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第178話 迷妄を断つ雷雪の夜叉姫

こんばんは。

今回は所要のため、少々早めに投稿いたします。

スミレの活躍を見届けていただければ幸いです!

 内から湧き上がるエネルギーを燃やす二人の武闘派が相対す。


「覚悟なさい。もうこれ以上、何も奪わせやしない!!」

「ほざけや、死にぞこないっ!! もう一遍地獄に叩き落としてやらぁ!!」


 復活したスミレと肉体強化薬の効力を爆発させるナーとのぶつかり合いが、今まさに始まろうとしていた。



 その死闘の行く末を、遠方の櫓(やぐら)にて観察を続けるリカードも目の色を変えて眺めていた。


「クーノ、用意はいいな」

「いつでも行けますよ、リカードさん!」


 羽ペンを持って記録を取る体制を取ったクーノに、リカードは立て続けに命ずる。


「目を反らすな」

「はい!」

「筆記を止めるな」

「はい!!」

「奴の一挙手一投足すら見逃すな、目にした情報は余すことなく記し通せ」

「はいいいいっ!!!」


 淡々と告げるリカードの命令に返事を返しつつ、クーノはスラスラとスミレの動向を記す。


 理由は他でもない、オーガの里の伝承でしか聞いたことのない進化形――夜叉姫(やしゃひめ)へとスミレが種族進化したからだ。


 それは決してありふれたものではない。数百年に一度、覚醒するかしないかの非常に珍しい存在。


 故にリカードは即座にインプットする姿勢を取った。今後対峙する可能性のある、驚異の実力を見計らう為に。


「僅かでも書き漏らせば命はないと思え。いいな」

「ひゅううっ、身震いしちまうシビアさだあああっ! だけどエージェントの名にかけて、やってみせまぁあああすっ!!」


 命懸けで筆を進めるクーノを尻目に、リカードは興味深そうに口角を上げる。


「さて……オーガを超えたオーガ、実力は如何ほどか。しかとインプットさせてもらおう」


 *


 遠方で観察されているとは露知らず、スミレとナーの激突は今にも始まろうとしていた。


 だが、そんな一触特発の状況であろうともスミレは周囲の状況を見逃さない。


 先ず右側には、重傷を負ったグステルの姿がある。ナーとの戦いで戦闘不能に追い込まれたのだろう、意識も失った状態で倒れている。


 対する左側はワルデン、しかしグステルとは対照的に――。


「おー、スミレ。回復して良かったど!」


 スミレの復活を喜ぶどころか、上体を起こしていつでも復帰可能と言った様子だった。


 動ける人間とそうでない人間、全員の状況を確認してスミレは決断を下す。


「ママ、魔食布教会(ガストロノミー)の皆(みんな)。グステルを回収して、ここから離れて。ハッカから託された力のことを考えると、皆を巻き込まずに戦える自信がまだないから」

