新人職員
2067年4月1日。
殺風景な部屋に、テレビの音だけが響いていた。
「では、次のニュースです」
画面に映るのは動物園の映像だった。
『多摩動物公園では、シマウマの赤ちゃんの展示が始まり、多くの来園者で賑わっています』
牧村光一は、ぼんやりとその映像を眺めていた。
平和なニュース。
いつも通りの日常。
しかし、次の瞬間。
『続いて、魔素・廃魔素予報です』
その言葉が流れた直後。
テレビの電源が落ちた。
「あ」
しまった、と思った。
リモコンを見ると、時計は予定していた時間を大きく過ぎている。
「今日から魔導災害管理局で働けるっていうのに……」
光一は慌てて立ち上がった。
「やばい、遅れる!」
期待と緊張を胸に、部屋を飛び出した。
電車の中。
光一は周囲の会話を何気なく聞いていた。
「ニュース見た?シマウマの赤ちゃんだって」
「見た見た!今度行こうよ」
楽しそうな学生たちの会話。
その隣では別の学生が呆れたように言った。
「そんなことより資格の勉強しろよ」
「魔法取り扱い乙4資格くらい取っとけって」
その言葉に、光一は少しだけ昔を思い出した。
(俺も昔は資格のために必死だったな)
魔法が当たり前になったこの世界。
生活の中に魔法は存在する。
だからこそ、それを扱うための資格も必要だった。
電車を降りる。
目的地へ向かって歩く。
そして、光一は足を止めた。
目の前にある巨大な施設。
高い塀。
監視設備。
厳重な門。
会社というより、軍事施設に近い。
「ここが……魔導災害管理局」
思わず声が漏れる。
ここが、自分がずっと憧れていた場所だった。
門の前に立つと、警備員が近づいてくる。
「IDと社員証の提示をお願いします」
言われた通り、光一は鞄から取り出した。
取り出す手には自然と力が入る。
警備員は確認する。
「……新人か」
その声は思ったより冷たかった。
「頑張れ。通っていい」
光一は少しだけ拍子抜けした。
(もう少し歓迎してくれてもいいじゃないか?……)
そんなことを思いながら、施設内へ入る。
重い格子状の門が音を立てながら開いた。
その音は、軋むような警告のように聞こえた。
光一は目的の建物へ向かう。
そして扉の前に立つ。
意を決して、勢いよく開いた。
「本日より就任しました!牧村光一です!よろしくお願いします!」
大きな声が響いた。
しかし。
返ってきたのは沈黙だった。
いや。
正確には、沈黙ではない。
職員たちが慌ただしく動き回る音。
「そこ邪魔だからどいて!」
突然、女性職員に声をかけられる。
「あ、すみません……」
「邪魔って言ってるでしょ!」
怒られてしまった。
すると、その様子を見ていた男性職員が近づいてくる。
「牧村君だっけ?」
柔らかな声だった。
「今ちょっと立て込んでるから、こっち来てもらえるかな」
案内された場所は、整然としたデスクが並ぶ空間だった。
無駄な物は一切ない。
その時。
「3班との通信が切れました!」
「バロメーターの監視は!?」
「生きています!」
緊迫した声が響く。
光一は思わずそちらを見る。
男性職員が苦笑した。
「ごめんね。今朝ニュースでもやってた都内マンションのダンジョン対応中なんだ」
そして、少し笑う。
「僕の自己紹介がまだだったね」
「僕は乃木卓也。君の指導係だよ」
光一は申し訳なさそうに口を開いた。
「ニュースは……シマウマの赤ちゃんのところまでしか見てないです」
怒られると思った。
しかし。
「ハッハッハ」
乃木は笑った。
「新人らしいね」
「ただ、魔素・廃魔素予報は聞いた方がいいよ」
光一は少し安心した。
改めて乃木を見る。
くたびれた作業服。
眼鏡。
白髪混じりの髪。
どこにでもいそうな初老の男性だった。
(この人が教育係で大丈夫なのかな?)
