8話
店に張られている索敵スキルが作動し、俺に来客を知らせる。
直後にからん、と音がして扉が開かれた。
「すみません。今って……やってますか?」
「えぇ、やってますよ。いらっしゃいませ」
入ってきた藍色のローブ姿に紅い髪、少し小さめな女性にカウンターに座るように促す。
「え、えっと………」
女性はその席に腰掛け、何をしたら良いか迷っているようで、キョロキョロと目線を色々なところへ移動させている。
俺は水をコップに入れ、女性に置きに行くついでに助け舟を出す。
「ご注文はどうなさいますか?」
その言葉に、女性は置いてあるメニューに目を通し始めた。
すべて見終わったようで、パタンとメニューを閉じて言う。
「じゃあ……10層野菜の盛り合わせをお願いします」
「かしこまりました。少々時間がかかりますがよろしいでしょうか?」
はい、と女性___サティスさんは答え水を一口飲んだ。
◆
サティスさんの食事が終わり、客が他にいなくなったところで本題へと入る。
「ではお話しします、サティスさん」
「はい」
そう答えたサティスさんだが手は膝の上で震え、肩に力が入っている。
どんなことを言われるか気が気でないのだろう。
俺はその不安を払拭しようと、結論から言った。
「まず、あなたの懸念していた旦那さんの浮気ですが、浮気はしていない可能性が高いです」
するとその言葉にサティスさんは安堵の表情を浮かべ、晴れやかな顔に変化していく。
浮気ではないと分かったからか、途端に上体を起こして質問をしてきた。
「じゃ、じゃあ夫の帰りが遅い理由は何ですか?」
「そのことですが、旦那さんは借金をしていた可能性が高いかと」
「借金?」
「えぇ、まずはこれをご覧になってください」
そう言って俺は小さい長方形の紙を置く。それは路地裏での密談を収めた写真だった。マノワさんが男達に麻袋を渡している姿など、何枚か撮られている。
写真は魔法道具によって作り出され、その魔法道具に魔力を籠めると見ているものがそのまま紙に映し出されるというもので、これはそれを使ったものだった。
他の魔法道具と違って魔力を籠める量が尋常ではなく、大抵の人は使えないという。
かくいう俺もこれを手に入れた時は使うことができなかった。そのときはまだ情報屋をやる前で、底辺の貴族をやっていたので館にいた召使い達に魔力を籠めさせて使った。
それでも大の大人が2人がかりでようやく使えるようになったくらいだ。
まぁ今でも魔力が余っているときに魔力を貯めて使っていて、魔力を籠めてすぐ撮るといったことはできていないのだが。
その写真にはあの路地裏の光景が写っており、マノワさんが冒険者と思しき3人と対峙しているのがわかる。
「それと、こちらもお聞きください」
そう言って俺は蓄声機を出す。これも魔法道具で、音を一定期間留めておくことができるものだ。
俺は蓄声機のスイッチを入れた。
『そろそろ__してもらわなくちゃな』
『ま、待ってください、___には__しますから』
『そう言ってもう3ヶ月くらい___だけど?』
「それと、もう一つ」
そう言ってもう一度スイッチを入れる。
『これでいいだろう?』
『あぁ、十分だな』
『は、やっとかよ。これ以上待たせたらどうしようかと思ったぜ』
「これが、私が調査した中で出てきた結論です」
そう言うと、サティスさんは納得したような、どこか腑に落ちないような顔でボソボソと独り言を呟き始めた。
「そうだったの……でも、何故?なんであの人は借金なんかしていたの?」
そのことに俺はすまなさそうに答えた。
「申し訳ございません。これ以上の調査になりますと法に触れてしまう可能性がありますので、これが私の限界です。ご了承ください」
そう答えると、サティスさんは微笑みながら大丈夫ですよ、と返してくる。その微笑みは悪魔の様に見えた。
「事情は後でキッチリとあの人に問い詰めますから」
初めて、サティスさんを怖いと思った。
