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奪うほど欠けていく俺は、今度こそ居場所を守りたい ~能力も記憶も感情も奪う《万象奪界》の異世界盗賊譚~  作者: 色乃理
第一章 盗賊団の日常

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第9話「奪うべきもの」

 朝靄の中、村人から得た情報を頼りに、俺たちは街道を外れ、小さな集落へ入った。戸は閉ざされ、窓の隙間から怯えた目だけが覗いている。

 目的は、白い粉を売る一味のアジトを押さえ、周辺への流通を断つこと。粉は人を高揚させ、効き目が切れると、嫉妬と破壊衝動が抑えられなくなる。

 辺境で見た虚ろな目と、《万象奪界》で壊した男の姿が重なり、背筋が冷えた。

 「……こっち」

 レナリア先輩が手で合図する。

 先輩は目を細め、見えないはずの“気配”を拾い上げるように歩いた。導かれるまま進むと、一軒の廃屋へ辿り着く。板張りの壁は黒ずみ、窓は内側から塞がれている。廃屋が外を拒んでいるようで、見ているだけでも息苦しい。

 「ここで間違いない。魔力反応が……変。濃いだけじゃない。質が、嫌だ」

 ガレウス団長が短く頷き、俺たちに視線を回した。

 「気を抜くなよ。……ユイトは温存しろ。必要になったら――俺が言う」

 前の戦いで奪った《矜持》が、俺の中で何になるのかは分からない。怖いのは、奪える自分を頼ってしまうことだ。

 「ユイト」

 ライラが俺の手を取った。その熱に、意識が戻る。

 「今日は、あたしが戦う。ユイトは温存して」

 「無理すんな」

 「だから、“ちゃんと”やる」

 「……分かった。背中は俺が見る」

 ライラは頷き、扉の前で息を整えた。

 「三拍で撃って離脱。長居しないで」

 レナリア先輩の言葉に、ライラが頷く。


*


 扉を蹴破って突入した瞬間、異様な空気が鼻を刺した。

 床には酒瓶。煙を吐く奇妙な香炉。

 「煙を吸わないで」

 レナリア先輩が低く注意を促す。

 奥の部屋には、虚ろな目をした人間たちがうずくまっている。息はあるのに、魂が抜けたみたいな顔。その中央に――一人の男が立っていた。派手な上着。白すぎる肌。


 姿だけ見れば、妙な男で済んだ。


 けれど、目が違う。

 暗い赤の瞳。その奥で、魔力が渦を巻くように動いている。

 「……なに、あいつ。人間……なの?」

 ライラの声が小さくなった。


 レナリア先輩の表情が変わる。


 「……魔族」

 その一言で、ガレウス団長がすぐに武器を構えた。

 「全員、距離を取れ。あいつを人間と同じだと思うな」

 「魔族……?」

 俺が聞き返しても、団長は男から目を離さなかった。

 魔族と呼ばれた男は、俺たちを見回した。

 団員の数。ガレウス団長の立ち位置。レナリア先輩の静かな殺気。それらを一つずつ舐めるように見て――唇を歪めた。

 「……はは。多いな。しかも、そこの大男と女は別格か」

 魔族の笑みが、少しだけ壊れる。

 「勝てねぇな、これは。俺はここまでか」

 あまりにもあっさりした言葉だった。だが、その瞳の赤は消えない。むしろ、濃くなる。

 「だからいい。力を余らせて死ぬ方が、よほど惨めだ。だったら最後まで使わせてもらう。俺の力を。俺の目を。俺の魔力を。お前ら人間の悲鳴で、ここを埋めてやる」

 瞳の奥の赤が、ぐるりと回った。


 その瞬間、ライラの膝が沈んだ。


 「身体が……重い」

 「見られている間、動きを鈍らせる力かもしれない」とレナリア先輩が低く告げた。

 魔力弾が床を抉る。ライラは紙一重でかわしたが、頬を熱が掠め、髪が焦げた。

 「いいねぇ。その顔だ」

 魔族は楽しそうに笑っていた。

 「――舞って。《紅蓮舞踏(クリムゾンダンス)》!」

 ライラの周囲に火が咲いた。

 花弁は刃へ変わり、踊るように宙へ浮く。無数の紅い短剣が呼吸に合わせて揺れ、一斉に切っ先を魔族へ向けた。

 「――いって!」

 紅の刃を放とうとした途端、ライラの腕にまた重さがのしかかった。

 紅刃の動きがわずかに遅れた。

 「おせぇよ」

 魔族は半身で避け、指先から魔力弾を連射した。

 床が抉れ、壁が破れる。

 香炉まで吹き飛び、白い煙が廃屋の中へ一気に広がった。

 煙が喉を焼く。息が短くなる。

 (吸うな。煙は敵だ)

