29話 完璧な高校生
初めて触れる女の子の手は、壊れてしまいそうなほどに柔らかかった。
そんなことを意識する自分にすら小っ恥ずかしくてたまらないけれど、時間は限られている。
俺はまっすぐと彼女の手を引いた。
「まずは俺行きたいお店に行ってもいい?」
「うん」
「女子高生が行く場所かと言われたら、まあ微妙なんだけど」
「どういう意味?」
「……クリスマスプレゼントを選び切れなかったから、直接選んでもらおうかと」
「選ぶ?」
「このお店で選んでください」
「アクセサリー屋さん?」
「ネックレスをプレゼントしたいと思ってるんだけど、どうかな?」
「い、いいの!?」
キラキラとした目の女の子と、俺は店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
「あの、すみません。彼女にネックレスをと思ってるのですが」
「ネックレスですね。ペアになさいますか?」
「ペア?」
「お揃いのネックレスをお探しでしょうか?」
「いえ「はい!ペアでお願いします!」
「はい!?」
即答で元気いっぱいの返事をする彼女を、思わず二度見した。
しかしあれよあれよというまに、気がつけばおすすめを用意してもらうことになった。
下見した時の想定から大きく外れた。
「なあ、俺らマジでペアにすんの?」
「嫌?」
「嫌じゃないけど……俺、初めてだし」
「ふふふっ、大丈夫だよ!私も初めてだから」
「いや、そうじゃ……まあいっか」
彼女は喜びを堪(えきれていない。
多分この女の子は、ペアアクセサリーの意味なんて知らない。
きっとお揃いのミサンガと同じ感覚なのだろう。
それでもあまりにも楽しそうな彼女に、言い出せなかった。
その後店員さんが持ってきた3つの中から、彼女はすぐに、1つのネックレスを指差した。
「これがいい!あ……た、高い」
オドオドと焦る彼女のおでこを、俺は笑ってつついた。
「いいよ、大丈夫。すみません、これください」
彼女が選んだのは、クロッシングネックレス。
シルバーリングに、女性側はピンクゴールド。男性側はグレーのリングがついている。
ねじれた時間みたいなデザインは、俺たちらしい。
「ラッピングはいかがなさいますか?」
「ハートとスクエアの2つ、別々にできますか?」
「できますよ。袋もお分けいたしますか?」
「お願いします」
「ではこちらでお会計お願いします」
「あ、あ、私」
「俺からのプレゼントだから大丈夫。好きなの見て待ってて」
「あぁ、わ、わかった!」
オドオドする彼女を置いてレジに向かえば「可愛い彼女さんですね」なんて言われてしまった。
側から見たらそうなんだろう。
「ラッピングに少しお時間をいただきますので、よかったら店内を見てお待ちください」
「あの、すぐそこのお店にいるので、あとで取りに来ることはできますか?」
「大丈夫ですよ」
俺は番号札を受け取り、再び彼女の手を引いた。
「ま、正都くん?」
「行こう」
「どこに?」
「ここは女子高生みんな来るんじゃない?」
「雑貨屋さんだ!」
「まあ好きなところを見なよ」
「ボ、ボールペンが欲しいんだけどあるかな?」
「あると思うよ。この辺とか結構いろいろあるじゃん」
「ねぇ……」
「ん?」
「や、やっぱりなんでもない!」
左手に雑貨の入ったカゴを、右手に一万円札を握りしめレジへ緊張して向かう女の子。
ルンルンで戻ってきた彼女とネックレスを受け取り、お目当てのクレープ屋さんに並んだ。
彼女は念願のイチゴとバナナとアイスの入ったものを、俺はシナモンアップルと生クリームのやつを注文した。
「シナモンアップルなんて知らないよ。当たるはずないじゃん!」
彼女は日記の質問についてプンスカしていたが、受け取ったクレープを渡すと目をまんまるにして笑った。
「クレープってこんなに大きいんだね」
「アイスもいれたからね。まあまだ時間あるしゆっくり食べなよ」
「食べれるかな」
「食べ切れなかったら俺が食べるからいいよ」
「あのさ、ダメかもなんだけど……」
「何?」
「正都くんのやつも食べたい」
「いいよ。お先に一口どうぞ」
「あのさ、あとさ……」
「ん?」
「食べる前に写真……ダメ?」
「いいよ。可愛くメイクしたんでしょ?」
「あ、うん、した!」
「携帯貸して。撮ってあげる」
「……違う」
「ん?」
「い……」
「い?」
「一緒に……」
「……いいよ。ちなみに陽菜子は自撮りできるの?」
「……できない」
想定外続きの状況に驚きながらも、携帯に映る2人はまさしく高校生だった。
ちなみに大きい大きい言っていた彼女は、ぺろりと食べ切った。
「もう、時間ないかな?」
「あと10分くらいかな。何か見たい?」
