3話
外から子供の楽しそうな笑い声が聞こえる一室で、アナベル・コニーは机に向かって仕事をしていた。
外から聞こえる騒がしさとは逆に、そこではペンが紙を摩擦する音と、時折起きる、紙を捲る音だけがこだましていた。
「よし、これで今日のノルマは達成かな」
仕事のため、と後ろに纏めていた髪留めを解く。アナベル自慢の黒く長い髪が広がった。そして書類を一纏めにするためにとんとんと机に軽く打ちつけて合わせる。
辺りを見渡すと、窓からの夕焼け色の光も途絶えはじめ、部屋には不気味な暗さが漂っていた。仕事に没頭するあまり、周りに気が回らなかったようだ。
アナベルは椅子から立ち上がり部屋の電気をつけようとしたが、丁度良いと部屋の隅に置かれているベッドへと方向転換し、そのまま飛び込んだ。
はぁ〜、と一日堆積した疲れを出来るだけ取り除くかのようにベットへと沈み込む。このまま寝てしまおうかと思ったとき、部屋の扉がノックされ、扉越しに声が聞こえた。
「コニーさん。来客が来ておりますがどうなさいますか?」
今のは秘書のエミリアだろう。そしてそのエミリアが言った言葉にアナベルは内心面倒くさく思った。どうせ来客といえばダンジョンギルドから来た査察団やらギルドに入りたいとか言ってくる冒険者とかだろう。
アナベルはどうしようかな、と思いながらも一応はエミリアに尋ねた。
「来客ってだれ〜?」
「アルク・ロッドという御方ですが」
「アルク?!」
その答えを聞いて、アナベルはすぐにベッドから跳ね起き、支度を始めた。
「すぐ行く!ちょっと待って、って言っておいて!」
「かしこまりました」
そう言って秘書の娘はと部屋から遠ざかっていった。
アナベルはそのやり取りをしている間に着替え始めていた。一日中着ていた部屋着からタイトな紺のデニムと、生成り色のチュニック、その上に赤色の、薄いカーディガンを羽織る。
ちょっと応客には不向きかなぁ、と思うが相手は長年の付き合いのアルクだ。きっと許してくれるだろう。
応接間へ向かう間、終始アルクが来た要件のことを考えていた。
この時期に来るということはダンジョンの階層主の間を見つけたのだろうか。いや、いくらなんでも早いだろうなどと、考えては打ち消し、考えては打ち消しを繰り返しているうちに応接間へと辿り着いた。
◆
華美な装飾品で飾られた応接間を、得体の知れない緊張感が支配していた。
時折綺麗目な秘書の女性が、俺の飲み干す紅茶を注ぎ足してくれるだけで、一言も話さずただ俺の右後ろにいた。そしてそれが俺の緊張感を更に助長させた。
もうすでに紅茶は3杯目へと突入している。
………早く来ねぇかな。
滅多にここには来ないため、どうにも慣れることができない。
一人で店を切り盛りし、一人でダンジョンへ籠っている俺にとって、ギルドというものは得体のしれないものなのだ。
しばらく無言のまま紅茶を啜っているといきなり扉がバタンという音と共に開きアナベルが入ってきた。
紺のデニムに生成りのチュニック、赤いカーディガンと、応客には向かないような服装だった。
「ごめんアルク!遅れた!」
「いやまぁそれはいいんだけど………何そのオメデタイ服装」
少しきつそうなデニムにふわっとした身体を包むような赤いカーディガンの組み合わせは、上半身が強調され、達磨を彷彿とさせた。
アナベルはそんな俺の言葉がお気に召さなかったのか噛みつくように反論してきた。
「おめでたくなんかないわよ!