「待った、スミレ嬢ちゃん。オダマキの身柄(ガラ)取りに行ったクロッカス(親父さん)がまだ戻ってきてねえ!」

「だから離れらんないよ!」


 エメットとルチナの言葉に対し――。


「……お二人とも、お仲間さんを回収してけらいん。わだすはここで、クロッカス様が戻るのとスミレの戦いが終わるまで待つっちゃ」


 サルビアは自らその場に残ると告げる。


 そして、娘であるスミレにも同様に告げる。


「スミレ! 色々あったんでも、やっとごうして家族どして戻れだんだ! お前を置いて下がるわけには行かないっちゃ! わだすも最後まで闘わせでけろ!!」


 同胞として、里の上層部として、何よりスミレの母として。サルビアは最後まで闘う決意を固めた。


 その眼を見てスミレは心強くなった。


「……ありがとう、ママ。ただ危ないから、出来ればもう少し離れて」

「分がっだ!」


 サルビアが頷くと同時――。


「スミレ嬢ちゃん、俺等はグステルとハッカ回収したらすぐ退くぜ。負けんなよ!」

「気を付けてね!」


 魔食布教会(ガストロノミー)陣営のエメットとルチナもまた、グステルの回収とワルデンとの合流を果たすべく行動を起こし始めるのだった。


 対してナーは、自分そっちのけで動く相手方の行動に眉を吊り上げる。


「……オイコラ。余所見してんじゃねーぞ、テメェ等っ!!」


 そして、怒り任せに蛇腹剣を振るう。しかしその行き先はスミレではなく、グステルを回収しようと動いたエメットへと向かっていた。


 だが、ナーが蛇腹剣を振り下ろすと同時――。


「どこ見てるの」

「んなっ!?」


 既にスミレは懐を取っていた。


 次の瞬間、天をも穿つアッパーが飛ぶ。


「余所見してるのはアンタでしょっ!!」

「ぐばあっ!」


 人間以上のパワーを誇るオーガの、増してや夜叉姫(やしゃひめ)へと格上げしたスミレのパワーは、ナーの足元にも及ばない。


 防ぐことなどできるはずもなく、モロに入ったそのアッパーはナーを上空へと吹き飛ばす。


 だが、スミレの攻撃は始まったばかり。


 凄絶な勢いで跳躍したと思いきや、一瞬で吹き飛ばしたナーの頭上を取る。


 そして間髪入れず、金砕棒(かなさいぼう)を叩き込む。


「がばっ……!」


 超重量の打ち下ろしを食らったナーは、なす術なく地面に叩き落とされた。


 その衝撃で雪が地吹雪となって舞い上がる。一瞬にして社(やしろ)一帯は、地吹雪によって視界不良となった。


「ははっ、スゲェな。想像以上に強くなったじゃねーか」


 グステルを回収したエメットは、雪煙の中で爽快に頬を綻ばせた。


「言ってる場合じゃないから! ほら、ワルデン! アンタも治さなきゃいけないから、早く撤退するわよ!」

「待ってくれど~!」


 ハッカの亡骸を背負ったルチナはワルデンと合流、そのまま魔食布教会(ガストロノミー)の三人は社(やしろ)から撤退していった。



 一方、地面へと戻ったスミレは雪煙の中にいるナーの動向を警戒する。


「……出てきなさい。今ので終わるあなたじゃないでしょう」


 淡白なトーンでスミレが告げると同時――。


『スミレ!』

「ええ」


 メンソウの警告と共に、蛇腹剣の切っ先が雪煙から現れる。だが警告のおかげで、スミレは難なくそれを躱した。


 やがて雪煙が晴れると、タイミングを見計らったかのようにナーが距離を詰める。


 そして、縦横無尽に刃を走らせる。


「だららららああああああっ!!!」


 その勢いはさながら竜巻、猛烈な斬撃の嵐がスミレを襲う。加えて肉体強化薬の効果も合わさり、破壊力も増している。


 それでもスミレは、迫る斬撃の全てをいなし、躱してみせた。


 だが同時にそれで精一杯でもあり、攻勢に転じる隙を見出せなかった。いくら進化したと言えど、攻撃速度はナーの方に分がある。


 倒れる前と同じやり方で行けば、どの道あらぬ手段で逆転されてしまうだろう。スミレはその可能性を予見し始めた。


 一方で、もう一つの希望的観測をも模索する。


