31-4.
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早々に国を後にしてやっても良かったのだが、乗り掛かったなんとやら、だ。
デモンはデモンなりに、事件を解決に導こうと考えたのだった。
美しきかな、まったく、ヒトのいい話である。
あいにくと当然のことながら、クロカワほどの顔の広さも人脈もない。
何か情報を得ようにもくだんのクロカワはベッドの上ですやすやだ――じつは苦しみの中での眠りかもしれないが。
ゆえに、知り得たところから探ることに決めた。
というか、知っていることから探るしかない。
まったく面倒なことだなぁと思う一方で、事件を解決に導く必要があるだろうという、妙な責任感に囚われていた。
紆余曲折あって、街の顔役らしい半グレの組織に行き当たった。
文字通り指定暴力団の配下等ではなく、ただ単純に、チンピラの集まりだというだけだ。
アタマは「キング」という。
まったくもって、狭い世界における大仰な称号である。
会った場所は綺麗とは言い難い、錆びたホテルの一室だった、最上階、まったく用心深いのかそうではないんだか。
キングは大きなソファの上で偉そうにふんぞり返っていて、そのすぐ脇には二十歳そこそこであろう女の姿がある。
キングは女の肩に手を回し、女は甘ったるい顔をしてしきりにキングの頬にキスを浴びせている。
まったくもって、気色の悪い光景だ。
根強い吐き気を催してしまう。
「何がキングだ、王様だ。ただのひょろい小僧じゃあないか」
「あれあれあらら? そりゃひでーよ。強いんだぜ、俺は、こう見えちゃっても」
「だったら立ち合ってみるかね?」
「確認させてくれよ。あんたがデモン・イーブルさん?」
「ほぅ。調べはついているというわけかね」
「ここは俺の街なのよ。異分子が入りこみゃあ、わかるっつの」
異分子とはまたずいぶんな言われ方だなと思う。
「主に女子高生か? 連続的に殺害――扼殺されたと耳にした」
「あれあれあれれ? その件について、どうして俺が何か知っていると思っちゃった?」
「それくらいは、誰でも調べればわかると思うがね」
「わからねーよ。この街は俺の街だって言ったってばよ」
「おかんむりと見える」
どいてろ、シャオ。
シャオというのが先ほどからキング殿にべたべたくっついている女の名であるらしい。
言われたとおり離れると、キングはゆらりと気味の悪い感じで立ち上がった。
いきなりだ。
右足で床を蹴って、突っかかってきた。
刹那、妙な感じが背に走った。
そして、妙な音。
デモンが咄嗟に抜いたカタナとキング殿の拳とがぶつかった瞬間、ギィンッ! と鉄同士の接触音がしたのだった。
鍔迫り合い――。
「イメージしたものを具現化できるのが魔法だよん」キングは不敵に言った。「俺の全身は鋼にだってなるんだよん」
まったくふざけた野郎だ。
キング殿がぐいと一気に踏み込んだ。
凄まじい勢い。
押され押され、そのまま背中で壁を突き破って、外にまで押し出された。
いったん離れた状態、おたがい、宙に浮いている。
キング殿はきちんと空も飛べるらしい。
月夜のあかりに刀身をかざした。
刃こぼれが確認できた。
なるほど。
たしかに、キング殿はやるようだ。
どのカタナも相棒と言えば相棒だが、使えない物に用はない。
デモンは持っていたカタナをキング殿目掛けて投げつけてやった。
キング殿はまったく動きを見せることなく、カタナを右手で軽々とはじいてみせた。
奴さんはかたいな、やはり。
強いのだろう。
会ってきた中でも上位に値する人物だと予測する。
デモンは左手で長い前髪を掻き上げつつ、右手を後方に伸ばした。
何もないはずの空間が開かれ、右手は新しいカタナを掴んだ、その名も「カネシゲ」という。
キング殿はぎょっとしたふうに目を丸くした。
「おいおいおい、それって『論理倉庫』じゃん?」
「ほぅ。木っ端なガキのくせに物知りじゃないか」
「『ロスト・ミスティック』の一つだって話じゃん?」
「それも正解だ」
「想像を具現化するのが魔法だとは言ったけど――」
「そうだな。それには限界がある。フツウのニンゲンに限った話だがな」
でも、やっぱカタナはカタナじゃん?
