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奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第四章 帰る場所

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第3話「セレナの相棒」

 東の空が白み始めていた。

 荷台では、団長が毛布にくるまって眠っている。レナリア先輩が額へ手を当ててから、胸の上下を確かめた。

 「今のところ、熱はないわ」

 「馬はまだ休ませたい。団長の方はどうだ?」

 馬の脚を冷やしていたセドが聞く。

 「こっちも、もう少し休ませて」


 林から戻ってきたヴィンクが、鎖槍を肩へ担いだ。

 「追手はいない」

 「じゃあ、その間に片づけよ」

 ライラが使い終えた布や鍋を集め始める。ルフスたちも、小屋から運び出した物を元へ戻していた。


 俺も立ち上がろうとして、荷台の縁へ手をつく。

 「ユイトは座ってて」

 「でも――」

 「さっき立っただけでふらついてたでしょ」

 反論できず、腰を下ろし直す。


 その横で、セレナが立ち上がった。

 「わたしも手伝います」

 「セレナも休んでていいよ。ずっと団長の傷を押さえてたんだから」

 「ですが、皆さんには役割があります」

 セレナは自分の両手を見る。

 「わたしだけ、運ばれているわけにはいきません」


 ライラが鍋を抱えたまま首を傾げた。

 「何ができるの?」

 「紹介します」


 セレナが荷台を降りて胸の前で右手を開くと、青白い光が細い線となって重なり、その手の上で一冊の本を形作った。濃紺の表紙に銀色の留め具がつき、表紙の中央にはいくつもの円が重なった紋章が刻まれている。

 「《契約の書(コンコード・グリモワール)》」


 風もないのに本が開き、何枚もの紙がひとりでにめくれた。一本の黄金色の稲穂と白い米粒が描かれたところで止まる。

 「来てください、モチくん」

 紙の上で光が膨らむと、そこから白い塊が転がり落ち、地面へぽすんと着地した。役目を終えた本は、青白い光へほどけて消える。


 子猫ほどの大きさだった。つきたての餅みたいに真っ白で、大きな丸い頭とずんぐりした身体に短い手足がついている。頭のてっぺんからは、黄金色の稲穂が一本、重たげに垂れていた。

 黒い目と小さな口に、うっすら桃色の頬。その愛嬌のある顔が、俺たちを順番に見上げた。


 最後にセレナを見つけると、丸い身体が弾んだ。

 「わっ」

 セレナの胸へ飛びつき、そのまま頬へ身体を擦りつける。

 「心配をかけました。ごめんなさい」

 抱き留めたセレナの顔から、張りつめていたものが初めて消えた。


 鍋を置いたライラが、すぐそばまで寄ってくる。

 「何これ。白い丸?」

 「米に宿る植物の精霊です」

 「名前がモチくん?」

 「はい。『くん』までが名前です」

 「そこまで?」

 馬のそばにいたセドまで、いつの間にか覗き込んでいた。

 「食べられません」

 「まだ聞いてねぇぞ」

 「顔に書いてあります」


 モチくんがセレナの腕から下り、彼女を庇うようにセドの前へ立つ。

 短い両腕を上げた姿は、どう見ても強そうには見えなかった。

 「こいつ、戦えんのか?」

 「戦えます。モチくんは、とても頼りになるんです」


 セドが片膝をつき、大きな手のひらを差し出した。

 「なら、一発やってみろ」

 モチくんがセレナを見上げる。

 「軽く、ですよ」


 モチくんが小さく頷くと、頭の稲穂がぴんと立ち、白い身体が下から押し広げられるように膨らみ始めた。短かった腕と脚が太く伸び、肩と胸が大きく盛り上がる。腹には、餅とは思えないほどくっきりした筋肉が浮かんだ。

