第175話 見守ってきた者として
こんばんは。
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時はやや遡り、社のふもとにいる魔食布教会陣営。
「わだすを上さ連れでってけさいん!」
サルビアが切り出した要求に、エメットは耳を疑った。
彼女の要求は自殺行為に他ならない。
「馬鹿野郎、何言ってんだ!」
「できるわけないでしょ!?」
エメットとルチナが拒否を示すのは必然だった。
この襲撃は里を救う為だけではない、里の上層部でありスミレの両親であるクロッカス夫妻の救出も兼ねている。
その重要性をエメット達が改めて訴える。
「アンタ等夫妻を逃がすのも重要事項なんだよ! 今や里の上層部はアンタ等ぐらいしかいない、これがどういう意味か分かるだろ!?」
「あなた達が殺されたら、スミレを悲しませるだけじゃない……今回の作戦も全部無駄に終わっちゃうんだよ! オーガの里が暴王の嘲笑の支配下に置かれるんだよ!?」
二人の説得は的を得ていた、バレンティアも固唾を飲んで頷く他ない。
無論、サルビアもその様子を見守るクロッカスも理解できていた。
だが、時に感情は理屈や道理をも覆す。
気付けばサルビアは、心のままに想いを口にしていた。
「お二方……わだすはずっど後悔してたっちゃ。十年前に愛娘を捨てたあの日から、ずっと……。迫害に追い詰められた末に……楽になりたいって安易な考えに走っちまった。わだす達は親を語る資格なんてない、最低のオーガだ……」
声を震わせながらサルビアは続ける。
「でも……スミレは、里の危機を知って駆け付けてくれた! もしかしたらわだす達に怒りをぶつけに来ただけかもしんねけど、それでも構わね! 親として……あの子を育ててきた親として、最後まで見守らなきゃ死んでも死にきれね! 頼む、魔食布教会の皆さん方! わだすを……上に連れてってけさいん……!!!」
迫害されても尚、ありったけの愛を注いできたが故のサルビアの訴え。そこには母として娘を守りたいという、揺るぎなき責任感が込められていた。
この想いを無下にすることはできない。
だが同時に、危険な状況であることもまた事実だ。
「……駄目だ、許可できねえ」
故に安全上の観点で、エメットの答えは変わらなかった。
「そんな……」
容赦なく断られたサルビアの顔が曇る。しかし、エメットの話はまだ終わってはいなかった。
「アンタ一人だけ行かせるわけにゃいかねえ。行くんなら俺とルチナも行く、それでどうだ」
「ちょっ、エメット!? 私も行かなきゃダメ!?」
「上でどう言う状況になってっか分かんねーからな。いざって時の回復役はいた方がいい」
「だけど……」
逡巡するルチナの元に――。
「……お行きなさい、ルチナ」
聞き覚えのある声が耳を叩く。
声の方に目を向けた場所にいたのは、魔食布教会のリーダーであるフリーデだ。腹部と二の腕に癒しの包帯を巻きつかせ、ふらついた足取りで歩を進める。
「大丈夫かよ、お嬢!?」
「もう少々暴れられるくらいの余力はありましてよ。それよりも……ぐっ」
痛みに顔を歪ませながらも、フリーデは命じる。
「エメット、ルチナ。サルビア様を護衛しつつ……スミレさん達に加勢なさい。私達はここで待ってますから」
石畳に腰を下ろし、フリーデは力強く告げる。
「皆様方……改めてよくお聞きなさい。この奪還戦は……最終的に、スミレさんを信じる戦いになります。まだ戦える力がある方は……一人でもお行きなさい!!」
傷の痛みなど関係ない、フリーデはその場にいる者達の戦意高揚の為にありったけの声を振り絞った。
リーダーにここまで言われれば、ルチナも応えぬわけにはいかない。
「分かった、行くよ。最終的に私達が勝っちゃえばいいんだしね!」
「俺も行こう。サルビアの夫として、スミレの父として……責任を果たさねばなるまい」
ルチナに続き、クロッカスもまた立ち上がった。
ならば自分もとバレンティアが名乗ろうとした瞬間、フリーデが彼女の袖を引っ張る。
「あなたはここに残りなさい。敵がまだ潜んでいるかもしれない、その時は広範囲制圧に長けたあなたに頼りたいのです。よろしいでしょうか?」
「了解、そういうことなら従うよ!」
各々腹を決めた所で、エメットが声を張り上げる。
「行くぞ! 一気にこの戦いを終わらせようぜ!!」
エメットの号令に頷き、一同は社の本殿へと駆ける。
そして、駆け付けると同時、スミレが地に伏す光景を目の当たりにすることとなる。