そんな疑問が浮かぶ。
「皆さん慌ただしいですけど、僕は何かした方がいいですか?」
「大丈夫。すぐ終わるよ」
乃木がそう言った直後。
通信が入った。
『廃魔素生成器官の破壊に成功』
『他に存在する可能性がある、油断するな』
『ダンジョンの完全沈黙を確認』
『廃魔素除去を急げ、モンスター処理も同時に行う』
乃木は振り返る。
「初日に驚かせちゃったね」
「改めてよろしく」
「牧村 光一です、よろしくお願いします」
光一は質問する。
「ダンジョンって、もっと山奥とかで発生するものじゃないんですか?」
乃木は少し考える。
「都心部や人の集まる場所で発生することもあるよ」
「ただ……最近は異常だけどね」
そう言って、隣の机を指した。
「君のデスクは僕の隣だよ」
そこには真新しい机と椅子が置かれていた。
乃木は続ける。
「さっき君を怒鳴っていた子いるだろ」
「あの子は鈴木桜さん。去年入った子だよ」
「歳も近いし仲良くできるんじゃないかな」
乃木が呼ぶ。
「鈴木さん、少しいいかな」
女性職員――鈴木桜は、少し嫌そうな顔をしながら近づいてきた。
「まだバタついてるので、手短でお願いします」
「手厳しいね」
乃木は苦笑する。
「彼は今日から配属された牧村光一君」
「牧村光一です。先程は失礼しました」
頭を下げる。
顔を上げる。
整った顔立ち。
長い髪。
誰が見ても綺麗な人だった。
しかし。
その表情には、焦りと不安が浮かんでいた。
「鈴木桜よ、よろしくさっきはゴメンね」
その瞬間。
突如、赤色灯が明滅し、鼓膜を突き刺すような大音量のサイレンが局内に鳴り響いた。
それは今までの穏やかな会話を無残に引き裂き、彼らを一瞬で非日常へと引きずり込む。
指揮官席にいた男が前に乗り出すように叫ぶ。
「状況確認!」
それと同時に通信が入る。
『羽村市多摩川付近、廃魔素収集施設にて廃魔素の漏洩を確認。直ちに処理部隊と対モンスター部隊の出動をお願いします!』
切迫した状況のはずだが、通信から聞こえてきたのは、どこか優しく落ち着きのある不思議な女性の声だった。
「了解。直ちに処理部隊と対モンスター部隊を出動させろ!」
指揮官席の男が、鋭い眼光でこちらを射抜いた。
「乃木と新人二人は現場へ急行。各部隊のサポートに回れ!」
光一は突然の事態に状況を飲み込めないまま、乃木へ視線を向ける。
「……!」
思わず息を呑む。
その横顔は、先程までのくたびれた初老の男性とは完全に別人だった。険しく、鋭い眼差しで前を見据えている。その手には、いつの間にか使い込まれた旧式のタブレットが握られていた。
やがて乃木はこちらを振り向く。その瞬間、張り詰めた表情は、またいつもの柔らかく優しいものへ戻っていた。
「牧村君、君のデスクにタブレットが入っている。それを持っていきなさい。」
「それと魔素安定加工装備も忘れずに。」
言われた通り、光一は自分の真新しいデスクの引き出しを引いた。
ずしり、と驚くほどの重みが腕にかかる。中には、分厚い教本や、実習でしか見たことのないプロ用の機材が、用途ごとに整然と収められていた。
急いでタブレットとアクセサリー型のチューナーを手に取り、乃木の方へ向き直る。
しかし、そこに先程までいた乃木の姿はなかった。
「乃木さんは先に行ったわ。私たちも急ぎましょ!」
鈴木の言葉に背中を押され、光一はあわてて部屋の出口へと突進した。
完全にテンパっている光一の背中に、鈴木の鋭いツッコミが飛ぶ。
「そっちじゃないわよ! どこから帰ろうとしてんのよ!」
「えっ!? あ、出口……」
「緊急出動はこっち! ついてきて!」
鈴木が文字通り光一の腕を引っ掴むようにして、壁際に隠されていた『緊急出動用』の大型エレベーターへと引きずり込む。
駆け込み気味に乗り込むと、すぐに重々しい金属音を立てて扉が閉じた。
外部の喧騒が遮断され、一瞬だけ訪れる狭い密室の静寂。
エレベーターがゴゴゴ……と地鳴りのような音を立てて、地下へと一気に降下を始める。
ディスプレイの階数表示が『B1、B2、B3……』と目まぐるしく変わっていくのを見上げながら、光一は自分の心臓の音がうるさいほど早くなっていることに気づいていた。
到着を告げる電子音が鳴り、ゆっくりと扉が開く。
車両のエンジン音。
隊員たちの掛け声。
無線から飛び交う通信。
静かだった庁舎とはまるで別世界だった。
そこでは既に乃木と対モンスター部隊の隊長がホログラム地図を広げ、現場周辺の確認を進めていた。
隊長はこちらを一瞥すると低い声で言う。
「来たか。遅いぞ。一刻を争う。」
乃木が軽く頷く。
