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奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第二章 王都潜入

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第7話「持ち帰るもの」

 搬出回廊の石床を、荷車がゆっくり進む。

 急いでも、遅すぎても怪しまれる。追手が気になりながらも、歩幅を変えずに進んだ。

 荷台では、空樽と麻袋の陰にセレナが身を潜めている。

 帳簿と偽荷札、納品控えも、そのすぐそばだ。

 背後からは、追手の声がまだ聞こえない。

 けれど、一人は応援を呼びに走っている。

 時間があるわけじゃない。

 「次の角です」


 荷の陰から、セレナの小さな声がした。

 「その先で、一度だけ札を確認されます」

 「分かった。声は必要な時だけにしろ」

 「はい」

 ガレウス団長が返却車を押したまま角を曲がる。

 魔石灯の下に、夜番の男が一人立っていた。

 「返却札」

 ガレウス団長が取っ手に結ばれた木札を見せる。

 男は札を裏返し、荷台の空樽と木皿へ目を走らせた。

 俺は息を殺す。

 男の視線が麻袋の上を通った。

 その陰に、セレナがいる。

 「……通れ」


 男が顎をしゃくった。

 荷車が男の横を抜ける。

 誰も振り返らない。

 曲がり角をひとつ越えてから、ライラが小さく息を吐いた。

 「ほんとに顔見なかった」

 荷台の奥から、控えめな声が返る。

 「絶対ではないと言いました」

 「今それ言う?」

 「通れたので、結果としては問題ありません」

 「意外と強いね、セレナ」

 「怖いです」

 「そこ即答なんだ」


 ほんの少しだけ抜けた肩の力は、すぐに戻った。

 「止まれ」


 前方から、低い声が飛んだ。

 魔石灯の下に、城の作業着を着た男が立っている。

 腰には大きな鍵束。

 見覚えがあった。

 王都へ入った日の昼。

 潮待ちの荷を運びながら、石畳の下の水路を避けるように進路を変えていた男だ。

 あの足運びだけは、覚えている。

 男が返却札を見る。


 「返却車?」

 目が細くなった。

 「まだ返却の時刻じゃねぇだろ」

 胸の奥が冷えた。

 こいつは、返却車の時間を知っている。


 「厨房が詰まってる。先に出せってよ」

 ガレウス団長が答える。

 男は返事をせず、荷台へ近づいた。

 「だったら、確認する」


 手が麻袋へ伸びる。

 ガレウス団長の声が落ちた。

 「触るな」

 男の目つきが変わった。


 「――侵入者だ!」

 ライラの指先で小さな火が弾け、頭上の魔石灯を吊る細い金具へ走る。

 ぱちん。

 灯りが傾き、回廊に影が広がった。

 同時に、ヴィンクが鎖槍を放つ。

 「――《鎖槍操術》!」


 鎖が荷役用の木枠へ絡みつく。

 引かれた木枠が倒れ、積まれていた空箱が回廊へ崩れた。

 「走れ!」

 ガレウス団長の声で、俺たちは返却車を押して駆け出した。

 背後で怒鳴り声が増える。

 さっき応援を呼びに行った男が、人を連れて戻ったらしい。

 箱が蹴り飛ばされる音。

 複数の足音。

 それでも、鍵束を下げた男だけが妙に速かった。

 暗い回廊で姿を見失った直後、前方の角に影が動く。

 「右!」


 レナリア先輩が声を飛ばす。

 右の通路から、あの男が出た。

 「なんで先にいるんだよ……!」


 男は暗い回廊を迷いなく走る。

 角へ差しかかる前に、もう身体を次の道へ向けていた。

 俺は《穿界視》を開く。

 男の足元に焦点を絞る。

 靴底から、薄い魔力が石床の下へ沈んでいた。

 踏み出すたびに広がり、すぐに消えていく。

 何を感じ取っているのかまでは分からない。

 ただ、あの男は地面を通して何かを探っている。

 「ライラ、あいつの足を止めてくれ!」

 「分かってる!」


 ライラの火が男の足元へ走った。

 焼くためじゃない。

 進路をずらすための火だ。

 男が横へ跳ぶ。

 進路を塞ぐ男の手前で、ガレウス団長が返却車を止めた。

 俺は取っ手から手を離し、男へ向き直った。


 「ユイト! ちゃんと戻ってきてよ!」

 ライラの声を背中で聞きながら、踏み込む。

 男が腕を振る。

 俺は避ける。

 その手首を掴んだ。

 黒紫の光が、掌から溢れた。

 《万象奪界》。

 ここで初めて、男の中にあるものが輪郭を持つ。

 浮かんだいくつかの輪郭。その中に、一つ。

 石の下へ沈む感覚。

 水の流れ。

 埋まった空洞。

 地面の奥にあるものを拾う力。

 ――《地脈感知(グラウンド・センス)》。

 奪えば、この男はこの力を失う。

 分かっている。それでも止めなければ、仲間も、荷の陰のセレナも捕まる。

 選ぶのは俺だ。


 「……奪う」

 黒紫の光が、男の腕から俺の中へ流れ込んだ。

 次の瞬間。

 足裏から、世界が広がった。

 石床の下を、水が流れている。

 右の壁の向こうには、大きな空洞。

