ep.4 淀んだ瞳
「星〜!おまたせ!」
少し煩くしすぎたかな、と反省しつつ、星に手を振る。
呆れ顔の彼が、私に近づいてくる。
「本読んでたから大丈夫。帰ろうか」
星の瞳は、少しだけ淀んでいる気がした。
気の所為だと自分に言い聞かせて、星に話しかけようとする。
けれど結局、ほとんど何も話さないまま、家についてしまった。
鍵穴に鍵を刺して、回す。
いつも通りに扉が開いたことに、ほっとした。
リビングに行くと、私の耳に懐かしい声が流れてくる。
「おかえり、小夜」
「あ……ただいま、お母さん」
うん、おかえり。
そう言いながら、お母さんはお皿にシチューを注いでいた。
それを横目に手を洗った私は、配膳のお手伝いをした。
いつもなら褒めてくれるお母さんは、今日は元気がないのか、何も言わなかった。
「「いただきます」」
行儀良く食べている母に尊敬しながらも、私はできるだけゆっくりと食べる。
ゆっくり食べたところで、話題がない、という問題があるのだけれど。
「そういえば、お母さんがこの時間にいるの珍しいね」
「あのね、小夜。言いづらいんだけど……」
かちゃり、と音が聞こえた。
お母さんが夕食を食べきって、スプーンを置く音。
その音は、まるで硝子が割れたような音だった。
「お母さん、どうしたの〜?そんなにこのサラダ苦かった?」
そんなわけがないのは、わかっている。
それでも、言ってほしかった。
「そうだよ」って、いつもみたいに。
そんな幻想は、すぐに崩れ落ちた。
「来月から、おばあちゃん家に住むことになったの」
来月といっても、凛空くんが帰ってきたからだけどね。
そう、お母さんは付け足す。
「お父さん、次帰って来るの冬って言ってなかった?」
幸い、今は夏休みが終わってすぐ。
しばらく、凛空くん……お父さんは、帰ってこないだろう。
「あら。そうだったかしら?ああ、それまでに部屋の整理しときなさいね」
「……うん。わかった」
どれだけ減ったかもわからない砂時計が、静かにひっくり返された瞬間だった。




