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奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第二章 王都潜入

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第4話「札が通す隙間」

 翌日、昼過ぎ。


 水門が開く少し前の南側通りは、昨日見た下町とは別の顔をしていた。

 荷車。

 荷車。

 また荷車。

 木箱を積んだ手押し車が、王城南側の高い石壁へ向かって列を作っている。

 壁の下には、正門よりずっと低い鉄扉があった。

 王家が出入りする門じゃない。

 荷を入れるための門だ。

 「……いた」

 古びた荷揚げ場の屋根の上で、ライラが小さく呟いた。

 昨日と同じく、五人は離れて配置についている。

 ガレウス団長とヴィンクは、水門の近くに並ぶ荷役たちに紛れている。

 レナリア先輩は通りの反対側。果物屋の軒下から、人の流れを静かに見ていた。

 俺とライラは、少し高い荷揚げ場の屋根に身を伏せている。

 見下ろした先で、一人の男が手押し車を押していた。

 ベック。

 昨日、血印を押した店主だ。

 肩は落ち、顔色も悪い。

 それでも、荷車を押す手だけは止めていなかった。


 「ほら」

 ライラが、わずかに身を乗り出す。

 「荷縄の裏。昨日の印」

 荷台を縛る太い縄の結び目。

 その裏側に、豆粒ほどの焦げ跡が残っている。

 「ちゃんと残ってたな」

 「当たり前でしょ。あたしの火、そんなに雑じゃないし」

 「……相変わらず器用だな」

 「なに。また嫉妬?」

 「少しだけ」

 「素直でよろしい」

 得意そうに笑ってから、ライラはすぐに表情を引き締めた。

 ベックの手首には、昨日見た赤黒い痕が薄く浮いている。

 荷を運ばなければ痛む。

 誰かに話そうとしても苦しくなる。

 その前に、家族の札まで握られている。

 「……あの人、逃げないんだね」

 ライラの声は小さい。


 「逃げないんじゃない」

 俺は、ベックの足元を見た。

 「逃げられないんだ」

 ベックが鉄扉の前へ着く。

 門番が手を出した。

 「荷役札」

 ベックは胸元から小さな木札を取り出す。

 波打つ線が二本――潮待ちの印。

 門番は札を確かめ、ベックの顔を見ることもなく顎をしゃくった。

 「南の納品倉。第二搬入口へ回れ」

 「……はい」

 「水門が開いたら、すぐに入れ。遅れた荷は、今日の帳簿から落とす」

 ベックの肩が、びくりと跳ねた。

 門番は気づかない。

 気づいても、気にしないのかもしれない。


 水門の奥で、合図の鐘が鳴った。

 続けて、ごう、と重い水音が響いた。

 石壁の向こうから、水が流れ込む音だ。

 大戦前から残る古い地下水路へ、水が通されたのだろう。

 南側の通りに、湿った風が抜けた。

 荷役たちが一斉に動き始める。

 「荷車を通せ!」

 「南の搬入口、急げ!」

 ベックの荷車が、列の中へ飲み込まれていった。

 鉄扉の向こうには、下へ続く緩い坂道がある。

 荷車は城へ入るというより、王城の腹へ沈んでいくように見えた。

 「……あそこが本命?」

 ライラが囁く。

 「まだ分からない」

 「潮待ちの荷は入ったけど?」

 「ああ。でも、白い粉まで繋がってるかは中を見ないと分からない」


 ライラは一度だけ頷いた。

 「じゃ、今はそこまで」

 「そういうこと」

 潮待ちの荷が、南の納品倉へ入った。

 まずは、それだけ覚えておく。


*


 荷の列が途切れるまで、俺たちは動かなかった。

 ベックの車輪が石の坂を降りる音。

 門番の短い怒鳴り声。

 荷役たちが札を出すたびに鳴る、木札の乾いた音。

 それを、ただ覚える。

 どの門番が札を確かめるか。

 どこで荷車が止まるか。

 巡回が何人で、どの順番で回るか。

 通りの向こうで、レナリア先輩の手が動いた。

 右に二人。

 左に一人。

 見張り台に二人。

 声を使わない合図なのに、不思議と迷わなかった。

 俺は指の動きを目で追いながら、見張りの配置を頭に入れていく。


 右の兵は、鉄扉から離れない。

 左の兵は、水路側まで来ると引き返す。

 見張り台の二人は、何度見ても陰になった壁際へ視線を向けるのが遅い。

 そして、納品倉の横。

 水路沿いの低い壁に、小さな鉄扉がある。

 昼のあいだ、そこから年嵩の荷役が一度だけ出てきた。

 手には泥のついた棒と、濡れた布。

 水路の清掃や点検に使う保守扉なのだろう。

 「あれ」

 俺が顎で示すと、ライラも目を細めた。