……………折角オシャレしてきたのに………」
しかし段々と消え入るような声になり、途中から何を言っているか分からなかった。
「え?折角、なんだって?」
「……………もういいわよ」
アナベルは頬を紅くしてふいっとそっぽを向きふくれっ面をしてしまった。
………どこがいけなかったんだろうか。
いつもアナベルとはこんな感じだった。
アナベルとは幼い頃からの付き合いで、物心ついたときから一緒にいた。
アナベルも貴族で、コニー家の次女だった。ロッド家とは仲が良く、お互いの家へ泊まり込んだこともある。
その中でも度々アナベルは声が小さくなり、それを俺が聞き返すと何でもないと不機嫌になるのだ。
いきなり不機嫌になりしかも口を利かなくなるので正直困っていたりするのだが。
ちなみにアナベルは身長170cmを超えており、160cmを少し超えたくらいの俺よりも10cm程大きい。本人は背が高いことにコンプレックスを抱いているようで、いつも俺と会うたびにアルクぐらいの背ならば………と嘆いている。
そのぼやきを聞いて、俺は自分の背が低いことを馬鹿にされているかのようで内心傷ついていたりするのだが。
「で、今日はなんのよう?まさか階層主の部屋を見つけたとかじゃないわよね」
「そのまさかだ。今日潜ったら見つけたんだ。で、これがそのマップデータ」
そう言って俺はマッピングした羊皮紙を猫脚のテーブルに置く。
それをアナベルは手に取り、じっくりと見始めた。
「ホントだ……階層主の部屋がある…………マッピング率77%?!」
ありえない、とばかりに叫ぶアナベルを窘めるように俺は静かに話す。
「マッピング情報は渡した。それでいつもの取引をしたい」
アナベルの興奮が収まりだした時に告げる。
アナベルは羊皮紙から顔を上げ、俺の方を向いた。
「分かってるわよ。アルクをレイドパーティに入れればいいのね」
そう言ってアナベルは秘書の娘にマップデータを渡した。
「よろしく頼む」
◆
階層主は一般のモンスターとは違い、桁違いの強さを誇る。
そのため普通はレイドパーティという数人が集まったパーティを複数組み合わせ、大人数での討伐に挑むのだが、レイドパーティは基本一つのギルドで賄い、他のギルドへは頼ったりはしない。よほど仲の良いギルド同士でない限りギルド間の争いが懸念されるし、なによりドロップアイテムの争奪が起こってしまう。
ボスのドロップアイテムは高価で、それを一つ売るだけで1ヶ月は遊んで暮らすことが出来るくらいだ。
俺は大体一人でダンジョンへ潜っていて、なおかつギルドにも属していないのでボスの討伐には参加できない。
しかしボスは一度討伐すると時間をおいてまた出現する。
なので階層主の情報を手に入れ、その情報を売り出したいので、
昔から付き合いのあるアナベルに頼みこんでいるというわけだ。
こちらからその階層のマッピングデータを渡し、アナベルからは俺をボスの討伐戦に入れてもらうという取引きをしているのだ。
最下層まで一人で潜れる俺の実力なら足手まといにもならないし、むしろ戦力の補充になる。
お互いに利益しか生まない取引だと思う。
アナベルがどう思ってるかは知らんが。
◆
マッピングデータを秘書に渡したアナベルが俺に尋ねた。
「ね、ねぇ。明日って用事……ある?」
「明日か、明日はダガーを研ぎに行かなきゃなんだよな。久しく行ってないしボス討伐の前に行っておきたい」
「そ、そう………じゃあ明後日は?」
「それも無理だな。明後日はお得意さんと取引があって終日暇がない」
「そ、そう………」
アナベルはしょんぼりと肩を落とし、テーブルに置いてあるティーカップを見つめた。
しばらくして、俺は紅茶を飲み干しカップをテーブルに置き、アナベルへと話しかけた。
「じゃあ、俺そろそろ行くわ。ボス討伐の日にちはいつだ?」
その声にアナベルは顔を上げて答えた。
「4日後の午後1時。場所はアークスの地上よ」
「了解、じゃあまた討伐戦でな」
俺は部屋の扉を開け、出ていく。
「またね」
その後ろで、アナベルが小さく返事をした。
◆
俺は店へと帰り開店の準備をする。
だが今日は酒場を切り盛りするだけで情報屋として働くことはなかった。




