――誰かの日常は、誰かの非日常――
羽村市地上9時30分頃
緊急車両用地下通路出入口
――ドゴゴゴゴ
直後、地下の闇を切り裂くように、先頭車両が姿を現す。
続いて二台目。
そして最後尾の車両が地上へ躍り出た。
三台の黒い特殊車両は一つの隊列となり、サイレンを響かせながら現場へ向けて走り去っていく。
アスファルトを走る一般車両は、その異変を察知したかのように一斉に路肩へと車を寄せた。
巻き上がる風と排気煙。
通行人は足を止め、特殊車両を通り過ぎるのをまじまじと見る。
通行人の表情は様々だった。
不安そうに見送る者。
慣れたように、関わりたくないと目を逸らす者。
静まり返る街の片隅で、誰かが小さく呟いた。
「……また漏洩か」
――10分後――
9時40分頃
羽村市多摩川付近某所
「ガキども、無駄口はそこまでだ。――まもなく現場(地獄)に到着するぞ」
獅子堂隊長の太い声が、装甲車の車内に響き渡る。
車両が次々と停車していく。
車体が大きく揺れ、タイヤが土煙を巻き上げながら停止した。
車両の扉が勢いよく開く。
隊員たちは訓練された動きで次々と飛び出していく。
光一も負けじと車外へ飛び出した。
速水がこちらを見て、ニヤリと笑いながら「緊張はほぐれたみたいだな『ルーキー』」
「……はい!」
その時、獅子堂隊長の命令が響く
「ブリーフィング通り配置につけ!」
「氷室、状況確認!」
「弦、ドローンを展開!」
「イワ、俺と来い。森を警戒する!」
「冥、高所から周囲を監視!」
「霖、処理班の護衛に当たれ!」
「「「了解!」」」
隊員たちは一斉に返答すると、それぞれの持ち場へ散っていった。
その光景を見ていた光一は呆然と立ち尽くす。
乃木が光一の肩に手をかけながら優しく声を掛ける。
「光一君、僕らはここで見ていましょう、今日は現場研修です」
乃木の手には力が入っていた、ただどこか優しく温かみのある感触がした。
乃木が鈴木の方へ向き指示を出す。
「鈴木さんは避難誘導している警察と合流して、避難活動に当たってください」
「了解しました!」
鈴木は短く敬礼すると、住宅街へと駆けていった。
少し落ち着きを取り戻した光一は、処理部隊の姿へ目を向け疑問に思ったことを、乃木へ問いかける。
「今回の案件は廃魔素収集機の漏洩ですよね。処理部隊だけでも十分対応可能なはずです、対モンスター部隊の出動は過剰じゃないんですか?」
乃木は即答しなかった。周囲の音を一瞬だけ確かめるように視線を巡らせ、それから静かに口を開く。
「そう思いたくなる案件ほど、何も起きないといいんですけどね」
「でも現場には、“万が一” があるんですよ」
乃木はそこで一度言葉を切った。
「それに、処理部隊も対モンスター部隊に守られながら動ける方が、ずっと仕事に集中できますからね」
乃木はスッと踵を返すと、何事もなかったかのように歩き出す。
「そろそろ私達も処理部隊の方へ移動しましょうか」
「は……了解!」
慌ただしく動く処理部隊のもとへ、光一達は駆けていった。
乃木は一歩後ろから光一の様子を気に掛けながら後を追う。
処理部隊が測定器を手に危険区域を割り出している。
光一はその脇をすり抜け、何も考えず前へ出ようとする。
その瞬間、手元のタブレットから甲高い警告音が鳴り響いた。
ピッ、ピッ、ピッ――。
知らず知らずのうちに、あと一歩踏み出してしまう。
「止まりなさい! 光一君! そこから先は防護服が必要です!」
血相を変えた乃木の声が飛ぶ。
光一は弾かれたように足を止めた。同時に、こめかみの奥がズキリと痛む。
息を呑みながら、慌ててタブレットへ目を落とした。
画面いっぱいに赤い警告表示が広がり、その中央では「危険区域」の文字が激しく点滅している。
〈心拍数:110〉
〈廃魔素濃度:95 AMC〉
〈防護服未装着:立ち入り禁止〉
警告音は止まる気配を見せなかった。
冷や汗が頬をつたう。
「……っ!」
光一は悲鳴を上げそうになりながら、慌てて後ろへと飛び退いた。
その体を、背後からスッと伸びてきた乃木の両腕がしっかりと受け止める。
「現場ではタブレットが命綱です。数値が上がったら、自分の判断で進まないこと」
乃木が耳元で、諭すようにつぶやいた。
光一の目の前で、処理部隊が淡々と規制線を張っていく。
「すみません、つい焦ってしまって……」
光一は肩をすくめた。
「焦る気持ちは分かります。ただ、君が危機管理を怠れば、二次災害につながりかねないんです」
乃木は厳しい表情で静かに告げた。
「ここから先は、危険区域になります。処理部隊の車両に防護服があります、取りに行きましょう」
光一は焦る気持ちを抑え、処理部隊の車両へ向かう。
処理部隊の車両の後部ハッチが開かれ、整然と並んだ防護服や機材が目に入る。
「こちらを使ってください。サイズは事前データで調整済みです」
乃木が手早く一式を取り出し、自身の装備を確認する。
光一もそれに続き、防護服へ袖を通した。
生地は想像以上に重く、着た瞬間に身体の動きがわずかに鈍る。
フィルター付きのヘルメットを被ると、外の音が一段遠くなり、フィルター越しの空気は乾いていて、わずかに息苦しい。
――空気が変わる。
さっきまでの“現場の外側”ではなく、“内部”に入った感覚だ。
内部のスピーカーから冷たい無機質な声が聞こえる。
「牧村 光一を確認、同期を完了しました。」
「行きましょう」
乃木の声が通信越しに響く。
着替え終えた光一は処理部隊の背中を追い、危険区域へと入っていく。
危険区域の中では大きな廃魔素収集機の周囲で処理部隊が除染作業を進めている。
現場は静まり返っているが、作業音と警告音だけが規則的に響いている。
状況を確認するため、乃木と光一が、処理部隊の隊長へと歩み寄った。
光一は手元のタブレットの数値から目を離せないまま、焦りを滲ませて問い掛ける。
「現場の状況はどうなってますか?」
「除染作業は順調に進んでる。このまま何事もなく進めば、昼過ぎには終わるだろう、ただ……」
隊長は収集機を一度見上げる。
「これだけの破損で、ここまで汚染が広がるのは珍しいな」
隊長は収集機を一度見上げた。
わずかに眉をひそめる。
「……嫌な予感がする」
――その瞬間
速水から切迫した声で通信が入ってきた。
「森に熱源3体検知! 各位警戒しろ!」