 「正面より、だいぶ狭いね」

 「荷を通す扉じゃない」

 「人だけなら?」

 「入れる」

 それから夕暮れまで、保守扉は一度も開かなかった。

 正面じゃない。

 けれど、道はある。


*


 日が落ちた。


 納品倉の外に残ったのは、夜番の兵と荷役だけだった。

 俺とライラが屋根を下りて水路脇の影へ合流すると、ガレウス団長が低く言った。

 「正面は使わねぇ」

 団長の視線が、昼にベックが通った鉄扉へ向く。

 「荷役札を見せても、今度は顔まで見られるかもしれねぇ。昼から同じ門番も残ってる。札だけ盗んでも割に合わねぇ」

 「じゃあ、あっち?」

 ライラが保守扉へ目を向ける。

 「そうだ」

 ガレウス団長が口の端を上げた。

 「盗むのは札じゃない。札が通す“隙間”だ」

 ヴィンクが、狭い保守扉を見て眉を寄せた。


 「俺は無理だな」

 「お前が入ったら、扉が壊れる」

 ライラが小声で笑う。

 ヴィンクは無言でライラを見下ろした。

 「……否定しないんだ」

 ライラが言うと、ヴィンクは短く答えた。

 「事実だからな」

 ガレウス団長が俺たちを見る。

 「先に入るのは三人。ユイト、ライラ、レナリア」

 レナリア先輩が頷く。

 「私は巡回を見ます。誰かがこちらへ向く前に知らせます」

 「ライラは退路だ」

 団長の視線が、ライラの指先へ落ちる。

 「通った道を覚えろ。分かれ道があれば火で印を残せ。戻る時に迷うな」

 「任せて」


 ライラは胸を張った。

 でも、声はちゃんと低い。

 「団長とヴィンクは?」

 俺が聞く。

 「外だ。保守扉の近くで待つ。俺たちも通れる入口を探しておけ」

 ガレウス団長は、水路の闇を指した。

 「呼ぶ時は、見つけた入口から水路へ赤い火花を一つ飛ばせ。二つなら帰還。三つなら異常だ。三つ上がったら、扉を壊してでも引っ張り出す」

 「結局、壊すんじゃん」

 ライラが言う。

 「三つ上がったらな」

 ヴィンクが腕を組んだ。

 「帰れねぇ潜入は仕事じゃねぇ」

 その言葉に、俺は頷いた。

 盗むのは帳簿へ続く手がかり。


*


 水路側の兵が引き返すと、レナリア先輩が小さく頷いた。その合図で、俺たちは保守扉へ近づいた。

 扉の前で、ライラが俺の横顔を覗き込んだ。


 「ね、ユイト」

 「なんだ」

 「眉間、固い」

 「緊張してるだけだ」

 「じゃ、一回息吐いて」

 「子ども扱いすんな」

 「石像になるよりマシでしょ」

 言われた通り、息を吐く。

 少しだけ肩の力が抜けた。

 「ほら。マシになった」

 「……お前、こういう時だけ先輩ぶるよな」

 「あたしの方が先に盗賊やってるもん」

 「はいはい」

 ガレウス団長が、細い針金と薄い金属板を俺へ渡した。

 「使い方は覚えてるな」

 「はい」


 俺はしゃがみ込み、鍵穴へ道具を差し入れた。

 《穿界視》を開き、錠前の奥へ焦点を合わせる。

 金属の爪も、そこへ伸びる針金の先も見える。

 爪の動きを確かめながら、指先を動かす。

 カチリ。

 ほどなく、錠が外れた。

 「……開いた」


 ライラが唇だけで「すご」と言い、親指を立てる。

 俺が道具を抜くと、ガレウス団長が一度だけ頷いた。

 「入れ」

 俺は扉を押した。


 石と鉄が擦れる音を、全員が息を殺して聞く。

 幸い、音は水路を流れる水音に紛れた。

 扉の隙間から、冷たい空気が漏れてくる。

 中は暗い。

 湿った石の匂い。

 古い木の匂い。

 そして――白い粉の、甘ったるい臭い。

 「……やっぱり、この先か」

 俺が囁くと、レナリア先輩が目を細めた。

 「人もいるわ」

 「何人です?」

 「何人か。焦ってる。怯えてる人もいる」

 それ以上は分からない。

 俺たちは、狭い保守通路へ身体を滑り込ませた。


 扉の外に残るガレウス団長とヴィンクが、闇へ溶ける。

 背後で、扉がゆっくり閉じた。

 視界が闇に閉ざされた、その直後。

 奥の闇から、ぎぃ、と一度だけ手押し車の車輪が鳴った。

 続けて、誰かが咳き込む。

 短く。

 苦しそうに。

 「ベック、止まるな」

 男の低い声が飛んだ。

 俺は呼吸を抑える。

 ベックは、まだ中にいる。

 潮待ちの荷が運ばれる、その先に。


 潜入は、ここからだった。

貴重なお時間を使ってお読み下さり、ありがとうございます。

ユイトたちの続きを読んでみたいと思っていただけたら、ブックマークしていただけると嬉しいです。

毎日20:10に更新しています。

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