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奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第三章 騎士団の追撃

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第4話「土の檻」

 土が跳ねた。

 闇が、地面から立ち上がる。

 俺とライラ、ヴィンクを囲むように、巨大な土壁が一気にせり上がった。

 カタリナ自身も、その内側にいる。


 馬車側では、ガレウス団長とレナリア先輩が、残る五人の騎士を食い止めていた。

 壁が閉じ、二人の姿が見えなくなった。


 さらに地面が揺れた。

 「っ!」

 俺とライラの間から、もう一枚の土壁がせり上がる。

 見上げても、その先が見えない。

 「ユイト!」

 ライラの姿が土壁の向こうへ隠れた。


 その向こうから、ヴィンクの声が飛ぶ。

 「ライラ、下がれ!」


 俺とカタリナ。

 壁の向こうに、ライラとヴィンク。

 さらに外側では、騎士たちの怒号が続いている。

 「囲め! 逃がすな!」

 重い金属音が響いた。ガレウス団長の大剣が、騎士の武器とぶつかった音だ。

 少し離れたところでは、レナリア先輩の剣が続けて鳴る。

 カタリナの青い瞳が、一度だけ土壁の向こう――馬車の方角へ向いた。

 すぐに、俺へ戻る。


 カタリナが大斧の柄尻を地面へ打ちつける。

 「まず、お前から拘束する」


 仕切りの壁際で、足元の土が跳ねた。足首に絡みつき、膝が沈む。

 さらに腰まで土がせり上がり、俺の身体を地面へ縫いつけた。


 「――《大地覇掌(アース・ドミナンス)》」


 地面を動かしていた力の名が、ようやく分かった。

 四つのうち、カタリナが名を明かしたのは、すでに見せていた一つだけだ。

 範囲も、限界も、まだ読めない。


 手首を押さえていた見えない力は消えた。だが、身を捩っても腰を固める土はびくともしない。

 《万象奪界》は物には効かない。止めたければ、カタリナ本人へ触れるしかない。


 また使えば、今度は何が消える。

 ライラの言葉を思い出せなかった、あの空白がよぎった。


 「ユイト! どこか崩せそう!?」

 仕切りの壁の向こうから、ライラが叫ぶ。

 俺は足裏へ意識を落とし、《地脈感知》で壁の弱い箇所を探った。水路では、大きな水の流れや空洞くらいなら拾えた。

 だが今は、土そのものが絶えず形を変えている。せり上がったかと思えば沈み、崩れた場所へ別の土が流れ込む。感覚が重なって、どこが弱いのか分からない。


 「無理だ! 全部動いてる!」

 一瞬の沈黙のあと、壁の向こうで熱が膨れた。


 「……おい」

 ヴィンクの低い声。

 「ライラ、それはでかすぎる」

 「ユイトが閉じ込められてんの!」

 怒鳴り返す声に、余裕がない。


 仕切りの壁の向こうで、炎の唸る音が大きくなる。

 「――焼け!」

 轟音とともに熱が土を焼き、湿った壁から白い蒸気が噴き上がった。ひびが何本も走り、俺のいる側まで熱気が抜けてくる。

 「ライラ! ヴィンクを巻き込むな!」

 「分かってる! ちゃんと外してる!」

 壁の向こうで、ヴィンクが呟いた。

 「……近い」


 「……っ」

 カタリナが眉を寄せ、大斧を握ったまま空いた左手を壁へ向ける。

 足元が揺れた。ひび割れた場所へ下から新しい土がせり上がり、亀裂を塞いでいく。

 壁は崩れない。ライラが焼くたびにカタリナが土を寄せ、亀裂を埋めてしまう。


 「……何なのよ、この壁!」

 「それはこちらの台詞だ」

 カタリナの声にも、さっきまでの余裕が少しだけ薄れていた。


 焼ける音が途切れ、代わりに壁の向こうで鎖が鳴った。

 「ライラ。少し退け」