軽んじるように、キング殿。
「これは折れんよ。名うての業物だ」
次の瞬間には、真白の光が目の前まで迫っていた。
迫っていたが、余裕でカネシゲ――カタナで弾き飛ばしてやった。
ヒトの意識の外から攻撃することに長けている。
戦い慣れているとも言える。
そら見ろ。
もはや突っ込んできている。
素早く三つ突いてやったのだが、大きくのけぞるなりして器用にかわしてみせた。
やるじゃないか、ほんとうに。
離れると渦巻く炎をはなってくるのだがそれは牽制に過ぎず、あくまで接近戦が自身の土俵であり、また得意らしい。
大笑いしながら一気に距離を詰めてきて、鋼の拳を連続的に打ち付けてくる。
シンプルな攻撃である――がゆえに隙が見当たらない。
やるではないか、じつに。
けっして負けてはやらないがな。
折れないカタナは、折れないココロだ。
たまには精神論だって役に立つ。
上から下へと、一息にカタナを振り下ろす。
きちんと左に動いて避けてみせる、ほんとうに器用な奴だ。
「ほらぁ! 食らっちゃいなよぉっ!!」
イヤ、だね。
カネシゲを持ち出したところで、勝負は決していた。
どうやらキング殿はカネシゲを上回る硬度までは捻り出せないようだから。
ゆえに必死になって避けるのだ。
食らったら終わりだと肌でわかっているから。
右手一本でカタナを振るう。
横薙ぎの一閃を、また背をのけぞらせてやりすごす、キング。
しかし今度は逃がさないし、ゆるしてやらない。
カッと見開いた目を、キング殿の下半身に向けた。
途端、見えない斬撃によって、その両脚はずたずたに切り裂かれた。
彼が顔をしかめたのが見え――。
でも、どこか満足したような表情で、地面に落下していき――。
やがて仰向けに転がり、あっけらかんと「いてー、いてー」と口にするキング殿の喉元にカタナを突きつけた。
「何か知っているのであれば、とっとと吐いてもらいたいんだがね、それは嫌かね、キング殿?」
「やっぱさ、女子高生連続殺人事件についてってわけ?」
「それ以外に何がある?」
「俺を訪ねてきたデモンさんは見る目があるよん。それだきゃ保証してやるよん」
デモンは首をかしげた。
「どういうことだ?」
後ろだよ。
まさに後ろから低い、そんな声――。
振り返る猶予はなく、ゆえに前を向いたまま、後方からの一撃をカタナで受けた。
大ぶりのナイフの感触、大した腕力だ、力負けしてやるほどではないが。
足元のキング殿が、にやりと笑んだ。
「デモンさん、あんたの背中の人物が、くだんの連続殺人鬼だぴょん」
だぴょん?
まったくふざけていい場面かね。
後方に斬撃を発生させる。
すんでのところで引いたようだ。
コイツもまた勘がいいらしい。
デモンはゆっくりと振り返った。
女がいた。
さっき、キング殿にしなだれかかっていた、二十歳には満たないだろうとおぼしき前髪ぱっつんの黒髪女性。
「見つかっちゃったね。ま、いつかこうなることは予想してたけれど」
「シャオと言ったか。ほんとうか?」
「なんの話?」
「おまえが犯人かと訊いている」
だって、あまりにも理不尽じゃん?
と女――シャオとやらは言い。
「だって私はずっとは若くいられない」
ああ、なるほど、そういう感じか。
「若さへの嫉妬なんて、永遠に続くだけだろう?」
「だから永遠に殺し続けてやらなくちゃなんだよ」
「カネダの件は?」
「彼は一番のパトロン。私の考えを面白がってくれた」
「ミイラ化したのは?」
「寿命だったんでしょ」
「まったくもって、くだらんワンクッションだ」
おまえは強いと踏んだぞ。
だからおまえの力を見せてみろ。
そんなふうに、デモンは根から謳った。
「そんなことよりさ、あたしのダーリンから足をどけてくれない?」
ダーリン?
ああ、わたしが今、踏んづけている男のことか。
めんどくさい。
ああ、まったくもってめんどくさい。
ゆえに「ダーリン」の喉元をカタナの切っ先で突き、ぶち殺してやった。
デモンがにぃと笑むと、シャオ殿もさすがに驚いたようで――。
目を大きくすると頭を抱えて声にならない声――「わぁぁぁぁぁっ!!」とか泣き叫んでくれた。
おやおや、まあまあ、きちんとニンゲンらしいリアクションではないか。
だからこそ、面白いし、興味深いんだがな。
「ダーリンを殺したな? 殺したな殺したなぁっ?!」
「デカい声を出すなよ、興が削がれてしまうだろうがっ」
そうだ。
シャオは強いように見えるんだからな。
だからこそ、極力、強いままでいてもらいたいものだ。
「とっととかかってこい」デモンは右手を使って、相手をくいくいと招いた。
シャオ殿は一息つくと、すっかり冷静さを取り戻したようだった。
「あなたはデモン・イーブルだって聞いたけど」
「ああ、そうだ。わたしはデモン・イーブルだよ」
「あなたみたいのに負けを味わわせてやれば、名誉なんだろうね」
「そうだぞ。わたしはいまだ負けを知ったことがないんだからな。何度も言わせるな。おまえの力を見せてみろ」
迫ってきた、シャオが、勢い良く地を蹴って。
速い。
なかなかのものだ。
キング殿と似たところがある。
どこがって、両腕を鋼の硬度で振り回してくるところが、だ。
