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奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第三章 騎士団の追撃

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第5話「前に立つ者」

 土の壁が完全に沈み、視界が一気に開けた。


 すぐ近くにはヴィンクが立ち、ライラは肩で息をしていた。さっきの火力を何度も出せる余裕はなさそうだ。その先、馬車の前では、ガレウス団長とレナリア先輩が残った四人の騎士を食い止めている。


 カタリナが馬車へ踏み出す。


 「行かせるかよ」

 ガレウス団長の大剣が盾兵の盾を横から叩き、重い金属音が響いた。体勢を崩した騎士の胸へ、返した柄頭が叩き込まれる。

 「ぐっ……!」

 騎士は呻き、地面へ崩れた。


 「残り三人は任せる!」

 「ええ!」

 レナリア先輩が応じる。

 残った三人は、ここまで追ってきた騎士の中でも動きがいい。

 横から馬車へ近づこうとする騎士に気づき、ティモンが指さして知らせた。ルフスとセドがその騎士の行く手を塞ぐ。

 先輩たちは、一人も馬車へ通していない。

 団長は仲間たちを背に、カタリナと馬車の間へ踏み込み、俺たちの前に立った。


 外套は裂け、頬には浅い傷が走っている。

 だが、大剣の切っ先は揺れていない。

 「ガレウス団長!」

 「ガキども、よく踏ん張った」

 背中を向けたまま言う。

 「ここからは俺が前だ」


 カタリナの眉が、わずかに動いた。

 「退け」

 「嫌だね」

 団長が大剣を肩へ乗せる。

 「さっきから見てりゃ分かる。お前、帳簿のことなんざ聞きもしねぇ」

 カタリナの目が細くなった。

 「部下にまで荷台へ近づくなと言ってたな。ただ荷を取り返すだけなら、そんな命令はいらねぇ」

 「……黙れ」

 「何を取り戻しに来た」

 カタリナは答えない。

 大斧を握る力だけが、強くなった。

 「お前に話すことじゃない」

 「そうかよ」

 団長が笑う。

 「なら、なおさら通せねぇな」


 どくん、と重い鼓動が鳴った。

 ガレウス団長の腕と脚が張り、呼吸が深くなる。

 「――《鋼心(スティールハート)》」

 傷を治す力じゃない。

 鼓動で自分の身体を叩き起こし、傷や疲労を抱えたまま立たせ続ける力だ。


 団長が素早く踏み込み、振り下ろされる大斧を大剣で斜めに捉えた。正面から受けたのは一瞬だけ。斧を外へ滑らせ、その懐へ半歩入る。

 返した大剣が肩口へ迫った。カタリナが柄で受けるより早く、団長は刃を引き、今度は脇へ、次は踏み込む膝へと狙いを変える。

 カタリナは大斧を振り切れない。力が乗る前に、団長の刃が大斧の進路を塞いでいく。


 「地面ごと使って、ずいぶん派手にやってくれたな」

 団長の大剣が大斧を押し返す。

 「俺の仲間は踏ませねぇぞ」


 カタリナが地面を踏むと、団長の右足の下だけが崩れた。

 「っ!」

 沈んだ足を狙って、大斧が横から走る。団長は大剣で受けたが、鈍い音とともに横へ弾き飛ばされ、その着地点から土の槍が突き上がった。

 「団長!」

 俺が叫ぶより先に、ヴィンクの鎖槍が土槍へ絡みつき、その軌道を外へ捻った。だが、カタリナはすぐに別の土を持ち上げる。二本目はヴィンクの足元から迫った。

 「うおっ!?」

 ヴィンクが横へ跳ぶと、その隙を紅い火が抜けた。

 「そっちばっか見ないでよ!」

 ライラの紅刃が土槍の根元へ刺さり、土を焼き固める。伸びかけた槍は、途中で砕けた。


 「助かった」

 「あとで肉一個ね!」

 「……高い」

 言い合いながら、二人とももう次を見ている。


 ガレウス団長が胸へ拳を当てた。

 どくん。

 今度の鼓動は、俺の胸まで響いた。

 「――《獅子の咆哮(ライオンズロア)》!」


 声が、熱になって身体へ入ってくる。

 《鋼心》が団長自身を立たせる力なら、《獅子の咆哮》は、声の届く仲間へ団長の力を分け与える能力だ。

