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奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第三章 騎士団の追撃

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第6話「必要な一つ」

 土の波が、傷を負ったガレウス団長へ押し寄せる。

 胸の奥では、団長から渡された重い鼓動がまだ響いていた。


 「ヴィンク――一拍、借りる!」

 「ああ」

 鎖を鳴らして、ヴィンクの鎖槍が土の波の端へ食い込んだ。押し寄せる土に引かれても、その足は動かない。踵を地面へ沈めて鎖を横へ引くと、土の波がわずかに歪んだ。


 「ライラ!」

 「うん!」

 さっきより太く燃えるライラの紅刃が、鎖の通った場所へ突き刺さり、湿った土を一息に焼き固めた。黒く固まった部分が流れに引っかかり、波の勢いが鈍る。


 「今だ!」

 俺は地面を蹴った。

 疲れ切っていたはずの脚が、身体を前へ押し出した。


 けれど、土の波は止まらない。崩れた土の奥から、次の土が押し上がってくる。少し離れたところでは、レナリア先輩がセドたちと残る三人の騎士を食い止めていた。こっちへ手を貸す余裕はない。俺たちでやるしかない。


 カタリナの青い瞳が、ほんの一瞬だけ馬車へ流れる。連動するように、足裏へ押し寄せていた土の動きがわずかに鈍った。

 ガレウス団長の言葉が、まだ刺さっている。

 ――守りたい奴がいるから、そこに立ってんだろ!

 その隙を逃さず、さらに踏み込んで《穿界視》を開く。見るのは、カタリナの足の向きと、大斧が通る場所だけだ。


 ヴィンクがさらに鎖を引いて土の波を斜めに崩し、そこをライラの紅刃が焼き固めていく。俺は足を止めず、二人が作った足場を蹴って一気に駆け上がった。

 「来るな」

 カタリナの低い声とともに大斧がその手を離れ、宙で軌道を変えて俺の肩口へ落ちてくる。ヴィンクの鎖が土から抜けて跳ね上がり、大斧の柄へ巻きついた。張り詰めた鎖が見えない力に引かれ、ヴィンクの巨体が地面を滑る。

 「……重い」

 それでもヴィンクは鎖を離さず、大斧の軌道をほんの少しだけ外へ逸らした。そこへライラの紅刃が走り、大斧の腹で火が弾ける。斧は止まらなかったが、俺の前に半歩分の道が空いた。


 「ユイト!」

 ライラの声に背中を押され、俺は剣を左手に持ち替えて、崩れた土の隙間へ身体を滑り込ませた。カタリナが右腕を引く。拳が来る。俺は《穿界視》で肩の沈みだけを拾い、身体を捻った。

 拳が頬すれすれを抜け、風圧だけで皮膚が切れる。それでも踏み込み、空いた右手を伸ばした。指先がカタリナの左腕へ触れ、熱が伝わってくる。

 今だ。

 奪う。

 《万象奪界》。

 黒紫の光が触れた一点から弾け、カタリナの左腕を駆け上がった。細い光は肩を越えて胸を走り、脚へ絡みつく。

 「――っ!?」

 カタリナが息を呑む間に、光が全身を包み込んだ。同時に、相手から奪えるものが一気に輪郭を持つ。能力、記憶、感情――いくつもの選択肢が俺の中へ流れ込んできた。

 その中に、ひときわ強く脈打つ感情がある。恐怖と焦り、失いたくないという怯えが、何かを守ろうとする衝動へ結びついていた。誰を、何から守ろうとしているのかまでは分からない。ただ、その必死さだけは俺と同じだった。


