15話
「こんにちは、エルーニさん」
俺は開口一番、何も知らないふりを装って声を掛けた。
エルーニはあからさまに嫌そうな顔をして、小さく舌打ちをした。
それから表情が一変し、いつものダンジョンに潜っている時の柔らかな眼差しに変化する。
だがエルーニからは消すことのできない明らかな嫌悪感が溢れ、俺を突き刺してくる。
「何をしてるんですか?」
俺は無邪気そうに尋ねる。するとエルーニは右の頬を人差し指で掻きながら、目を逸らした。
そして、誰にも言わないでくださいよ?と念を押される。
「実は、私には付き合っている人がいまして………その人に会いに行っていたのです」
「あ、そうだったんですね。じゃあ前にも何度かお会いしていたんですか?」
「えぇ、何度か」
勿論これは嘘だ。エルーニのことは調べていたが何処かへ行っていた、ということは一度として無かった。
「いいですね、相手がいるって。私なんてこの背ですから相手にもされないんですよ………」
「アルクさんはお強いですし顔立ちも整っているではありませんか。むしろ私なんかより引く手数多な気もしますけどね」
そう言うエルーニは足先が忙しなく動いている。一刻もここから抜け出したい気分だろう。
何かを隠しているときは目が泳ぎ、手や足の癖が如実に現れる。
エルーニはまさにそうだった。目が左右に揺れ、指を捏ね繰り回す。
もうそろそろ、賭けに出ても良いだろうか。
「これからアナベルに会いに行くんですか?」
エルーニは眉をぴくりと動かし、すぐに無表情になる。
「アナベルさん?何故です?」
「いえ、この方向だとサイレントケットの本部があるなぁ、と思っただけですよ」
「私はもうファントムソルジャーの一員ですよ。それこそサイレントケットなんかに行ったらアナベルさんに怒られちゃいますって」
「アナベルはそんなことしませんよ。笑って許してくれるはずです」
「どうでしょうねぇ……」
お互い腹を探り合うように丁寧に会話を続ける。
もう、そろそろ核心を突いてやろう。
「何故、アナベルを殺そうとするんです?」
顔に貼り付いた笑顔を崩さずに問う。
エルーニは、明らかに動揺した。
目が大きく開かれ動きが一瞬止まる。俺は、それに更なる確信を得て、追い打ちを掛ける。
「アナベルがどんな悪いことをしたんです?不満があるのですか?」
直後。
ダンッ!という破裂音が辺りへ轟く。エルーニが俺へと突進してくる時の踏み込みの音だった。
エルーニは半身になり、身体をひねるようにして短剣を突き出してくる。
それを予期していた俺は左へ転がるように飛び、エルーニの進路から逃れると同時に腰のダガーを取り出して構える。
エルーニはすぐさま方向を変え、再度斬りかかってきた。
エルーニが左脇に振るった短剣をダガーで受け流し、相手の空いた右脇へと突きを入れる。エルーニは素早い反応でダガーを弾き、体勢を立て直した。
そこからは剣どうしが交錯し合い、一進一退の攻防が始まった。どちらも隙あらば攻め、攻められた方は咄嗟の反応で難を凌ぐ。
「ふっ!」
キンッ、と甲高い音が響きエルーニの手から短剣が弾き飛ばされる。その短剣は宙を舞い、俺の後ろへと転がっていく。
「決まりだな」
俺はダガーをエルーニに突きつける。まだエルーニの眼には抵抗の光がチラチラと垣間見えたが、暫くして諦めたのかがっくりと項垂れながら腰を地面に落とし、座り込んだ。
「………どうして俺の目的が分かった」
「あんたには教えてなかったっけか。俺は情報屋なんでね、そういうのには敏いんだよ」
「………あんた情報屋だったのか」
エルーニはとうとう無理だと悟ったのか、はあっ、と息を吐いた。
「で、これからどうするんだ?」
「勿論犯罪統制ギルドに送り込むさ。あんたみたいな奴は放っておけない」
「ハッ、好きにしろ」
俺はそのエルーニの物言いに違和感を覚えた。
「ヤケにでもなったのか?」
そう聞くとエルーニは肩を震わせて下を向いた。
そして耐えきれなくなったのか、声を上げて笑い始めた。
俺は訝しげにそれを見つめ、若干語気を強めて問うた。
「………何が可笑しい」
「いや、念には念を入れておくべきだな、と思っただけさ」
「なんのことだ」
「あんた情報屋なら俺の行動を見てたんだろ?パーティに入ってまで。だったら俺がホロウフォッグに出入りしたことも知っているはずだ」
エルーニの心理が分からないまま答える。
「あぁ。その時にその腰に付けている麻痺瓶を買ったんだろ?」
「それだけじゃあない」
エルーニは一呼吸おいて続ける。