 それは他でもない、ハッカが死ぬ間際にスミレに譲渡した魔法術(マジックスキル)だ。


 種類は氷属性の属性攻撃型、今までスミレが扱ったことのない初めての力だ。ぶっつけ本番同然で使わねばならない現状、不安の気持ちもあったが不思議と抵抗はなかった。


 与えてくれたハッカへの感謝と、必ず成功させる覚悟を胸にスミレは決意する。


 ――使わせてもらうわね、ハッカ。


 幾度目かの斬撃を弾いたコンマ一秒の瞬間、スミレは右足で勢い良く踏みしめる。


 次の瞬間、踏みしめた地面から霜が走りナーとスミレを繋ぐ氷の大地が形成された。


 この攻撃をナーは予想できず――。


「なにっ……うがあっ!?」


 両足を氷に絡め取られる。


 それと同時、スミレは動き出していた。スケート選手のように氷の上を滑り、ナーへの攻撃を試みる。


 だが、ナーも武闘派。


「見えてんだよ、ボケが!」


 迫るスミレに対し、蛇腹剣を上段に振りかぶる。


「おらああっ!」


 ナーの袈裟斬りがスミレに迫る。


 対してスミレは――。


「甘い」


 すんでの所でスライディング。それによりナーの斬撃は空を斬った。


 そのまま滑り込み――。


「やあっ!」


 すれ違いざまにカウンターを腹に叩き込む。


「ごばっ……こ、このガキぃ……!!」


 腹部の激痛に悶えながらもナーは睨みを利かせる。


 そして返礼と言わんばかりに――。


「調子に乗んじゃねえっ!」


 蛇腹剣を振るう。


 だが、氷の舞台において現時点で分があるのはスミレだった。素手と武器で躱すだけでなく、氷の足場を活かして踊るように蛇腹剣の軌道を躱していく。


 無論そうなれば、ナーの怒りを余計に買い、斬撃の手数を増やすことになる。


 ――これ以上躱すのは不毛ね。


 そう判断したスミレは、即座に金砕棒(かなさいぼう)を地面に突き刺して壁代わりに防御する。だが、スミレの動きはまだ終わらない。


 壁にした金砕棒(かなさいぼう)を支柱に柄を掴み、側面から大きく回り込む。


「隙ありっ!」


 そして、遠心力の入った跳び蹴りをナーの頬に叩き込んだ。


 この一撃もまともに入った。


「がばああああっ!!」


 凍っていた足ごと、ナーは勢い良く吹き飛ばされた。


 対するスミレは、まるで肌身に馴染むように扱えた氷の魔法術(マジックスキル)に嬉しい戸惑いを覚えていた。


「凄い……身体が軽い。力が溢れてくるだけじゃない、まるで私に寄り添ってくれているみたい。これが……ハッカの魔法術(マジックスキル)」


 再度ハッカに感謝をするスミレとは対照的に、吹き飛ばされたナーの苛立ちは頂点に達していた。


「クソが……死にぞこないの分際でぇ……!」


 こんなこと有り得るはずがない、つい先ほどまで死の淵をさまよっていたオーガの分際で生意気な。


 そう思えば思うほど、ナーの怒りは益々掻き立てられる。


 その一方で、もう一度切り札を放つ用意も出来ていた。


 ――もう一度だ、もう一度……雷撃で殺るしかねえ!


 先と同様、ドラドワイバーンの牙で作り上げた蛇腹剣の雷撃で仕留める他ない。今まで数々のオーガを屠ってきた切り札で、今度こそ地獄に叩き込もうとナーは画策していた。


 エメット等との戦いでは充電が溜まっていなかったため使用できなかったが、窮地に陥ったこのタイミングでようやく完了となった。


 この一撃で決める、ナーがそう腹を決めた瞬間彼の顔に不敵な笑みが零れた。


 その瞬間をメンソウは見逃さない。


『野郎……また何か企んでやがるな』


 メンソウの警戒が最大になると同時――。


「うらああああっ! ぶち殺したらあああああああああっ!!」


 最大級の怒号と共に、ナーが蛇腹剣を振るう。


 切っ先が真っ直ぐ飛んでいく中、スミレは打ち払うべく迎撃態勢に入る。


 だが、その蛇腹剣は金砕棒(かなさいぼう)に当たることなくぐるぐると絡みついた。


 その瞬間、ナーの狙いをスミレは察する。


 ――雷撃……!


