間話「取り戻す者」――カタリナ視点
意識が戻ったとき、最初に感じたのは、両脇から身体を支える腕だった。足が土の上を擦っている。暗い林の中を、二人の部下に運ばれていた。
「……降ろせ」
声を出すと、喉がひどく乾いていた。
「騎士団長!」
「意識を取り戻されたのですね」
「自分で歩ける。降ろせ」
「しかし――」
「命令だ」
二人は顔を見合わせ、近くの木の根元へ私を座らせた。背中が幹へ触れた途端、全身の痛みが一度に押し寄せてくる。肩と胸が熱く、《修羅変生》を無理に使った反動で、腕も脚も鉛のように重かった。
周囲を見ると、先を行く騎士たちも足を止めていた。先頭の騎士は意識のない仲間を背負い、別の一人は槍を杖代わりに立っている。その鎧には血が付着していた。
「死者は」
「いません。全員、生きています」
短く息を吐いた。
あれだけの戦いで、誰も殺されていない。
私を打ち倒すとき、盗賊の頭は刃ではなく大剣の腹を使った。倒れた私をそのまま地面へ落とさずに受け止め、低く言った。
――ここまでだ。
敵に命を拾われた。
騎士団長として、これほどの屈辱はない。
「賊は」
「追ってきていません」
「馬車はどうした」
答えはすぐに返ってこなかった。
それだけで分かる。
「……見失いました」
部下が俯く。
「申し訳ありません」
「お前たちの責任ではない」
立ち上がろうとして右膝が揺れ、木の幹へ手をついたが、立ちきれずに腰を下ろした。足元の土へ意識を向ける。
動け。
何も起きなかった。
もう一度、魔力を流す。
盛り上がれ。
私の身体を支えろ。
土は沈黙したままだった。
以前なら、指をわずかに動かすだけで応え、壁にも、槍にも、押し寄せる波にも変わった。今はその感覚さえなく、空になった場所だけが身体の中にはっきりと残っている。
黒紫の光。
左腕へ触れた少年の指。
そして、何かを引き剥がされた感覚。
「……私の大地を」
奪われた。
十年以上かけて磨いてきた力を。
何度も人を守ってきた力を。
あの少年が、たった一度触れただけで。
「騎士団長。あの少年はいったい……」
「ユイト」
戦いの中で、盗賊たちが何度も呼んでいた。
奪うことを怖がっているように見えた。私から力を奪ったあとも喜んではおらず、こちらを見る顔はむしろ苦しげだった。それでも、仲間を守ろうと私の大地を使った。
「次に見つけても、殺すな」
「ですが、騎士団長から能力を奪った者です」
「だからこそ、生かして捕らえる。奪ったものを返す方法を聞き出す」
返せるのかは分からない。
だが、諦めるつもりはなかった。
「承知しました」
騎士が頭を下げる。
その隣で、私の大斧を抱えていた部下が尋ねた。
「騎士団長。なぜ、あれほど荷台を庇われたのですか」
周囲の視線が集まった。
戦いの間、私は荷台へ矢を射ることも、部下を近づけることも許さなかった。
「城から盗まれた重要なものが積まれていた」
「帳簿ですか」
「それ以上は、今のお前たちが知る必要はない」
部下はなおも何かを聞きたそうにしていたが、やがて頭を下げた。
「失礼しました」
幌の奥に、セレナ殿下はいた。一度も私の名を呼ばず、助けを求めることもなかった。私が近づこうとするたび、盗賊たちが前へ立った。
だが、無理やり閉じ込められていたのなら、あの方は必ず声を上げたはずだ。
城から連れ去られたのではない。
自分で、あの馬車へ乗った。
認めたくない事実が、胸の奥へ沈んでいる。
――何を取り戻しに来た。
盗賊の頭の声が蘇った。
あの男は、私の目当てが帳簿ではないと気づき、誰を守ろうとしているのかまで見抜いていた。
セレナ殿下。
なぜ城を出たのですか。
なぜ私へ何も告げてくださらなかったのですか。
なぜ、盗賊と一緒に行くことを選ばれたのですか。
聞かなければならない。
王都の外へ出れば安全だとは限らない。
あの方が自ら選んだ道だとしても、危険の中へ消えていくのを見過ごすことはできない。
それが本人の意志を無視することになっても。
守れなかったあとで悔やむよりはいい。
「騎士団長、今はお休みください。王都へ戻れば、すぐ治療を――」
「大斧を」
部下が抱えていた大斧へ手を伸ばす。
「ですが」
「渡せ」
柄を受け取ると腕に痛みが走ったが、離さなかった。刃を土に突き、支えにして立ち上がる。
大地は、もう応えない。
それでも、腕は動く。
脚も動く。
残った三つの能力も、まだ私の中にある。
何もかも失ったわけではない。
今すぐにでも、あの馬車を追いたい。だが、仲間を背負った部下も、槍に身体を預けた部下も、私の命令を待っている。私も斧を支えに立つのがやっとだ。
まずは、この者たちを全員帰す。追うのは、それからだ。
「全員、王都へ戻る。負傷者を先に歩かせろ」
「騎士団長は」
「最後尾を行く。一人も置いていくな」
反論を許さず、林の奥へ目を向けた。盗賊たちの灯りはもう見えない。だが、消えたわけではない。この道のどこかを進んでいる。
黒紫の光を使う少年。
〈奪還の獅子〉ガレウス。
そして、セレナ殿下。
必ず見つける。
奪われた大地を取り戻す。
セレナ殿下も、必ず連れ帰る。
今度は、何一つ奪わせない。