*
「スミレえええええええっ!!!」
ナーの卑劣な一手により、愛娘が倒れ伏す。母としてサルビアは慟哭せずにはいられなかった。
彼女の叫びを耳にし、戦闘中のワルデンとグステルも気付く。
「何だど!?」
「む、まずい……」
襲撃の主役が倒れた事実に動揺を隠すことなどできない。だが、対峙する暴王の嘲笑構成員に隙を与えることとなる。
「どこ見てんだ!」
構成員のナイフがワルデンの中腹部に刺さり――。
「余所見してんじゃねー!」
モーニングスターを振るう構成員の一手が、グステルのアサルトライフルを粉砕した。
それは正にほんの一瞬の出来事、相手も伊達に暴力に慣れた集団ではないことを意味していた。
だが、それはワルデン達も同様。
「いでぇな、コノヤロが」
なんと腹部にナイフを刺された状態で、ブレードボウの刃で複数人の構成員を斬り伏せた。
「倍返しだど!!!」
「ごばあああっ!」
「がべっ!?」
「ぎああああああっ!!」
素手で人体を破壊する程の膂力で振るわれる斬撃は強力無比、対峙していた構成員は全員真っ二つとなった。
一方のグステルも負けていない。
「ぶ、武器壊れた。く、今度はそれ貸して」
襲い掛かってきた構成員の顎を打ち、瞬く間にモーニングスターを奪取する。
そして、ワルデンに負けず劣らずの勢いで構成員達を蹴散らした。
そんな彼等を尻目に、ナーは下卑た笑みを浮かべていた。
「あーららぁ、何で戻ってきちゃったんだ? 大人しく逃げときゃいいものをよぉ~」
倒れたスミレの元に立ち、崩れるサルビアに向けてナーは非道な言葉を投げる。
「まあ、安心しろや。先に逝った娘ん所に、お前も送ってや――」
下卑た高笑いを上げるナーの元に、平たい日影が降り注ぐ。
その正体は、跳躍して肉切り包丁を振り下ろそうとするエメットの一撃だった。
次の瞬間、凄絶な肉切り包丁の剛撃が石畳を破砕する。
「オラよぉおっ!!」
「危ねぇなああっ!!!」
だが、包丁が迫るよりも先にナーは紙一重で横に回避する。それでもやはり得物のプレッシャーは絶大で、ナーの額には冷や汗が伝っていた。
「……避けんじゃねーよ、仕留め損ねたじゃねーか」
「受け止めきれねえ武器相手に何言ってやがる! 誰だって回避一択じゃ、ボケが!」
エメットが正面からナーと対峙する中、その背後ではルチナがスミレの治療へと入る。
ルチナが駆け寄ると同時、人面瘡が必死に懇願する。
『頼む、助けてやってくれ! たった一人の大事な相棒なんだ……!!』
「大丈夫、必ず助けるから! エメット、こっちは準備オッケーよ! そっちお願いね!!」
「おぅ、任せとけ!!」
互いに声を掛け合い、エメットは改めてナーを睨みつける。
「ナーさんよぉ、こっから先は一歩も通さねえ。尻尾撒いて帰りやがれ」
「退けねえなぁ、俺の出世が掛かってんだからよおおおおっ!!」
エメットは冷笑気味に、対するナーは一歩も引かぬ姿勢で啖呵を飛ばす。そして、両者の刃が交わるのだった。
*
ルチナの持つ水の簡易魔術書はバランスに富んでいる。攻撃はもちろん水のカーテンによる防御手段に加え、治癒効果をもたらす水を生み出す力も備えている優れものだ。
だが、その治癒効果の水を飲ませてもスミレの意識は戻らない。それ程までにスミレが受けたダメージは甚大だった。
黒焦げになった彼女の状態から、炎か雷属性の攻撃を食らったのだろうとルチナは推測する。もし雷属性だった場合、心臓麻痺に陥っていてもおかしくない。
そう仮定したルチナが叫ぶ。
「サルビアさん、スミレの呼吸はある!? 心臓動いてる!?」
「呼吸はあるどもいぎなり速ぇ……逆に鼓動は大分弱まってる。経験で分がるっちゃ、スミレは死にかけてる。拍動掌打って繋げるっちゃ!」
サルビアの言う拍動掌はオーガ流の心臓マッサージである。
人間の五倍の力を誇るオーガのそれは蘇生力も高い、サルビアは透かさずスミレの胸に両手を押し当てて何度も圧迫する。
「スミレ! 頼む、戻ってけれ……!!」
『戻ってこい、スミレ!!』
「いや、ちょっと待って! 何でアンタは意識あんの!?」
自然にスミレに呼びかける人面瘡に、ルチナは手当てしながら思わず突っ込んだ。
スミレの意識が消えている中でなぜか人面瘡は消えてない、違和感を抱くのは必然と言えよう。
だが、肝心の答えは――。
『それが……俺にもよく分からねーんだ』
本人にも理解できてない様子だった。