◆
情報の提供が終わり、これで仕事は終わりか、と代金の話を切り出そうとした時、また一人索敵魔法に引っかかった。
すぐに扉が開かれ、一人の男性が入ってくる。その人は、見覚えのある人だった。。
サティスさんも少し驚いた表情をする。
「あなた………どうしてここに?」
すると男性__マノワさんは走ってここにやってきたのか、息を切らしながら答えた。
「き、君が夕食を作らずに出かけるだなんて、滅多に、ないからね」
「でもなんでここだと分かったの?」
「あぁ、それは___」
マノワさんは息を整えた後、少し後ろめたさを感じさせる表情で俯き、答えた。
「君に、追跡魔法を掛けているからだよ」
「え、追跡魔法?」
「うん」
サティスさんは戸惑いながら疑問を口にする。
「なんで追跡魔法なんか?」
「そりゃ………君が心配だからだよ」
その言葉にサティスさんは反駁した。
「私に隠れてコソコソやってたくせに何言ってるのかしらね」
「隠れてコソコソ?なんのことだ?」
「惚けないで。あなたが借金をしてたことは分かってるんだから!」
「え、借金?」
マノワさんはいよいよ分からないといった口調だった。
それでもサティスさんは続ける。
「いつまで惚けるつもりよ、証拠だってここにあるんですからね!」
そう言ってサティスさんは俺の提供した写真をマノワさんに見せる。するとマノワさんはしまったという顔をして呟いた。
「このやり取り、見られてたのか………」
「えぇそうよ、これであなたが借金をしていたのが証明されたわね!」
「ちょ、ちょっと待って………借金なんてしてないよ?」
その言葉に俺とサティスさんは同時にえっ、と言葉を詰まらせ、そして顔を見合わせた。
マノワさんが続ける。
「そもそもなんで借金の話なんて出てきたの?」
「それは、これがあったから……」
サティスさんは蓄声機を取り出してスイッチを入れる。するとさっきと同じセリフが流れた。
それを聞いたマノワさんがまた呟いた。
「………ここまで証拠があったら隠しきれないな。明日まで、待とうと思ってたんだけど………」
そう言ってサティスさんへ近づき、突然片膝を地につけた。
そしてサティスさんと目を合わせ、言った。
「君を不安にさせてしまったのは謝る。だけど、これのために、必要な行為だったんだ」
マノワさんはズボンのポケットから1つの箱を出した。かなり小振りでアクセサリーが1つ入るくらいだ。
マノワさんはそれを開ける。中には、指輪が入っていた。緑色に光り、宝石の部分に綺麗な加工がなされている。
「これを、知り合いの鍛冶師に作ってもらおうと思って明日までに間に合わせようと頑張ったんだ。ほら、明日は君の誕生日で結婚したのに指輪を挙げられなかったからさ。だから本当は明日あげようと思ってたんだけど………」
バレちゃった、とマノワさんは子供っぽい笑顔で言った。
それを聞いたサティスさんは破顔し、ぼろぼろと涙をこぼした。
泣きじゃくるサティスさんは、そのまま顔を上げて言う。
「ありがとう………!」
感動に震え、涙でいっぱいの笑顔は、とても輝いていた。
◆
「ありがとうございました」
「いえいえ、お幸せに」
あの後、サティス家の甘い甘い恋愛劇場を見て、暫く経ったあと依頼料を受け取って、2人とも帰ることになった。
「アルクさん、今回はありがとうございました。もしかしたらまた頼むかもしれないのでお願いします」
「次は、浮気調査でしょうかね」
それを聞いたマノワさんは弱った顔をして言う。
「しませんよ……愛する妻がいるのに浮気なんて出来ません」
「そんな恥ずかしいことここで言わないでよ……」
そう言うサティスさんも満更ではなさそうだ。頬が薄く桃色に染まっていく。
俺は安堵した微笑みを浮かべて言う。
「これを見る限りだと大丈夫そうですね」
それでは、と俺は最後に一言添えた。
「情報屋のアルクを、今後ともよろしくお願い致します」




