再転移編5:元事務職員、妹分に会って帰還する
「知っていたのか?」
「何がですか?」
女神の端末は飄々と聞き返す。
久々の地球、久々の故郷で、旧知の人間に会ったら突如荒事に巻き込まれたのだ。
そうなることは無いが、危うく研究サンプルとして捕らえられるところだった。こちらの世界の裏事情は知らないが、こういう荒事があり得ることは事前に教えておいてほしいものだ。
「里帰りを満喫いただきたいですが、かといって余計な事前情報を積極的に開示することは避ける方針です。私も、まさか偶然会った方が異世界研究に携わっているなんて想定外でしたよ」
まぁ結果論で文句を言っても仕方がない。
ある意味で寺田にとっては僥倖だったのかもしれない。10のうち1も知らないことが、もしかしたら3か4くらいまで知ることになるかもしれないなんてな。
とはいえ、多少は周囲を警戒しつつ行動しなければならないことは理解した。寺田の仕事関係で荒事に巻き込まれる事はもう無いと端末は言うが、また不測の事態に陥るかもしれない。
それでも移動をやめないのは、何があっても対応出来るという自信からか。俺がしくじっても、端末の不思議パワーでどうにかなるしな。
さっと墓参りを済ませて、俺の名前が墓標に刻まれていることを把握して清澄白河を早々に離脱。
「さすがに俺は変装のようなものをしておいた方がいいかな」
「そうですね。子連れで不自然でないように」
30分くらいかけて服屋でアロハシャツと7分丈のズボン、あと靴を購入して着替える。
極論、スーツ姿である必要は全く無いのだ。眼鏡もしているし、死ぬ当時よりも見た目は若い。もしかつての同僚とすれ違っても他人の空似で済むと信じたい。
「今度は認識阻害の法を施しましたから、よほど勘の良い人でなければ気付きませんよ」
端末よ。それは希望的観測かもしれない。
気付く奴は気付くんだ。人の勘を舐めてはいけない。俺の変装も気休めみたいなもんだ。気付かれたら仕方ない。
まぁ楽しんでいるのかもしれないな。
そうした危険を承知で、今度は大門にあるかつての職場ビル付近に行ってみる。
端末の表情は微妙に難色を示していたが、本来里帰りは帰るだけではなく、懐かしい顔に合って、何なら話すものだ。寺田のように話すまではしなくとも、遠くから姿を確認できればそれで十分なのだ。
と、営業帰りだろうか。
よく世話をしていた後輩が自社ビルに歩いて入ろうとしている姿を見た。こちらを向いて目を細くして見ていたが、ふと柔らかい表情になったと思ったらビルに向き直って入口に入って行った。
気付いたのかもしれないな。
が、これ以上の詮索は野暮だろう。
俺も彼女の顔を見れたので満足した。
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「ま、先輩が私から逃げ切ることなんて不可能なんですけどね」
捕まった。
これには端末も唖然としていた。
変装した。
認識阻害の法を施した。
こいつの前には全部無駄だった。
思えばこいつの第六感は異常過ぎた。
俺は異世界で感性や反応速度が磨かれたが、そうしたものを超越した何かを持っている。商談やインシデント発生時にどれだけ助けられたことか。
俺が死んでから昇進して今は部長補佐。管理職になったのか。
商談帰りは正しく、俺を俺と確信したら有無を言わせず強引に時間休暇を取得して追いかけてきたとのこと。聞いていないのに何故気付いて追いかけてきたのか簡潔に話す。
なんなんだこの行動力の化身は。
「松本氏、この方のことはとある事情で分かっていますが、だからといってこんなに人間離れした勘を持っているのはさすがにありえないです」
寺田とは別の意味で頭を抱える端末。
俺も驚いている。さて、どう話したものか。
「ありえないですけど、死んだのは確かだけど異世界かどこかに送られて、そこで何年か生活していたけど何故か少しの間だけこちらの世界に戻ってきたとか、そんなファンタジーな話じゃないですよね?」
「そんなファンタジーな話なんだわ」
当てやがった。
端末はもう言葉が出てこない。処理速度が追いついてこないようだ。白目を剥いている。
半ば降参気味に、道路の端に寄って状況説明をする。
「成程、わかりました。この子はお目付け役のようですが、認識阻害の法とやらを使っているにせよ今の先輩は幼女を連れ回しているオッサンですよ。不審者です」
「お、おう」
「甚だ遺憾ですが、異世界に戻るまでの時間に彼女を外で連れ回すのが法令上アウトな時間になりますし、夕方以降は職質のリスクが発生します。ので、回避策を提示しますね」
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ほぼ有無を言わせず、旧職場付近の2DKの賃貸マンションに案内された、というか連行された。
まぁここが今回の里帰りの終着になるのだろうか。俺が死んでからの職場の近況は聞けるし、これ以上の不測の事態に陥る事はほぼ無いだろう。
死んだと思ったら異世界転移をして、そちらで生活基盤を整えたと思ったらこちらの世界に戻ってきてしまった。
異世界でのことを話すと、興味深げだったり、時折悲しい表情をしたりしたが、聞いてくれた。
こちらに戻ったままにしないのか、と問われたが、俺は向こうに帰る。向こうの世界で為すことを為すのが女神との約定だし、こちらの世界に来て感じたことは「ここはもう俺の居場所ではない」だった。
「先輩がいなくなってから、こちらは大変だったんですよ」
「済まんな」
「仕方無いです。そう決めたのなら、そうすべきだと思いますから」
それからはデリバリーしてくれたピザを夕飯に食べつつ、職場の近況や他愛のない雑談をしつつ時間を潰した。故郷を色々回っていくのも良かったかもしれないが、こちらも良かったのだろう。
あっという間に時間は過ぎていき・・・
「松本氏、あと5分で時間です」
端末が告げる。
後輩はもう未練がなさそうで、見送りのフェーズに入っている。時間が来たらこの世界から消えるような形で転移するようだ。
まぁ、こちらの世界での未練があるとすれば、こいつが元気にやっているかどうかくらいだったので、俺としてはもう未練は無いのだが。
さて。
転移が始まった。
消える感覚がある。とすると、現れる感覚もあるのだろう。
後輩は笑顔で見送ってくれる。天涯孤独の俺にとって歳の離れた妹のような存在だったが、これからも強く生きていくのだろう。
寺田たちの研究が進めば、管理者の介在なく安全に異世界転移できるようになるのだろうか。もっとも、俺たちが生きている間の実現は不可能な気はするが。
里帰り。
やっておきたいことの全てをやれたわけではないにしても、未練はなく有意義なものだったな。
俺はこれからも、異世界で生きていく。