 ヴィンクだ。

 「え?」

 「焼くだけじゃ戻される」

 土壁へ、何かが突き刺さる音がした。

 「――《鎖槍操術》!」

 壁の中から、鎖の擦れる音が響く。

 足裏へ伝わっていた流れが、大きく乱れた。

 「……これなら」


 《地脈感知》で乱れを拾い、すぐに《穿界視》を重ねた。壁の中を走る鎖も、ライラが焼いた土も、そこへ流れ込もうとする新しい土も見える。


 「ヴィンク! そのまま引け!」

 「どっちだ!」

 「少し下! そこを崩せ!」

 鎖が沈む。

 「ライラ! 今の場所!」

 「見えた!」

 紅刃が走り、鎖が乱した場所だけを、今度は細く焼いた。カタリナがすぐに土を寄せる。

 「遅い!」

 ヴィンクが全身で鎖を引くと、焼けて固まった土が亀裂に沿って剥がれ落ち、壁に大きな穴が開いた。その衝撃で、腰を固めていた土にもひびが入る。

 カタリナの青い瞳が、わずかに見開かれた。


 「……目と、鎖と、火か」


 ライラが穴へ腕を突っ込んだ。

 「ユイト! 腕出せる!?」

 「少しなら!」

 「じゃ、引くよ!」

 右腕を掴まれる。

 「ちょ、強っ!」

 「それくらいしないと抜けないでしょ!」

 身体を捻って土の拘束から片脚を抜き、緩んだ土を蹴り崩して、もう片方の脚も引き抜いた。

 ライラが穴をくぐり、俺の側へ滑り込んできた。ヴィンクは壁の向こうに残ったまま、鎖槍を構えている。

 まだ外へは出られない。それでも、ようやく二人で並べた。


 「無事?」

 「今ので腕が取れそうになった」

 「取れてないから無事」

 「お前の基準どうなってんだ」


 カタリナが、大斧を握り直した。

 「賊にしては、よく繋ぐ」

 「賊だから繋ぐんだよ」

 ライラが紅刃を浮かべ直した。

 「一人で立派に戦えるほど、こっちは恵まれてないから」


 その言葉と同時に、火が一つ、二つと増えた。十に達しても止まらない。

 「――《紅蓮舞踏・群舞》」

 数十もの炎の刃が、ライラの周囲を埋め尽くした。


 「……ライラ?」

 さすがに多い。

 壁の向こうから、ヴィンクの声が飛んできた。

 「……多いな」

 「まとめていくよ!」


 ライラが腕を振ると、紅刃が一斉にカタリナへ殺到した。カタリナはわずかに目を見開き、大斧を振るって迎え撃つ。数本は風圧で逸れたが、残りは左右や頭上から迫り、狭い土の檻いっぱいに紅い軌跡を描いた。

 カタリナは一歩下がり、左手を地面へ向ける。この狭さでは、大斧を振り回してすべてを防ぎきれない。土が何枚もの壁となって盛り上がり、紅刃を受け止めた。壁が爆ぜて崩れる間にも次の紅刃が迫り、カタリナは新たな土を持ち上げる。ライラの攻撃を防ぐことに、明らかに意識を割かれていた。


 「ユイト!」

 「分かってる!」

 俺は《穿界視》を開き、紅刃を追うカタリナの視線と、土を動かす左手を追った。大斧を振ろうと肩が開くのを捉え、ライラへ叫ぶ。

 「ライラ、右!」

 「うん!」

 紅刃が右から回り込み、カタリナが大斧を返して迎え撃つ。その背後へ、別の紅刃が迫った。

 「……厄介ね」

 カタリナの声から、余裕が消えた。


 「時間をかけすぎた」

 カタリナが大斧の柄尻を地面へ叩きつけると、足裏に大きな土の動きが伝わった。俺たちを囲んでいた壁が、一斉に崩れ始める。

 「え?」

 ライラが紅刃を引き戻した。壁の外には、団長たちがいる。

 仕切りの壁も沈み、鎖槍を構えたヴィンクの姿が見えてくる。開けていく視界の向こう、馬車の近くではレナリア先輩の足元に騎士が一人倒れていた。残る四人を、団長と先輩が馬車へ近づけさせずにいる。

 カタリナは俺たちを見ず、その奥にある馬車へ目を向けた。

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