第177話 超克せよ、さすれば道は開かれん
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「逃げろおおおっ!!」
エメットの叫びが人面瘡に届いた瞬間、目を血走らせたナーが映る。
人知を超えたスピードで迫るその姿は――。
『なっ……』
人面瘡にとって絶望に近かった。
スミレも守れず、このまま無残に死ぬ。非情な現実を受け入れる他ない。
そう諦めかけた……正にその時。
「うあああああああああっ!!」
「むおっ!?」
ハッカが横からナーに飛び掛かり、その猛攻を食い止めたのだ。
がっぷり四つで組み合ったまま――。
「やあっ!」
「ごげぇっ!」
ハッカは額の角で、ナーの顎を貫いた。
顎を貫く灼熱感に、流石のナーも怯まずにはいられない。
その一瞬の隙を突き――。
「ルチナさん、これをっ!!」
ハッカは相手の懐にある回復薬を奪い取り、即座にルチナ達へと投げ渡した。
そして呼応するようにルチナが受け取る。
「ありがとう!」
これでスミレの蘇生に拍車をかけられる、ハッカは胸をなでおろした。
だが、彼女の働きはここまでだった。
「……何ヘラついてんだ、クソアマ」
「っ!」
殺気に気付きハッカが角を引き抜こうとするも時既に遅し。
何とナーは、顎に刺さった状態で――。
「ぐおらああああああっ!!!!」
バギャッ!!!
ハッカの二つの角を叩き折ったのだ。
オーガにとって角を折られることは、人間で例えるなら腕を折られるに等しい。
故に、ハッカの額には――。
「ぅううううっ……!」
両腕を粉砕された激痛が走っているも同義。
だが、彼女は倒れない。
――まだ……死ぬわけには!
ナーを止めようと睨み返す。
しかし、ハッカが顔を上げた瞬間――。
ドズッ!
ナーの蛇腹剣が彼女の鳩尾を貫いた。
それを皮切りに――。
「ゲヒャハハハハハあああああっ!!!」
醜悪な嗤笑と共に、ナーの蛇腹剣がハッカを滅多切りにする。
残酷なまでに一方的。
「ごぶっ……」
瞬く間にハッカは血達磨にされてしまった。
それでも、ハッカの表情は曇らない。
――これでいい……私の命と引き換えに、コイツを止められるなら!!
むしろ、自身が最高の時間稼ぎ要員として働けていることに喜びすら感じているほどだ。
――――――
ハッカの人生は、生まれた時から間者として生きるよう定められていた。
主であるオダマキに仕え、里を守る為に任務を忠実にこなしてきた。
オダマキが薄汚い下衆であることは知っていた。我欲優先で、都合の悪い存在は力尽くで黙らせてきた典型的な独裁者気質な長だった。
それでもハッカが顔色変えずに働いてこれたのは、偏に里を守ることに励めていたからに他ならない。オダマキが如何に無能でも補佐であるクロッカスがカバーすることで上手くまとまるように、自身が手を汚すことで里の安全が守られるならそれでいい。それこそが、ハッカの生きる理由だった。
だが、そのオダマキは……己が保身の為に里を売った。里の安寧を簡単に捨て、己の安寧を優先したのだ。
長としての役目を捨てたオダマキの姿は余りにも醜かった。それがハッカの怒りに触れたことは言うまでもない。
今まで歩んできた人生そのものを全否定された気分に陥ったのだ。到底許せるわけなどない。
そんな彼女に対し、かつての補佐役だったクロッカスはこう提案してきた。
「ハッカ、君が影で里の為に貢献してくれた功績は俺も良く知っている。オダマキの下で今までよく頑張ったな。だが、もう無理はしなくていいだろう。里を売った奴の為に命を懸けることはない。君さえ良ければ、俺達に力を貸してくれないか」
手を取ろうとした一瞬、ハッカの気持ちに迷いが生じる。
実はオダマキ勅命の下、隙あらばクロッカスを討つよう命じられていた。そして今はその標的から裏切るよう提案を受けている。普通に考えれば手を取るべきではない。
だがそれも、既に犠牲者が出ている事実を思えば即座に消え失せた。
自分だけ助かろうと里を裏切った長への忠誠心など、もう捨ててしまおう。
里を守る為に、自らの意思で散り行こう。
ハッカは差し伸べられたクロッカスの手を握る。
「よろしく……お願いいたします」
命ごと忠誠心をかなぐり捨てる覚悟を胸に、ハッカは最期の任務に臨むのだった。
――――――
血をしとどに流しながら、ハッカはフラフラとナーに向かう。
「まだ……死ねません……よ」
誰がどう見ても、ハッカの命は風前の灯火という他ない。
しぶとく醜く足搔くその姿が、ナーの神経を逆なでする。
「いいっ加減、しつけーんだよ!!」
ザグゥッ!!
