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奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第二章 王都潜入

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第6話「食糧庫の息づかい」

 団長がレナリア先輩を見る。先輩は食糧庫の扉へ意識を向けた。

 「中は一人です。動いていません。かなり怯えています」

 背後の靴音が近づく。

 「入るぞ。声を上げさせるな」

 団長が扉を押し開け、俺たちは食糧庫へ滑り込んだ。背後の扉を閉めると、その向こうで声が飛ぶ。


 「誰か呼べ! 俺は中を調べる!」

 レナリア先輩が、閉じた扉へ顔を向けた。

 「一人は離れた。もう一人は、保管庫へ戻った」

 「応援を呼びに行ったか」

 ガレウス団長が低く言う。

 応援が来れば、逃げ道はさらに狭まる。

 俺は食糧庫を見回した。

 壁一面の棚と、積み上げられた麻袋。その間に空樽が並んでいる。

 入ってきた扉の反対側には、荷車がそのまま通れそうな両開きの扉があった。

 その脇には、夜番が使った木皿や空樽を積んだ返却用の荷車。取っ手には厨房の返却札が結ばれている。

 「出口か?」

 ヴィンクが扉を見る。


 「少なくとも、荷を出す道ではあるな」

 ガレウス団長が返却札へ目を細めた。

 「だが、その先がどうなってるか分からねぇ」

 レナリア先輩が、右奥の棚を示した。

 ガレウス団長が棚の奥へ低く声を投げた。

 「そこにいる奴。声を上げるな。こっちも騒ぐ気はねぇ」

 少し間があった。

 麻袋が、わずかに動く。

 その隙間から、ひとりの女の子が姿を見せた。

 肩に触れるくらいの青い髪が、薄暗い魔石灯の下で揺れる。

 ライラより少し背が高く、俺よりは低い。

 服は埃で汚れ、唇も乾いていた。

 青緑の瞳が、暗がりにいる俺たちを一人ずつ確かめていく。

 怖がっている。

 それでも、逃げようとはしなかった。

 「……誰ですか」


 かすれた声。

 けれど、言葉は妙に落ち着いていた。

 ガレウス団長が一歩前へ出る。

 「通りすがりの盗賊だ。お前こそ、ここで何してる」

 彼女の表情が固まった。


 「盗賊……」

 青緑の瞳が、今度は団長の腰の武器へ向く。

 それから、真面目な顔で言った。

 「人のものを盗むのは、いけないことです」

 ライラが目を丸くした。


 「この状況でそれ言う?」

 「いけないことは、いけません」

 怖くて声が少し震えているくせに、そこだけは譲らないらしい。

 「お前、名前は?」

 ガレウス団長が聞く。

 彼女は迷った。


 「……セレナです」

 「セレナ。俺たちは急いでる。騒がねぇなら、ここに隠れてろ」

 団長が両開きの扉へ向き直ろうとする。

 「待ってください」


 セレナが一歩出た。

 両手は胸元で固く握られている。

 「取引をしませんか」

 ガレウス団長が振り返った。


 「取引?」

 セレナは返却用の荷車を指した。

 「その荷車がどこを通るか、わたしは知っています。どこで止められて、何を確かめられるかも」

 ガレウス団長の目が細くなる。

 「条件は」


 セレナは一度、息を呑んだ。

 それでも、視線は逸らさない。

 「わたしも一緒に、王都の外まで連れていってください」

 「城の外じゃなく、王都の外か」

 「はい。城を出るだけでは、すぐに連れ戻されます」

 ヴィンクが低く聞く。

 「なんで逃げる」


 セレナの両手が、少し震えた。

 「明日の朝、北の離宮へ移されます」

 「療養のためだと聞かされています。でも、わたしは病気ではありません」

 「じゃあ、何のためだ」

 セレナは答えかけて、止まった。


 「……今は、すべてを話せません」

 「ただ、父と母を救うために、王都の外へ助けを求めに行かなければならないんです」

 ガレウス団長の眉が動く。

 「肝心なところは秘密。それで俺たちに運べって?」

 「信じてくださいとは言いません」


 セレナはすぐに返した。

 「わたしの知っている道が使えるか、皆さん自身で確かめてください。もし嘘なら、わたしも一緒に捕まります」

 団長がレナリア先輩を見る。

 レナリア先輩はセレナから目を離さず、小さく答えた。

 「怖がっています。でも、私たちへの敵意は感じません。それ以上は分かりません」

 最後に決めるのは、俺たちだ。

