第56話
「ふふっ、あのね――」
リリスは、アズラーイールに会った時の事を話した。
「こんにちは~!」
天界の花園で草花の手入れをしていたリリスは、その声に振り向いた。
そこには青みがかった薄グレー色の翼を折りたたみ、柔和な笑顔を湛えたアズラーイールが静かに立っていた。そして、丁寧にペコリとお辞儀をした。
彼はトレードマークの黒縁丸眼鏡のブリッジ部分をひょいと指で上げると「お花頂きに参りました~」と、のんびりとした調子で言った。
(なんか、この子来るといつも調子狂うのよね)
リリスはそう思いながらも「今日は、どんな花を?」と、ぶっきらぼうに聞いた。
するとアズラーイールは、斜め掛けした茶色い大きめのポシェットの口を開け「え……とですね」と、中をまさぐり出した。
「一応亡くなられた方のリストを持って来たんですけど……て、あれ?」
暫くガサゴソやっていた彼は、目的の物がなかなか見つからないのか、ついにポシェットの口を逆さにし中身を地面にぶちまけてしまった。
「!!!」
(こいつ、何やってるの?)
「ん~……確かに入れたはずなんだけど」
ぶちまけられた物の中には、万年筆やハーモニカ等があった。
「あなたハーモニカなんて吹けるの?」
「えっ? ああ、これは遺品です。ここにあるのは、亡くなられた方の大切な”思い出”です」
(それを雑に扱っていいのか? あんたは!)
リリスは屈んでリストを探していた彼に呆れ、小さなため息を吐いた。
「このハーモニカの持ち主は素敵なご老人でした。靴職人さんだったんですけどね――」
「ああ、これがそうじゃない?」
この脱線気味の天使に、リリスは慌てて軌道修正してあげた。
数個の遺品の中から、ひょこっと巻物らしき物の先が見えていた。
「あ、そうですそうです! ははっ、すいませ~ん」
「あのね君、それ度数合ってる?」
リリスは自分の目を指した。
「へっ? あ、ああこれ”伊達”なんですよ~」
(んなこたあ最初からわかってるわ! こっちは嫌味で言ってるっつーの!)
「人間のお手伝いしてる時に掛けてるんですけどね、なんかこの方が落ち着いちゃって。色々試してみたんですけどね、結局この形が――」
「で、リストは?」
イライラ……!
リリスの顔が険しくなる。
「ああ、すいませんね。今回は少ーし人数多いんですが」
アズラーイールから手渡されたリストを見た彼女は、その繊細で美しい文字に魅了されてしまった。
リストに載っていた者は、全てアズラーイールに選ばれた人々。彼の温かな眼差しに守られ、静かに、そして謙虚に生きてきた人間達だった。
険しかったリリスの表情が和らぐ。
「こっちに良いのがあるわ」
彼女が招いた先には、見事なまでに真っ白な花で埋め尽くされた花園だった。その中からいくつかの種類の花束を作り、大きめの木箱に入れた。
「大丈夫? こんなに持って帰れる?」
「大丈夫ですよ~。ほら!」
アズラーイールは両手を広げると、白く輝く光の輪を作った。そして花束をその光の輪で囲むと、すっぽりと自分の腕に納めた。
「ほらね!」
(ほらねって、おたくの顔が見えないんですけど)
腕いっぱいに花束を抱えたアズラーイールは、横から顔を少し覗かせた状態になった。
はあ~……やれやれ……。
リリスは、これで彼が帰ってくれると思ったのだが。
「あの~……」
(まだ何かあるの?)
リリスが無言で彼を見ると「今年の舞踏会は参加されるんですか?」と、聞いてきた。
「えっ?」
「あの~……もし僕でよろしければですけど、パートナーになって頂けませんか?」
(この子、あたしが天界へ入れないの知らないのかしら……)
「えっと、ごめんね。今年も行けないんだ」
「そうですか……それは残念です」
彼は心底残念そうだった。
「それでは来年は是非お願いします」
彼は何とか花束から覗かせた顔に、満面の笑みを広げお辞儀した。
――彼、なんか可愛いかも……。
リリスは、そんな考えを持った自分に驚いたのだった。