「もし俺に万が一があったら替わりにアナベルを殺せ、って言ってあんだよ」
「…………そうか」
「ハハッ、その顔は『そんなことをしていたのか』って顔だな。ざまあみろ!もう間に合わねぇぞ!」
激情に駆られ、なりふり構わないエルーニの態度を他所に、俺は目を瞑り、感情を整える。
そして、冷淡に言い放った。
「その事は勿論知っていたさ………だってそいつらが、ここにいるんだからな」
俺は右手を上げる。すると家の影から、中から、続々と人が出てきた。
明らかに冒険者の服装をしたものもいれば私服の格好の者もいる。
エルーニはそれを見た途端、一気に表情が青ざめた。
「な……てめえ等なんでここにいる!」
「何で、と申されましてもね?」
このグループのリーダーが答える。
「アルクさんには大変ご贔屓にさせていただいてますから」
「そんなに贔屓してるつもりはないがな」
「いえいえ、充分ご贔屓にさせていただいておりますよ」
この会話で、エルーニは全てを察したようだ。
「何で……何でだ………!」
「何でって言われましてもね。そういうもんなんですよ、世の中って」
ホロウフォッグのリーダーとエルーニの会話が続く。
そこで俺は会話を終わらせる目的で口を挟んだ。
「そろそろ、殺るぞ」
それを聞いたエルーニは顔がさらに青白くなっていく。
「おいおい、冗談だろ?!アンタのお仲間はもう助かった!これでさらに殺すってのか?!」
「その発想が危ないんだよ、これで犯罪統制ギルドに突き出したらまた数年後出てきてアナベルを危険に晒すかもしれないだろうが」
ダガーをエルーニに差し向ける。
「何で……っ!何でお前がホロウフォッグと付き合いがあるんだよ!」
「そんなの決まってるだろ」
俺は一呼吸置く、エルーニは肩で息をし、俺を目の玉が出そうなくらいの形相で睨みつけていた。
「情報屋をやるのに、裏からの情報ルートを手に入れなくてどうするんだ」
俺はヒースにゆっくりと近づく。エルーニの表情がコロコロと変わっていく。
驚きから怒りへ、そして、恐怖へ。
エルーニの首元にダガーを密着させる。
「イヤだ!死にたくねぇ!」
煩く喚くエルーニを無視し、俺はダガーを横に滑らせた。
スッ、と音もなく通ったと思うと頭が地面に転がり、身体も魂を失い、崩れる。そして斬った首元の血管から血が吹き出てくる。心臓の鼓動に併せて、勢い良く出たり出なかったりしている。
やがてその血も止まり、エルーニの身体は黒く、固く、冷たくなっていく。
俺はそれを眺めながら隣に立つホロウフォッグのリーダーに声を掛けた。
「後処理は任せる。報酬は、後日だ」
「畏まりました」
リーダーは左の口角を吊り上げ、ニヤリと笑う。
俺はそれを尻目に、その場から離れていった。
冷たい夜風がいつもより余計に冷たく感じる。冬が終わりを近づくのを恐れ、勢力を強めているのだと錯覚するほどだった。
◆
後日、ヒースから、エルーニを捜してくれ、との依頼が入った。
勿論エルーニの身体はホロウフォッグが綺麗さっぱり片付けたとは思うので、1週間くらいしたら見つけられなかったとでも言っておこう。
そして、一番の気がかりであったアナベルは、そこまで大きい精神的ショックは無かったように見える。
アナベルにはヒースからの依頼で、エルーニの行方を追っていたらその日夜遅くダンジョンに潜ったという証言があり、そして恐らくそこで力尽きたのだろう、と嘘の報告をした。
ダンジョンならたとえ人でもいつかは溶けてダンジョンに吸収され、何も残らない。まさに言い訳にはうってつけの場所だった。
アナベルは冒険者である以上死と隣り合わせであり、突如として死ぬのは仕方がないと思ったらしく、たった一言『そう』と言っただけでそれ以外は何も言わなかった。
◆
俺は最低な人間だ。
いくらでも方法はあったはずなのに敢えてこの方法を選んだ。
自分から殺戮の道を歩み、そして闇へと埋まっていく。
だが周りの親しい人間には、俺の本性を出さずに仮面を被った俺と接してもらっている。
本当は一人で生きていかなければならないのに、他人との交流というぬるま湯に浸かりそれに甘んじている自分がいる。
こんなことを今すぐに止めて犯罪統制ギルドに自首しに行かなければならないのに、それをしない自分がいる。
怖いのだ、単純に。
ギルドに捕まることではない。たった一人で生きていくことが、だ。
小さなことから積み重なり、ここまで来てしまった。
後戻りは出来ない。やり直すことなんて、出来ない。
そして俺はこのままを生きる。
だから、俺は最低な人間なのだ。
ありがとうございました