「がはっ……!」
ナーの怒号を飛ばす度に――。
「早く!!」
「ぐぶっ!」
「死ねやああああああああああっ!!!!」
「うぐぁっ……」
ハッカは血を散らし、声が細くなっていく。
そして、その一方的な惨劇を人面瘡は何もできずに眺めることしかできなかった。
――何やってんだ……何をやってんだ、俺は!
ただの身体術ではない。一生命体として意思を持つ人面瘡だからこそ、歯がゆくて仕方なかった。
――何で俺はこんなピンチに何もできねえんだよ!? 黙って見守るだけで終わりかよ!? 何も……何も出来ねえまま終わるなんて……!
人面瘡の心に悔恨の念が、そして頑強な責任感の力が本人の与り知らぬ所で湧き上がる。
やがて、それは――。
『やめろ、クソ野郎おおおおおおおおおおおおっ!!!!!』
――そんなのは絶対嫌だ!!!
運命を捻じ曲げる奇跡をもたらすこととなる。
雄叫びを上げると同時、スミレの腕にいた人面瘡が球体の物体となって飛び出す。
それは本人にとっても予想外。
『お、おおっ!?』
――何だ!? 俺、飛んでんのか!?
動揺の声を上げるのは必定だ。
だがそれも一瞬、行動の自由度が広がったことを即座に理解し――。
――いや、後回しだ。今は――!!
戦火の元へ果敢に突っ込む。
そして、ハッカに振り下ろされようとする蛇腹剣の凶刃を――。
『ガァァアアアアアアアッ!!!』
「何じゃあああああっ!??」
何と、間に入ることで防いでみせたのだ。
予期せぬ横槍の出現、ナーも一度後退する。
「何だ、テメェはあ! 変なタマッコロがよぉ!!」
ナーの言う通り、妨害に入った人面瘡の姿は牙を携えた肌色のゴムボールのような球体となって立ちはだかった。
『もうこれ以上、誰も傷つけさせねえ! かかってこいや、クソデブ!!!』
「ったく、次から次に出てきやがって……。ハエか何かか、ゴルァああっ!!」
ハッカと入れ替わるように、ナーと人面瘡の戦いが始まった。
そして、その陰に隠れる形で――。
「ぅ……あ……」
スミレが意識を取り戻すのだった。
「スミレっ!」
「良がった……、やっと戻ってぎだ……!」
懸命な救護の末に戻ってきたスミレの復活に、ルチナとサルビアは歓喜する。
「ルチナ……ママ……、手間をかけさせてごめんなさい」
「気にしないで!」
「オメが意識戻しただげでも充分っちゃ!」
「そうだ……状況は……?」
謝意と感謝の意を告げ、スミレは改めて周囲を見渡す。
程なくして――。
「このハエ野郎がああっ! ちょこまか動いてんじゃねええええっ!!!」
『当たってやるかよおおおっ!!!』
球体と化した人面瘡がナーとしのぎを削る光景が目に映る。
一瞬球体の正体が分からなかったスミレだが、右腕の空虚感を目の当たりにした所で概ね理解した。
「まさか、人面瘡なの……!?」
「……その、ようです……がふっ」
エメットに俵担ぎされたハッカが、吐血交じりに事実を告げる。
全身を深紅に濡らしたハッカの姿は――。
「エメット……これって、もう……」
「……すまん、俺としたことが間に合わんかった」
ルチナ達から見ても助けられない深手だった。
だが、当の本人は悔いのない表情だった。
「お気に……なさらず。それよりも……ごふっ、スミレ様……」
エメットに下ろされたハッカは、その身を引きずってスミレの方へと手を伸ばす。
差し出された手を、呼応するようにスミレも手を伸ばして握り締めた。
その時――。
「あ……」
何かを察したように、ハッカが声を漏らす。
スミレは死の淵から戻って間もない。普通ならば、鼓動も本調子ではないはずだ。
しかしスミレの手を握った瞬間、彼女の内から尋常ならざる力が湧き上がる感覚をハッカは感じ取った。