 続いて、四つの能力が名前を持って浮かび上がった。

 大斧を含む物体を、見えない力で操る《念力支配(サイコ・ドミナンス)》。

 土を操り、壁にも槍にも波にも変える《大地覇掌(アース・ドミナンス)》。

 肉体の筋力と耐久を大きく引き上げる《修羅躯体(アスラ・ボディ)》。

 そして、その奥。

 肉体の限界を壊し、別の戦闘形態へ変える《修羅変生(アスラ・トランス)》。

 四つとも、欲しい。

 けれど、今選ぶのは欲しいものじゃない。

 土を操る力が残れば、団長へ迫る波は止まらない。

 目の前の一撃を止める。そのための一つだ。


 選ぶ。

 「……《大地覇掌》」

 選ばなかった三つの輪郭が、消える間際まで目に焼きついた。

 選び取った途端、胸の奥で何かが切れた。


 黒紫の光が強まり、カタリナの身体から《大地覇掌》だけが引き剥がされた。

 「――っ、あ……!」

 カタリナは声を詰まらせ、咳き込んで片膝をついた。地面のうねりが止まり、ガレウス団長へ押し寄せていた土の波が、支えを失ったように崩れ落ちる。

 「……間に合った」


 声が震えた。

 ガレウス団長は膝を震わせながらも、大剣を地面へつかずに踏みとどまっている。

 俺の中には、奪った力の感覚がある。どう動かすのか、輪郭だけなら分かる。けれど、流れ込んだのは能力だけだ。カタリナの魔力量も、鍛え上げた制御も、俺のものになったわけじゃない。

 俺自身の魔力は足りている。あとは、うまく動かせるか。


 カタリナから手を離し、二、三歩退いてから、崩れた土へ掌を向けた。退け、と命じると、足元の土が拳一つ分だけずれる。たったそれだけで必要以上の魔力を持っていかれ、膝が沈んだ。


 「ユイト!」

 駆け寄ったライラが、身体を支えてくれる。

 「平気!?」

 「……力は来た」

 息を整える。

 「でも、今の俺じゃ全然使いこなせない」


 大斧が鎖を振りほどいて手元へ戻り、カタリナはその柄を地面へついて立ち上がる。

 右足を踏み込んだ。

 何も起きない。

 もう一度。

 地面は動かない。

 青い瞳に、初めて小さな恐怖が走った。

 「……奪われた」

 カタリナが俺を見る。

 怒りより先に、喪失があった。

 「私の、大地を」


 胸が痛んだ。

 この力は、カタリナが誰かを守るために鍛えてきたものかもしれない。

 俺は、それを奪った。

 必要だった。

 団長を救うためだった。

 そう言えても、奪った事実は消えない。


 ガレウス団長が、血の滲む脇腹を押さえながら前へ出た。

 「ここから先は踏ませねぇ」

 カタリナの目が団長へ向き、さらにその向こうの馬車へ流れた。少し離れた場所では騎士が一人地面に倒れ、残る二人とレナリア先輩たちが睨み合っている。

 「私は取り戻す」

 掠れた声だった。

 「奪われた力も……あそこにいる人も」

 大斧を握り直す。

 「全部、取り戻す」


 「もう地面は動かねぇ」

 ヴィンクが鎖槍を構える。

 「諦めろ」

 「嫌だ」


 「大地を奪われても……行く」

 一歩。

 「腕が動くなら、斧を振る」

 もう一歩。

 「脚が動くなら、走る」

 青い瞳が、馬車から離れない。

 「まだ、間に合う」


 赤黒い魔力が、カタリナの身体から噴き上がった。

 触れた時に見た、四つ目の力。

 「……《修羅変生》」

 カタリナの身体が跳ね、肩と背の筋肉が盛り上がった。皮膚の下を赤黒い魔力が走るにつれ、指先から爪が伸び、唇の隙間から牙が覗く。白銀の髪の上では、同じ魔力が角のように揺らめいていた。

 残る二人の騎士まで息を呑んだ。

 「騎士団長……?」

 その一瞬だけ、騎士たちの動きも止まる。

 レナリア先輩は馬車との間に立ったまま、剣を構え直した。

 こっちは、俺たちで止める。


 「まだ、こんな力まで残ってんのかよ……」

 ヴィンクが低く呻いた。


 カタリナが踏み込んだ。地面は動かず、代わりに踏み込んだ場所が砕け、土と小石が爆ぜる。

 ――消えた。

 そう見えた直後には、カタリナはガレウス団長の懐へ潜り込んでいた。繰り出された拳を、団長が横に構えた大剣で受ける。剣腹へ叩き込まれた衝撃で両足が土を削ったが、それでも切っ先は下がらなかった。