 先程と同様の不意打ちを放つつもりだ、スミレがそう悟った時には――。


「さっきとおんなじ攻撃で死ね!!!」


 ナーが蛇腹剣のスイッチを押していた。


 直後、蛇腹剣から雷撃が迸る。その威力は豪雨の最中に落ちる雷そのもの、至近距離でも明確に視認できるほどに轟く。


 それが正に金砕棒(かなさいぼう)に伝わろうとした、その時。


『させるかああああああっ!!!』

「何いいいいっ!?」


 金砕棒(かなさいぼう)に伝わるコンマ数ミリの所で、メンソウが蛇腹剣に噛みついたのだ。


 無我夢中だった、考えるよりも先に体が動いていた。その原動力は全て、スミレを想う一心のみ。


『うおおおおおおおっ!』

「は……はっ、馬鹿が! ドラドワイバーンの雷撃に耐えれるわけねーだろ! そのまま黒焦げになっちまええええっ!!!」


 ナーが嘲笑する中、メンソウの足掻きは止まらない。如何な妨害があろうと離さんとする執念が眼に込められていた程に。


 そして、その執念は更なる奇跡をもたらす。


「ゲヒャハハハハ……ハハ……ハァ!?」


 ナーが勝利を確信した嘲笑を上げた直後、鳩が豆鉄砲を食ったような反応で動揺する。


 何故なら、轟々と鳴り響く蛇腹剣の雷撃が徐々に小さくなっていく姿が目に映ったからだ。


 それと対照的に――。


『死なぜで……たまるかああああああっ!!』


 メンソウの容態が変容し始める。武器に宿っていた雷がなんと、徐々にメンソウへと吸収されていく。


 やがて雷が完全に治まり、メンソウが剣から口を離す。


 荒れ狂う勢いで放電していた雷は全てメンソウへと集約され、メンソウは一つの雷球(らいきゅう)へと姿を変えたのだった。


『よっしゃ……受け止めてやったぞ、コラあああああっ!!』


 メンソウ本人は異変に気付いていない、無我夢中で受け止めることに集中していたからだろう。


 彼が異変に気付いたのは――。


「メンソウ! 雷なんか吸収して大丈夫なの!?」

『えっ! 吸収なんかした覚え……げえっ、いつの間に!?』


 スミレの呼びかけに応じた時だった。


「吸収だと……? ふざけんな……こんなことが、こんなことが……あるわけがねえ!!」


 認めたくない怒号と共にナーはスミレに迫るも、雷を纏ったメンソウの体当たりによって牽制されてしまった。


「あばあああっ!!」

『スミレに近づくな、ゲス野郎!!』


 啖呵を飛ばすメンソウを前に、スミレが呼びかける。


「メンソウ、私の腕に戻って! 最後は一緒に決めましょう!」

『ああ……って、待て待て待て! 今の俺、滅茶苦茶帯電してんぞ!? 本当に戻って大丈夫か!?』


 普通に考えれば、再びスミレに雷撃を浴びせてしまう。メンソウの不安が飛び出るのも必然だった。


 対するスミレは、優しく首を縦に振る。


「大丈夫。むしろ、戻った方がいい気がする。理由は分からないけれど……そんな気がするの」

「……信じていいんだな?」

「ええ、私を信じて」


 最早これ以上の問答は必要ない、メンソウは肚を括って元の居場所であるスミレの右腕へと帰還する。


 その際、メンソウがスミレの肌に触れた瞬間――。


「……っ!」

『うおおおおおおおおっ!??』


 更なる力の奔流がスミレの身体へと入り込む感覚が迸(ほとばし)る。


 それはメンソウが元に戻れば戻る程上がっていく。


 そして、メンソウが完全にスミレの右腕へと戻った瞬間――。


 ビカァッ! バリバリバリッ!!


 ビュオオオオオオオオッ!!!!


