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14話

「今日は先に帰らせていただけますか?」


エルーニが唐突に、初めて早く帰りたいと言ったのは、俺がアナベルに近況報告した2日後のことだった。


「あ、あぁ。勿論いいぞ」


ずっと最後までダンジョンに潜っていただけあって、皆驚いた表情だ。


「何か、あったのか?」


ヒースが不思議そうに尋ねる。するとエルーニは頬を掻いた。


「いえ、ちょっと用事がありまして」

「お、まさかデートか?!」


このこの、と肘で突くヒースをエルーニは困り顔で、違いますよと苦笑する。

そして俺と目が合った。

数秒視線が交錯し、エルーニから目を逸らす。

俺は不可解な感情を胸に潜ませながら、その光景を見つめていた。







エルーニが向かった先は、とあるギルドだった。

それは(リヴィウ)にあり、廃墟を拠点としているかのように外壁は朽ち、あちこち(すす)がかっている。

エルーニはその中へ躊躇いもなく入っていった。

俺はそれを見て、溜め息を吐いた。

俺は、このギルドを知っている。

俺が情報屋だから、ということもあるが、このソフィアに住んでいれば一度は耳にするくらい有名なギルドなのだ。

外装から分かる通り勿論、悪い意味で。


闇ギルド、ホロウフォッグ。


その単語を口にした途端、皆一様に苦い顔をし、言葉を詰まらせる程だ。

表向きはダンジョン攻略を謳っているが主に活動していることは、臓器や麻薬の売買。ソフィアの外部、つまり都市外れの村や町で栽培したものを都市に持ち込んだりしている。

その度都市への流入を厳しくしているのだが、イタチごっこのように手法を変えてきて、完全に締め切るのは難しいようで、時々麻薬中毒者が出たりしている。

ダンジョンギルドも躍起になってあの手この手で潰そうとしているが、ホロウフォッグはゴキブリの如く生き延びている。


エルーニがギルドへ入った後、俺はギルドの壁に近づいていった。

エルーニの入っていった玄関の左側の壁だ。

そしてラピッドイヤーを使い、壁に耳をつける。こうすることでギルドの中のどの部屋でもそこそこ聴き取れるはずだ。

俺の予想は当たっていたようで声が聞こえてくる。しかも運の良いことに壁を挟んですぐ向かい側で会話をしているようだ。

そのお陰か、大分聴き取りやすい。


『約束の通り、持ってきた。これで依頼を受けてくれるな?』

『ふっ、まぁいいだろう………ほらよ、これがお望みのもんだ』

『……これで、これであの人を自分で………!』

『これで依頼は完遂した。早く出ていけ』

『分かってるよ、マスター………きっちり、殺してくる』


そう言うと壁の向こう側で足音がした。恐らくエルーニが出ていく所だろう。


予想通りエルーニが出てくる。俺は玄関からは見えない位置に潜んでいたため見つかることは無かった。

エルーニが言っていた意味は何なのだろうか。ホロウフォッグ、あの人、殺す、そこから導かれるものとは。

答えは少し考えただけで想像はついた。だが確証もない。そして確かめようにもエルーニは何処かへ行ってしまった。

だったら俺のするべきことは何か。簡単だ。情報屋として、危険な芽を摘むことだ。

俺はそう確信し、エルーニが歩いていった方向へ向かう。

ひんやりとした冷たい風が強く吹き、俺の頬を叩いた。









辺りは闇夜に染まって静まり返り、自分の足音だけが響き渡る。俺は前屈みにゆらゆらと歩きながらひひっ、と不気味な笑い声を立てる。

手にはいつもダンジョンでしか持ち歩かない刃渡り30cm程の短剣を持ち、腰に取り付けた麻痺毒の入った瓶がぽちゃぽちゃと波音を立てている。

持っていた短剣を月にかざす。刃先が、月光に透けた。


俺はこれからあの御方、アナベル・コニーを殺しに行く。

何故殺すのか、キッカケは些細なことだった。だが、それが積もり積もってこうなってしまったという自覚がある。

先ず、俺がギルドに入ったことからだ。

元は、俺の一目惚れだった。一人でダンジョンの最下層から3層上の階に潜っていると、近くで狩りをしている人を見つけた。それが、彼女だった。

彼女は颯爽と敵をあやすように(あや)め、なおかつきちんと急所を狙い、一撃で仕留める。可憐で麗美な戦い方だった。

俺はその姿に惚れ、それからその階層に1日中潜り、地上に戻れば彼女のことを調べ上げた。

その結果、彼女はサイレントケットというギルドのギルドマスターだということが分かった。

当時はあまり勢力もなく、平凡なギルドだった。だが、俺はサイレントケットに入ろうと決意した。勿論、アナベル・コニーという人物に近づくためだ。

ギルドに入りたいと直接ギルド本部へ願い出ていくと、彼女が直々に対応をしてくれた。面接の結果、合格。俺は晴れてサイレントケットの一員となった。

