第4話「土の檻」
土が跳ねた。
闇が、地面から立ち上がる。
俺とライラ、ヴィンクを囲むように、巨大な土壁が一気にせり上がった。
カタリナ自身も、その内側にいる。
馬車側では、ガレウス団長とレナリア先輩が、残る五人の騎士を食い止めていた。
壁が閉じ、二人の姿が見えなくなった。
さらに地面が揺れた。
「っ!」
俺とライラの間から、もう一枚の土壁がせり上がる。
見上げても、その先が見えない。
「ユイト!」
ライラの姿が土壁の向こうへ隠れた。
その向こうから、ヴィンクの声が飛ぶ。
「ライラ、下がれ!」
俺とカタリナ。
壁の向こうに、ライラとヴィンク。
さらに外側では、騎士たちの怒号が続いている。
「囲め! 逃がすな!」
重い金属音が響いた。ガレウス団長の大剣が、騎士の武器とぶつかった音だ。
少し離れたところでは、レナリア先輩の剣が続けて鳴る。
カタリナの青い瞳が、一度だけ土壁の向こう――馬車の方角へ向いた。
すぐに、俺へ戻る。
カタリナが大斧の柄尻を地面へ打ちつける。
「まず、お前から拘束する」
仕切りの壁際で、足元の土が跳ねた。足首に絡みつき、膝が沈む。
さらに腰まで土がせり上がり、俺の身体を地面へ縫いつけた。
「――《大地覇掌》」
地面を動かしていた力の名が、ようやく分かった。
四つのうち、カタリナが名を明かしたのは、すでに見せていた一つだけだ。
範囲も、限界も、まだ読めない。
手首を押さえていた見えない力は消えた。だが、身を捩っても腰を固める土はびくともしない。
《万象奪界》は物には効かない。止めたければ、カタリナ本人へ触れるしかない。
また使えば、今度は何が消える。
ライラの言葉を思い出せなかった、あの空白がよぎった。
「ユイト! どこか崩せそう!?」
仕切りの壁の向こうから、ライラが叫ぶ。
俺は足裏へ意識を落とし、《地脈感知》で壁の弱い箇所を探った。水路では、大きな水の流れや空洞くらいなら拾えた。
だが今は、土そのものが絶えず形を変えている。せり上がったかと思えば沈み、崩れた場所へ別の土が流れ込む。感覚が重なって、どこが弱いのか分からない。
「無理だ! 全部動いてる!」
一瞬の沈黙のあと、壁の向こうで熱が膨れた。
「……おい」
ヴィンクの低い声。
「ライラ、それはでかすぎる」
「ユイトが閉じ込められてんの!」
怒鳴り返す声に、余裕がない。
仕切りの壁の向こうで、炎の唸る音が大きくなる。
「――焼け!」
轟音とともに熱が土を焼き、湿った壁から白い蒸気が噴き上がった。ひびが何本も走り、俺のいる側まで熱気が抜けてくる。
「ライラ! ヴィンクを巻き込むな!」
「分かってる! ちゃんと外してる!」
壁の向こうで、ヴィンクが呟いた。
「……近い」
「……っ」
カタリナが眉を寄せ、大斧を握ったまま空いた左手を壁へ向ける。
足元が揺れた。ひび割れた場所へ下から新しい土がせり上がり、亀裂を塞いでいく。
壁は崩れない。ライラが焼くたびにカタリナが土を寄せ、亀裂を埋めてしまう。
「……何なのよ、この壁!」
「それはこちらの台詞だ」
カタリナの声にも、さっきまでの余裕が少しだけ薄れていた。
焼ける音が途切れ、代わりに壁の向こうで鎖が鳴った。
「ライラ。少し退け」
ヴィンクだ。
「え?」
「焼くだけじゃ戻される」
土壁へ、何かが突き刺さる音がした。
「――《鎖槍操術》!」
