2話
酒場の店主兼情報屋兼冒険者である俺の朝は早い。
時刻は朝6時。俺は冬特有の冷気に叩き起こされベッドから出た。
寒い寒いと呟きながら着替え、コートスタンドに掛けてある上着を取って羽織る。
今日は午前中から32層のマッピングをしに行かなければならない。
31層が突破されて既に3ヶ月程経つ。そろそろ階層主の部屋を見つけてもおかしくはないだろう。
32層のマッピングは7割程度終わっている。
一番最初にボス部屋へ辿り着いてマップを売り払えば大分高額になる。暫くの間少しは余裕のある生活が送れるだろう。
情報屋なら誰かがマッピングしたのを買い取るという手段もあるが、俺の店は規模が小さく、しかも常連客ではヒースが30層に潜っているだけでそれ以外は上層、つまり一桁の階層くらいにしかいない。
こんな時店の規模が大きければなぁ、と思う時もあるがそれはないものねだりというものだ。しかも規模が大きいとそれに比例して問題も多発するだろうと思い直し、やはりこれでいいと自分を納得させる。
ただ、店が東にあることは不便だ。
何をするにも主要な店などは中心部にあるしダンジョンに行くのにも歩いて1時間だ。最近越してきたばかりだし、あそこしか空いている建物は無かったしでしょうがないのだが。
◆
都市の中心部へ来るとすれ違う人が多くなってきた。
初心者専用とも言えるような安物の装備を身につけた人や、ジャラジャラと無駄な装飾品を身につけた貴族らしき人、耳が長く端正な顔立ちのエルフもいる。
多種多様な身分、種族に文化、この雑多な雰囲気が都市の有り様を現していた。
俺はだんだんと増えていく人混みを掻き分けながら進む。スプリトの商店街に差し掛かると人混みは一層多くなった。
このスプリトの商店街は都市内屈指の大きさを誇るため、様々な店がある。
ポーションなどが売られる道具屋はもちろん、武具や防具の専門店にドロップアイテムの換金所など、ダンジョン都市ならではの店も多い。
◆
商店街を抜けると一気に閑散とした光景が目に入ってくる。
時々すれ違う人々は皆一様に、防具を身に着けながら歩いている。
その人々が向かう先にあるのは、都市の中心部にあるダンジョン、アークスだ。
仰々しい雰囲気の入り口はそこだけ人が溢れかえっていた。
入り口にはダンジョンを統括する役人が数名いて、人々をダンジョンへと送り出している。
この入り口の役人はダンジョンの管轄者である大貴族マスケティア家の一員で、代々その家系が100年くらい統括しているという。
俺はその役人に近づき、話しかける。
「32階層まで」
「畏まりました」
そう答えると役人はぶつぶつと小声で何かを唱えだす。すると俺の身体が白く光り始め、視界が白く染まった。
だんだんと視力を取り戻し始め、やがて正常に戻る。すると目の前にはおどろおどろしい苔むした石の壁や道があり、そこにはまた役人がいた。こっちの役人は帰る時にお世話になるだろう。
さっきの現象は、役人の唱えた魔法だ。ワープという魔法で、自分や対象者を拠点へ飛ばすことができる。
さて、と俺は装備を確認する。
いつも使っているダガーに茶革のジャケットに鉄製のブーツ、と装備は万全だ。
俺はダガーを腰の鞘に収め、歩きだした。
◆
「シャァッ!」
鋭く尖った声と共にモンスター___ポイズンネペント___が突撃してくる。その攻撃を幾度となく見てきた俺は難なくいなし、ダガーを相手の胴に突き立てる。すると相手はぐらりと体制を傾けたかと思うと、力尽きたのかぐったりとし、地面へと倒れ込んだ。
そして生命が尽き、動かなくなると、地面に触れていた部分からアークス内へ溶け出していき、やがて消滅する。
しかし全てが溶け切るわけではなく、そこにはドロップアイテムが残る。
ドロップしたのはポイズンシードだ。毒消し薬の材料の一つとして重宝される。
俺はそのアイテムを回収し、バックパックに入れた。
これでここにきてから50体目のモンスターだ。やはり最下層ともなるとモンスターとのエンカウント率が上がる。しかもモンスターの個々の強さもあるからなお厄介だ。
俺はひんやりとしたダンジョンの中を慎重に徘徊する。マップを見る限りそろそろ75%くらいマッピングしただろう。
時刻はもう既に夕方5時。今から帰り始めないと夜の酒場の準備が間に合わなくなるため、俺は帰り支度を始めた。
バックパックを整理し、そろそろ帰ろうかというとき、不意に咆哮が聞こえた。
「………?!」
地響きのような野太い音が地を這い空気を震わせる。
周りには今モンスターはいない。俺が粗方倒してしまったので、室内は薄暗く静かだ。
俺はバックパックを急いで背負い込み、今いる部屋を来た方向の逆へと出る。つまり、ダンジョンの奥へと。
すると咆哮は一層大きくなっていく。
部屋から出た先は一本の道となっていて、奥は暗く行き止まりかどうかも分からない。
俺はそこを慎重に歩いていく。アークスの、しかも最下層にしては静かで、モンスターは一匹も出ない。
自分の足音が妙に響くのを意識しながら歩いていると、それはあった。
イヤに禍々しい紋章や絵、文字などが装飾されたそれは他の一般的な扉とは違い、ピリピリとした空気を醸し出していた。
「ようやく、着いたか………」
紛れもなく、階層主の部屋の扉だ。