なぜ、人面瘡のみ意識をキープできているのか。これにはれっきとした理由があるのだが、この時の人面瘡はまだ気付いていなかった。
それでも、彼がはっきりと感じていることは一つある。
『だが、スミレが少しずつ死に向かってんのは感じてる。スミレの身体にいるんだ、誰よりも一番傍にいる俺だ……分からねえわけがねえ』
「え……それって、アンタホントに身体術なの……?」
思わずドン引きするルチナだが、人面瘡は動じない。
『俺のことはどう思ってくれても構わねえ! スミレだけは助けてやってくれ……!』
「なら、アンタはずっと声かけ続けて! 少しでも戻ってこれるようにね!」
「皆でスミレを取り戻すっちゃ!!」
ルチナとサルビアの激励に、人面瘡は『ああっ!』と力強く返答した。
過去に彼女と語らった時のことを思い返しながら。
――――――
人面瘡は誰よりもスミレのことを気にかけていた。
その愛情の深さは、実の両親であるクロッカス夫妻以上と言っても過言ではない。
理由はシンプル、身体術としてスミレの腕に直接宿ったからに他ならない。
迫害の原因としてスミレに嫌われても尚、人面瘡は味方で居続けた。でなければスミレは孤立無援になる、一切の仲間無くして孤独になると確信したからだ。
そう感じたのは、スミレが嫌われ者の秘島に捨てられて間もない時のこと。
涙で眼を晴らして訴えるスミレの姿を人面瘡は今も忘れない。
「お前さえいなければ……お前さえ発言しなければ、迫害されることもパパとママから捨てられることも……!」
怨嗟に満ちた面持ちで睨む彼女の姿は、オーガの名に相応しき圧だった。
だが、人面瘡としては「これでよかった」と安堵した。
生まれた時から住民達から迫害され、唯一味方だったはずの両親にも捨てられたとなれば、誰しもそうなるのは当然と言えよう。当時十二歳だった彼女の心境を思えば、それがどれほど辛く悲しいことか。
だからこそ、人面瘡は決意した。スミレの身体術としてだけではない、スミレの身体に宿った唯一無二の相棒として、彼女の力になろうと。憎んでくれて構わない、怒りをぶつけてくれて構わない。スミレの暗い感情を受け入れてあげるのが、己が役目なのだと。
嫌われ者の秘島に捨てられ、仲間や理解者が増えても尚人面瘡はずっとその信念を抱き続けた。徐々に人面瘡をフェリシア達が受け入れてくれても尚、最後の拠り所としていれるようにあり続けた。
そして、誇太郎との出会いで得たある言葉によって、スミレと人面瘡に大きな変化をもたらすこととなった。
それは誇太郎のいた現世界のことわざ、「あばたもえくぼ」。
「『あばたもえくぼ』のあばたっていうのは、その発疹の痕のこと。えくぼっていうのは、笑ったりした時にできる顔のくぼみみたいな奴さ。つまり何が言いたいかっていうと、好きな人や気に入った人なら、醜い病の痕であっても魅力的に見えるってことを言いたかったんだ」
誇太郎からこう言われた当時のスミレは、純粋に「好きな人」というワードに反応して照れ臭い反応を見せたが、人面瘡としては非常に救いのある言葉だった。
魅力的に見える、この言葉だけでどれだけスミレと人面瘡の心が軽くなったことだろう。
以降、スミレの表情は明るくなっていった。己が運命を呪い続ける人生から、人面瘡と名付けてくれるまでに受け入れ、前向きな人生を歩めるようになったのだ。
そして今、自身を捨てた両親であるクロッカス夫妻への真意を問いたいとスミレは立ち上がった。
なればこそ、人面瘡は改めて誓い直す。
引き続き身体術として、相棒として……スミレが前向きに生きていけるように支えてやらねばと。
――――――
こんな所で終わっていい訳がない、終わらせてなるものか。
折角両親との再会を果たし、真意を確かめる機会を手にしたのだ。
敵の不意打ち雷撃如きで相棒を死なせるな、死なせることがあってはならんのだ。
スミレを助けられるなら最早何でもいい。都合のいいパワーアップでも、数百人に一人しか起きない「種族進化」でも……!
必死にそう反芻しながら、人面瘡は足搔こうとナーの方へと顔を伸ばす。
『死なせねえ……明るい人生歩み始めたお前だけは、絶対に死なせねえぞおおっ!!!』
死に物狂いの形相で、人面瘡が叫ぶ。
その瞬間――。
「逃げろおおおっ!!」
エメットの叫びも同時に木霊する。
それは、戦局が大きく傾いた合図を告げるエメットの警鐘だった。
いかがでしたでしょうか?
やや牛歩気味で申し訳ありません。
何卒よろしくお願いいたします。