 レナリア先輩の言葉が頭の奥で鳴る。

 ライラの肩が上下する。

 視線に絡まれて、呼吸も乱れて、火の制御がわずかにブレる。

 それでも――前にいる。


 (ライラには――触れさせない)


 俺の掌が熱を持つ。奪えば早い。


 「団長!」

 「俺たちはあの連中を守る。お前は起点を読め。ライラを支えろ」

 ガレウス団長たちは、うずくまる人々を庇うように前へ出た。魔族が天井を撃ち抜くと、人々の悲鳴が上がる。奴はそれを聞いて笑った。

 レナリア先輩は、すでに動いていた。

 「視線を切る。ユイト、赤い瞳を見て」

 俺は《穿界視》の焦点を、魔族の赤い瞳へ絞った。

 瞳の奥から、細い魔力が伸びている。

 その先は――ライラ。


 ライラが右へ動く。

 赤い瞳が追う。

 魔力も追う。

 そのたびに、ライラの足がわずかに遅れる。

 (……目だ)

 先輩が魔族の正面へ踏み込む。


 赤い瞳が、ライラから外れた。


 「……っ!」

 ライラの身体が一気に前へ出る。


 (やっぱりだ)

 「ライラ! 見られてる間だけ重くなる! あいつの視線を切れ!」

 「……戻った!」

 だが、ライラの足が一瞬だけ止まった。

 灰色の森で見たのと同じだった。

 怖くて、身体が動かなかったあの時と。

 ライラは自分の脚を一度だけ見た。

 「……動け」

 小さく呟く。

 「今度は、動け!」

 地面を蹴った。

 火の刃が、ライラの動きに遅れずついてくる。

 ライラは一拍ごとに一刃を放つ。

 三拍で三本を撃ち切る。魔族がそれをかわす間に、ライラは間合いを外した。


 レナリア先輩が魔族へ斬りかかる――視線を固定させるための切り込みだ。魔族は舌打ちして、先輩へ魔力弾を放つ。

 魔力弾が唸りを上げて迫る。

 先輩は半身になって直撃を避ける。肩口を焼かれても、踏み込みを止めない。

 「……やっぱり嫌だ。質が、腐ってる」

 「うるせぇよ、人間」

 魔族が笑う。

 「どうせ終わるなら、派手に終わってやるよ」

 魔族が、ライラへ視線を戻そうとする。

 すかさず、ライラが叫んだ。

 「燃えて――終わって!《紅蓮舞踏・終舞》!」

 三本の紅刃が一直線に飛ぶ。

 魔族の視線が絡むより先に、レナリア先輩が踏み込み、顔の前で刃を振り抜く。

 ほんの一瞬、魔族の赤い瞳が揺れた。

 その隙に、紅刃が迫った。

 紅刃が片腕を裂き、別の一刃が踏み込む脚を焼く。

 体勢を崩した魔族の胸元へ、残る刃が食い込み、内側を巡る魔力の流れを乱した。

 魔族が、初めて苦痛に歯を剥いた。

 「……っ、はは……いいねぇ……! 人間のくせに……!」

 笑いながら、魔力弾を作ろうとする。

 けど、作れない。

 胸元の火が、魔力の流れを焼いている。

 レナリア先輩が低く言った。

 「今」

 「うん――!」

 ライラが最後の一歩を踏み込む。


 今度は遅れない。

 胸元に食い込んだ最後の紅刃が、さらに深く燃え上がり、戦いに“終わり”を刻む。

 「……終わり。ここで、止める!」

 魔族の身体に、火の線が走った。

 魔族の輪郭が、崩れた。

 肉が砕けるんじゃない。

 黒い灰でもない。

 魔力の粒子が、風にほどけるみたいに消えていく。

 キラキラと、嫌な光だけを残して。

 「……っ、消え……」

 ライラが息を吐いた。

 膝が少し揺れる。

 レナリア先輩が腕を支えた。

 「倒した。……でも、油断しないで」

 魔族が消えると、団員たちは粉の効き目が切れた後の暴走に備え、正気を失った連中を拘束した。ガレウス団長が香炉の火を踏み消した。

 静けさが、遅れて落ちてくる。


*


 廃屋から金貨、薬、帳面を回収し、白い粉は一瓶だけ証拠としてレナリア先輩に預けた。帳面の端には、二行の走り書き。

 『潮が満ちたら運べ』

 『都の受取口へ』

 迷いのない、書き慣れた筆跡だった。

 「王都に根がある。白い粉だけの話じゃ済まねぇ」


