第55話
ベルフェゴールは、天界での出来事を思い耽っていた。彼女の燻らす紫の煙が、宙を躍る蛇のように漂っている。
(なんで、あたしなんかに――)
「あーーーーっ! どうしよーっ! 受けちゃったよ~」
ベルフェゴールは髪を掻きむしり、ミカエルからのパートナーの申し込みを受けた事に、今さら後悔し始めた。だが、その一方で彼女は、今まで感じた事のない気持ちが湧き上がっていた。でもそれが何なのか、自分でも分からなかった。
もう、なるようになれ!
”天界の舞踏会”――。
ちょっと楽しみかも。
ベルフェゴールは、ミカエルの端正な笑顔を思い出し、乙女心を躍らせていた。
◇◇◇
「ふうん……。珍しいわね、彼女にしては」
ここはリリスの花園。
ウリエルは舞踏会で着る衣装について、ちょこっとだけリリスから聞き出す為ここへ訪ねて来ていた。
でもリリスは「ん~……どうしよっかなあ~?」と、はぐらかすばかりだった。
リリスが淹れてくれた、とびっきり美味しいハーブティーを飲みながら、二人は楽しいひとときを過ごしていた。そんな時、ベルフェゴールの話しが出たのだ。
「あなたにとって、思い出したくもない相手でしょ?」
「そうなんだけど……」
――彼女の気持ちが分からない。
ウリエルは、ベルフェゴールに対して複雑な気持ちを抱いていた。生徒の一人は彼女がわざと取ったというが、リアの言うように本当に落としたのかもしれない。それを届けてくれたのなら……。
「まあ、いいわ。レポートがちゃんと戻ってきたんだもの」
ベルフェゴールの事は、正直もうこれ以上考えたくもなかった。古の嫌な思いは忘れ去りたい。リリスもウリエルの気持ちが痛いほど分かっていたのか、すぐに話題を変えた。
「そういえばね、つい最近アズラーイールが訪ねて来たんだけどね」
「アズラーイールが?」
ウリエルは頭の中に、すぐに黒縁丸眼鏡の優しげな顔が浮かんだ。
「あ、ねえねえ。私も最近彼に会ったの。それでね、彼ったらアスタロトから”ハリー”って呼ばれたんですって。何故かわかる? ハリーって誰なんでしょうね?」
(ハリー……?)
リリスの頭に浮かんだのは、勿論ウリエルと同じく”あの”眼鏡であり……。
「ぷっ!」
確かに、某世界一有名な”魔法使い”とやらに似てるかも。
リリスは思わず吹き出した。
「ねえねえ、誰なの? ハリーって。ねえってば!」
ウリエルは、翠色の瞳をキラキラさせリリスに甘えた。




