31話 また
俺は彼女の横にしゃがみ込み、大きなため息をついた。
何度こうやって頬杖をつき、彼女の顔を見つめたことだろう。
お出かけという夢が叶い、次を考えていなかった俺に彼女は教えてくれた。
彼女が折ってくれた星が2つ。チェキが1枚。折り紙の花束。黄色いミサンガ。年賀状が2枚。ペアのネックレス。
それからこの手紙。
俺はすぐ手元にあるものを見失う。
それを見つけてくれる彼女にはもう会えない。
俺よりもひと足先に卒業し、アメリカに進学してしまう。
彼女には感謝しかない。
でも、我慢しきれなかった本音がシーツを濡らす。
「俺は普通に寂しいからな」
頬を拭っても拭っても、手が濡れるだけで止められなかった。
「俺を友達にしてくれてありがとう。ちゃんとお土産持って帰ってこいよ」
規則正しいモニターの音と、俺の嗚咽がぐちゃぐちゃに混ざりあった。
俺は青春をわけると最初に言ったけど、それは間違っていたようだ。
わけてもらっていたのは俺の方で、彼女は彼女の人生をおすそ分けしてくれていた。
彼女のベッドをびちょびちょにしてしまった俺は、しゃくりあげながら立ち上がる。
「あ……」
擦った目で、忘れていた日記を見つけた。
パラパラとめくると、2人で貼りあったシールがキラキラと光る。
途中で挟まっていた紙が落ちた。
俺はそこで手を止めると、どのページにも負けないカラフルなページに、可愛らしい文字がドンと現れた。
『プロフィール帳交換!』
懐かしいその言葉の下には、小学生の時と変わらないような手書きのプロフィール欄が並んでいた。
挟まっていた紙を拾い開いてみると、そこには彼女のプロフィールが書かれている。
隅に付箋が貼られており、
『必ず全部書いてね!そこにあるピンク色のボールペンはお揃いです。ぜひ使ってください(持って帰ってね!)私のプロフィールはあげます(笑)』
とのこと。
彼女は手紙とこのページを合わせて、どれくらい俺に時間を使ってくれたのだろうか。
泣いた後なのに、相変わらずな彼女にこらえきれず笑ってしまった。
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名前「松本 正都」
連絡先「○○○-○○○○-○○○○」
住所「東京都……」
私は「5月29日」生まれ。
人からは「普通の人」と思われているけど、私自身は「意外とわがままなやつなのでは?」と感じてるよ。
あなたに出会って楽しかったことは「交換日記」
逆に大変だったことは「テストの点数が全部バレること」
そのことについては「アメリカで英語ペラペラになる陽菜子ちゃんに遅れないように頑張りたい」って思ってるよ。
Q.あなたのストレス解消法は何ですか?
A.陽菜子ちゃんと話すこと。
Q.ここだけの秘密はなんですか?
A.実は日記の横の梅味の飴は苦手で、キャラメルの方が嬉しかった。
☆あなたの好きなものは何ですか?
Q.好きな色
A.赤になりました
Q.お菓子
A.キャラメル
Q.飲み物
A.カフェラテ
Q.場所
A.9701号室
Q.遊び
A.マルバツゲーム
☆相手の好きなところは何ですか?
1.人の気持ちを大切にしてくれるところ。
2.眉を八の字にして笑うところ。
3.誰よりも優しいところ。
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彼女から俺へ、俺から彼女へ。
これが本当に最後のおすそ分け。
彼女は最後の最後までサプライズが好きなようだ。
まず、このキラッキラのボールペンがお揃いであること。
プロフィール帳の内容が小学生の時と同じだったのは、きっと調べたからだろう。
1番びっくりしたのは、彼女と出会う前と同じ人間とは思えない自分自身。
書いたプロフィールを見て、俺はこんな人間だったのかと思った。
俺はキャラメルを食べながら驚きを飲み込み、真っ赤に腫れた目を擦った。
そして手紙とボールペン、彼女の書いたプロフィール帳をカバンに入れた。
目覚ましが鳴り、朝ごはんを食べ、制服を着て自転車を漕ぐ。
教室に入ると、陽仁が携帯をいじりながらパンを食べていた。
「おはよう。朝ごはん?」
「おはよう。朝起きたら家に何にもなかったから買ってきた」
「そうなんだ。陽仁の席は……いいな」
「窓際ってやっぱいいよな。ってか、お前がそんなこと言うの珍しいな」
「まあ健のセリフだよね」
「ああ。席替えした直後は散々騒いでたもんな」
「ほんと。結局いつも勝手に私の席に座ってるよね」
「竹田さん、おはよう」
――キーンコーンカーンコーン
「8時、か……」
「なんかの時間?」
「友達が……今日8時の飛行機に乗るって言ってたんだよね」
「羽田?成田?」
「成田だけど……」
「じゃあ見えるかもな。東京の上通るし」
「……なんでそんなこと知ってんの?」
「空の絵を描くから」
「そう、か……」
「いいじゃん、3人で空見ようよ!益子くんもいいよね?」
「いいよ。どうせ健は遅刻ギリギリだろ?じゃあ空眺めようぜ」
「2人とも優しいな」
「水族館付き合ってもらったし」
「私が優しいのは最初からです」
「……そうだね」
たそがれるように笑い、高校生3人で空を見つめること10分。
小さな点が動いていくのが見えた。
「あれ飛行機じゃね?」
「……そうかな、ちっちゃいしわかんないよ」
「でも飛行機雲できてるよ」
「本当だ」
「飛行機雲は幸運のサインだからさ、その子幸せになるかもね」
俺は彼女の新しい夢を楽しみに、足首のミサンガを握った。
「またな」
――彼女の幸せを願って。




