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黒き邪心に薪をくべろ  作者: XI
32.J.D.ウォルス

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165/169

32-1.

*****


 これまた西方へとくだった先の国、街。


 夜、デモン・イーブルは安宿の部屋――安物のロッキングチェアに座り、優雅にウイスキーグラスを傾けていた。


 話しかけてくるのは、ハシボソガラスのオミである。

 彼は布団の上で膝を折り、その小さな身体をむくむくに膨らましている。


 デモンは真白のバスローブ姿だ。

 黒という色にこだわりはあるのだが、ちょっとくらいは見逃してやろうというのも事実である。


「この街はきな臭いんだ」と、オミ。

「そう考えるに至る根拠は?」と、デモン。

「整いすぎているからね」

「どういうことだ?」

「この国のヒトたちはルールを守りすぎているくらい守りすぎていて、まあ、ゆえに安寧があるんだろうけれど」


 ほぅ、そういう土地柄なのか?

 デモンは興味深さも片手間に、そう訊ねた。


「きみは不勉強すぎるよ、デモン」

「やかましい。カラスに説教されるいわれはない」

「きみは多様性に欠けるんだ」

「だから、やかましい」


 で?

 ロッキングチェアを揺らしつつ、デモンは訊いた。


「知ってる? この街では犯罪を犯す可能性が数値化されるんだ」

「はぁ?」呆れたような口調で言った。「そんなことは、どうしたって不可能だろう?」

「ぼくもそうだと思ったんだけれど、この国の、特に自衛に特化、あるいは従事しているニンゲンは決まって能力を有しているようなんだ」

「能力?」

「だから、ヒトの『悪さ』を視覚的に数字として認識できる、言ってみればかなり高度な魔法だよ」


 ヒトによっては万能と化すのが魔法ではある。

 ――が、「罪を犯す確率」が「目」に「見える」のだと謳われると、それはなんとも胡散臭いと断じるよりほかにない。


「数値として、犯罪に走る傾向があるのだとわかっていれば、それはとても有意義なことだよね」と、オミは言い。「ぼくはいいことだと思うけどなぁ。便利だからね。だって未然に防ぐことができるんだよ?」

「一国の行政が成し得ることなのかね。実行、管理を含め、スゴ技だぞ、それは」


 まあ、ちょっと、そういう奴に会ってみたいとは考える。

 デモンはそんなふうに色気を見せ――。


「会えるよ。なにせぼくはどこにおいても顔が広いからね」

「自慢と自己アピールは違うぞ。前者ならよせ」

「セルフブランディングはカンペキなんだ」

「やかましいの二乗だな」


 とにかくまあ拝謁しようではないかと、デモンはウイスキーグラスをくいと傾け、琥珀色の液体を喉へと流し込んだ。

 胸の奥がカァっと熱くなった。



*****


 どこからあたれば欲しい情報を得られるのだろうか。

 そんなふうに考えながら、街中をランダムに歩いていた。

 帯刀しているわけだが特に何も言われないあたり、そのへんは問題ないということだろうか。


 外野からすれば気色悪いことは間違いないのだが、そんなことは気にすることなく、デモンは左肩の上にいる相棒のオミに対して大っぴらに「どこに向かえばいいんだろうな」とアテンドを依頼した。


「きみが何を知りたいかによるね」生意気にも、オミ。「まずはどっちだい? この国の仕組みを知りたいのかな? それともあるいはこの国を我が物にせんとする存在と相対し合いたいのかな?」