まるで新たな進化の産声を想わせるその生命力は、ほんの少し力添えするだけでスミレの準備は整うとハッカに訴えてきた。
なればこそ、ハッカは迷わなかった。スミレに己の全てを託すことを。
「スミレ様……」
「ハッカ……」
か細い声と共に、ハッカはスミレの手を強く握る。
その瞬間、ハッカの生命力と魔力が一気に流れ込む感覚に包まれる。
「何を……?」
「私の……魔法術を、命の全てを……あなたに託します。後は……お願い、します」
ハッカの力が流れ込む度に、彼女の瞳が徐々に虚ろになっていく。
それでも、ハッカの表情に悔いは微塵もなかった。
――これで……いい。本当は私の力だけ渡す予定だったけど、スミレ様の中で想像以上の力が目覚めようとしてる。伝承でしか知らない、あの力が……。
やがて全ての力を注ぎ終えると同時、ハッカの目から光が消えていく。
――私の役目は……終わった。これで、安心して……逝ける。スミレ様……どうか、あなたの人生に……ありったけの幸があらんことを。
己が使命を果たした満足感とスミレへの幸福を願いながら、ハッカは永遠にその目を閉じた。
ハッカの命が潰えたのを見届けたスミレは、噛み締めるように右手を握り締める。
「……ありがとう、ハッカ。あなたの想い……確かに受け取ったわ」
確固たる決意を固めると同時、スミレから爆発的な闘気が膨れ上がる。加えてショートの青髪も羽を広げた蝶の如く伸び、額の二対の角は内側に反る形で弧を描いて伸びていく。
死の淵から生還した生命力を象徴せんと言わんばかりのスミレの変貌ぶりに――。
「おいおい、何だこりゃあ?」
「さっきの人面瘡と言い、何が始まろうとしてんの!? 回復しただけでここまで行く!?」
エメットは驚愕と感嘆の声を漏らし、ルチナもまた開いた口が塞がらなかった。
一方、母のサルビアは愛娘の姿に感銘に満ちた表情で言葉を漏らす。
「……奇跡っちゃ。奇跡が起きたんだっちゃ」
「何か知ってるの、サルビアさん!」
ルチナの問いに、サルビアはエメットと同様感嘆に満ちた声音で答える。
「オーガの里には『死の淵がら蘇った同胞は、極稀に凄まじい力身に付けて戻ってくるごどがある』って伝承があんだ。それも、最上位魔人さ種族進化して戻ってくるって!」
「そーなの!?」
「するってぇと、スミレ嬢ちゃんは……!」
エメットの反応に、サルビアは確信をもって頷いた。
「間違いねぇ……スミレはなれだんだ、オーガさ超えだ鬼姫……夜叉姫に!」
そう、伝承程度の噂でしかなかった種族進化を愛娘が果たしたのだ。
だがこれは、オーガの伝承とハッカが力を渡したからという単純なメカニズムによるものだけに限らない。
スミレが最上位魔人へと至る過程は、ナーの不意打ち雷撃を食らって昏睡状態に陥った所から始まっていたのだ。
*
第一前提として、スミレは極めて特殊な事例の元に生まれたオーガである。
それは他でもない、身体術である人面瘡の存在だ。
相手の敵意や悪意を察知し、スミレに口頭で警告する身体術の人面瘡。一般的な身体術と違い、彼は明確な意思を持った相棒と言っても過言ではない。
だが、一部の読者はこうも思ったはずだ。
なぜ、一能力でしかない人面瘡がこうも意思を持って会話できているのかと。
ではその件について、答え合わせと行こう。
実は、人面瘡は身体術ではない。人面瘡という一つの魂が、スミレの右腕に命を宿した姿なのだ。故に人面瘡ははっきりとした意思を持って存在していた。
更に言えば、相手の敵意を察知する力もスミレの力ではない。真実は、人面瘡の宿す心力型魔法術であり、彼がスミレのことを思い続けるが故に「献身」の心力を糧とする、自然と宿ったものなのだ。
異なる種族の二つの魂がオーガの身体一つに宿ったイレギュラー中のイレギュラー、それがスミレである。