 拘束した者たちは集落の者たちに預け、その日のうちに金や物資も渡した。礼も罵声も、どちらも正しかった。

 ライラが手を握ったり開いたりしていた。

 さっきまで赤い瞳に動きを縛られていた身体が、まだ重いのだろう。

 「……ライラ」

 「ん。大丈夫。……震えてない。たぶん」

 言いながら、笑う。

 でも、その顔は少しだけ青ざめている。

 廃屋の前で、ガレウス団長が集まれと顎をしゃくった。

 「……さっきの、見たな。あれが、魔族だ」

 「魔族……」

 俺は息を呑んだ。

 ガレウス団長は空を見上げ、吐き捨てるみたいに言った。

 「勇者が魔王を倒してから、もう二百年近い」

 ガレウス団長は、廃屋の方へ目を向けた。

 「魔王討伐前後の大戦で、文明も記録も、昔の魔術技術もずいぶん失われた。今じゃ魔族なんざ、昔話だと思ってる奴の方が多い」

 「……じゃあ、さっきのは」

 「消えたわけじゃねぇってことだ」

 団長の声が低くなる。


 「魔王が倒れた夜に姿を消した幹部がいるって話も残ってる。二百年経った今も、そいつらを見たって噂は消えちゃいねぇ」

 「……最近は、ほとんど見ないって聞きました」

 レナリア先輩が言う。

 「ああ。だから俺も油断してた。まさか、こんな所で出会うとはな」

 俺は、魔族の身体がほどけていく光景を思い出した。

 黒い灰すら残らなかった。


 「魔族や魔獣は死ぬと魔力に還る。死体が残らねぇから、後から痕跡を追うのも難しい」

 ライラが小さく言った。

 「……でも、倒せる」

 団長は小さく頷く。

 「倒せる。だが甘く見るな。俺が今まで会った魔族は、どいつも力を振るうことに飢えてた。今日みたいに覚悟と手順が揃わなきゃ死ぬ」

 ガレウス団長は帳面を懐へ押し込み、俺たちを見回した。

 「王都で根を掘り返す。白い粉の裏に魔族が一匹いただけならいい。だが――」

 団長は懐の帳面を軽く叩く。

 「魔族の手が王都まで伸びてるなら、話は別だ」

 俺は頷いた。

 なのに頭の中では、もう別の考えが動き始めていた。

 誰から何を奪えば、一番早く終わるのか。


 ――奪えば早い。


 その考えが自然に浮かんだことの方が、怖かった。

 ライラが俺の前へ回り込み、視界を塞いだ。

 「ユイト。いまの顔、王都の門番に見せたら“捕まる”やつ」

 「……は?」

 「“怪しい”。すっごく。“悪いこと考えてます”って書いてある」

 俺が顔を逸らすと、ライラも同じ方へ半歩ずれ、わざと明るく笑った。

 「ほら。深呼吸。……吸って、吐いて」

 「……っ」

 「もう一回」

 言われたとおり、もう一度ゆっくり息を吸って吐く。

 目の前で、ライラの目だけが笑っていなかった。

 「……悪い」

 「置いてかないでよ」

 俺は小さく頷いた。

 それを見て、ライラはようやく道を空けた。


 昼過ぎ、霧は薄れていった。

 街道は広くなり、人と荷車の数も増えていった。

 やがて、街道の先に王都の城壁が姿を現す。

 その下には、門を通るのを待つ人と荷車の長い列が続いていた。


 王都。


 帳面の文字が、頭に残っている。

 ――潮が満ちたら運べ。

 ――都の受取口へ。


 ここまでは、まだ入口だった。

 俺は高い城壁を見上げる。

 (奪うべきものは――この向こうにある)

 団長もその向こうへ目を向け、低く言った。

 「ここから先は、森より面倒だぞ」

 ライラが俺の袖をつまむ。

 「変な顔して、門番に捕まらないでよ?」

 「分かってる」

 俺たちは、王都へ入る列の最後尾へ並んだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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引き続き、ユイトたちの物語をよろしくお願いします。

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