壁の中から、鎖の擦れる音が響く。
足裏へ伝わっていた流れが、大きく乱れた。
「……これなら」
《地脈感知》で乱れを拾い、すぐに《穿界視》を重ねた。壁の中を走る鎖も、ライラが焼いた土も、そこへ流れ込もうとする新しい土も見える。
「ヴィンク! そのまま引け!」
「どっちだ!」
「少し下! そこを崩せ!」
鎖が沈む。
「ライラ! 今の場所!」
「見えた!」
紅刃が走り、鎖が乱した場所だけを、今度は細く焼いた。カタリナがすぐに土を寄せる。
「遅い!」
ヴィンクが全身で鎖を引くと、焼けて固まった土が亀裂に沿って剥がれ落ち、壁に大きな穴が開いた。その衝撃で、腰を固めていた土にもひびが入る。
カタリナの青い瞳が、わずかに見開かれた。
「……目と、鎖と、火か」
ライラが穴へ腕を突っ込んだ。
「ユイト! 腕出せる!?」
「少しなら!」
「じゃ、引くよ!」
右腕を掴まれる。
「ちょ、強っ!」
「それくらいしないと抜けないでしょ!」
身体を捻って土の拘束から片脚を抜き、緩んだ土を蹴り崩して、もう片方の脚も引き抜いた。
ライラが穴をくぐり、俺の側へ滑り込んできた。ヴィンクは壁の向こうに残ったまま、鎖槍を構えている。
まだ外へは出られない。それでも、ようやく二人で並べた。
「無事?」
「今ので腕が取れそうになった」
「取れてないから無事」
「お前の基準どうなってんだ」
カタリナが、大斧を握り直した。
「賊にしては、よく繋ぐ」
「賊だから繋ぐんだよ」
ライラが紅刃を浮かべ直した。
「一人で立派に戦えるほど、こっちは恵まれてないから」
その言葉と同時に、火が一つ、二つと増えた。十に達しても止まらない。
「――《紅蓮舞踏・群舞》」
数十もの炎の刃が、ライラの周囲を埋め尽くした。
「……ライラ?」
さすがに多い。
壁の向こうから、ヴィンクの声が飛んできた。
「……多いな」
「まとめていくよ!」
ライラが腕を振ると、紅刃が一斉にカタリナへ殺到した。カタリナはわずかに目を見開き、大斧を振るって迎え撃つ。数本は風圧で逸れたが、残りは左右や頭上から迫り、狭い土の檻いっぱいに紅い軌跡を描いた。
カタリナは一歩下がり、左手を地面へ向ける。この狭さでは、大斧を振り回してすべてを防ぎきれない。土が何枚もの壁となって盛り上がり、紅刃を受け止めた。壁が爆ぜて崩れる間にも次の紅刃が迫り、カタリナは新たな土を持ち上げる。ライラの攻撃を防ぐことに、明らかに意識を割かれていた。
「ユイト!」
「分かってる!」
俺は《穿界視》を開き、紅刃を追うカタリナの視線と、土を動かす左手を追った。大斧を振ろうと肩が開くのを捉え、ライラへ叫ぶ。
「ライラ、右!」
「うん!」
紅刃が右から回り込み、カタリナが大斧を返して迎え撃つ。その背後へ、別の紅刃が迫った。
「……厄介ね」
カタリナの声から、余裕が消えた。
「時間をかけすぎた」
カタリナが大斧の柄尻を地面へ叩きつけると、足裏に大きな土の動きが伝わった。俺たちを囲んでいた壁が、一斉に崩れ始める。
「え?」
ライラが紅刃を引き戻した。壁の外には、団長たちがいる。
仕切りの壁も沈み、鎖槍を構えたヴィンクの姿が見えてくる。開けていく視界の向こう、馬車の近くではレナリア先輩の足元に騎士が一人倒れていた。残る四人を、団長と先輩が馬車へ近づけさせずにいる。
カタリナは俺たちを見ず、その奥にある馬車へ目を向けた。




