第176話 圧倒的暴力。窮地を覆す肉体強化薬の恐怖
こんばんは。
体調不良やら色々事情ありまして、三ヶ月近く投稿が遅れてしまいました。
今日から一気にクライマックスまで加速していきます!
遡ること数分前。
ルチナやサルビア達が懸命にスミレの回復を行う中、ナーとエメットの戦いも熾烈さを極めていた。
戦局は先のスミレの時と同様、エメットの武器が肉切り包丁という大剣である以上ナーの蛇腹剣の方が優勢だった。
縦横無尽に走る蛇腹剣がエメットの肉体を削る。だがその身を深紅に染め上げながらも、エメットは冷静に戦況を俯瞰する。
背後でスミレの救護に奮闘するルチア達を主軸にし、左右の方へと目をやる。左方ではワルデンが残る構成員達と戦闘を継続中、時折上腹部に突き刺さったナイフが見えるもワルデンの頑丈さを思えば造作もない。
反対の右方では、グステルがワルデンと同様戦闘中な様子が伺える。こちらは手慣れぬモーニングスターを扱っているせいか、やや手こずっているように見えた。とはいえ、ワルデンと比べれば残す所数人ほど。制圧も間もなく済みそうな様子だった。
そして改めて、ナーの攻撃を肉切り包丁で捌きながらエメットは自身の状況を見つめ直す。
あくまで自身に与えられた役目は「スミレが復活するまでの時間稼ぎ」だ。エメットは自身の耐久力に絶対の自信を持っている、オーガ顔負けの筋骨を誇る彼からすればナーの斬撃はそよ風程度。耐える分にはまだまだ余裕がある。
だが問題は、ナーとの応酬中に投げられたハッカの一言。
「エメットさん、気を付けて! スミレさんは黒焦げになった状態で倒れてました、恐らく敵の武器に炎か雷属性の奥の手があるかもしれません!」
ナーの刃を掠らせながら投げられた情報、それが明らかとなったのは大きい。
対してナーは忌々しげに舌打ちする。
「ちっ、ばらしてんじゃねー……よっ!!!!」
怒号交じりに刃を飛ばす。が、その一手はハッカに届く前にエメットが叩き伏せた。
「ありがとよ、オーガの嬢ちゃん。あぶねーから下がってな!」
「は、はいっ」
短く頷き、ハッカはルチア達救護組の方へと後退する。
同時に、彼女は歯がゆさも感じていた。
――皆さんがこうして死に物狂いで戦っているのに……私はまだ何もできていない。私にできることは……。
ハッカ自身も覚悟の選択を迫られていた。
*
ハッカから受けた情報をもとに、エメットは剣戟の応酬を続けながら状況を整理する。
左右で続く仲間達の戦闘、後方でスミレを救うべく奮闘中の救護組。そして、スミレの父であるクロッカスはオダマキの捕縛の為に単身で屋敷を進んでいる。
上記三つの陣営と自身の状況を踏まえ、エメットは一つの決断を下す。
「……やめだ、めんどくせ」
「あ?」
ナーが素っ頓狂な声を上げると同時――。
「これ、やるよ」
エメットがひょいっと肉切り包丁を投げ渡す。
意表を突いた攻撃にナーは予想できない。
「ぶべっ!?」
肉切り包丁の腹がナーの鼻を圧し折った。だが、総合的なダメージとしてはまだ軽い。
「何の真似だ、ゴラあっ!?」
包丁をはねのけ、ナーがエメットへと目をやると――。
「最初からこうしときゃよかったぜ」
拳を振りかぶるエメットの姿が映る。
直後、鉄拳の嵐がナーに降りかかる。
「オラオラオラオラオラゴルァあああああああああああああああっ!!!!!」
「ごばばばばばばばばあああっ!!!!」
鍛え抜かれたエメットの百裂拳、百裂肉叩き。
抗う間など微塵もない。
間断なく叩き込まれる拳の弾幕に、ナーはただ不条理に食らい続ける。
やがて――。
「ごぉ……!」
ナーの利き手から蛇腹剣が落ちる。完全無防備となってしまった。
無論、その状態をエメットは見逃さない。
「トドメ行くぜ」
その言葉と共に放たれたのは岩をも砕く中段突き。