 内に宿っていた氷属性と、ナーの蛇腹剣から吸収した雷属性の魔力が唸りを上げて放出される。


 異なる二つの属性はやがて一つに混ざり合い、雷雪(らいせつ)となって昇華した。


 吹雪と雷鳴が荒れ狂う幻想的ともこの世の終わりとも取れる異常な光景、それでも両属性はスミレの心に呼応するようにそれぞれの腕へと収まった。


『混ざり合っちまった……はは、すげえや。こうなること分かってたのか、スミレ?』

「私も予想外よ、考えもしなかったわ。でも……あなたが決死の覚悟で受け止めてくれたからかな。不思議と馴染む感じがする」


 新たに得た雷雪(らいせつ)のパワーに戸惑いつつも、メンソウとスミレは互いに笑い合った。


 対するナーにとってその光景は、最大級の絶望としか言い表せなかった。


 それもそのはず、仕留めたはずのスミレが復活するどころか最上位魔人として覚醒し、頼みの綱である蛇腹剣の雷撃も根こそぎ奪われたのだ。


 気付けばナーは、恐怖のあまり口が勝手に動いていた。


「そんな……馬鹿な……。有り得ねえ……ふざけんな! ふざけんじゃねえ、この化け物があああああっ!!!」


 化け物。


 シンプルな罵倒を前に、スミレの脳裏に「忌み子」と蔑まれた時の記憶が蘇る。


 だが、今のスミレには最早傷付くことはなかった。むしろ、メンソウと出会えたことを誇りに思ってすらいた。ずっと自身のことを思い、傍に居続けてくれた誇り高き人面瘡(じんめんそう)を。


 故に、彼女はこう告げる。


「……そうね、私は化け物よ。でも、それで構わない。むしろ、産んでくれた両親に感謝しているわ」


 フェリシア率いる魔王軍に拾われ、誇太郎に受け入れられたからこそスミレははっきり断言できる。


 そして、悲観的だった過去の自分に別れを告げるように叫ぶ。


「私は……ありのまま、私を大事にしてくれた人達の為に幸せに生きてみせる!! その為にも、ママ達が大事にしてきたこの里を……アンタなんかに奪わせやしない!!」


 啖呵と共に、スミレの雷雪(らいせつ)が決着を付けんと轟き荒れる。


 対するナーも逃げられないと観念したのか――。


「舐めんな……こんな所で終わってたまるかあああああああっ!!」


 肉体強化薬の全てを使い、突撃する。目からは血が流れ、所々浮き出た血管からも血が噴水のように溢れ出る。ナー本人にも理解できたのだろう、例え逃げられたとしてもすぐに死ぬと。リカードが渡した薬も、希釈版ではなく原液だったのだと。


