再転移編4:元事務職員、制圧する
女神の端末です。
産まれてまだ数時間という、例外的なアバターですが、故に色々調整不足な割に色々権能を詰め込んだようで、他の端末より知的好奇心が強い個体となったようです。
そもそも、異世界用の個体は歴史上初です。基本的には自分の世界を知るため、(敢えて言うと)下界に顕現させるのが端末の使い方なのですから。
こちらの環境に耐えうる身体設計や、松本五郎氏をナビゲートする数々の知識、またこちらの管理者と通信するための機能など、過去の女神の端末とは設計思想が異なりますし、あくまで急造のだ幼い体になっていますし、大小多少のイレギュラーはあるということでしょう。
ないしは、それも個性として許容しているか。
ともあれ、ラーメンは美味しいですね。様々な種類があるようで、是非制覇したいところですが、無理は言わないでおきましょう。
さて、
松本氏は旧知と再開したようです。
それ自体は良いのですが、この旧知の彼の立場がよろしくない。
権能にて観測したところ、某社が極秘に「異世界課」と呼ぶ部署に所属しているようです。こちらの世界では異世界について調査しているものの、成果は芳しくありません、
が、彼らが政府や旧家のバックアップを受けていることが問題になります。
暗中模索の案件で苦慮する彼はたまの休暇を満喫しようとしていますが、実は異世界を調査する民間の重要人物のため監視されています。
政府直轄の監視組織。公安と呼ばれるものではなく、古くから隠密と呼ばれていたものですね。彼らは特殊な訓練を受けており、諜報力のみならず単純な戦闘能力も非常に高いです。
そんな監視をされている寺田氏に、私ともはや異世界人である松本氏は異世界の情報を開示した。
寺田氏がどう思おうが、隠密はそれを見逃すことはない。
つまり、
「うわっ」
麻酔銃。
気配を完全に殺し、まるで虚空から発砲されたそれは、しかし松本氏が容易に手で払った。
魔力が使えなくても、松本氏の感性は尋常ではない。くたびれた30代のサラリーマンに見える彼は、向こうの世界ではあらゆる生物を含めた最強の存在。
その根幹を支える反応速度は尋常ではない。思考を挟まず本能に忠実な野生生物を遥かに超え、不意打ちはまず成功しない。
麻酔銃の針を数度払いのけ、完全に気配を消せている筈の隠密を見据える。
「寺田、お前の気遣いは嬉しいけど、どうやらそれで終わらないようだぞ」
「は?」
打ち払った麻酔銃の針を空中で掴み、中指と人差し指で挟み、完全に気配を殺している隠密のひとりに向かって投げ返す。
体全体を覆い隠す隠密服の、ほんの肌が見えている箇所に針が刺さる。すると、寺田氏は気づいていないが針が刺さった隠密は気絶する。
当然、隠密は複数人いて、松本氏はそれを全員察知している。
遠距離攻撃は悪手と判断したのか、現代風にアレンジされた忍者服を着た隠密が姿を現す。
こちらの世界の人間なら、隠密の速度に反応できないだろう。だが、松本氏は隠密の場所を正確に把握した上で、相手が手に持っていたスタンガンをいなす。
はっきり言って、格が違う。
身体能力はむしろ松本氏のほうが劣っている。
だが、それは向こうの世界でも同じだ。彼より遥かに身体能力が高い者は幾らでもいる。伴侶であるアーク女史は好例だ。むしろ彼女は身体能力で世界の頂点に位置するフィジカルの天才だ。
そんなアーク女史すら、魔法無しで上回るのが松本氏だ。力の流れを読み、操り、あらゆる出来事に反応する速さ。合気の理想系とも言える型を完成させているのだ。
ジョブは魔法使いだが、もはやそんなカテゴリに意味はない。
制圧にはさして時間はかからなかった。
寺田氏が状況把握をし始める前に、数秒かからず隠密たちを気絶させて、事は終わった。
唖然とする寺田氏を見て、松本氏は彼と隠密が協力関係にあるわけではないことを悟っているのだろう。洞察力の高さから、寺田氏が泳がされているような状況にいることを察知しているかもしれない。
「多分、異世界人である俺たちを狙ってきているよねコレ」
「そうでしょうね。こちらの世界では異世界に関する情報は無いに等しいですから、サンプルとして捕らえたいのでしょう」
「・・・え、これ俺のせいでお前らを巻き込んでしまった感じなのか」
「端的に言うとそうですが、私は知ってましたし、松本氏もいま情報を飲み込めたと思いますよ」
思考を最大限に回しているのだろう。
寺田氏は頭を抱え、突然の出来事に呆然しそうになるのを抑えつつ、ようやく状況を把握できたようだ。
平和な日本で異常事態に陥る事は滅多にあることではない。だから、すぐに状況を把握するのは非常に困難だ。それでも早く立て直せた寺田氏は優秀な人材なのだろう。
「なるべくこちらの世界に干渉しないようにしたかったのですが、行き掛けの駄賃です。今後の研究の役に立つように、多少なりともの異世界に関する情報は提示しましょう」
「え、あぁ、じゃない。俺は別に松本や君をダシにしたい訳ではない」
「松本氏を慮ってくださるのは非常に有り難いですが、彼らの上役が納得しないでしょう。追ってあなたのご自宅に簡素なレポートとマテリアルを送付しておきます。役立ててください」
限定的な権限で、私は隠密たちの記憶を操作する。松本氏も寺田氏も私が記憶操作をしていると気付きはしないだろうが、とはいえこの状況であれば長居はできないことを松本氏に告げる。
「まぁ、そうだろうな。じゃあ寺田、久々に会えて良かったよ。たぶん今生の別れになると思うけど、仕事頑張って元気でな」
「松本・・・あ、あぁ、そちらも元気で」
「彼のことは死んだままでも、異世界で生きているでも、どのように伝えていただいても大丈夫ですよ。良いようにしてください。では」
とりあえず、松本氏は旧知に会えて別れを告げることができたので一段落で良いでしょう。
さて、移動中に寺田氏の住所へ異世界についての基本的な構造のレポートと、今後の研究に役立つマテリアルの送付手続きをしましょうか。こちらの管理者は積極的な干渉をしませんが、私からの要請には応えるスタンスのようです。多少なりとも協力していただきましょうか。