 数息もしないうちに、三メートル近い巨体になっていた。愛嬌のある顔と黄金色の稲穂はそのままに、筋骨隆々の巨体がセドを見下ろしている。


 「……でかくなるなんて聞いてねぇぞ」

 巨大な右拳がゆっくり後ろへ引かれたかと思うと、次の瞬間にはセドの手のひらへ軽く触れた。ぱん、と乾いた音が鳴る。

 「うおっ」

 セドの腕が跳ね上がり、膝が土の上を滑った。モチくんはみるみる元の子猫ほどの大きさへ縮むと、セドへ深く頭を下げた。


 「今、謝った?」

 ライラが目を丸くした。

 「加減を間違えたみたいです。モチくんは勉強熱心なので、次はもっと上手にできます」

 「次も俺で試すのか?」

 セドが手のひらを振る。


 ライラはもうモチくんの前にしゃがみ込み、その身体へ指を伸ばしていた。

 「触ってもいい?」

 「急に引っ張らなければ――」

 セレナが言い終わる前に、ライラの指が沈んだ。

 「柔らかい」

 指を戻そうとしても、モチくんがくっついたまま伸びてくる。

 「ちょっと、離れない!」

 「だから、急に引っ張らないでください」

 「先に言ってよ!」

 「言っている途中でした」

 セレナがモチくんを抱え、ライラが今度はゆっくり腕を引く。それでもモチくんは、二人の間でどんどん長くなっていった。

 「どこまで伸びるの、これ!」

 「わたしにも限界は分かりません」

 「相棒なのに!?」

 「相棒にも、知らないことはあります」


 真面目な顔で返すセレナを見て、思わず小さく吹き出した。

 二人が同時に、俺を見る。

 「今、笑った」

 ライラが言った。

 「笑ってない」

 「笑ったよね?」

 「はい。笑っていました」

 セレナまで頷く。

 「二人で決めるなよ」

 「三人だ」

 いつの間にか、ヴィンクが荷台の外から覗き込んでいた。

 「ヴィンクまで……」

 ライラが吹き出す。

 その拍子に指が外れ、モチくんの身体が一気に縮んだ。勢い余ってセレナの腕へ収まる。


 「こんなのがいるなら、騎士と戦ったときに呼べばよかったのに」

 ライラの言葉に、セレナの笑みがわずかに消えた。

 「モチくんは、王城でいつもわたしのそばにいました。城の人たちも、この子がわたしの契約相手だと知っています」

 腕の中の白い身体を撫でる。

 「呼べば、カタリナ以外の騎士にも、わたしが荷台にいると知られてしまいます。カタリナが最後まで名前を呼ばずに隠してくれたことを、無駄にはできませんでした」

 「……そっか」

 ライラはそれ以上、聞かなかった。


 「それに、何もしてなかったわけじゃない」

 俺は眠っている団長を見る。

 「セレナが傷を押さえてくれなかったら、団長はここまでもたなかった」

 セレナは少し驚いたように俺を見て、それから頷いた。

 「ありがとうございます」


 「話が終わったなら、働いてもらおうかな」

 ライラが地面に置かれた敷布を指す。

 「モチくん、あれ畳める?」

 「できます。モチくん、お願いします」

 地面へ下りたモチくんは短い両腕を伸ばして敷布の両端を掴むと、隣で布を畳むルフスの動きをじっと見た。一度見ただけで、同じように折り始める。

 「本当に勉強熱心なんだ」

 「はい。わたしの大切な相棒です」

 セレナが、少し誇らしそうに答えた。


 「モチくん、その布は小屋に戻して」

 ライラが頼むと、モチくんは一度だけ彼女を見上げた。それから敷布を抱え、小屋へ跳ねていく。

 「あたしの言うことも聞くんだ」

 「味方だと分かれば、手伝ってくれます」

 モチくんが小屋から戻ってくると、セドが声をかけた。

 「俺の袋も頼む」

 モチくんは聞こえなかったように背を向けた。

 「なんでだよ」

 「食べようとしたからでしょ」

 「聞こうとしただけだ」


 やがて火が消され、荷物が馬車へ戻されていく。

 モチくんはライラの後ろを跳ねながら、次の仕事を探していた。セドが近づくと、まだ警戒するように両腕を上げる。

 そのたびに、セレナの声とライラの笑い声が重なった。


 帰りたいという気持ちは、まだ戻っていない。

 それでも、その声をもう少し聞いていたいと思った。

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