 ならば死なばもろとも、その覚悟の元ナーは突撃を決意した。


 肉体砲弾と化したナーの突撃に対し、スミレは金砕棒(かなさいぼう)を大きく振りかぶる。


 そして、ナーとの距離が目と鼻の間にまで差し迫った瞬間――。


「はあっ!!」


 引き絞られた弓を放つが如く、スミレは金砕棒(かなさいぼう)を振るう。


 両者の最後の正面衝突が熾烈に鍔迫り合う。


 だが、そうなったのはほんの一瞬だった。


 ナーが金砕棒(かなさいぼう)に触れると同時、触れた場所から凍てついていく。


「う、おおおおお……おおおあああああ――……!」


 気付いたナーが振り切ろうとするも、既に手遅れ。


 金砕棒(かなさいぼう)から伝わる氷の魔力は一瞬にして、ナーを一つの氷塊へと変えた。


 対するスミレはナーの動きが止まったことを確認すると、雷の魔力を金砕棒(かなさいぼう)に纏わせる。


 否、纏わせたのは雷だけではない。


 今まで味わった迫害、艱難辛苦(かんなんしんく)、ハッカが託してくれた氷属性、そしてフェリシア達魔王軍や誇太郎のおかげで前向きに生きようと決めた覚悟。


 その全てを金砕棒(かなさいぼう)に乗せてスミレは振るう。


「はああああああああああああああああああああっっ!!」


 繰り出されたのは、迷妄ごと木端微塵に吹き飛ばす雷雪(らいせつ)の崩撃(ほうげき)。


 万物をも砕かん壮絶な一撃は、凍てついたナーを完膚なきまでに破砕した。


 芯まで凍り付いたナーに、悲鳴を上げることなどできない。そしてその状態で砕かれたのだ、即死と言っていいだろう。


 己(おの)が野心に溺れ、オーガの里を手中に収めようとしたナーの生涯は、文字通り徹底的に砕かれて幕を閉じることとなった。


 *


 粉々になった氷塊を前に、スミレは大きく息を吐く。


「やった……のね」

『ああ……これで、な』


 メンソウも自身の居場所であるスミレの右腕から、感慨深げに空を見上げていた。


 その時――。


「スミレっっ!!」


 傍で活躍を見守っていたサルビアがスミレの背後から抱き着く。


「ママ……」

「よぐ頑張った(けっぱった)……ほんによぐ頑張った(けっぱった)な……!」


 サルビアは声を震わせて、スミレの背に顔を埋めて褒め称えた。


 それと同時――。


「何だ、この氷は……。あ、スミレ! 大丈夫か!?」


 父であるクロッカスもまた、社(やしろ)の奥から戻ってきた。そして、スミレの側に駆け寄ったことで確信する。


「その姿……そうか、種族進化したんだな。凄いじゃないか、スミレ!」


 オーラに佇まい、その全てが別次元。愛娘が夜叉姫(やしゃひめ)へと進化したことに、クロッカスは喜びを隠せなかった。


 一方スミレは、十数年ぶりに触れた両親のぬくもりに力が抜けてしまった。


 だが一方で不安も過ぎる。自身がここに来たのは里を守るのもそうだが、何よりサルビア達両親の真意を知る為だ。誇太郎やフリーデが告げた懸念の通り、自身を捨てたことに内心ほっとしているのかもしれない。覚悟を決めて出向しても、いざ直面するとこうも不安を駆り立てられるものなのかとスミレは痛感した。


 そんな彼女の背を押したのは――。


『スミレ、もう怖がんなくていい』


 生まれた時から共に過ごしてきた、メンソウだった。


『不安がらず、素直に言っちまえばいい。コタロウみたいに、思いのまま伝えてみろ』

「メンソウ……」

『大丈夫だ。どうなろうと、俺はお前の味方で居続けるからよ』


 メンソウのその言葉により、スミレの不安感の大半は拭われた。


 そして、絞り出すように口を開く。


「パパ、ママ……。私、ずっと聞きたかったことがあるの」

「どうした?」

「何でも言ってみるっちゃ」


 優しく問う両親に、スミレは子供のような面持ちで長年抱き続けた疑問をクロッカスとサルビアにぶつける。


「私を産んで……後悔してない? 忌み子であっても……私を愛してくれますか?」


 言い終えた瞬間、穏やかだった鼓動が早鐘の如く高鳴る。


 だが、その不安感は抱くだけ無駄だったとスミレは思い知る。


「……何言ってんだ、スミレ。そんなの決まってるだろ」


 吹き出し笑いのように、且つどこか涙ぐんだような声色でクロッカスがはにかんだ。


 そして、スミレの全ての疑問に答えるようにサルビアが繋ぐ。


「後悔なんてこれっぽっちもねぇ! 忌み子でも最上位魔人でも関係ねぇ! 誰が何と言おうと(誰何ど言うべど)、おめはわだす達の愛すべぎ娘だ!! 辛(つれ)え想いさせですまって……ごめんよ、スミレ……!」