普段のカタナであれば力負けしたかもしれないが、こちとら、今は「カネシゲ」なのだ、そう簡単に抜かれやしない。
振りかぶってきた左腕についてはカタナで受ける。
空いた右手の一撃についてはそれなりに硬い咄嗟の「不可視のカタナ」で受ける。
やるね、ああ、やる。
だからこそ、殺しがいがあるというものだ。
力任せに、遠ざけるようにして、相手の腹部を蹴飛ばしてやった。
にぃぃぃと笑う、シャオ殿。
「引いてもらえんかね、シャオ殿」
「どういうつもり?」
「イイ女は殺したくないなと思ってだな」
「デモンはダーリンをもう殺してる。許せるわけないでしょ?」
「その点については謝罪しよう」
「舐めるなって話だよ!」
連続殺人――しかも女子高生ばかりを殺めた女が何を言うか。
もうわかった。
攻撃の精度もスピードも。
突っ込んできたところでデモンはぐっと身を低くして、居合の一太刀、奴さんの身体を上下真っ二つに斬ってやった。
いつも、いつもだ。
強い相手としか戦いたくないと考えている。
その点で言うと、キング殿もシャオ殿も上のほうのランカーだと言えた。
地に転がったシャオのもとへ――。
「悪魔め。あんたなんか苦しんで死ねばいい」
言ってくれるではないか、シャオ殿。
――が、呪詛としては二流だな。
とはいえ――。
「おまえの『腕』は一流だったよ。なかなかのスペックだった」
すると一転、シャオ殿は涙を流して。
「悔しいよ。悔しい悔しい悔しい……っ!!」
その点、純粋だ。
しかし、おまえが欲望のままにたかが少女にすぎない女子高生とやらを連続的に殺害したのは事実なんだよ。
サヨナラだ、シャオ。
そう言ってデモンは、シャオの顔面――頭蓋を踏み抜いた。
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重体だったらしいのだが、クロカワ氏は生の時間へと舞い戻ったらしい。
その旨、どこぞから仕入れたものだから、一応、まあ義理として、病院を訪ねてやったわけだ。
もはや頭部に包帯を巻いているということもなく、病衣姿という点を除けばそれなりに元気に映るクロカワ氏に、事が済んだことを知らせてやった、その詳しい内情すらも――。
「そうか。そんなことがあったのか……」ベッドの上で、それなりに感慨深そうなクロカワ。
「いろいろとこじれた話だったが、似たような事案が発生することはもうないだろうさ、そんな気がしている」
「俺のドタマをぶん殴ってくれたのは?」
「調べる必要性を覚えん」
「結局、誰が悪かったのかね」
「一義的に誰だという話はできるが、そこにもあまり意味を感じないな」
「だな」
クロカワは身体を起こすと、ぼりぼりと頭を掻いた。
「さて、このタイミングで伺おうか。この結果で、おまえは満足できるのかね」
「満足するしかないだろう?」苦笑のような表情のクロカワ。「だからこそ、言っとくぜ。ありがとうだ、デモン・イーブルさんよ」
つまるところ、ほとんどただ働きだなと思わされた次第だが、済んだことは済んだことだ。
なにはともあれ終わったのだから、そこに満足感をまったく見ないと言うと嘘になる。
「ちょっと付き合ってくれないか?」
「どこにだ?」
「姪っ子の墓参りに、だ。おまえさんの無念を晴らしたぜって、きちんと報告してやらなくちゃな」
まあ、そういう考え方もアリなのだろう。
「きちんと起きられるのか?」
「俺は刑事だからな」
よくわからん言い分だ。
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姪っ子とやらの墓の前にいる。
背の低い、愛らしい墓石だ。
背の低い、愛らしいガキだったのだろうか。
にしても、付き合いのいいことだ、ほんとうに。
ほんとうにきちんと、弔いに同行してやっているのだから。
クロカワは慎ましやかな黄色い花束を手向けると――。
「事件があってから、一度もここに来ることができなかったんだ」
「どうしてだ?」
「たぶん、彼女が死んだってことを認めたくなかったからだ」
ありそうな話だ。
「今、全部済んだからっていう報告をできたことは、ほんとうに嬉しいことだ。ありがとうな」
「なに。大したことでは、なかったよ」
思いの外、優しいセリフを吐いてしまった。
じつに意外なことだが、そう言えるだけの人情が、デモン・イーブルにも余っていたということなのだろう。
クロカワは墓石の前であぐらを掻いた。
「これでようやく、刑事を辞められる」
「おや、そうなのか?」
「冗談だよ。降りちまったら、阿呆をのさばらせることになっちまう」
「その物言いは、驕りに満ちているようにも思えるが?」
「それでも俺は刑事なんだよ」
貫きたい生き方があるのであれば、貫けばいい。
あまり褒めるつもりはないが、自分というニンゲンをがんばれるだけの意志が、クロカワにはあると思うから。
曇天の中でひゅぅと吹いた風が頬を撫で、髪をさらった。
クロカワはしくしく泣きだし、そのうち号泣した。
ごめんな?
ごめんな、ごめんな?
助けてやれなくて、ごめんな?
姪っ子の墓にそう詫びて、子どもみたいにわんわん泣いた。
デモンはその盛大な泣き声を、心地の良い子守歌をそうするようにして、ただひたすらに聴いた。




