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奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第四章 帰る場所

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第5話「選ばなくてもいい」

 日が高くなり始めた頃、団長が目を開けた。

 「あと、どれくらいだ」

 「痛みはどうですか」

 隣に座るレナリア先輩が、団長の顔を覗き込む。

 「腹が減った。傷よりそっちが堪える」

 「食欲はあるんですね。ですが、まだ横になっていてください」

 団長は起き上がろうとはせず、声だけを御者台へ飛ばした。

 「セド! 拠点まであとどれくらいだ!」

 「もうひと走りだ! 馬がへばらなきゃな!」

 「聞こえたでしょう。もう一度寝てください」

 「着いた後のことを決めてからだ」

 レナリア先輩が眉を寄せる。

 「着いた後は治療です」

 「それ以外だ」

 「ありません」

 「お前は少し黙ってろ」

 先輩の手が、団長の脇腹へ伸びる。

 「傷口が開いたら、また縫い直しですよ」

 「……話くらいさせろ」

 先輩は手を引いた。

 団長が小さく息を吐き、荷台の中を見回す。


 「拠点に戻ったら、まず馬を休ませる。セド、お前も寝ろ」

 「俺より先に馬だ」

 「なら、馬の世話が終わったらだ」

 「分かってる」

 御者台から返事が飛ぶ。

 「ヴィンク。追手の動きを見られるか」

 「拠点に戻ってから、街道の様子を見てくる」

 「今日は駄目」

 レナリア先輩が即座に遮った。

 「ヴィンクもほとんど休んでいない」

 「一人で行くとは言ってない」

 「人数の問題じゃない」

 「追手が来てから寝るよりいい」

 「……拠点で少しは休んでからよ。暗くなる前には戻って」

 「分かった」


 ヴィンクが短く頷く。

 ただし、先輩は荷台の端に置かれた薬箱へ手を伸ばした。

 「その前に、手の傷を見せて」

 「浅い」

 「さっきも聞いた」

 ヴィンクが目を逸らした。


 「嬢ちゃん」

 団長の声に、セレナが顔を上げる。

 膝の上のモチくんも、つられるように団長を見た。

 「グレディオルまでの道は分かるか」

 「王都から続く街道であれば、地図で見たことがあります。ただ、この森からどこへ出ればよいのかまでは……」

 「それは俺たちで調べる」

 ヴィンクが言った。

 「街道は使わない方がいい」

 「騎士が先回りしているかもしれないからですか?」

 セレナが尋ねる。

 「ああ」


 御者台から、ライラが会話に加わる。

 「でも、ずっと森の中ってわけにもいかないでしょ。食料もいるし、馬車が通れないところもあるよ」

 「拠点に地図があったはずだ」

 セドの声が続く。

 「古いやつだけどな。道が消えてても文句言うなよ」

 「消えてたら、あたしが見つける」

 「お前、王都へ行くときも迷っただろ」

 「迷ってない。道が思ってた場所になかっただけ」

 「それを迷ったって言うんだ」

 セドが笑う。


 「出発は、全員の傷が落ち着いてからです」

 レナリア先輩は団長を見て、念を押した。

 団長が鼻を鳴らす。

 「俺は馬車に転がしておけばいい」

 「寝ているだけで済むなら、今も苦労していません」

 「次は起きねぇ」

 「信用できません」

 「お前な……」

 二人のやり取りに、セレナがわずかに笑った。


 けれど、すぐに表情を改める。

 「皆さんも、グレディオルまで来てくださるのですか」

 「帳簿を抱えた王女を、一人で放り出すほど薄情じゃねぇよ」

 「ですが、皆さんにはすでに多くの危険を――」

 「今さらだ。ここまで来たら、最後まで付き合う」

 団長は目を閉じた。

 「俺の傷が開かなくなったら、グレディオルへ向かう。それまでに道と追手を調べる。馬と食料も用意する」

 「はい」

 セレナが深く頷く。

 モチくんも真似をするように、丸い頭を下げた。


 グレディオルへ向かう。