 ボロボロと涙を流し、サルビアは驚くほどあっさりと答えてくれた。


 それは、ずっと望んでいた答えだった。十数年も待ち望んだ答えだった。


 両親の真意を知ったスミレの目からは、サルビア同様大粒の涙が零れ始めた。


「パパ……ママ……!」

「スミレ……スミレえええっ!!」


 限界だった。スミレは今までの気持ちの全てを吐露するように、サルビアの胸でわんわんと泣きじゃくった。


「ああ……うああああっ……!」

「スミレ……ごめんよ……ごめんよ……!」


 万感の思いで泣きじゃくる二人の姿をメンソウはスミレの右腕から、父たるクロッカスは距離を置いた場所で目に涙を滲ませて見守った。


 そのまま家族の団欒(だんらん)が続くと思われた、その時――。


「……あ、ああああっ! しまった、忘れてた!!」


 何かを思い出したように、クロッカスが狼狽の声を上げた。


「どうしたの、パパ!?」


 何事かと思いスミレが問うと、クロッカスは切羽詰まった面持ちで返す。


「オダマキがいない! あの野郎、どさくさ紛れに逃げやがった!!」

「何ですって!?」


 クロッカスが口にした事態は、問題がまだ終わっていないことを示唆するものだった。


 ナー達暴王の嘲笑(タイフリッシュ)を引き込み、我が身可愛さに里を売った元族長のオダマキ。ナーとの戦いが本格化する前に、魔食布教会(ガストロノミー)のワルデンに凄絶な蹴りを食らい吹き飛ばされた。


 だが、奴はまだ生きていた。クロッカスが身柄を回収しようと社(やしろ)の奥へ足を運ぶも、その姿がなかったことから確信した。


「奴を捕らえねば、勝ち逃げされて終わっちまう!」


 一難去ってまた一難。予期せぬ事態に焦燥感が駆られ始めた正にその時、スミレの懐にあるスマホのバイブレーションが鳴る。


 透かさずスミレが取り、連絡に出た相手は――。


『……繋がった! スミレ、無事か!?』

「コタロウ!?」


 *


 所々雪のある石畳の道を、オダマキは蹴られた痛みを引きずりながら駆けていた。


 全ては里を脱して再起を図る為だ。


 逃げる最中、オダマキは今回の事態を忌々しく感じていた。


 今まで自分の威光にひれ伏す民を眺め、甘い汁をすすり続ける人生。それこそがオダマキの全てだった、至福に満ちた順風満帆の人生だった。


 だがそれも、側近の反逆と協力者達のせいで全て覆された。


 忌々しいことこの上ない。


 だが、既に門は超えた。後は里が見えなくなるほどに雪道を駆ければいいだけのこと。


 勝った、面倒から逃げ続けた者が最後に勝つのだ。


 そう確信した、その時――。


 ズガンッ! ダギュンッッ!!


「ぐあああっ!!?」


 オダマキの両膝を弾丸が貫く。それにより、オダマキはその場に崩れ落ちた。


「な、何じゃあ……どこのどいつじゃあ!?」


 怒号と共にオダマキが顔を上げると、そこには遊牧民族ノマドの姿があった。


 族長ルイーサを筆頭に、民族総出でオダマキに照準を合わせていた。


「……ありがとう、ルイーサ殿。抑え込んでくれて感謝する」

「何、狙った獲物は逃がさない。それだけだ」


 雪煙から現れた影に、ルイーサは淡々と返す。


 現れたのは、偉大なる少数派(グラン・マイノリティ)リーダーである誇太郎。


「テメェがオダマキか……」


 やがて誇太郎がオダマキの前に立った瞬間――。


「オダマキ……テメェに生きる資格はねえ。今すぐ地獄へ叩き落としてやる」

「な……貴様が首謀者か! な、何者じゃ!? 一体誰なんじゃああっ!!」


 狼狽えるオダマキと対照的に、爆発的に殺気を膨れ上がらせる。


 そして、過去類を見ない凄惨な血の雨が降ることとなるのだ。

いかがでしたでしょうか?

次回、遂にオーガの里奪還編も終局となります。

何卒よろしくお願いいたします。

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