 カタリナの手に、大斧がない。

 嫌な予感がした。

 「団長、後ろ!」

 宙を飛ぶ大斧が、団長の背後から迫っていた。《念力支配》だ。カタリナは正面から拳を叩き込みながら、大斧まで操っている。

 ガレウス団長が身体を沈めると、大斧は頭上を抜け、カタリナの横を掠めてその背後の木へ突き刺さった。太い幹が大きく裂ける。

 「まだ……!」

 カタリナが腕を振ると、木へ食い込んだ大斧が抜け、宙で回転しながらもう一度団長へ飛んだ。

 「間に合わない……!」

 カタリナの声は、今までで一番苦しそうだった。

 「邪魔をするな!」

 正面から繰り出す拳と、背後へ回り込んだ大斧が、二方向から同時に団長へ迫った。


 団長が大剣の腹で拳を外へ流すのと同時に、ヴィンクの鎖が飛来する大斧の柄へ巻きついた。ヴィンクが全身で引くと、張り詰めた鎖に引かれて大斧が横へ逸れ、地面へ落ちる。

 その隙を縫ってライラの紅刃が低く走り、カタリナの右足の脇へ突き刺さった。逃れようとずらした左足の後ろで、もう一刃が弾ける。動きを止められたカタリナの胸元へ団長の大剣が返ったが、拳で剣腹を受け止められ、そのまま押し返された。団長の身体が後ろへ流れても、構えは崩れない。

 俺は《穿界視》を開いた。全部を追うな。カタリナの足だけに焦点を絞ると、団長を押し切ろうとするカタリナの右足へ体重が乗った。

 ――そこだ。

 「右足に乗った!」

 俺の声に応じて、ヴィンクの鎖が大斧から外れ、カタリナの右腕と胴へ巻きついた。

 「……止まれ」

 ヴィンクが引くのと同時に、ライラの紅刃が右足の周囲へ集中する。火が弾けてカタリナの右足がわずかに滑り、張り詰めた鎖に引かれて身体が傾いた。

 ほんの一瞬。

 十分だ。


 ガレウス団長が踏み込み、大剣の腹をカタリナの胸当てへ叩き込んだ。どくん、と《鋼心》の鼓動が響く。カタリナの身体は後ろへ流れたが、変生した脚で地面を掴んで踏みとどまった。鎖を引きずりながら、もう一度前へ出ようとする。

 「まだ……!」

 まだ止まらない。俺は地面へ掌を向け、カタリナが踏み出そうとする右足の下へ意識を向けた。大きく動かす必要はない。拳一つ分でいい。

 退け。

 土が少しだけ沈んだ。

 「っ!」

 カタリナの足首が傾き、身体の軸がずれた。同時に俺の魔力も一気に抜け、膝が崩れそうになる。

 「団長!」

 「ああ!」

 ガレウス団長が大剣を返し、体勢の崩れたカタリナの肩口へ、再び剣腹を横から叩き込んだ。鈍い衝撃音とともにカタリナが弾かれ、赤黒い輪郭が揺らいで魔力が漏れ出す。伸びていた爪が戻り、牙が消え、角のような影が砕けた。

 「……まだ」

 カタリナは馬車へ手を伸ばす。

 「取り戻す……」


 声から、さっきまでの獣じみた響きが消えていく。カタリナは一歩踏み出そうとして膝を折り、片手を地面についた。それでも、もう一度進もうとする。

 「まだ……間に合う……」

 腕から力が抜け、倒れかけた身体をガレウス団長が受け止めた。

 「……ここまでだ」

 団長が低く告げると、カタリナの瞼が落ちた。《修羅変生》が完全に解け、そこには気を失った一人の女騎士が残った。


 「騎士団長!」

 残った二人の騎士が声を上げる。

 ガレウス団長はカタリナを地面へ横たえ、大剣を下げた。ヴィンクが腕と胴に巻いた鎖を解く。

 「連れてけ」

 二人が動きを止める。

 団長が顎をしゃくった。

 「今は追わねぇ。さっさと連れて帰れ」

 騎士たちは一瞬だけ顔を見合わせた。

 それから一人がカタリナへ駆け寄り、首筋へ指を当てる。

 「……生きてる」

 もう一人も駆け寄り、カタリナの身体を支えた。

 「行け」

 ガレウス団長がもう一度言う。

 カタリナを支える二人の後ろでは、起き上がった騎士の一人が大斧を引きずる。ほかの負傷した騎士たちも互いに肩を貸しながら、林の外へ下がっていった。


 戦いは終わった。

 なのに、俺の中ではまだ何かが終わっていなかった。

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