 ガレウス団長が鼻を鳴らした。

 「盗賊相手に取引か。約束を守ると思うのか?」

 セレナは少しだけ困った顔をした。

 「取引は約束です。約束は守るものでしょう?」

 「相手が盗賊でもか」

 セレナは本気で不思議そうに瞬いた。

 「……盗賊でも、人なのでしょう?」


 一瞬、誰も何も言わなかった。


 綺麗すぎる考え方だと思った。

 なのに、妙に胸へ残った。

 ガレウス団長が、短く息を吐いた。


 「分かった。王都の外までだ」

 「団長」

 ライラが小さく呼ぶ。

 「ただし、命の保証はしねぇ。俺の指示には従え」

 セレナはまっすぐ頷いた。

 「はい。それで構いません」

 「じゃあ道を話せ。お前らは荷車の準備だ」


 セレナが両開きの扉を指す。ライラと俺は、返却車の荷を寄せて隙間を作り始めた。

 「この先は搬出回廊です。夜番の交代前になると、空樽と使い終えた木皿を南の洗い場へ戻します」

 「途中で一度、兵が荷の数と返却札を確かめます。返却係の顔は、ほとんど見ません」

 「ほとんど?」

 ライラが聞く。

 「絶対とは言えません」


 即座に認めた。

 「ここ数日、配膳係と返却車の動きを見ていました。本当は、返却係が来たら一人で荷の下へ隠れるつもりだったんです」

 「じゃあ、なんで今あたしたちと取引するの?」

 ライラの問いに、セレナは閉じた扉を見た。

 「騒ぎになった以上、返却係を待っていたら、その前にここを調べられます」


 レナリア先輩が、閉じた扉へ顔を向けた。

 「まだ保管庫にいるわ。今のうちに」


 全員が動いた。

 ガレウス団長が背負っていた袋を下ろす。俺とライラも、持ち出した帳簿や偽荷札、納品控えをそこへまとめ、袋ごと荷車の麻袋へ押し込んだ。

 レナリア先輩は、白い粉の小瓶も同じ麻袋へ入れた。

 ヴィンクも、裏金の入った革袋二つを空樽の陰へ入れた。

 「金より帳簿。帳簿より命だ」

 ガレウス団長が低く言う。

 「順番を間違えるな」

 セレナが荷台へ移ろうとした拍子に、袖口から青銀の細い飾り紐が覗いた。

 ライラが気づく。


 「それ、着けたまま行くの?」

 セレナは飾り紐を見て、一瞬だけ迷った。

 「……いいえ。身元が分かるものです」


 セレナは飾り紐を外し、同じ麻袋へ入れた。

 何の印なのか聞く暇はない。

 俺は荷台の麻袋を持ち上げる。

 「セレナ。空樽の陰なら外から見えにくい」

 「ありがとうございます」

 「まだ外には出てないぞ」

 「はい。分かっています」


 言いながら、自分で荷台へ上がる。

 ライラが小さな布を渡した。

 「顔、隠して。苦しくなったら荷台を二回叩いて」

 「分かりました」

 セレナは布で顔を覆い、空樽と麻袋の間へ身を滑り込ませた。

 ほぼ同時に、薬材保管庫の方から、男の声が廊下に響いた。

 「……帳簿がねぇ」

 間を置かず、足音がこちらへ近づく。


 「食糧庫か……!」

 レナリア先輩が短く言った。

 「来る。一人だけ」


 ガレウス団長が返却車から手を離した。

 「ヴィンク」

 「ああ」


 二人が扉の両脇へ移る。

 俺たちは息を殺した。

 取っ手が下がる。

 扉が、わずかに開いた。

 男が顔を覗かせた瞬間、ガレウス団長の腕が伸びた。

 口を塞ぎ、そのまま食糧庫へ引きずり込んだ。

 ヴィンクが後ろから腕を押さえる。

 「――っ!」


 声になる前に、ライラが扉を閉めた。

 男の身体が床へ押さえ込まれる。

 ガレウス団長が低く言った。


 「騒ぐな。じっとしてりゃ、命は取らねぇ」

 男が抵抗をやめると、ヴィンクが手早くその手を縛った。

 口にも布を噛ませた。

 レナリア先輩が扉の向こうへ意識を向ける。

 「今のところ、他には来てない」

 「なら出るぞ」

 俺たちは武器を外套や荷の陰へ隠し、返却係を装って荷車についた。

 ガレウス団長が返却車の取っ手を握った。

 「押せ」


 両開きの扉を開く。

 荷車の車輪が、搬出回廊の石床へ転がり出した。

 荷の隙間から、セレナの青緑の瞳が覗いた。

 殺すと思っていたのかもしれない。

 でも、何も言わなかった。

貴重なお時間を使ってお読み下さり、ありがとうございます。

ユイトたちの続きを読んでみたいと思っていただけたら、ブックマークしていただけると嬉しいです。

毎日20:10に更新しています。

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