「新人だ。勘弁してやってくれ。」
隊長は短く息を吐く。
「現場は新人もベテランも関係ない。」
その言葉に光一は何も返せなかった。
隊長は地図を閉じると荒々しい声で号令をかける。
「各員、速やかに乗車!」
「「「応!」」」
隊員たちの怒号が地下通路に響き渡る。
それと同時に、重い魔導小銃や廃魔素計測器を背負った隊員たちが、装備の金属音を激しく鳴らしながら、勢いよく車両へと連なって飛び乗っていった。
光一はその光景をただ見ているしか無かった、ここは一秒も無駄にできない現実なんだと憧れた理想とは違うとまじまじと実感させられていた。
「何をしている早く乗車しろ!」
隊長の怒号が光一を襲う。
「す、すみません!」
気が付けば、反射的にそんな言葉が口から零れ落ちていた。
光一は手が震えるのを必死に抑えながら、ぎこちない動きで車両のステップへと飛び乗った。
乗車すると同時に、重たく冷たい車両の扉が勢いよく音を立てて閉じる。
――ガシャンッ、ガチ。
外部の光が遮断され、車内が一気に緊迫した暗がりに包まれた。
次の瞬間、魔導エンジンが地鳴りのような轟音とともに始動する。
激しいGに揺さぶられ、光一はフラフラと倒れ込むように座席へ着席した。
「こんなので疲れてどうする『ルーキー』」
暗い車内、ルームランプの光に照らされた向かいの座席から、ほくそ笑むような声が掛けられた。
声の主は、ヘッドセットの位置を慣れた手つきで調整している、対モンスター部隊の通信担当だった。
「疲れた訳じゃありません、ただ…」
「ただ、なんだ?講習と現実の差にビビっちまったか?」
通信担当はあざ笑うようにそうつぶやく。
「弦さん、あまり新人を虐めるもんじゃないですよ」
そう呟きながら、魔導小銃をチェックしている部隊の射撃担当だ。
「わりーわりー、ちょっとからかっただけじゃねーかそうツンケンするなよ蓮治」
「『ルーキー』があまりにも緊張してるみたいでよ」
そういうと弦という人物がこちらに向き直る。
「悪かったな、改めて自己紹介だ、俺は速水 弦よろしくな」
速水は親指で隣の射撃担当を指さす。
「こいつは火野 蓮治だ、まぁ俺の子分だな、うん」
速水は目を瞑りながら数度うなずく。
「いつから弦さんの子分になったんですか?」
火野は武器の手入れを止め不満と呆れが同居した表情で速水を見つめる。
「細かい事は気にすんなよ!」
「で、そこにいるむさくるしいのは金剛 磐みんなからはイワさんて呼ばれて慕われてる兄貴分だな。」
速水は火野からの不満げな視線を受けながら紹介が続いていく。
乃木の隣には、まるで山が聳え立つかのような体格の男――金剛 磐がどっしりと腰を下ろしていた。
「坊主何かあったら俺の後ろに来な!守ってやるよ!ガッハッハッハ」
金剛はそう笑うと車内の装甲版がガタガタと揺れる。
「イワさんうるさい・・・」
そういいながら魔導狙撃銃をメンテナンスをしている一際美人が車両の隅に居た
「そこのクールでビューティーな女性は、時雨 冥。魔素の暴風が吹き荒れる一キロ先の戦場でも、狙ったコアはまず外さない――うちの絶対的な切り札さ。」
「弦うるさい、イワさんと一緒に無線のボリューム下げるわよ。」
「おっと照れるなよ、そんな冥の正面で『私、わすれものないかな~』ってしてるのが、我らのナイチンゲール卯月 霖」
「ちゃんと注射と包帯持ってますってば~!」
そういいながら卯月は装備の再点検をしていた。
「普段はあんなほわほわしてるが、一回怪我してみろ人が変わるぞ、気をつけな。」
光一は息をのんだ。
「で、助手席でタブレット睨みつけてるのが、氷室 鏡介副隊長だ。あの眉間のドス黒いシワ、一生取れねーんじゃねえかって俺は睨んでる」
「あいつは頼りになるんだ困ったら鏡介を頼れ『ルーキー』」
氷室がタブレットを見つめながら冷たく「よろしく」とだけ呟く
「――そして最後! 運転席をご覧ください。あれが我が部隊の『伝説』です」
弦は恭しく手で示すようなジェスチャーをして、ニヤリと笑った。
「あの背中を見て育った隊員は数知れず。上層部にとっては化け物より厄介で、俺たちにとっては化け物より頼れる男――獅子堂 烈隊長だ!」
すると、運転席のバックミラーに、煙草をくわえた不敵な男の目が映った。
「ガキども、無駄口はそこまでだ。――まもなく現場(地獄)に到着するぞ」
隊長の太い声が響いた瞬間、車内の空気が一瞬で、プロの戦場のそれに変わった。
初投稿です。
この作品は現代ファンタジーです。
誤字脱字があれば教えてください。
ゆっくり更新していきます。