「だるぁああああああああああああああっ!!!」
「ぐぶううううっ!!」
ナーの正中線をまともに捉えた……はずだった。
「ちっ……」
後退するナーの様子を見て、エメットは思わず舌打ちする。
なぜなら、鉄拳が炸裂する寸前でナーが腕を滑り込ませて防御したからだ。
だがそれでも、ダメージは甚大だった。
「ぶふぅ……はあ……はぁ……」
息も絶え絶えに睨みつけるだけでナーは精一杯だった。
対するエメットは、しぶとく足搔くナーに向けて疑問と憐憫の眼差しを向ける。
「まだやる気かよ、しぶとい奴だな」
何がそこまでさせるのだろうと思ったその時――。
「う、お待たせ」
「時間かかっちまったど、すまね」
「おーぅ、待ってたぜ」
構成員を討滅し終えたグステルとワルデンが合流する。
結果、ナーは三対一という絶望的な状況へと陥った。
「ぐぉ……」
――クソが……こんなのあんまりだろ。
余りの戦力さに、ナーの顔から血の気が引く。勝てる訳がないという考えに至るのは、至極当然だった。
「もう諦めな。これ以上いたぶんのは忍びねえ」
エメットの説得に、ワルデンとグステルも賛同するようにナーを睨む。
だが――。
「……無理だね」
ナーの答えは断固とした拒絶だった。
「折角昇進のチャンスが転がってきてんだ……。こき使われる人生から脱出して、楽に稼げる人生が後もうちょっとで手に入んだ。そう簡単に諦めてたまるかよ!!!」
小者臭い啖呵を切るナーだが、その眼には不退転の決意が込められていた。
対するエメットは、やれやれと言った面持ちでため息を付く。
「……そうか、やっぱりか。まあ、しゃあねーか」
肉切り包丁を拾い直し、エメットは続ける。
「暴王の嘲笑に入った以上、暴力でのし上がるしか道がねえ。だから暴力や略奪なんか慣れっこだ、そんな所か?」
「ああ、悪いかよ!? テメェもギーアの人間なら分かんだろ、どいつもこいつも他人を踏み台にして生きんのに必死なんだよ!! それがギーアの常識だろが!!」
力強い反論に対し、ナーは懐に手を入れる。その先にあるのは、回復薬とはまた別の赤い液体の入った瓶だ。
――眉唾もんだが、やるしかねーな。
瓶を握り締めるナーの脳裏にある記憶が過ぎる。
――――――
調印式前日。
ナーはリカードに呼び止められ、彼の元へ訪れていた。
「おう、何の用だ? つまらん用事だったら承知しねーぞ」
見下すようなナーの言葉をリカードは意に介さず――。
「……これを」
バッグから深紅の液体が入った薬を取り出した。
それを見た瞬間、ナーの目の色が変わる。
「お前……それってまさか!」
「はい、肉体強化薬です」
そう、リカードがフリーデの故郷を乗っ取った際に使用した肉体強化薬だ。
服用すれば一時的に上位魔人レベルの力を施す一方、猛烈な優越感と依存性ももたらす危険な劇薬だ。
ナーもその諸刃の剣な二面性を知っていた。故に躊躇いを覚えるのは無理もない。
すると、動揺するナーの心情を察してかリカードはこう告げる。
「ご安心を。これは原液を五十倍に薄めたものです、肉体強化は薄まりますが……同時に副作用も大幅に抑えました。なので、ある程度の理性を保った状態で暴れられます」
「抑えたって……肉体強化まで薄めたら意味ねーだろ! 何してくれてんだ、ボケぇ!!」
怒りのあまりリカードの胸倉を掴むナー。
だが、リカードは臆することなく返す。
「ナーさん程の実力なら大丈夫でしょう。末端幹部とはいえ、力だけはその気になればオーガとも渡り合える。肉体強化薬を飲めば魔女に良杖だ、素晴らしい力とは思えませんかね?」
「……」
噛んで含めるリカードの説得に、ナーはどことなく照れ臭い気持ちと共に解放した。
乱れた服装を直しつつ、リカードは最後にこう後押しする。
「大丈夫だ、あなたなら……最良の状況で上手く使えるはずだ。そう信じてますので」