普通のオーガからすれば、文字通り異例の存在が故に差別的な目を向けるのもあり得ぬ話ではない。そして、精神を病んだ両親が捨ててしまうという悲劇に辿り着いてしまうこともまた、残酷な運命がもたらした悲劇とも取れるだろう。
しかし、それ等は全てスミレと人面瘡の力と関係性を強化することとなる。
嫌われ者の秘島の主たるフェリシアに拾われたことで、スミレは嫌われ者の秘島にいる魔獣達と戦いを経て、基礎的な肉体強化を果たした。特異な存在である人面瘡を嘲笑ったり気味悪がる所か、むしろスミレに起きた悲劇に同情して涙する仲間との出会いも果たした。
そして何より、誇太郎の口から魅力的だと言ってくれた。人面瘡もそうだったが、スミレ自身も何よりも心が軽くなった。その一言のおかげで両者の距離は劇的に縮み、強固な絆を育むに至ったのだ。
ナーの雷撃でスミレが意識を失おうとも、人面瘡の不屈の心は尽きず意識を繋ぎ止めた。
そしてそれはスミレも同様である。厳密には意識を失い死の淵をさまよったものの、ある一心だけは絶やさず抗い続けた。
里を救い、両親に自信を捨てた真意を問うまでは。そして何より、自らの人生に光をもたらしたコタロウに報いるまでは、絶対に死ねない!
意識を失って尚、その強靭な思いを絶やさなかったスミレの意思と合わさったことで、人面瘡に更なる強化が施された。
結果、スミレの為に己だけでも突撃しようと敢行した人面瘡に、行動の自由度が高い新たな力がもたらされることとなったのだ。
だが、人面瘡のみでは残念ながらまだ力不足――。
「はぁ……はぁ、やっと捕まえたぞゴルァ」
「く……そっ……!」
ナーに十分なダメージを与えられず、ボールを握るように捕らわれてしまった。
「このまま握りつぶしてやらぁ!」
「ぐううう……っ!!」
ナーの手に力が込められると同時、人面瘡の全身に圧痛が走る。
――畜生……しぶとく足搔いたところで、俺はここまでなのかよ……!
刻一刻と迫る死の感覚と無力感に人面瘡の心が再度挫けかけた、正にその時――。
バグォッ!!!
「ぶがぁっ!?」
ナーの頬に金砕棒がぶち当たった。
それにより、人面瘡は解放されて自由を取り戻す。
『金砕棒……ってこたぁ!』
確信を持った希望と共に人面瘡が視線を向ける。そこにいたのは他でもない、復活を果たしたスミレの姿があった。
「……人面瘡、待たせてごめんなさい。頑張ったわね」
『スミレ……ああ、スミレ……っ!』
感激のあまり、人面瘡は涙が溢れそうになる。
『ってか、お前……その姿どうしたんだ!?』
「話は後よ。まだ戦いは終わってないんだから」
スミレの注意にハッと人面瘡が我に返ると同時、返礼と言わんばかりに金砕棒が投げつけられる。
だが、スミレは意に介さず平手でそれを受け止めた。
「……どーなってんだ、さっきまでズタボロだったくせによ」
悪態と共に金砕棒を投げた張本人である、ナーが睨みつける。
「大人しくしてりゃいいものを。甚振り足んなかったか?」
「生憎、倒れたままじゃいられないの。里を守る為に力を託してくれた、仲間の為にもね」
静かに且つ力強く睨み返すスミレ達に、後ろめたい感情は何一つなかった。
全ては、互いのコンプレックスと特徴を受け入れて前に進むと決めた二人の覚悟がもたらした、伏線の結実だ。
「覚悟なさい。もうこれ以上、何も奪わせやしない!!」
「タマッコロと同じことほざいてんじゃねーや!! いいぜ、もう一遍地獄に叩き落としてやらぁ!!」
里の奪還戦は遂に最終段階へと移行する。
いかがでしたでしょうか?
遂にスミレの戦いも決着が迫ってまいりました。
明日、彼女の戦いにケリがつきます。
是非とも最後までご覧ください!




