第3話「女騎士カタリナ」
女騎士の足元で、土がかすかに波打った。
《地脈感知》へ意識を向ける。地面の下では、強い魔力に押されるように土が動いている。
女騎士が、馬車へ向かって歩を進めた。
「道を空けろ。その馬車を調べる」
ガレウス団長が俺の隣から一歩進み、女騎士の行く手を塞いだ。
「ずいぶん荷台にこだわるな」
女騎士は答えない。
女騎士の背後で、騎士の一人が馬車へ回り込もうとした。
「証拠品を確認します」
「近づくな」
女騎士が制する。
「荷台は私が見る。お前たちは賊を囲め」
「しかし――」
「証拠を傷つけるな。逃がすな。それで十分だ」
騎士は一瞬迷ったが、それ以上は踏み込まなかった。
ガレウス団長が女騎士を睨む。
「王都の命令だけで、あんたがここまで出てきたのか?」
女騎士は一度だけ目を伏せた。
「命令はある」
大斧を握る手に、力が入る。
「だが、ここへ来ると決めたのは私だ」
女騎士の視線が、俺のところで止まる。
「侵入者を追っていた城の作業員が、黒紫の光に触れたあと、地下を読む感覚を失ったと騒いだ」
「警鐘が鳴る前に、その報せは騎士団の詰所へ届いていた」
女騎士の青い瞳が、俺の掌へ落ちる。
「お前だ」
「怯えている」
俺は、剣の柄を握り直した。
「なのに逃げない。奪うことを怖がりながら、奪う側に立つ目だ」
「誰だよ」
俺が返すと、女騎士はまっすぐ名乗った。
「王都セグラディンの騎士団長、カタリナ。侵入者を拘束する」
「そう簡単に捕まると思うなよ」
ガレウス団長が更に一歩前へ出る。
カタリナの視線が、団長へ移った。
「街道沿いの村々で、妙な盗賊団の話を聞いていた。悪党から奪い、奪われた者へ返して回る一団がいるとな」
大剣の向こうに立つ団長を、正面から見据える。
「〈奪還の獅子〉ガレウス。噂どおり、力を向ける相手を違えない男らしい」
「村の連中は口が軽ぇな」
団長が大剣の切っ先を上げる。
「こっちは生きて帰る。邪魔なら、叩き潰す」
カタリナが一気に踏み込み、大斧を振り下ろした。団長の大剣が正面で受け止め、衝撃で二人の靴底が土へ沈む。金属がぶつかっただけとは思えない轟きが、林に響いた。
「っ……重てぇな!」
「退け」
カタリナが大斧を押し込んでも、団長は引かなかった。だが、団長の左右から騎士たちが迫る。
「団長!」
二本の槍が同時に伸びた。ガレウス団長は斧を横へ受け流し、返した大剣で一本を弾く。そのまま踏み込み、大剣の柄頭をもう一人の胸へ叩き込んだ。
「ぐっ……!」
騎士が地面へ崩れる。
レナリア先輩が正面へ回り、ヴィンクに迫っていた騎士の槍を弾いた。
「こっちは私が受ける。団長たちを頼む!」
団長が騎士へ向き直った隙に、カタリナがその横を抜けた。青い瞳が俺を捉える。
「ユイト、下がれ!」
団長の声が飛んだときには、もう大斧が放たれていた。ただ投げただけとは思えない速さで迫る刃に、俺は《穿界視》の焦点を絞る。回転と軌道を読み、半歩横へずれて身を沈めた。刃先が外套を掠め、肩口の布を裂く。
「遅い」
声は、もう目の前にあった。斧をかわす間に、カタリナ自身が俺の間合いへ踏み込んでいた。身を引く暇もなく、拳が鳩尾へ突き刺さる。
「ぐっ……!」
呻きとともに、息が押し出された。
拳を受けて身体がくの字に折れたとき、俺の背後を抜けた大斧がカタリナへ向かって戻ってきた。
彼女の手へ収まる――その寸前。
正面から駆けつけたヴィンクが、横から鎖槍を放った。
「取った!」
鎖が大斧の柄へ絡みついた。だが、斧を呼び戻す力に鎖が張り、ヴィンクの巨体まで前へ引かれる。
「っ、な……!」
「離せ!」
俺が叫ぶと、ヴィンクはすぐに鎖を解き、横へ跳んだ。
馬車の方から、ライラの火が走る。
「――舞って。《紅蓮舞踏》!」
紅刃が夜へ咲いた。
ライラは馬車のそばから進み出て、間合いを取りながら十本の紅刃をカタリナへ走らせる。
カタリナは戻ってきた大斧を掴むと、そのまま横へ振った。風圧に煽られ、紅刃の軌道が逸れる。
「……嘘でしょ」
ライラが息を呑む。
俺は《穿界視》をカタリナへ向けた。
そこで、思考が止まった。
反応が――四つある。
「……四つ?」
見間違いかと思い、もう一度焦点を絞る。反応は変わらない。
こんな人間、見たことがない。
斧を呼び戻す見えない力に、地面の異変、異常な身体能力。何がどの力によるものかも分からない。
何を奪えるのか分かるのは、本人に触れて《万象奪界》を使った時だけだ。
すぐそばで金属音が弾けた。
馬車へ回ろうとする騎士を、ガレウス団長が大剣で押し返す。
「散れ! 固まるな!」
俺はライラへ叫んだ。
「近づくな! 火で動きを止めてくれ!」
「言われなくても!」
ライラがさらに距離を取り、次の紅刃を作る。
俺はカタリナの右肩へ焦点を絞った。斧を振る前、ほんの少し肩が落ちる。
「ライラ、左へ流せ!」
「了解!」
紅刃がカタリナの左側へ回り込み、その視線を一瞬だけ引きつけた。俺は逆の側から踏み込み、斧の柄を狙って剣を振るう。武器を弾けば――
「いい連携ね」
カタリナが口元だけで笑うと、大斧がその手を離れ、宙で角度を変えて俺の剣を叩いた。金属音が響き、衝撃で手首が痺れる。剣を弾かれて体勢を崩したところへ、カタリナの膝、肘、拳が次々と打ち込まれた。
「ぐっ……!」
「ユイト!」
ライラの紅刃が、俺とカタリナの間へ割り込んだ。だが、宙の大斧が向きを変えて一本を背で弾き、もう一本も見えない力に押されるように横へ逸れる。
剣を構え直そうとした俺の手首が、空中でぴたりと止まった。誰にも掴まれていないのに、引き戻そうとしても動かない。大斧を操るだけだと思っていた力が、今度は俺の身体を捕らえていた。
「……奪うのは得意か?」
カタリナの青い瞳が、すぐ近くにある。
「何の話だ」
「知らないふりはいい。私は、返してもらうだけ」
地面が、うねった。
今度は、さっきの小さな揺れじゃない。土の流れが一か所へ集まり、壁を作ろうとしている。
「ユイト、足元!」
ライラの叫びに、ガレウス団長の声が割り込んだ。
「ユイト! ライラ! 引け!」
カタリナは斧を肩に担ぎ、静かに言う。
「逃がさない。――大地よ」