――――――
怪しい甘言の疑いは拭えない、口車に乗せられただけかもしれない。だが、追い詰められた現状からすれば四の五の言ってる場合でもない。
何より、副作用も薄めたというなら依存症になる危険性も少ない。ある程度の安全が担保されているならば、やらない理由などどこにもない。
「……やってやるよ」
掃きだめのような環境から這い上がる、自らの人生を豊かにするにはそれしかない。
故に、ナーは命を懸ける覚悟で薬を取り出した。
対するエメットは――。
「あれは……!」
ナーの握る瓶を見て凍り付く。理由は他でもない、リーダーであるフリーデの故郷を滅ぼした肉体強化薬そのものだったからだ。
間髪入れずにワルデンに叫ぶ。
「ワルデン、あの瓶撃ち抜け!!」
呼応するようにワルデンが矢を放つ。
だが、コンマ一秒――。
「命かけて人生変えてやらあああああああっ!!!」
ナーが薬を呷る方が早かった。
次の瞬間――。
「あ……うがああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」
鼓膜を突き破る勢いの雄叫びをナーが上げる。
その音圧一つで、ワルデンの放った矢は壁に当たったかのように弾かれた。
対するナーの方はというと、肉体強化薬の影響によるものか苦悶の雄叫びが続いていた。両腕からいくつも出血し、血管がボコボコと荒々しく波打つ。尋常ならざるスピードで肉体改造が施されているのが素人目から見ても分かる程だった。
やがて、ナーの叫びが収まる。肉体改造の一切が終わった彼の姿は、全身に欠陥を浮き上がらせて筋肉を異常発達させた人外に等しきものだった。
「エメット、すまね。しくっちまった」
「謝んのはこっちだ、ワルデン。リカードが部下にいやがる以上、肉体強化薬持ってたっておかしかねえ。最初から時間稼ぎじゃなく、とっとと倒す方向で行けばよかった」
「ふ、反省会は後。う、今はあのデブを倒す方が先――」
男性陣が改め合う中、戦況に集中しろとグステルが窘めたその時だった。
「うごらあああああああっ!!!!」
凄絶な咆哮と共に、ナーが地面を蹴る。
その行き先はグステル。
「なっ……!」
ワンテンポ反応が遅れてしまった彼女は、回避するタイミングを失った。抗う間もなく、ナーの突進がグステルに突き刺さる。
その衝撃力はさながら砲弾――。
「ぐはっ……!」
ヒットした瞬間にグステルは意識を失い、大きく吹き飛んで壁に突き刺さった。
一方、ナーの勢いは止まらない。
「ぶへはははあああっ! 気分がいいぜえええっ!!!」
勢いそのままに、次はワルデンへと跳躍する。
だが、ワルデンは来ることを予期していた。
「来い、受け止めてやるど」
両腕を交差し、万全の防御態勢で受け止める。
直後、受け止めた両腕がビキビキと悲鳴を上げる。
「ぶち抜いたらあああああっ!!!!」
怒号に呼応するように、ナーの力が更に増す。彼の膂力が徐々にワルデンを侵略しようとしていた。
その瞬間、ワルデンは察する。
――あ、駄目だ。防げね。
ワルデンのガードを破り、ナーの肉体砲弾が容赦なく吹き飛ばした。
「ぐおおおおおっ!!!!」
ワルデンの体躯をもってしてもナーの一撃は受け止めきれなかった。グステル程ではないものの、ワルデンは大地を大きく削って吹き飛ばされる。
「ぶへははは……清々しい気分だ、まだまだ暴れ足りねえやあああ!!!」
内に溢れる力を発散せんと、ナーは歓喜と感動に満ちた雄叫びを上げる。
そんな彼の隙を縫うように――。
「うるせえよ、黙って潰れとけ」
肉切り包丁を水平に構えた状態でエメットが天空から迫る。
直後、ナーの肉体とエメットの持つ鉄塊が交差する。
「ちっ……耐えてんじゃねーよ、デブが!!」
「ぶへはははは、痛くもねえなあああああっ!!!!」