 話の中で、「俺たち」という言葉が使われた。

 そこに俺が入っているのかは、分からなかった。


 「ユイト」

 団長が目を開け、俺を見た。

 「はい」

 「お前は、拠点へ戻ったらどうするか決めろ」

 「どうするって……」

 「盗賊団に残るか、出ていくかだ」


 荷台から、音が消えた。

 御者台にいたライラが、肩越しにこちらを見る。

 「ちょっと、団長」

 「前を見てろ」

 「ユイトを追い出すの?」

 「逆だ。残れと命じねぇと言ってる」

 団長は俺へ視線を戻した。

 「帰りたいって気持ちが、なくなったんだろ」

 「……はい」

 「だったら、今までここにいたってだけで縛る気はねぇ」

 胸の奥は、何も返さなかった。

 それでも、団長の言葉だけは妙に近く聞こえた。


 「俺が抜けたら、団の仕事は」

 「足りねぇ分は、残った奴が埋める。それが団だ」

 「でも、俺は団長たちに拾ってもらって――」

 「拾った分を返せなんて言った覚えはねぇ」

 団長の声がわずかに低くなる。

 「嬢ちゃんをグレディオルへ送るのも、帳簿を届けるのも、俺たちが決めたことだ。お前一人に背負わせる気はねぇ」

 「そんな簡単に、出ていっていいなんて言わないでよ」

 ライラの声が飛ぶ。

 「残るかどうかは、ユイトが決めることだ」

 「……そうだけど」

 その先を、ライラは言わなかった。


 ライラは御者台へ向き直り、前方の枝を手で払う。

 団長が続ける。

 「残りたきゃ残れ。別の場所へ行きたきゃ行け。俺たちとグレディオルへ来るのも、お前の自由だ」

 「団長は、どれがいいと思ってるんですか」

 「俺に決めさせるな」

 「……今は、分かりません」

 「なら、今は選ばなくていい」


 団長は再び目を閉じた。

 「拠点に着いたら、飯を食って寝ろ。頭が動くようになってから考えろ」

 「話は終わりましたね」

 レナリア先輩が毛布を団長の肩まで引き上げる。

 「おい、まだ寝るとは――」

 「寝てください」

 「起きたばかりだぞ」

 「では、もう一度眠れますね」

 団長が何か言い返すより先に、先輩が目元へ布を被せた。

 「見えねぇ」

 「眠るのに必要ありません」

 セドが御者台で声を上げて笑った。


 やがて道幅が狭くなり、木々の間隔も詰まってきた。ここから先は、拠点まで一本道だ。

 ライラは御者台を離れて荷台へ戻ると、俺の隣へ腰を下ろし、膝を抱えた。


 「団長の話」

 「ああ」


 「別に、追い出したいわけじゃないから」

 「分かってる」

 「本当に?」

 「団長がそう言ってただろ」

 「団長のことじゃなくて……」

 ライラは途中で口を閉じ、膝へ顎を乗せて幌の隙間から外を見た。俺も同じ方へ目を向ける。


 「ライラは、グレディオルへ行くのか」

 「行くよ。セレナを一人で行かせられないし、帳簿だって届けなきゃいけないから」

 「そっか」

 「ユイトは?」

 「まだ分からない」

 「……そっか」


 ライラの靴先が、荷台の床を軽く叩く。

 「でも、決めたら言って」

 「団長に?」

 「あたしに」

 「なんで?」

 「……団長より先に知っておきたいから」

 「だから、なんで」

 「いろいろあるの!」

 ライラがこちらを睨む。

 それ以上聞くと怒鳴られそうだった。

 「分かった。先に言う」

 「絶対だからね」

 「ああ」


 木々の向こうに、古びた屋敷の屋根が見えた。

 「見えたぞ!」

 セドの声に、荷台の空気が緩む。

 ネストルが俺へ背負い袋を渡し、ヴィンクが幌を大きく開けた。

 見慣れた屋敷の窓が目に入る。朝になるとライラが勝手に開ける、俺の部屋の窓も見えた。

 胸は、まだ静かなままだった。


 馬車が庭へ入ってゆっくり止まると、ヴィンクたちが次々と荷台を降りていった。ライラも縁へ手をかけたが、先には降りず、俺の隣に座ったままだった。

 俺が立ち上がるまで、ライラは何も言わなかった。

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