「なんかさ、大人な雑貨屋さんはないかな?」
「大人な……?エレベーター前にあるお店、多分小物もあると思うけど」
「お父さんとお母さんにさ、お土産……買ってみたい」
「いいよ、行こう!」
店舗に入り彼女がウロウロとすると同時に、俺は直樹さんに連絡。
彼女がハンカチコーナーで迷っている間に、エレベーター前で車椅子を受け取った。
「お待たせ!」
「買えた?」
「うん。あれ、お父さんもう来たの?」
「もう預かったよ」
「車椅子なんて久しぶりに乗るなぁ」
「俺は初めて押すよ」
「安全運転でお願いします」
「頑張ります」
笑いながら車椅子に座る彼女を見て、俺の心臓は揺れ始めた。
彼女の後ろ姿はいつだって大人びていたが、今は16歳の女の子の後ろ姿に見える。
「戻ろうか」
「そうだね!めっちゃ楽しかった!」
「うん、楽しかったね」
「私、女子高生になれたかな」
「完璧な女子高生だよ」
「正都くんも完璧な男子高校生だよ!って最初からか」
「いや……今日完璧になった」
お互い顔が見えないから、気を抜くと見せられない顔になってしまう。
混雑したエレベーターに乗ると、俺たちの会話は途切れた。
次に彼女の声が聞こえたのは、冷たいコンクリートの駐車場。
「ねえ、正都くん」
「ん?」
「私の前に来てくれる?」
静かな声がゆらめいている。
「うん」
俺は膝をついて彼女の前にしゃがんだ。
「正都くんのおかげで、毎日が最高だった。ありがとう」
「俺の方こそ。ありがとう」
「人生で初めてシンデレラになれたの。でもその魔法も、もう解けちゃう。だから言わせて。今日が一生の宝物になった」
「うん、俺も」
「もう会えないかもしれないけど、ずっとずっと友達だよね?」
「約束する。俺たちはずっと友達だよ」
「あのさ、もう1つ約束して?」
「……何?」
「今日の、この魔法のかかった時間は、クリスマスイブに閉じ込めて欲しいの」
綺麗な涙を静かにこぼした彼女の顔は、百点満点の笑顔だった。
俺も満面の笑みで、小指を差し出した。
「……何?」
「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます」
「「指切った!」」
八の字眉で笑い合う俺たちに、5分前のアラームが終わりを告げる。
――彼女は勢いよく立ち上がって俺の左手を取った。
「ど、どうしたの?カバンが「そんなのいいから!走ろう!」
「ふっ、いいよ」
たった10メートルを、俺たちは手を繋いで走った。
彼女はすでに開いているドアから飛び込み、満足そうに座り潤んだ瞳で俺を見ている。
「正都くん、バイバイ」
「バイバイ……またな!」
「うん!またね!」
俺はゆっくりとドアを閉めた。
パタンとクリスマスの魔法が解ける音がした。
彼女が投げ捨てた鞄と車椅子を回収し戻ってきた俺の前に、ぐちゃぐちゃの顔の直樹さんが来た。
「本当に……ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
直樹さんが車椅子を車に乗せる間に、俺は眠り姫に戻った彼女の隣に座る。
そして年賀状と手紙をかばんに入れた。
静かな車内から、ただ窓の向こうを眺め続けた。
病院に着くと医者も看護師もわんさかいて、直樹さんもそこに混ざり俺は置いていかれた。
行きと同じように、1人エレベーターに乗り9701号室へ向かう。
「おかえりなさい。楽しかった?」
「はい、とても。今日は本当にありがとうございました」
「もう遅いし車で送るよ」
「ありがとうございます。でも自転車なので大丈夫です」
「そうか。暗いから気をつけて帰るんだよ」
「はい。では1月6日に最後の挨拶に来ます」
「その日は検査もないし、ゆっくりでいいからね」
「多分16時頃に伺います。あと1ついいですか?」
「何だい?」
「陽菜子さんと1枚、写真を撮ったんです。直樹さん経由で、陽菜子さんに送ってもらえますか?」
「もちろん。本当に陽菜子と連絡先を交換しなくていいのかい?」
「はい……いいんです」
「意地悪言ったね。ちなみに陽菜子も同じ答えだったよ」
「今日まで本当にありがとうございました」
「こちらこそありがとう」
「正都くん。ありがとね」
眉を八の字にして笑う彼女の両親は、彼女にそっくりだ。
俺は丁寧にお辞儀をしてから、彼女の部屋に背を向けた。
帰り道、不思議と涙は出なかった。
ただ寒い風を切るように、全身で自転車を漕ぎ続けるだけ。
家に帰り、俺は両親に感謝を述べた。
そして1人ベッドに転がる。
彼女も同じようにベッドで眠っているだろう。
俺たちの青春は終わった。
――彼女と言葉を交わすことはもうできない。