その頃、戦場で武を振るう猛者達を眺める二人の影が反応を示す。
「うひゃあ、すげえ馬鹿力!」
櫓にて高みの見物を決め込むクーノが感嘆の声と共にリカードへと目を向ける。
「リカードさん、あれホントに希釈した強化薬なんすか? 薄めてあれならメチャヤバじゃないっすか!」
「馬鹿か。希釈版は未完成、現在進行形で研究中だ」
「えっ……じゃあ、ナーさんに渡したのって……」
問い返すクーノに対し、リカードはさも当然と言った言動で答える。
「当然、奴に渡したのは……原液だ。まともに飲めば力こそ爆発的に増幅するが、三十分と経たずに死に至る」
「うーわ、ひっでぇ。仮にも上司だったのに、よろしいんで?」
「構わん、どの道ナーには死んでもらう。だが、ただで死なせるのも勿体ない。ならば精々、肉体強化薬の原液の実験体として働かせるまで。ただそれだけの話だ」
「えげつないっすねぇ……でも、流石リカードさんっす」
感心の音頭を取るクーノに、リカードはあることを思い出して突っ込む。
「……というかクーノ、貴様いつから聴力戻った」
「あ、いつの間にか治ってました」
「言えよ」
「バトルに見入っちゃって、つい」
「言えよ」
*
エメットとナーの鍔迫り合いは、一瞬で終わる。
腕と肉切り包丁が組み合うも、ナーの馬鹿力が肉切り包丁を弾き返す。
「ぐおあっ!」
予想以上のパワーに圧倒されるエメットに対し――。
「ぶへはははは! 慢心したな、無駄マッチョおおっ!! 偉っそうに舐め腐るからじゃあああっ!!!」
醜悪な笑みを上げながら、ナーが筋肉をこれでもかと浮き上がらせる。
間髪入れず跳び上がり、トドメの一撃をお見舞いさせようとナーが迫る。
「ぶへははは、最高だ! やっぱ暴力ほど気持ちいいもんはねえな!! 気に入らねえ奴も生意気な奴も全員この拳で黙らせりゃいいんだからよおおっ!!」
歓喜に満ちた咆哮で、ナーは拾い上げた蛇腹剣でエメットに叩きつける。
その威力は凄絶極まりない。エメットは蛇腹剣のタイミングに合わせて防ぐも、そうしていなければ自身の肉体をもってしても叩き切られそうな程の衝撃が包丁越しに伝わる。
「やべえな、止まんねえな! ハイになって仕方ねえ!! 今ならテメェもあっけなくぶった斬れ――」
と、ナーが続けようとした瞬間――。
ガギィィイイイイイインンンッッッッッッ!!!!
エメットの肉切り包丁が、鼓膜を突き破らん程の金属音と共に蛇腹剣を打ち払う。
「……演説は済んだか?」
低い声でエメットが呟くと同時、包丁を握る彼の筋肉が凄まじく隆起する。
「全くいつ聞いてもよぉぉ~~~」
そして、爆発的に踏み込み一瞬でナーへと距離を詰める。
繰り出されたのは、万物を叩き切らん勢いの横一文字斬り。
「下衆の演説は聞くに堪えねえなあああっ!!」
エメットの奮う一撃必殺の斬撃がナーに振るわれる。
だが悲しいかな、鈍重な武器であることが仇となり――。
「当たるか、ボケええええっ!!」
ナーは勢いよく跳躍して躱してしまうのだった。
「ぴょこぴょこ跳びやがって……カエルか、この野……っ!!??」
ナーが跳躍した瞬間、エメットは目を見開く。
何故なら、ナーの目指す方角はスミレを救護しているルチナ達だったからだ。
「影でコソコソやってんなああああ! そろそろ俺と遊ぼうぜええええっ!!!」
「やべっ……!」
至急向かおうとするエメットだが、斬り刻まれたダメージがここで尾を引いてしまう。
「ちっ……!」
――クソが、間に合わねえ!
ならばせめてとエメットが力の限り吼える。
「逃げろおおおっ!!」
理不尽な暴力の化身が、救護者へと魔手を伸ばそうとしていた。
いかがでしたでしょうか?
今日から可能ならば4話分連続投稿します、出来なくとも明後日までは連続投稿となります!
何卒宜しくお願い致します!




