30話 ありがとう
1月6日。
彼女の顔を見ることができる最後の日。
しかし俺の事情は関係なく、学校には行かなければいけないし、昼休みにはご飯を食べなければいけない。
いつも通り健と陽仁と3人休み時間を過ごし、たわいもない話をした。
まあ何1つ頭に入ってこなかったけど。
不安と高揚が入り混じった、不思議な気持ちで迎えた放課後。俺は自転車を漕いで病院に向かった。
珍しく雪が降る中、俺はこれから最後の日記に、彼女に何と言うべきだろうか。
肩の雪を払い、面会受付をする。
ナースステーションに声をかけると、看護師さんにカラフルな年賀状を渡された。
- - - - - - - - - -
あけましておめでとう!
正都くんにとって、幸せな人生が続きますように。
- - - - - - - - - -
クレープ、ネックレス、ハダカデバネズミ、ギンちゃんなど、もりもりに描かれた年賀状。
俺は左手で顔を擦った。
「やられた」
最後の最後まで彼女は俺の少し先を歩いていた。実はずっと勝てないのは俺の方なのかもしれない。
そう思ったら少し笑えてきた。
ドアを開ければ、眠っている彼女はいつもと変わらない。
もこもこのパジャマに点滴とコード。
でも、ホワイトボードの上の写真もチェキも綺麗さっぱりなくなっている。
デバミーとギンちゃんもいない。
まだ彼女はここにいるのに、もういないと言われているみたいだ……。
「伊達。窓から雪が見えるよ」
静かな部屋を埋めるように出た声。
机の上にはキャラメルが1つ。
日記と、その上に星柄の白い封筒。
さらには、なぜかキラキラしたピンク色のボールペンが添えてあった。
封筒の真ん中に書かれた見慣れた丸文字。そこに貼られた付箋には『手紙を先に読んでね』とのこと。
俺は微かに震える指先で、可愛いマスキングテープをはがした。
- - - - - - - - - -
正都くんへ
私に高校生活をわけてくれてありがとう。
おかげで私は最高に素敵で完璧な女子高生になれました。そうでしょ?
正都くんとの出会いは、人生で1番のサプライズでした。
私は自分の病気を知ってから、友達が欲しいと思ったことは1度もありません。
友達は昔見ていた夢の話で、私には一生できないものだと思っていました。
小児科にいる時は、年齢も近いし友達を作ろうと言われたこともあるけど、そこにいるのに会えないなんて友達じゃない。
だから友達なんかいらないと思っていました。
今思えば、やさぐれてるよね(笑)
そんな私は、何度も自分に言い聞かせました。
これは入院中だけの期間限定の友達。すぐに終わる。
そんな中、交換日記が新しい世界を見せてくれました。
会えなくても寂しくない。
人と話すってこういうことなんだと思いました。
退院すると聞いた時、私がちゃんと喜ぶことができたのも日記のおかげです。
それなのに正都くんはまた私を驚かせました。
離れ離れでも友達って、こういうことなんだと教えてもらいました。
だから私は正都くんのリハビリが終わると知って、私を忘れて欲しくなくてミサンガを編みました。
会えなくても正都くんが友達でいてくれますように。そうお願いしました。
まさかこんなに長くお話しできるなんて、夢にも思いませんでした。
人生で1番嬉しかった言葉は「友達って1回なったらずっと友達」です。
これが本物の友達なんだと嬉しくなりました。
私の部屋の時間は止まっていました。
1日に進むのは、たったの3時間。
外の世界から何周遅れているかもわからない私は、追いつきたいと思ったこともありません。
だって結果はわかっているのだから。
でも、正都くんと会って心から笑いました。
たった3時間じゃない。3時間もあるのだと気がつきました。
時間に囚われていた16分の3の私はもういません。
紙の上の時間は3時間じゃない。私は友達に教えてもらったので、知っています。
正都くんからもらったものはたくさんあります。
人生初のパッキングをしていて驚くほどです(笑)
写真。チェキ。水族館の写真集。デバミーとギンちゃん。ホワイトデーにもらったクッキーの缶。手紙。
それから交換日記。
そして何よりもたくさんの時間をもらいました。
眠っている私の横で、正都くんはどんな気持ちで日記を書いていましたか?
笑ってるのかな。
照れてるかな。
もしかしたら泣いてるかも?なんて思ったり。
私は時々、嬉しくて泣きそうになりながら書いていました。
この日記が私の青春です。私たちの青春です。
でも分かれ道がやって来てしまいました。
これが進路選択ってやつかな?
正都くんは高校生を続けて、大学に行ったり働いたりして、大人になるんだと思います。
私は一足お先に、この日記という卒業証書を持って高校生を卒業します!
「アメリカのお土産を楽しみにしています」
正都くんからもらった手紙を読んで、何がいいかな?ってたくさん考えました。
私はアメリカで、長い長い時間を過ごします。
いつ帰ってくるのか、そもそも帰って来られるのかもわかりません。
でももし帰ってくることができたら、今度は私がアメリカをおすそ分けしたいと思います。
これが私の新しい夢です。
正都くんは英語テストの点数低いでしょ?(笑)
英語をペラペラ話せるようになって帰ってくる予定なので、期待しておいてください!
あと病院がニューヨークにあるので、気分が乗ったら自由の女神像のストラップも買ってきてあげます。大阪城のお返しです。
正都くんは私がアメリカに行く理由を、そんな理由で?と思ったでしょうか。でも仕方ありません。
なぜなら私が本当の理由を言わなかったからです。バレてたかな?
もし正都くんと友達になっていなかったら、私はアメリカに行きませんでした。
病気が治ったとしても、遅れに遅れた私の人生は手遅れだと知っていたつもりになっていたからです。
そんな危ないことをする意味がありませんでした。
アメリカに行ったら治るかもしれないし、治らないかもしれない。
何よりも、もう2度と目が覚めないかもしれない。本当はとても怖いです。
正都くんの前ではカッコつけましたが、内心はビクビクしています。
でも1日16時間起きていられるようになったら、正都くんといろんなことをしたいと思っています。
一緒に漫画を読んだり映画を観たり、動物園も水族館も行きたいです。
だから、私が16分の16を生きていけるようになったら、正都くんに手紙を書きます。
なので、住所を残しておいてください(笑)
ここまで長々と手紙を書いておいてなんですが、ここからが1番伝えたいことです。
正都くんがペアネックレスに「マジで?」と言った意味を、あの後知りました。
その上でお揃いにしてくれたのは、特別だと思っていいのかな?
でも私たちは友達です。
魔法のかかったあの時間は、約束通り閉じ込めておいてください。
たくさんわがままを聞いてくれてありがとう。
夢を叶えてくれてありがとう。
私の知っているわがままは、みんなを悲しくさせるものでした。
でも正都くんが面白いと教えてくれたから、これからはお父さんにもお母さんにもたくさんわがままを言うことにしました(お父さんにこのことを言ったら泣かれました笑)
私はもう寂しくありません。
大切な友達ができたからです。
正都くんと過ごした青春を胸に、私はこれからの人生を進んでいきます。
正都くんも、この青春を素敵な思い出にしてください。
私に青春をくれてありがとう。
たくさんの思い出をありがとう。
私と友達になってくれてありがとう。
正都くんにもらったありがとうでいっぱいです。
これからもずっとずっと友達だよ!
陽菜子より
- - - - - - - - - -
手紙を読み終える頃には、手が震えるほど強くそれを握りしめていた。
音を立てた紙をそっと机の上に置き、俺はあの日のように彼女の横にしゃがみ込んだ。