 さらに下には、細い水路。

 全部がはっきり分かるわけじゃない。

 重なりすぎて、むしろ頭がくらむ。

 それでも、大きな流れだけは拾えた。

 男が膝をついた。


 「な……下が……」

 石床に両手をつき、何かを探すようにその表面を撫で回す。

 俺の掌には、まだ黒紫の光の熱が残っていた。

 胸の底で、もっと、と渇きがせり上がる。

 「ユイト! ――」


 ライラが叫んだ。

 俺の名前は聞こえた。

 焦った声だった。

 なのに。

 その次に何を言われたのかだけが、頭から抜け落ちた。

 つい今、聞いたはずなのに。

 「……何だ、これ」

 胸の奥が冷える。


 「後だ!」

 ガレウス団長の声で、無理やり顔を上げた。

 追手の足音が近づいている。

 足裏へ意識を戻す。

 右の壁の向こう。

 水の流れと、その上に細長い空洞がある。

 行き先までは読めない。

 でも、水は城の内側へ向かって流れてはいない。

 「右の壁の向こうに水路がある!」


 俺は《穿界視》の焦点を壁へ絞った。

 石の継ぎ目。

 途中だけ、不自然に縦へ揃っている。

 「ここ、塞がれた扉だ!」


 ガレウス団長が即座にヴィンクへ合図を送る。

 「ヴィンク!」

 「ああ!」


 鎖槍の穂先が石の継ぎ目へ食い込む。

 ヴィンクが腕を引いた。

 ごりっ、と鈍い音。

 石板がわずかに浮く。

 もう一度。

 入口を塞いでいた石板が崩れた。

 向こうには、下へ続く狭い石階段。

 湿った空気が吹き上がってくる。


 「入れ!」

 ガレウス団長が返却車を押し込もうとして、止まった。

 階段が狭い。

 荷車は通らない。

 背後では追手の声が近づいている。

 ガレウス団長が荷台を見た。

 「金はまた盗れる」


 「帳簿を持て。人を先に通す。荷車は捨てる」

 俺は麻袋を開き、帳簿や偽荷札、納品控えの入った背負い袋を引き出した。

 ライラが白い粉の小瓶と青銀の飾り紐を、その中へ滑り込ませる。

 裏金の革袋も、一つだけ詰めた。

 もう一つは置いていく。

 帳簿に記されていたベックの名が、頭をよぎった。

 三日後。

 次回搬送。

 まだ間に合う。

 俺は袋の口を縛り、背負った。

 「セレナ。ここから走るぞ」


 空樽の陰で布が動いた。

 セレナは自分で荷を押しのけ、荷台から降りる。

 足は少し震えている。

 それでも、立った。


 「走れます」

 セレナは息を整える。

 「今度は、自分の足で」


 ライラがセレナの手首を掴んだ。

 「じゃあ、あたしから離れないで。転んだら引っ張るから」

 「はい」


 最後にヴィンクが返却車を横へ倒した。

 空樽と木皿が回廊へ散らばる。

 「行くぞ!」


 俺たちは石階段を駆け下りた。

 冷たい水が足首へ触れる。

 《地脈感知》は、まだ俺の中で暴れていた。

 近い水。

 遠い空洞。

 石の厚み。

 一度に拾いすぎて、頭の中で混ざる。

 今は細かく読めない。大きな水の流れだけに意識を絞った。

 「こっちだ」

 水が下る方へ進む。


 「外に出るか分かるの?」

 ライラが走りながら聞く。

 「分からない。でも排水なら、流れの先は城の外へ向かうはずだ」

 「たぶん?」

 「たぶん」

 「そこは言い切ってよ!」

 「無茶言うな!」


 後ろで何かが崩れる音がした。

 置いてきた荷車を、追手がどかしている。

 時間は稼げた。

 でも、それだけだ。

 低い水路を何度も曲がる。

 足裏に残る流れを拾う。

 右より左。

 細い方より、水量の多い方。

 それだけを頼りに走った。

 やがて、前方から冷たい風が吹いてきた。

 「風だ」


 ヴィンクが顔を上げる。

 先に鉄格子が見えた。

 その向こうは夜。

 王都の城壁の外へ流れ出る、古い排水口だ。

 「ヴィンク!」

 「任せろ!」


 鎖槍が格子へ絡む。

 ヴィンクが鎖を引く。

 鉄が軋み、錆びた留め具が外れた。

 夜の風が、顔へぶつかる。


 「出ろ!」

 ガレウス団長を先頭に、全員が水路から飛び出した。

 セレナも、自分の足で走っている。

 その直後。

 王城の奥で鐘が鳴り始めた。

 一つ。

 二つ。

 三つ。

 侵入者を知らせる鐘が、夜へ響く。

 背中には、潮待ちの帳簿。

 偽荷札。

 納品控え。

 隣には、自分で王都を出ると決めたセレナ。

 足裏には、新しく奪った《地脈感知》。

 そして胸の奥には、あの瞬間のライラの言葉だけが抜けた、小さな穴がある。

 持ち帰るものを選んだはずだった。

 それでも俺は、また一つ失くしていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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引き続き、ユイトたちの物語をよろしくお願いします。

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