 前者はどうでもいい。

 ――が、後者はどうだろう。

 よくわからず、また答えも出そうにない、ないのだけれど、デモンは「犯罪率を視認できる輩」と会いたいのだと知った。



*****


 警察署において、一連の当該現象らしい詳細を知る男――レイド刑事と、運良く会うことができた。

 まだぜんぜん若者と思しき男と明り取りの窓しかない一室にて机を挟み、互いに座り、向き合っている。


「ヒトが犯罪を犯す可能性、あるいは確率か? そのへん知ったのだと耳にしたつもりだが?」

「ええ、そうですよ、私にも見ることができます。その人物が犯罪を起こす確率を知ることができる」

「犯罪の確率、か」

「言葉のとおりですよ」


 あまり優れた能力とは言えないな。

 感覚的な感覚をもって、デモンはそんなふうに応え――。


「だが、確かにこの国の犯罪率は高くないようだ」

「良くご存知ですね」

「それくらいは調べればすぐにわかる」

「平和なのが一番でしょう?」

「否、ある程度の刺激は必要だ。それがないと、ニンゲンは途端に怠惰な生き物へと堕落してしまう」

「やれやれ。犯罪と刺激が同義とは」

「うるさいぞ、おまえ、レイド刑事だったか」


 デモンの左肩にはオミが乗っていて。

 だが、彼は大人しくしていて。


「ウチの署では私だけですが、『本店』の刑事はみな揃って数字が見える。すなわち『犯罪確率』を、です」

「いまだ、にわかには信じがたいと感じているんだが?」

「試してみますか? その気になればすぐに確認できますよ?」

「お願いしよう。わたしの犯罪確率とやらは、どの程度のものなんだ?」

「10が上限だとした場合、限りなくそれに近い」


 デモンは大きな声をあげて笑った。


「愉快だな。なら、とっととわたしをしょっ引いてやろうとは思わんのかね」

「確実な数値です。よって捕まえるべきなんでしょう。――しかし」

「しかし?」

「あなたを取り押さえるにあたって、今はぜんぜん、武力が足りない」

「正しい判断だな」


 デモンはゆっくりと椅子から腰を上げた。


「今しばらくはこの国、この街にとどまることにする。用があるなら訪ねてくればいい」

「どうかどうか、宿の名と住所を教えていただけますか?」

「調べればすぐにわかるだろう? なあ? レイド刑事?」

「まあ、それはそうなのですが」


 気をつけたほうがいいですよ。

 いきなり、そんなふうにレイド刑事。


 デモンは頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら、「なんの話だ?」と問いかけた。


「特A級の魔法使いが国に入ったらしいとの報告を受けました」

「特A級? 魔法使い?」

「あなたはあなたで、“超級の掃除人”でしたね」

「どうだっていいな。それより事象は? 何が起きるというんだ?」


 言葉どおりの意味ですよ。

 レイド刑事はそう言った。


「特徴はまさに既知のそれだった。名前は初めて知りましたが」

「有名人なんだな」

「銀髪に碧眼の人物です。いかにも女性的で美しい男性……名はイクミ・ガラハウというらしいですね」


 はて、どこかで見聞きした覚えのある特徴に名前だなと、デモンは思った。

 思ったがゆえ、記憶を掘り起こすことをがんばってみる。


「たとえば奴さんのことを捕縛するのかね?」

「限界があります。まだ何もしでかしていないのですから」

「犯罪確率の閾値を上回っているようならソッコーで逮捕が可能だと聞かされたつもりだが?」

「そのとおりです。それができないのには理由がある。勘のいいデモンさんになら見当がつくのではありませんか?」


 デモンは少し考え、すぐに答えを導き出した。


「そんなに危なっかしい人物なのにどうしようもない。考えられる理由は一つだ」

「それは?」

「イクミ・ガラハウの犯罪確率は一定の閾値に達していない」


 そうです。

 レイド刑事は慇懃無礼に頭を下げると、拍手をしてみせた。


「だから、具体的に何かをしでかすまでは手が出せないんですよ」

「行動確認は?」

「ウチでやっています。今のところ、警戒されているふしはありません」

「相手は知っていて、放置しているんだろうな」

「ええ。特A級といったら超人なのですから」


 で、どうしますか、デモンさん?

 奴さんと遊んでみますか?


「その物言いは軽薄すぎるな」

「超人には超人にしかわからない世界があるのかと思いまして」レイド刑事は笑んだ。「連絡先だけはほんとうに置いていってください。何かの折にはいよいよ頼りにするかもしれない」

「警察ごときの使い走りになるつもりはないんだが?」

「つれないことを言わないでもらいたいですね。超越者たる魔女とは仲良くしたい」


 大げさな異名だ。

 聞き慣れたあだ名だとも言える。


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