 傷が治ったわけじゃない。

 それでも疲労が遠のき、身体が軽くなる。剣を握る指に力が戻った。


 ヴィンクの鎖が強く張り、ライラの紅刃がさらに鮮やかに燃え上がる。その向こうでは、レナリア先輩たちの踏み込みも一段速くなった。

 代わりに、団長の肩が大きく上下する。これだけの人数へ力を渡した分だけ、団長自身が削られている。


 奪うんじゃない。

 渡してくる。

 その違いが、痛いほど分かった。


 「厄介だな」

 カタリナが低く吐く。

 「なら退け!」

 団長が踏み込み、低く走らせた大剣をカタリナが大斧で受けた。だが、団長は止まらない。そのまま大斧を上へ押し上げると、空いた足元へ刃を返してカタリナの踏み込みを止めた。

 生まれた隙へ大剣の切っ先が迫り、カタリナは胸元で大斧の柄を構える。大剣と大斧が噛み合った。


 「まだやるか」

 団長の問いに、カタリナは荒い息を返した。その目は団長の肩越しに、馬車を見ている。

 「……時間がない」

 「なら諦めろ」

 「違う!」

 カタリナの声が初めて大きくなった。

 「取り戻す……!」


 大斧が彼女の手の中で不自然に横へ引かれ、団長の大剣と噛み合っていた柄が一瞬で外れた。同時に足元の土がうねり、団長の右足の下だけが沈む。

 「っ!」

 体勢が崩れた隙へ、見えない力に引かれた大斧が横薙ぎに走った。

 「団長!」

 団長は身体を捻ったが、避けきれない。刃が外套ごと脇腹を深く切り裂き、血が飛んだ。


 頭の奥が、一瞬で冷えた。

 傷口からあふれた血が、布を濃く染めていく。

 それでも、膝をつかない。


 「まだだ」

 低い声。

 団長は俺たちの前から退かなかった。


 《鋼心》の鼓動が、また鳴る。

 どくん。

 傷を負った身体を、無理やり立たせるみたいに。


 カタリナが馬車へ進もうと、団長との間合いを詰めた。俺は《穿界視》を開き、団長の傷と、カタリナの踏み込み、大斧の軌道へ意識を絞る。

 このままじゃまずい。団長の動きはさっきより明らかに遅いのに、俺たちの前から退こうとしない。


 胸の奥で、黒いものが膨らんだ。

 《穿界視》に映る四つの反応から、目が離せなくなる。


 欲しい。四つとも。

 地面を動かす力も、大斧を操る力も、まだ知らない二つも。全部あれば、もっと守れる。もう、誰かが血を流す前に止められる。


 その考えが浮かんだ瞬間、目の前のカタリナが、人ではなく力の塊のように見えた。


 「ユイト」

 ライラに袖を掴まれた。強くは握らない。けれど、かすかに震えるその指は、俺の袖から離れなかった。

 「戻って」

 「……分かってる」

 「なら、団長見て」

 俺は団長の背中へ目を戻した。


 ガレウス団長が大剣を構え直した。

 「騎士団長」

 カタリナが振り下ろした大斧を受けながら、団長が低く言う。

 「お前、誰を守ってんだ」

 カタリナの動きが、わずかに止まった。

 団長が大斧を押し返す。

 「守りたい奴がいるから、そこに立ってんだろ!」

 「黙れ!」

 カタリナの声が鋭く跳ねた。

 青い瞳が揺れ、馬車へ流れる。それと同時に、足元を走っていた土の動きがわずかに遅れた。

 《地脈感知》が、その乱れを拾う。

 ほんの一拍。


 カタリナが奥歯を噛むと、地面が大きくうねった。

 「退けぇっ!」

 持ち上がった土は壁にも檻にもならず、巨大な波となって前へ押し寄せた。その先端から何本もの土槍が伸びていく。向かう先は――傷を負ったガレウス団長。


 「団長!」

 避ければ、馬車への道が開く。

 ここで踏みとどまれば、あの傷じゃ耐えられない。

 団長は退かなかった。

 大剣を構える。


 俺は剣を握り直した。

 怖い。

 また奪えば、何かを失うかもしれない。


 それでも。


 団長に、これ以上血を流させたくない。

 ライラの手を、これ以上震えさせたくない。


 俺が決める。

 「……奪う」


 土の波が迫る。

 今度は、俺が前へ出る。

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