それからは毎日が楽しくて仕方がなかった。俺はギルドメンバーに比べてそこそこ強いと認められ、彼女と同じパーティに組み込まれることとなった。

俺は躍起になって奮闘した。彼女に良いところを見せようと、彼女に認めてもらおうと。

その結果、ギルドは瞬く間に強くなっていった。俺だけの力ではないが俺が原動力の一部にはなったであろう。

彼女も、日に日に強くなっていった。

とうとう最下層まで潜れるようになり、トップギルドなどと呼ばれるようになった。

変わり始めたのはその頃からだった。

ギルドが強くなっていくにつれて入団を希望する人々が次第に増えていったのだ。

ギルドが強くなれば(おの)ずと規模も大きくなる。これは基本だった。

サイレントケットも例に漏れず、どんどんと人が入ってきた。ギルドマスターであった彼女は俺の時と同じように、一人ひとりに自ら対応していった。

そして入団してくる人が決まった。そして彼女がそれぞれが組むパーティを決めていった。

俺は彼女のパーティに入ると確信していた。ギルドが強くなる前から一緒に戦ってきたのだ。

俺を選ばない道理は、無いはずだった。

しかし彼女は俺を選ばなかった。俺はそこそこの実力を持った者が集まったパーティに組み込まれ、そこのリーダーになった。

彼女からは、この人達は見込みがあるから頼んだわよ、と言われただけだった。

俺はもう、彼女の近くにいることは出来なくなったのだと思い、酒と博打に浸かった生活をするようになった。生活は荒れ、ダンジョンにも潜らなくなり、俺は自暴自棄に陥っていた。だが、それでも今までダンジョンに潜り培ってきた実力は衰えにくく、まだギルド内ではトップの技量を誇っていた。

それから1ヶ月程経ち、長年ギルドにいたことから、参謀のような立場に就いていた。そして、彼女の近くにいることが長くなった。

その時、気づいたのだ。彼女には、好いている相手がいると。

その相手がギルドに来た時はいつものスーツではなく私服に着替えているし、何より彼女がその男のことを話すときには笑顔になるのだ。

俺はその男に嫉妬した。何が彼女をここまで突き動かすのか、と。俺はその男について調べようと思った。だが、分かったのは貴族の出身ということだけだった。どうやらその男は、意図的に情報を露呈させていないようだった。

そして、俺はまだ見ぬ彼女の想い人を想像し、歯噛みした。

その後、1ヶ月が経ち、32層の階層主(ボスモンスター)の討伐が始まることになった。

俺は盾役パーティのリーダーとして参加することになった。

ダンジョンの入り口に集まった中に、彼女へ話しかけてくる男がいた。

俺はすぐにそいつが彼女の想い人だと確信した。何故なら彼女が笑顔で、小走りに駆け寄ったからだ。

そいつの名はアルクというらしい。小さい背丈に幼い顔、貧弱そうな身体付きに俺は嫌悪感を覚えた。

何故こいつに彼女の気を引けるほどの魅力があるのか、と。


そして討伐戦が始まった。俺は自分の働きを彼女に認めてもらおうと自分の役割を徹底してこなした。


だが、彼女はそれを認めてはくれなかった。

それどころか討伐が終わって帰ると、階層主(ボスモンスター)の突進の時何故守りに行かなかったのか、そのせいで一人に負担を掛けてしまったではないか、と言われた。

その一人とは、アルクのことだ。

俺はこの時、彼女はアルクに危険が迫ったから怒っているのではないのかと思った。アルクでなければ、こんなに怒らないのではないか。

そう考えた時、身体が熱くなるのを感じた。

自分は理不尽なことで叱られている。彼女はアルクによって盲目になっている。

このままではダメだ。彼女は確実に堕ちていってしまう。


まず最初に考えたことはアルクを殺すことだった。闇ギルドに頼り、アルクを罠にかけ、殺す。

だが、それでは彼女が悲しんでしまう。彼女の悲しむ姿は、見たくない。

ではどうするか。次に出てきた答えは、彼女を殺すことだった。

そもそも彼女は俺の、俺だけのものだ。

それが他人に渡るなんて絶対に嫌だ。

それだったら、殺してやる。殺して、永久に俺のものにする。

それが、彼女、アナベル・コニーを殺そうとした動機だった。







俺は一歩一歩と、躍動感を噛み締めながら進んでいく。これから彼女を俺のものにする。そう考えただけで胸の底から得たいのしれない快感にも似た高揚感が湧き出てくる。

俺は知らずのうちに走り出していた。気持ちを抑えきれず、足を前に出す。体勢が前のめりになり、()けそうになる。

暫く走ると前方に人を見つけた。俺は無視して走り去ろうとすると、相手は俺の進路を阻むかのように俺の前に立ち塞がって退こうとしない。

俺は苛立ちつつも立ち止まり、相手を睨めつける。すると、相手は自分の知る人物だった。


「こんにちは、エルーニさん」


目の前に無造作に立つ相手は、アルクだった。

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