってきたって気がしない。それが、自分でも変で……」


 ライラ。

 セレナ。

 レナリア先輩。

 団長。

 ヴィンクとセド。

 扉の外から覗いているルフス、ティモン、ネストル。

 「この気持ちまでなくなったら、みんなが目の前にいても、俺だけ一人になるんじゃないかって。……それが怖いです」

 声が詰まり、一度息を継いだ。

 「でも、さっき下でみんなと話して、飯を食って……明日もそうしたいって思ったんです。帰りたい気持ちは戻ってないけど、みんなと一緒にいたい。これからどこへ行くか、何をするか、俺も一緒に考えたいです」

 もう一度、団長を見た。

 「だから、ここに残ります。俺が、そうしたいんです」


 団長は、しばらく何も言わなかった。

 やがて、鼻から短く息を吐く。

 「そうか」

 「……はい」

 「なら、入口に突っ立ってねぇで入れ。地図が見えねぇだろ」

 「それだけ?」

 ライラが不満そうに言う。

 「何を言わせてぇんだ」

 「別に何も!」

 「なら話を進めるぞ」


 セドが笑い、ヴィンクが机をわずかに横へずらした。

 セレナが椅子を引き、俺の方へ向ける。

 隣の椅子に腰を下ろしたライラが、空いた座面を手のひらで叩いた。

 「ユイト。ここ」

 「ああ」


 俺は部屋へ入り、ライラの隣へ腰を下ろした。

 地図の上で、拠点からグレディオルへ伸びる道を、皆の指が追っていく。

 俺の指も、その中にあった。

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